第13話 玉置創治郎(4)
ポスターを掲示して1週間が経つ。
翌日から依頼者は次々とやってきた。勉強、高校での過ごし方、恋愛、人間関係、部活エトセトラエトセトラ…………
俺たちはすっかり学校のお悩み相談係になっていた。かと言って本職を忘れている訳では無い。俺たちはあくまで異妖と対する部活だ。空いた時間に異妖の知識を深め、能力に慣れる独自の練習をしている。この一週間、家に帰ると勉強机に座る余裕すらなくベッドに倒れ込む日が続いた。
だからだろうか。
中庭の桜がすっかり緑になっていることに、この一週間気づかなかった。
今日は依頼が少ないため、部室前の廊下の窓から中庭を見下ろして風に当たっている。
4月中頃の今の風はほんのり冷たい。
けれど日光が優しく体を温める。
窓から少し身を乗り出しているだけで、その心地良さに瞼が重くなってくる。
あぁ、春だな。
俺は毎年、こういう時に春だと感じる。
桜が咲いただとか、春一番が観測されたとかではなく、このまどろみの中でようやく俺は春を感じる。だから俺にとっての春は4月の中旬から末。桜の木が緑になる頃だ。
そんな心地いい春は嫌いじゃない。だがこの時期が故に、1つだけ問題がある。
桜がもう散っていること。
先週内海は桜餅のようだと言ったが、やはり桜が散った後は見るに堪えない。
皆が目を輝かせて見上げたものが、雨に蹴落とされ、風に振り落とされ、みすぼらしく地面に這いつくばる。そうして人々は「あぁ、散ったか」とだけ漏らして花びらの絨毯を踏んでいく。
俺はああいう風にはなりたくない。
桜であるのなら、俺はずっと見上げられる桜でありたい。
散ったとしても、地面には落ちず、空中で消えてなくなればいい。
そんなことが頭を巡ったせいで、睡魔はすっかりそよ風に流されてしまった。
俺もめんどくさい人間だなぁ。
「はぁ」
思わずため息が出た。
「なぁに?ため息なんてついちゃって。らしくないじゃん」
内海は俺の隣で、窓枠にもたれかかる。
俺を心配してくれたのか。
優しいな、内海は。
「俺にだって悩む時ぐらいあるさ」
風になびく髪を押えながら俺に顔を向けた。
「へぇ……どんなときに?」
澄んだ瞳でじっと俺を見つめる。
彼女の肌を、瞳を、制服を、日が照らす。廊下の寒さと春の太陽の温かさの狭間で俺たちはじっと目を合わせたまま。小さく揺れる瞳が、俺の返事を催促する。
なんだか今、彼女はとても綺麗だ。
「……今だな」
内海は首を傾げ目を丸くした。
俺は肩を竦めて軽い口調で告げる。
「内海が俺よりかっこいいからどうしようと思って」
「今更気が付くなんて、さては玉置鈍ったね?」
そんなこと言いつつ、内海は頬を赤くしている。だからもう少し意地悪してやりたくなるが、わざわざ俺を連れ戻しに来たんだ。
「よし、これからは鈍感系として売り出していこう」
「最悪の鈍感系じゃん」
やれやれと内海は両手をヒラヒラと返して、咳払いした。そして目を伏せ、俺の胸に拳を押し当てる。
「とにかく」
その拳は、当てられただけなのにたしかな痛みを俺の胸に突き刺す。だがそれは温かさから来る痛みだ。
俺を鼓舞している。
「戻ろう、部室に」
そんなところにいてどうするんだ、そう言っているように俺には聞こえた。
胸に当てられた拳をやさしく掴み、俺は微笑みを返す。
「そうだな……でさ、内海」
「ん?」
内海は眉を寄せる。
「身長、何センチ?」
「はぁ?人がせっかく……164センチだけど?それがどうかしたの?」
不機嫌な様子を隠すそぶりも見せずに言うと、ジト目のまま俺を見上げる。
うん、やっぱそうだよな。
「流零と変わんないんだなぁと思って」
「あー、それ私の方が高い」
内海がさらっとそんなことを言うと、流零が部室から飛び出してきて「僕の方が高い!……次の測定なら多分」と尻すぼみに見栄を張ったので、俺たちで慰めてあげました。
◆
昨日は依頼が少なかったから廊下で思いを馳せる時間もあったが、今日はそんな時間は取れそうにない。
放課後になって30分。
既に部室前の廊下には10人ほどが列を作って並んでいる。ほとんどが1年生だが、1人2人教師がいる。
1人はドアで受付、残った4人が2人1組で相談や依頼内容を聞く。
今日は、俺と上条、光と流零の組み合わせだ。受付は内海がやっている。
「次の方どうぞ」
1年の男子生徒が長机を挟んだ向かいに着席する。
「えー、相談ですね。どうされましたか?」
「はい……僕の異能って、触ったものが3秒後に数センチ上に一瞬浮くってものなんですけど……」
相談ならその場で対応。
依頼なら紙に書いてもらって、5時半の受付終了後か翌日以降こなす。
今回は相談なので、この場で応対する。
「なるほどね……」
相談者は、ものが跳ねるように浮くせいで、それを抑える事に意識が向いてしまい授業に集中しきれないらしい。だがテストの時は発動されないようだ。
上条が隣で「あっ」と小さく声を上げる。
「あなたの趣味はなに?」
「はい?」
「何度言わせるつもりよ……趣味はなに?」
男子生徒は怖気付いたように目を伏せる。
「……ゲーム、ですけど」
「ならコントローラーがゲーム中に浮くことは?」
上条は間髪入れずに質問を続ける。
元々話し方に棘があることに加え、質問攻めだと気の弱い男子はなかなか心を開けない。
だが上条の質問は的を射ている。
異能力は、異能力があると認識すると抑え込むのが難しくなる。
つまりこの男子生徒の場合、授業中に能力が発動するがテスト中には出ない。趣味のゲーム中でも出ないとなれば原因は限られてくるわけだ。
やはり上条は論理性に長けているのかもしれない。
男子生徒はチラと俺を見て口ごもる。
「ない、ですけど……」
これでおおよそ理由は見当がついた。
俺と上条は目配せし、上条が首を縦に振るのを見て俺は男子生徒の目をじっと見つめる。
彼はなかなか合わせてくれないが。
「あくまで可能性のひとつだけど、理由がわかったよ」
彼は目を見開いて身を乗り出す。
「ほんとですか!」
おぉ、結構大きい声出るじゃん。
俺は一度深く頷く。
「異能力は異能力を認識している時に発動しやすいんだ」
「と、言うと?」
「君の意識が異能力に向いてしまっている、ということなんだと僕たちは考えてる。ゲーム中に発動されないのはゲームに意識が向いているからじゃないかな」
彼はしばし顎に手をやり考える仕草を見せると、ハッとしたように背筋を伸ばす。
「僕が授業中に集中しきれてないってことですか?」
「うん、僕はその可能性もあると思う」
「……」
俯き小刻みに震えていた男子生徒は、目を輝かせて席を立った。
「ありがとうございます!すごく助かりました!一度考え方を変えて授業を受けてみます!」
そう言って彼は何度も頭を下げ、部室を去っていった。
俺は思わず胸をなでおろした。
「逆ギレされるかと思った……」
すると上条が肩にかかった黒髪を払い、横目で俺を見て無邪気に微笑む。
「そうしたら私が論破してあげるわ。腕の見せどころね!」
「彼が逆ギレしなくてほんと良かったよ……」
俺なら大丈夫だけど、きっと彼はもう引きこもりにでもなっちゃうんじゃないかな。たまに光が論破されてるの見るけど、光いつも半泣きだし。
「……ともあれ雑談もほどほどにしなきゃね。まだまだ来るわよ」
「そうだな」
俺は背筋を伸ばし、隣の長机で対応する光と流零に視線をやる。人と話すのが得意ではない流零も頑張ってる。光が割とサポートしてくれているみたいだ。
俺も負けてられない。
「次の方、依頼で〜す」
内海のハリのある声を聞き、この調子なら5時半までノンストップかもしれないなんて思いながら、俺は机から用紙を取り出した。
次回更新は5月16日の予定です。