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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第一章『プロローグ』
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第1話 坂西智幸


 夕刻のテレビスタジオ。

 カメラが大砲のように僕に向けられていた。その銃口を通して僕はこの街の人々にこれからあることを訴える。

 こめかみに汗が滴る。

 照明が暑いのか、それとも昂っているのか。

 1度深呼吸を置いて笑顔を作った。

 ディレクターのカウントダウンが始まる。彼が腰を引きながら手刀を切ったと同時にBGMがスタジオに流れる。

 ニュースや特集が予定通りに進んでいく。話を振られれば適切に対応し、出演者の話には邪魔にならない程度に頷き、解釈・質問を入れる。

 そして話はいじめに関するものとなった。

 無意識に肩が詰まったのがわかった。

 いじめによる自殺。世間の動き。それらの連鎖。解決法などあるのか。


 「坂西さんはどう思われますか?」


 来た。咳払いして浅く椅子に座り直す。


 「そうですね。僕としては…」


 喉で言葉が絡まった。僕としたことが、どうやら緊張しているらしい。小さく自分の太ももを叩く。


 「僕としては、感情を取り除くことこそがその連鎖を止める唯一の方法だと思います」


 スタジオの空気が歪んだ気がした。息を吸うことさえ許されない緊迫した雰囲気。そう、これだ。頭のおかしいやつだと思っていやがるお前たちに言っているんだ。

 MCが忘れていた笑顔を取り繕った。


 「そんなことどうやって?」

 「そうですねぇ」


 MCから視線を外しカメラに体を向ける。


 「我が社ウエスタンヒルで感情を取り除く新薬の開発でもしましょうかね」


 渾身の笑みで、冗談めかして、言ってやった。笑いが起きている。そうだ。そうやって笑っていればいい。

 出演者の1人が控えめに手を挙げた。


 「面白いジョークだ」


 自分の口角が上がるのがわかった。


 「あながちジョークではないかもしれませんよ?悲しみが無くなれば世界は平和になる。本気で僕はそう思っています」


 彼は目を細め、浅く頷いた。それ以上彼は何も言う素振りを見せない。その静寂の中、カメラの後ろはなにやら慌てふためいていた。カメラの向こう側も、同じようになっているだろうか。

 ディレクターの指示でMCが番組の締めに入る。BGMが流れ、一同が頭を下げた。


 「はい、お疲れ様でしたー」


 MCが景気の良い声で頭を下げた。それに応じ、僕はスタジオを後にする。

 誰も僕に話しかけようとはしなかった。


 ◆


 会社に戻ると、エントランスの前で早速記者たちが待ち受けていた。僕はそれをいなす。

 本当に、やかましい。黙って見ていてほしいものだ。

 改札のようなゲートを通過し、一息着こうと自販機の100円の缶コーヒーのボタンを押す。ゴトリと音を立てたそれを拾うと壁にもたれて暖かくて甘いコーヒーを一気に喉に流し込む。ふぅっと一息。すると足音が近づいてきた。それが僕の隣でピタリと止む。

 基木多千歳は息を整えると、手にしていた書類を鬼気迫る表情で僕に渡した。


 「社長、これを」


 書類を受け取り表題を見て僕は彼女を見た。


 「基木多君これは……」


 白衣に着られているような背の低い彼女は胸を張って僕を真っ直ぐ見つめる。その目は達成感に満ち溢れている。


 「はい、特殊なSWHの研究結果です」


 全身の血が沸騰したように体温が上がっていく。世界に僕と彼女だけがいるような感覚に陥る。どこか背筋が凍るような感覚に、僕は思わず生唾を呑んだ。身の毛がよだつとはこういうことを言うのだろう。


 「ほ、本当なんだよな?」

 「はい」


 基木多千歳ははっきりと答える。

 心臓は激しく脈を打っている。書類に目を通していく。呼吸が落ち着かないがそんなことはどうでもいい。獣のようになっていることは想像に容易い。それほどのものなのだから仕方がない。こういう時ぐらい本能のままに脳を働かせても良いではないか。

 読み終えて顔を上げた。


 「これで…」


 視界は既に滲んでいた。呆れ笑いを浮かべる千歳を僕は思わず抱きしめていた。もう、僕を制止させる僕はいなかった。


 「ありがとう…これで、ようやく動き出せるっ…」


 彼女の手が優しく僕の背に回される。


 「うん、これからが本番だよ。頑張ろうね、智くん」


 ◆


 僕と基木多千歳は学生時代からの仲だ。とはいっても特別な関係を持っている訳ではない。彼女は既婚者で、夫の名は基木多渡。僕の古くからの友人である。高校生の時に渡が千歳を連れてきたからというもの、二人の間にお邪魔させてもらうことも度々あった。渡のことを知る者として彼女の相談に乗ったり、はたまた渡の愚痴で盛り上がったり。ちなみにその愚痴大会は結局、渡は良い奴だという結論で終わるわけなのだが。

 そんな彼女とは互いにあまり男女の意識がない。弁明するならば先程のそれも友人としてのものであって、断じてそれ以上の感情はない。千歳には7歳ぐらいの子どももいたはずだ。


 「最近道大君は元気してるかい?」

 「うん、なんか小学生になって大人になったんだ!って口癖のように言ってるよ。全く可愛いもんだ」


 呆れ笑いを浮かべる千歳と僕が向かっているのは、社内にあるとある研究室だ。


 「ようやく、始まるんだな」


 声に出てしまっていた。千歳は目を細めて「そうだね」と頷く。

 研究室のドアロックを解除して開けると、そこにはすでに数人の研究員が集合していた。

 玉置研究員、北上研究員、抑えていた鼓動が理性を振り切って跳ね始める。それを紛らわすために手に持った紙に書かれたリストを見た。

 玉置創治郎、玉置次郎、基木多道大。

 ん?基木多道大?


 「基木多君、このリスト名前間違ってないか?」

 「道大のこと?それなら大丈夫。鷹乃ちゃんの代わりに入ってもらうことにするよ」


 心做しか陰りのある笑みで答える。


 「どうかしたのか?」


 僕の問いに北上研究員が合掌した。


 「娘の体調が近頃優れないの。本当にすみませんね、基木多さん。坂西さんも...」


 眉を八の字にして頭を下げる。

 僕はそれを手で制しながら研究室を見渡す。

 もう、どうであれやるしかないのだ。これだけ協力してもらって、3人の犠牲を得て、ここから引き返す選択肢などない。胸に手を当て深呼吸。


 「これより計画を実行段階に進めます!」


 はい!と威勢のいい返事を正面から受けて、僕は握りしめていた手にさらに強い力を込めた。

 今から1年で、世界は変わるんだ。


次回更新は4月4日です。

更新は毎週月・木曜日午前1時となります。

感想・評価等よろしくお願いします!


<次回予告>

ウエスタンヒル社長坂西智幸が密かに進める計画には、3人の子どもの運命が必要だった。

予定していた3人のうちひとりが体調不良となり、代役として抜擢されたのは基木多千歳のひとり息子である基木多道大だった。

千歳の様子がおかしいと感じた坂西智幸は、千歳のことを気に掛けるが…


次回、第2話『坂西智幸(2)』


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