#32 伯爵の庶子……だから?
ユリアが庶子?
そんな事、知ってるわ(ルルカ)
ザザザッと何かが上から落ちてきた音がした。
「くだらないな」
低い、闇から滲むような声がした。
「誰!?」
5人の内の誰かが声をあげた。
暗闇の向こうから人影が現れた。それは──
「──ゲイル・ブラックダイヤ様……」
はじめにユリアに話しかけた令嬢が、狼狽したように呟いた。
「──ゲイル!?」
どうしてここにいるの?
てっきり学年会室にいると思っていた。
……やだ、こんな格好……みっともない!お化粧もはげちゃってるのに……
見られないように首もとを押さえ、コソコソと袖に入れていたハンカチで拭いた。
「────ほら」
ゲイルがさっと上着を脱ぎ、ふわっとユリアに掛けた。
「……ありがとう…………」
……ウソ、ゲイルが……優しい!
「これは、ゲイル・ブラックダイヤ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
令嬢達が立派なカーテシーで挨拶した。
「──君らは公爵か、侯爵か……。こんなくだらない事をするとはね……よほど暇をもて余しているようだ」
ふっと呆れたように笑った。
「……お言葉ですがゲイル様。身分制度というものは我々貴族にとって、最も大切なことでしてよ。上の者を下の者が蔑ろにするなんて……そんな不敬、あってはならない事ですわ!」
「話を聞いてなかったのか?ライオネルがいいと言ったんだ。この学園で最も身分の高いライオネルが言った事に逆らう方が、よほど不敬だろう」
「────それは……そこのピンクフィールド伯爵家の庶子の方がおっしゃった事ですもの、信用出来ません」
「なるほど。だが、ライオネルがユリアに対等で話すように言った事は本当だ。俺たち……セリウスやエリックにも、対等で話すようにとも言っていた。本来ならいちいち君らに言うことではないと思うが……俺なら信用出来るだろう。他国ではあるが公爵だからな」
ゲイルが威圧するようなオーラを放ちながらそう言った。
「……………………分かりましたわ。ですが、ユリアさんが“ピンクフィールド伯爵家の庶子”ということは変わりません。ちゃんと自覚なさることね!皆様戻りましょう!」
悔しそうにチラッとユリアを見たが、腕を組み、黙って立っているゲイルの迫力に圧されたのか大人しく引き返していった。
騒がしい5人がいなくなり、静寂が戻ってきた。
「──えーと……ゲイルはどうしてここに?」
「会議が終わったからだ」
「学年会室には行かなかったの?」
「ああ。……お前はいつもあんなのに絡まれてるのか?」
「いつもではないかな。まぁ……時々?あの人たちの言ってることは間違いではないし、気にしてないわ。でも……服を汚されたのは……許しがたし……」
ぐっと拳を握った。
……ほんと、このシミとれるかな?全く……せっかく気合い入れた一着だったのに……
「……普通はそこでメソメソ泣くんじゃないのか?“あの人たち酷ーい”とか言って」
ゲイルがおどけた調子で言った。
「……私が伯爵の庶子だというのは事実だもの。でも、ちゃんと試験を受けて5番で入学して、Sクラスになって、学年会メンバーだというのも事実!あーんな身分の事しか言えない輩に凹まされてたまるもんですか!」
ふんす!と握った拳を振り回した。
「くっ……ははははは!お前……やっぱり面白いな」
ゲイルがおかしそうに笑った。
「──ほんとはもっとカワイイ私を見て欲しかったんだけど……」
……そうよ……いつもと違う私を見て欲しかったのに……
「十分かわいいと思うぞ。ユリア」
そう言ってふわりとユリアの髪を撫でた。
「──ゲイル……助けてくれて、ありがとう」
──髪を撫でられた!これ……ゲイルの好感度、急上昇中!?なんだかドキドキする……
「ま……ルルカもいるし、大丈夫そうだな」
スッと手をどけ、ニヤリとそう言った。
「え?あ、そうだね……ゲイルもライオネル達がいるから楽しいでしょ?」
「………………」
と、突然黙ってしまった。
「ゲイル?何かあったの?」
「……別に。そろそろ戻った方がいいんじゃないか?俺ももう行く」
その話題を遮るようにゲイルが踵を返し、その場を立ち去ろうとした。
「あ……うん……」
何だか変な感じなんだけど……。
「じゃあな」
スタスタと歩きだした。
「あ、上着!」
「もう一着ある。適当に処分していい」
「え!?ちゃんと返すわ!」
聞いているのかいないのか、ひらっと手を振って行ってしまった。
「──ゲイル、またね!」
立ち去るゲイルに手を振った。
「ゲイルの上着をゲットしてしまったぁ……」
ぎゅっと上着を抱きしめた。
あ、これ……いい匂いする……。ここに、腕が通ってて……だめ!ニヤニヤしちゃう!
「ユリア!大丈夫だった!?そこで上級生たちとすれ違ったんだけど、一緒にいたの?なんだか様子が変で……」
タタッと向こうから走らんばかりの勢いでルルカがやって来た。
「ルルカ!」
ハッとしてぺしぺしと緩んだ顔を叩いた。
「ごめんなさいね、私……なかなか戻れなくて……!?な、なにコレ!葡萄!?男物の上着……」
ルルカがガシッと肩を持った。
襟に染み付いたシミを食い入るように見つめた。
「あ、うん、その……彼女たち、手元が滑ったらしくてかかっちゃったの。それで、偶然通りかかったゲイルが上着を貸してくれたのよ」
「ユリア……相手が上級生だからって庇わなくていいのよ。ほんとに……私のユリアに……。アイツら……何処の誰かしら……ふふ……私も舐められたものですわ……」
「え?あ、あの、ルルカ……?」
……ルルカの様子が変なんですけど?メラメラと炎が見える気が……
「……行きましょうか、ユリア。そのシミ、きちんと綺麗にしましょうね……」
くっと手を握られた。
「あ、うん。とれるかな?」
手を繋ぎ。歩きながら話した。
「大丈夫よ。いい腕を持ってるクリーニング屋を知ってるわ。きれいさっぱり…………無くしてくれるわ……」
ニコニコとルルカが言った。
「それをつけた存在ごとね……ふふ」
ルルカがぼそりと不穏な事を呟いたが、ユリアには聞こえなかった。
ルルカ……こわひ……ぷるぷる