第14話 早田智幸(3)
「―と言うわけで、今は5人でお悩み相談をやってます」
玉置創治郎はそう言って軽く微笑んでみせた。
おそらくその意味するところは、何も「らしい」ことはできていないということだろう。だが話を聞く限りでは空いた時間で異妖や異能に関する知識は勉強していたというから、期待していいだろう。要は実践的な訓練さえすれば、対異妖活動にも現場で対応出来るということだ。
僕は教卓に立ち5人と顧問教諭1人を座らせる。
「じゃあ5人の自己紹介は終わったわけだし、改めて自己紹介するかな」
笑顔を心がけながら、この理科室の全体に目を向けていく。
「僕は原異形教育課佐戸高校担当の早田智幸。君たちと違って無能力者だが、異妖を視認できるコンタクトレンズのおかげで異妖や異能は認識できるから安心してね」
部員達は皆、驚いた顔を見せる。僕それを軽く嗜めて再度彼らの背後に視線をやった。
この化学室はそこそこ年季が入っているらしく、教室後方の汚れたガラス張りのケースにはH字管や様々なフラスコ、試験管が並んでいる。廊下側には何も無いが、窓側には使っていないであろう冷却器や純水製造装置、水垢だらけの水道などが並んでいて、それだけで風情を感じる。
そして極めつけはやはりこの匂い。
鼻の奥を刺すような若干の刺激臭は、ここで幾多の実験が繰り返されていた証拠そのものだと言える。
この学校の卒業生ではない僕でも、どこか懐かしさを覚える。
来る前はいやいやだったが、来てみるとなかなかどうしておもしろい。
自己紹介を終え、僕は5人に笑いかける。
なるべく柔らかく優しい声音を心がける。
「今日から、能力を使いこなし、異妖と戦う基礎的な訓練をどんどんやっていくが、何か質問はあるかい?」
玉置創治郎が手を挙げた。
「あの、訓練は具体的にどんな内容になるんですか?」
「そうだね……君たちは既にある程度知識を入れているから、始めのうちは基礎体力訓練かな」
すると、美形の少年―たしか源光と言ったか―が顔を歪ませる。
「げっ……まじかよ……」
「文句言わないの!私までやる気なくなっちゃうじゃない……」
長い黒髪の少女のツッコミにより、5人の間に笑いが起こる。
入部、いや出会ってから1ヶ月程度しか経っていないはずだが、仲は深まっているらしい。
なら、これまで通りのこともやってもらおうか。
「君たち、今でもお悩み相談は来るかい?」
5人は顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「いやぁ、もうピークを過ぎちゃったんですかね、最近は2日に1回ぐらいになりました……」
ショートボブの毛先をいじりながら内海里香はそういう。
1年生だけでやっているお悩み相談室となれば相談に来るのはその大半が1年生だろう。内容はおそらく新しい環境での不安から来るもの。1ヶ月近くになれば、さすがに慣れてくるし、そもそも友達が出来れば自ずとそちらに相談は向く。友達とまでは行かずとも、クラスメイトに相談することだってできる。わざわざここまで来て知らない人に相談するよりかよっぽど簡単で信頼出来るはずだ。
だが、この5人を繋げているのは恐らくこの部だけだろうから、このまま続けてもらうのいいかもしれない。
「今まで通りお悩み相談は続けてくれ。どっちみち最終的には異妖に関する依頼をどんどんこなしてもらうことになるからね」
玉置創治郎が手を挙げた。
「異妖に関する依頼って具体的にはどんなものなんです?」
「そうだね……君たちは異妖が人に危害を加えることは知ってるよね?」
5人は首を縦に振る。
「だが、原異形だけじゃ対処しきれないんだ。異妖研究や街の人のケアなんかも担当しているからね。だからこうして君たちに研究と対異妖活動を手伝って貰おうってわけだ」
「なるほど……ありがとうございます」
玉置創治郎は2度3度頷くと、ニッコリ笑って礼を言った。
よし、今日の仕事はここまでかな。
話しすぎるのも良くない。
僕はあくまで坂西智幸の言動の源とこの感情が消えた事件の真相を調べたいだけなのであって、高校生のために動く気なんてさらさらない。
だが、利用はできる。
1度帰ってから今後のことはしっかり考えよう。
「では、今日のところは失礼しようかな。明日からミッチリいくから覚悟しておいてね」
源光がまたしても「げっ……」っと顔を歪ませ、上条葵がそれを制した。
次回更新は5月19日の予定です!