「初恋」
「旦那様、お帰り、お待ちしておりました……」
涙を溜めた瞳で、メイドのお仕着せを着た私は木陰から呟く。
洋館の玄関先には、使用人や旦那様の奥様が、お子様たちが、戦地からやっと帰ってきた旦那様を囲っている。
戦争が終わってから、丸一年。
旦那様が、戦死したと思われていた旦那様が、帰って来た。
大陸から、船を乗り継ぎ、列車を乗り継ぎボロボロになって帰って来てくれた旦那様。
皆が目を疑い、使用人の少年の大声で集まってきて涙を流して喜んでいる。
何故だか、私は、そんな輪に加われなかった。
木陰へと走り込み、メイド服のポケットからお守りを取り出し、その様子を見守っていた。
このお守りは、愛する旦那様に渡せなかった、お守りだ。
戦地へと旅立つ日の朝。
うんと早起きした私は、旦那様の書斎へと扉を、勇気を出して叩いた。
だが、書斎には誰も居なかった。
当たり前だ。
この日に、朝寝坊はしなくとも、きっと奥様たちと最後の夜を過ごしたのだろうから……。
わたしは、諦めて朝の務めの掃除をしに庭へと行く。
そして、日が昇る頃。
旦那様は、出発なされた。
戦争中の辛い日々。
旦那様が初めて私の仕事ぶりを笑顔で褒めてくれた日の事だけを思い出して、生き抜いた。
メイド服が、もんぺ姿になっても、ポケットには旦那様に渡せなかったお守りを忍ばせて生き抜いた。
そして、終戦直前の日の哀しい報せ。
お守りは涙で濡れた。
今、旦那様は生きて目の前にいる。
私も、皆に混じって涙を流せばよいのだ。
だが、出来なかった。
旦那様の事を心から愛していいのは、素敵な奥様だけだ。
私のは、ほんの初恋……。
そう思っていた時。
旦那様がふとこちらを見た気がした。
心臓が跳ねる。
「嗚呼……」
旦那様の名前を呟き、私は観念して、姿を木陰から見せる。
仲間のメイドの娘が呼んでいる。
いかにも、今、騒ぎに気付いて寄って来たと言う様に、私は喜びの輪の中に加わった。
お守りは、初恋と共に、穴に埋めに来たのだから……。
こんな物悲しい企画参加作品ですが、参加させていただきとても幸せです。
黒森冬炎様、ありがとうございました!
ここまで、お読み下さり本当にありがとうございました。