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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第二章『かけがえのないもの』
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第18話 太田流零(5)

 

 カキーンというバットと、気持ちのいいミットの音。はたまたポカンというテニスの音に、メトロノームの機械音。

 そんな青春が詰まりきったような音が混ざり合う中でも、この弓道場だけはなにか隔離されているような、そんな気分になる。

 弓道部は男女合同で、2学年で30人程の大所帯。そのうち女子の占める割合は6割〜7割で、近年はどこの学校でもそういう傾向があるらしい。萩野先輩曰く、「かっこいい」という理由で高校から始める人がほとんどなのだそうだ。

 とはいえ、道場の中には15人ほどしかいない。半数だ。


 カシャン!

 パン!

 ボスッ!


 静かな時が流れる。

 「ヨシ!」と叫んでいるのは、的に当たったからなのだろうか。


 「萩野先輩」


 木箱から矢を取りだした萩野先輩に内海が問う。


 「なに?」

 「外で、俵みたいなのに向かって撃ってる人は、何してるんですか?」


 目尻をかすかに下げ、くすりと笑う。


 「そうね、あれも練習の1つでね……そうそう……あと、弓は引くっていうの」


 内海の前に座りなにやら説明し始める。

 真剣に話を聞くその横顔は、なんだか微笑ましい。すると、内海の向こう側に座っていた創治郎と目が合った。

 彼は視線だけで自分の足を指す。

 そして何やら顔をしかめる。


 「つった……」


 そう小声で呟いた。

 まったく、正座慣れしていない最近の若者ときたら、すぐこうだから、まったく。

 どうやらそれには萩野先輩も気付いていたようで「足、崩してもらってもいいのよ?」と声をかけている。

 そんな会話を横目に、僕は再び道場を見渡した。

 ゆったりとした仕草から引き絞られてしなっていく弓。そして、射手が右手を弦から離した瞬間、大きな音が響きわたる。なんと言っていいのだろう。カシャン!という、とても、綺麗な音。

 弓道ってすごい……

 ぼぅっとただ眺める時間がすぎていく。

 その中で、ひとつだけ、引っかかることがあった。

 僕は左隣の上条に少し体を寄せる。


 「上条?」

 「なに?太田君」

 「あの人、いつもひとりじゃない?」


 あの人、とは、弓道部の部員であろう女子。髪はポニーテールで、少し小柄。凛とした雰囲気をまとっている。


 「そうね、言われてみれば教えあってるのを見たことがないわ」


 そう、淡々と弓を射る。誰かと話すわけでもなく、教え合うわけでもなく、ただ、黙々と1人で。

 もしかしたらそんなことは普通なのかもしれない。でも今のこれは、なんというか、違和感がある。

 彼女の行動には明らかな壁が見えるのだ。

 いや、それは彼女だけではなく……

 彼女を含むこの弓道場全体によって構成されている。

 そして、今までの立ち回りを見る限り、萩野先輩は視野が広い。単に僕達をよく見ているだけかもしれないが、それだけなら副部長など任せられるだろうか。


 ……無視、している?


 この弓道部には、なにかある。


 ◆


 1週間が経ち、その間異妖は現れなかった。

 創治郎は必死で心を研ぎ澄ませていたけど、結局気配はなかったという。

 どこかに行ってしまったのか?

 早田さんにこのことを伝えると、予想外の反応が返ってきた。


 「少し無茶かもしれないふぁ、被害者を道場に呼んでみるのもありかもしれないね」

 「被害者を、ですか?」


 内海が怪訝そうに繰り返す。


 「うん、被害者。多分、異妖がいないのはそこが問題だね」


 部員全員が首を傾げる。

 被害者と異妖のいるいないに何が関係あるのだろう。

 いや、そうか!


 「そ、その、自分が誰かを傷つけた場所にはいたくないってこと、です、か?」


 早田さんは指を鳴らし「惜しいっ」と眉を寄せる。


 「その逆に近いものだね」

 「ぎゃ、逆、ですか?」

 「うん。こう考えてみてくれるかい?異妖は元から被害者を攻撃することが目的で現れた」


 ……なん、だって?

 上条がすかさずこれに返す。


 「異妖に自我があると仰りたいのですか?」


 早田さんは腰に巻いたホルスターに手をかけて2,3度首を縦に振る。


 「そうともいえるし違うともいえる。いいかい?よく聞いてね?」


 生唾を飲む。


 「異妖というのは、人の負の感情の具現化と言われている。これぐらいわかってると思うが、問題はこれを深堀りしたところにある。宿主と感覚が一方的にリンクしている可能性があるんだ。というよりそういう解釈ができる。もし本当に感情が具現化しているのだとしたら、宿主は存在する。そしてその宿主と異妖が完全に分かたれた存在でないとしたら、感情のリンク、あるいは異妖側による感情の受信は多いにあり得る話だとは思わないかい?わかりやすく言うと、宿主に負の感情が沸けば、異妖が代弁するってことだ」


 待てよ、それってつまり……


 「それって……」


 僕が口にするより先に、声を上げたのは創治郎だった。


 「お、玉置君。わかったみたいだね。そう、つまり、宿主の無意識的な負の感情が、対象に形となって向かうってことだよ」


 なんだよ、それ。


「そうだ、偉いぞ太田くんも」


 バカにするなよこいつ。

 そう思いつつ、僕は自分の考えが正解であったろうことを否定したくなる。


「そう。射場に異妖が現れ、事件後姿を表さず、被害者が彼一人だということ。すなわちあの弓道部の中で被害者に恨みを持つ者がいるということだ。そしてその恨みが、既に晴れている可能性がある」


次回更新は6月2日です!


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