1 店内飲食は会員のみ、感染対策(マスク会食や黙食)遵守を会員規約にしちゃえば?
感染が拡大し、これまでなんとか持ちこたえて来た飲食店等も、いよいよ経営が厳しくなっているのではないかと心配しています。
感染者を増やさないためには、一人ひとりが感染予防するしかないと思います。
飲食店側に感染対策を求めたり、政府や自治体のやり方が悪いと非難したりしていても、感染を抑えるのは難しいのでは……?
なので、飲食店の利用者が自然と感染予防しているような取り組みができればいいのではないかと思うのですが……?
そこで会員制にすることを考えてみたので、ぜひ、読んでみてください。
「飲食店もさ、任意で会員制にするといいんじゃないか?」
天平が言った。
「会員制って――パチンコ店みたいに?」
僕が聞くと、天平はそうだとうなずいた。
「パチンコ店みたいに」というのは、パチンコ店に人が集まり過ぎることが問題になったときに天平が考えていた解決案のことだ。休業しないパチンコ店の店名を公表すると、開店していることを知ったパチンコをやりたい人が集まって『密』になるとニュースで取り上げられていたけれど。それに対して、「パチンコ店がそれぞれ会員制にすればいいんじゃないか?」っていうのが天平の案だった。
確かに、会員制にすれば――会員になれるのは地元の人に限定して、連絡先を登録するようにしたりすれば、利用する人をお店側が把握しやすくなるし、不特定多数の人の出入りを制限できる。接触確認アプリを利用していない人に感染者や濃厚接触者の連絡をとるのにも役立つかもしれない。それに、会費をとることにすれば、来店者数を減らす損失を補填できるだろうし……ということで――僕と天平の間ではそれでパチンコ店の抱える問題を感染対策と経済効果の両面でカバーできるんじゃないかという話に落ち着いた。
その後、いつの間にかパチンコ店のことはニュースなどで話題に上らなくなった……よね? あんなに騒いでいたけど、もうよくなったのかな?
パチンコは、店内にいる人がマスクをして席をあけて座り、誰かが使ったパチンコ台はアルコールで消毒して、店内の換気をよくしておけば、感染リスクは少なかったりするのかもしれないなって思ったんだけど……そういう理解でいいのかな?
実際のところどうなのかってところは僕にはよくわからないし、もしかしたらこれまではそれでよかったかもしれなくても変異株の感染もそのやり方で抑えられるかはわからないなって思うんだけど……。
ただ、パチンコはマスクをしたままでできるけど、飲食店では何かを食べたり飲んだりするのに、マスクをしたままってわけには――いかないよね? そこのところが大きな問題だったりすると思うんだけど――。
「飲食店も、会員制にして、会員規約にお客さんは感染予防をしなくちゃいけないって規定しておくといい、ってことだよね?」
僕が確認すると、天平が「そゆコト」とうなずく。
飲食店が会員制に――できる?
「えっと、パチンコ店の場合は――パチンコ店ってふつうはチェーン店っていうか、会社? なとこがやってるっぽいから、マニュアルとかきちっとしてそうだし……会社が会員規約とか感染予防のシステムとか作ってくれると思うんで会員制にしようと思ったら対応できると思ったけど。飲食店って個人経営が多いと思うし、高齢の人がやってるとことか、ガツガツやるタイプじゃない人のお店とかだったりすると、会員制にシフトするのって……対応できるかな? 『難しくてできないよ』ってなりそうだけど?」
スムーズにできる店と、スムーズにいかない店に分かれそうな気がする。
僕の懸念を天平がバッサリ。
「高齢者のお店こそ、会員制にしたがいいやろ」
言われて納得。
「それもそうか……」
高齢者がやってるお店だったりすると新しい取り組みにササッと対応できなかったり、情報弱者は対応が遅れがちだったり? 「会員制にしたらどうですか?」って言われても、会員規約をどんな内容にするかとか難しそうだから、会員制にしたくてもどんな風にすればいいかやり方がわからなかったりするんじゃないかと気になったんだけど――そうも言ってられないか。
「けど、感染予防の内容はお店それぞれになっちゃいそうじゃない? 『これくらいでいいか』『ダメダメ、もっとここまでしなきゃ』とか、お店によってバラバラになっちゃって。しっかり感染予防できてる内容のとこはいいけど、ちょっと緩めに設定しちゃったりするとこも出てくるかもよ?」
そこのとこが心配だと言うと、天平も気にしていたらしく、
「例えば、同じ商店街の飲食店でまとまって協力するとか、同じ市や町の飲食店で協力するとかするといいんじゃないかって思って」
と言った。
「あ、そっか。まとまってやればいいのか」
「一店舗だけでやろうとすっから、『あ~! もう、わからんっ! もういい! 知らんっ! どうにでもなれってんだっ!』ってなっちゃうんじゃないか?」
「どうにでもなれってんだっ!」って――がんこオヤジの店を想定?
「えっと、そうならないように商店街や自治体でまとまる、つまり、複数の飲食店で同じ会員規約を使えばいい、ってことだよね?」
「そゆコト。それなら、商店街の『町おこし仕掛け人』みたいなのがいるとこならその人が中心になってまとまってやれるだろうし。そういう人いない場合は……商店街の『わっかもん』がなんとかするやろ」
「わっかもん」というのは「若い者」という意味の方言だ。お年寄りが年下の人を言うときに使ったりするので、三十代や四十代のおじさんやおばさんでも「わっかもん」になったりする。要するに、「若造」とかそんな感じ?
実際は若ければどんなことにでも対応できるというものではないだろうし、年輩の人だっていろんなことに挑戦されてたりすると思うけど、僕らの親世代の人やもっと若い二十代くらいの人たちが商店街を盛り上げるために新しい取り組みをしているのがテレビで紹介されていたりするので、「わっかもんがなんとかするやろ」と言ったんだろう。
「あとは、商店街でそういう『音頭とる人』っつーかリーダーやる人っつーか取りまとめ役? みたいな人がいない場合は、自治体の人がサポートするとか、それか、やってくれる人を募集するとか、それか商店街とかじゃなくてもデパートとかショッピングモールとかあるいは飲食とは関係なくても大きめの会社とかあったらそういうとこの人がやってくれたりとかして……なんとか地域でまとまってできないもんかな? って思うんだけど――」
どうかな? と天平。
「えっととりあえず、一店舗だけでやろうとしないで――いや、一店舗でやれるなら一店舗でやるのでもいいと思うけど――とりあえず、複数の店舗で協力し合えば、取り残されるお店が出なくていいんじゃないか、ってことだね?」
「――と思う」
そっか。
複数の店で協力すれば――。
災害が起きたときなんかにも思うけど、常日頃から協力体制とかネットワークとか、地域の人たちで繋がりを持っておくって大事なんだな、って思う。今って町内会とかあんまりやらなくなってきてたりするし、その分はSNSで繋がる繋がり方もあったりするんだろうけど、いざというとき協力し合えるようにしとくって――大事だよね。
天平は、
「それと、うちでは規約はこういう内容にしてますとかをネットに紹介してくれる商店街があると、他の商店街とかが参考にできていいと思う。――っつか、飲食店の会員規約はネットや自治体のお便りとかで、お店を利用したい人が確認できるようにしとかないとダメだよな?」
と、後半はいま思いついたらしく、自分で自分に確認するようにつぶやく。
そして天平のつぶやきで気づく。
「そっか。飲食店が『会員制にします』って言ってもそれだけじゃ不十分だよね。それを、飲食店を利用するお客さんにちゃんとお知らせして会員になってもらわないと意味ないもんね」
ってことは――ええと、同じ商店街の飲食店で同じ会員規約を使うわけで。
……ん?
それって、飲食店でごはんを食べたい人は、『商店街』の会員になる、ってこと……?
「あのさ、一つの商店街の会員になれば、その商店街の飲食店ならどの店ででもごはんを食べられるってこと?」
「どの店ででもっつーか、商店街の中の『ごはん会』の協力店舗でなら、ってカンジ?」
ごはん会――?
なんだろう? なんか、なかなかテキトーに名づけました感が。
天平はよく直感的に名前をつけることがある。「ごはん会」っていうのはひねりがないけど、わかりやすい。仮の名前としては十分、かな?
「えっと、飲食店でごはん食べたい人が入会する会を『ごはん会』ってするってこと?」
確認すると、
「会員制にするお店の連合会、みたいな?」
と天平。
連合会――。
連合会っていうとちょっとゴツい気がするけど、「ごはん会」という響きはかわいい。
連合会というと、会員制にするお店の集まりということだから――。
「「ナニナニ商店街が主催する『ナニナニごはん会』のメンバーになると、ナニナニ商店街にある『ナニナニごはん会』協力店舗で食事ができる。けど、メンバーになってない人は、『ナニナニごはん会』の協力店舗では食事ができない、みたいなカンジ?」
と、天平の説明を聞く。
商店街の店すべてで、ではなく、会員制を導入した店ならどこででもごはんを食べられる――と聞いて、それはそうかと思う。
商店街の飲食店の中には、会員制にすることで利用客が減りそうだから会員制にしたくないと考える店や、感染予防している人しか利用してない店、すでに会員制でやってる店など、会員制にする必要がない店なんかがあったりするかもしれない。飲食店のすべてに強制的に会員制になってもらうのは違うから、すべての飲食店がごはん会の協力店になるとは限らない。
ごはん会に協力して会員制にするかどうかはお店次第。会員制にしないと感染予防にルーズなお客さんが入店することがあるかもしれなくて。そこが考えどころではあると思うけど、どうするかはそれぞれのお店の考えで決めることだ。
そしてまた、感染予防を徹底しない飲食店は協力店舗にはなれない、ということでもある。
お店の人がマスクをしません、じゃあ、お客さんが感染予防してたって感染リスクが心配だよね?
だから――。
ごはん会に参加するお店は、お店側自体が感染予防に必要な措置を取ることと、感染予防するお客さんだけをお店に入れることで、感染予防をする。
感染予防をする店と感染予防するお客さんを結びつけるのがごはん会――。
ごはん会に参加する飲食店を天平は「協力店舗」って言ったけど、ごはん会に協力するってことは感染予防に協力するってことで。ごはん会の会員になるお客さんたちもまた感染予防に協力するよってことで――。
「天平は連合会って言ったけど……『ごはん会』って、言葉で説明するとしたら、お店側もお客さん側も感染予防しながらお店で食事をできるように協力し合う会? ってことだよね……?」
僕が言うと、天平は「んーと」と少し考えて、
「うん。そーゆーカンジ?」
とうなずいた。
と、ごはん会っていうのが頭の中で落ち着いてきたところで、ちょっと考える。
「ええと、そうなると――ごはん会の会員証っていうかパスっていうか……会員カード? そういうメンバーの証みたいなものを作って、入店時にそれを協力店舗の人が確認できるようにしないと意味がないよね?」
思いついたことを口にすると、「あ、そだな?」と天平は少し考えるそぶりをみせ、
「んっと、そういうのは――誰かがそういうのちゃちゃっとできるアプリを開発してくれるといいんだけど。どこの商店街でどの店が協力店舗かっていうのと会員規約の内容を入力したら、その商店街のごはん会のページができて。協力店でごはん食べたい人はそのお店が加入してる商店街のページに会員登録すると会員になれて。いざごはん食べるぞって協力店に行ったら、その商店街のごはん会に会員登録したページを店員さんに見せると入店できる、みたいな?」
と意見を言う。それから、
「……っつか、もうすでにそういうアプリってあったりすっかな?」
と天平に聞かれ、首を傾げる。
「どうだろう?」
僕はまだ聞いたことないけど、知らないだけかも?
天平は聞いておきながら、やっぱりと思い直したようで、
「けど、会員カードって、ふつうに、お店のポイントカードみたいなのとかでいいと思うけど? なんなら、紙で作ったスタンプカードでもいいと思うし。スタンプカードならついでにスタンプ集められるやん?」
と言い出した。
「紙のスタンプカードって、本屋さんのスタンプカードみたいな?」
「そうそう、そんなんでいいと思うけど?」
「……そんなのでいいかな?」
「別に、顔情報を暗号化した二次元コードと顔認証システムを使ったカードにするとか、そこまで厳密に本人確認する必要はないと思うわ」
と、天平はあっさりしているけれど。
感染予防のための会員制なんだから、もっとカッチリやらないといけないんじゃ? ポイントカードやスタンプカードじゃ、会員になったわけじゃない人でも、他の人のカードを簡単に使えるから、マズいんじゃないかな? と思ったんだけど――。
「会員じゃない人が会員のカードを使っちゃうのが心配なんだろ?」
「うん」
「けどさ、だいたい、会員カード自体が他の会員さんから借りた借り物だったとしても、それを見せて入店したからには、店内では会員規約を守るって意思表示をしてるわけだから――会員カードが借り物であってもたいして問題になんないんじゃないか?」
天平がこともなげに言う。
言われてみれば――。
「あ、そっか。要するに、お店を訪れたお客さんが、店内では感染予防をしながら食事をしてくれればそれでいいわけだから」
会員カードが絶対にその人のものでなければならないというわけじゃない――と言えるかもしれないかも。
「そゆコト。会員制にするのは、会員しか入れないぞってことじゃなくて。店内では会員規約に書かれた感染予防対策をお客さんが守らなきゃいけないってことをお店の人とお客さんが意識するようになるとこと、お客さんが感染予防しなきゃいけないんだなっていう雰囲気づくりができるってとこがポイント!」
「うん。確かに、そこが大事なとこだよね」
そして今、きっと多くの街で足りてないとこだ。
すると天平が、
「んで、どこかの会員になるときは、コロナがどういう風に感染するのか、どうすることで防げるのか、感染予防の講習を受けなくちゃいけないことにする!」
と言い出した。
「え?」
講習を受ける――?
講習って……。
「……それはまあ、感染が拡大してるのは、コロナがどんな風に感染するかわかってない人が多くて予防ができてないっていうのが大きいんじゃないかと思うから、感染予防の講習を受けなきゃいけないことにするのはいいことだと思うけど……。ソレ、どこで誰がやるの? 会員にするのは商店街で取り組むんだよね? けど、感染予防の講習まで商店街でって……」
商店街の人たちはただでさえ感染対策や資金繰りで大変なとこが多いんじゃないかな? それなのに商店街の人たちで感染予防の講習までしてくださいというのは……どうだろう?
首を傾げる僕と天平の思いは同じで、
「さすがに飲食店の人にやってくれとは言えないって思うわ」
と首を振る。
「だったら――?」
「それなんだけど、ホストクラブのホストのお兄さんたちがやれたりしないかな? って思ったんだけど――」
「ホストクラブ?」
「そう。ホストの人とか、あと、ホステスさんとか? 夜営業のお店の人って、時短営業とかで仕事できてなかったりしてたりするんじゃないかと思って」
「コロナで仕事ができなくなった人が働けるように、ってこと?」
「そう。それに接客業の人だと人と話をするのとか上手い人多いと思うんで、講習をするのって向いてそうかな? って思って」
つまり――。
感染予防の講習をすることで飲食店のお客さんたちに感染予防を広めるだけじゃなく、講習をする役をコロナで仕事ができなくなった人の支援にできればなおいいんじゃないかというのが天平の考えらしい。
それがうまくいけば一石二鳥だと思うけど、ただ、少し気になったのが――。
「接客業で人と接するのと、講習会の先生をやるのって、ちょっと違うんじゃない?」
感染予防講習と聞いて、複数の生徒相手に先生が黒板に板書しながら説明していく、学校の授業のようなイメージでいた僕は、接客業してた人が講習会の先生をやるとき、それまでの仕事と同じ感じでできるかはわからないんじゃないかと心配したんだけど――。
「あ、『講習会』っつーカンジじゃないな……? 教室で授業やるカンジじゃなくて個別授業っつーか? マンツーマンでやるのがいいと思うんだけど」
と天平。
「マンツーマン?」
それってどういう感じ――?
「感染予防講習もするけど、その流れで会員カードまで発行しちゃえばいいと思うんで」
「会員カードまで発行する?」
「そう。だから、一対一で対面でやんの。講習をする側と受ける側の人がテーブルはさんで向かい合って――あ、だから講習をする人と受ける人の間には、アクリル板かビニールシートかなんでパーテーションをしっかりやる!」
ということは――。
パーテーション越しに一対一で向かい合って感染予防の講習――?
「会員になりたい人には会員規約を書いたプリントを渡しとくだろ? あ、ペーパーレスでいけるならペーパーレスで」
「っていうと、スマホとかタブレットとかで会員規約を確認できるようにしとく、ってこと?」
「そゆコト。二次元コード作っといたりしてさ?」
「二次元コードを読みこめば会員規約を取得できるようにしとくってことだね?」
「そ。そんで――ま、プリント持ってる設定で話すけど――お互いに自分が手元に持ってるプリントを目で読みながら、講師役の人が、『第一条は、入店時はマスク着用のこと、となってます。なので、マスクをして入店するようにしてください』って説明してく、みたいなカンジ? そんで、一通り説明が終わって、質問とか聞いて、入会希望者が、規約に決められていることを守って感染予防をすることを約束しますって誓約してくれたら、そのまま会員カードを渡すといいと思って」
と、天平は手ぶりを交えながら自分のイメージを語る。
一対一で説明するっていうと、確かに、僕が思っていた授業型とは違っている。
それに、その場で会員カードを渡すということは――。
「あれかな? 『八角堂』で三池さんから、本を借りるときの手続きの仕方とか、返却はどうすればいいのかとか、一回に借りれるのは何冊までで返却期限は二週間ですとか、利用の仕方やルールを教わってから図書カードを作るときみたいな感じ?」
と、自分がイメージしたことを話してみる。
『八角堂』というのは僕たちのホームグラウンドになっている私立図書館で、三池さんはそこの館長。司書もしている、やさしいおじいさんだ。
天平は「うんうん。そーゆーカンジ」とうなずいて、さらに補足をした。
「講習やるっていうより取り扱い説明するカンジっていうか? 協力店舗の利用の仕方や決まり事を説明して、それに納得した人には入会してもらって会員カード作る流れでやるといいと思って」
天平のイメージしていた流れがつかめた僕は、すっきりした気持ちで大きくうなずく。
わかってみると、特に難しい話ではなく。
会員規約を決めて会員になってもらって会員カードを発行しても、肝心の『感染予防』を入会者が理解していなかったら意味がないよね、という話だ。
「ほら、『マスクしましょう、でも暑かったらマスク外していいですよ』って言っちゃうと、『マスクしなくてもいいんだ』ってしか思わないようじゃ心配だろ?」
と天平。
天平が言っているのは、去年の夏ごろ、僕たちの間で話題にのぼっていた件だ。
「そうだね。『マスクしなくてももう大丈夫』って言ってるわけじゃなくて、『マスクを外してもいい』って言ってるだけで。それって『マスクを外してもいいけどそのときは咳エチケットなどで対応してください』っていう話だよね? って話してたヤツだよね」
僕が言うと、天平は「そうそう」と大きくうなずく。
僕は話を続けた。
「だって、『マスクを外してもいい』と言ってるだけで、『新型コロナに感染する危険がなくなりました』って言ってるわけじゃないんだから。当然、マスクをしないならしないなりの感染対策をとらないと意味がないってことは――考えればわかるよね? なのに……『マスク外してもいい』が『マスクを外した状態で咳やくしゃみをしそうなときや声を発するときはハンカチなんかをマスク代わりにして口に当てて飛沫が飛ばないようにガードしなきゃ』ってならない人、いるみたいだもんね?」
僕にはちょっと謎だったけど、『暑いときはマスクを外す』が『暑かったらマスクを外してふつうにしていい』に変換されちゃう人がいるみたいで。
だけど、コロナがなくなったわけじゃないから、条件は変わらないはずだよね? なので、マスクを外すのは熱中症にならないようにするためで、その場合は、マスクを外す代わりに飛沫を飛ばさないような工夫が必要になるって、ふつうに考えたら当然そういう流れになると思ったりしたんだけど――。
「そーそー、そーゆー人いるっぽいやん?」
天平もよくわからないと思っているような顔で言いつつ、フォローもする。
「あれはテレビとかで『暑いときはマスク外していいですよ』の部分を強調し過ぎちゃったとこあるからな?」
そこがまずかったんだろうなと、渋い顔。
言いたいことはわかる。
「運動したときや暑いときでもどんなときでもマスクを絶対にしておかないといけないんだろうって、マスクをしっぱなしでいたせいで熱中症になって亡くなった人もいたみたいだから、熱中症にならないように暑いときにマスクを外すことを心がけてほしいです、ってことを言いたかったってことだよね?」
「だよな? ――わかる。それはわかるんだけど」
「それはわかるんだけどね……」
それにしても――。
だからってそれがイコールマスク外してコロナがない状況と同じ過ごし方をしていいってことにはならないんじゃないかって思うんだけど……?
天平も同じところが引っかかるらしく、
「熱中症とコロナだったら熱中症の方が死に至る危険が高いケースが多いから、コロナより熱中症の方を警戒したっつーのはわかるんだけど。『マスク外していいですよ』じゃなくて、『暑いときはマスク外しましょう。ただし、コロナの感染防止も大事なんで人と距離を取って飛沫が飛ばないように気をつけてください』ってプッシュしとくとよかったんじゃないかって思うわけで――」
と、思いを吐き出す。それから、自分が言ったことを否定するように、
「まあ、そういう言い方してコロナ対策を勧めちゃうと、コロナの方を優先してマスク外さないでいちゃって熱中症になって危険な状態に陥る、なんて人が出ちゃってたんかもな? とか思ったりもするんだけど――」
と言葉を区切り、大きなため息をつく。
「なんかさー、感染予防か経済か、とか、コロナ対策か熱中症対策か、とか、二択にしてどっちかしか選べないって思わせられるような話の持っていき方になってない? そゆとこマジですんげーイヤ。なんでどっちかしかないわけ? って思うやん?」
天平はそう言って、また大きくため息をつく。
「そうなんだよね。どっちかじゃなくて、どっちも選ぶとこだと思うもんね?」
僕も同意。
テレビでは感染症の専門家が直接はなしをしたり、実際に感染した人に取材していたり。視聴者に何をどう伝えるか、いろいろ考えて番組作りされてあるんだろうなって思うのは確かで。テレビのおかげで僕たちも、ふつうなら知り得ない情報でも知ることができていて。テレビってホント、すごくいろんなこと取材してて、勉強になることでいっぱいなんだけど――。
天平が言うように、二択をつきつけられてるように感じるときなんかもある。
だけど、そこには受け手のスキルも大きく関係しているはずで、天平が言ったように、テレビでコロナ対策を勧めると視聴者がコロナ対策やらなきゃでいっぱいになっちゃうようじゃ、熱中症対策を勧めるしかないだろうって思う。その結果、二択をつきつけることになっているのかもしれないとしたら――。
難しいな。
天平は気を取り直すように「ま、そこでだ!」とビシッと言う。続けて、
「ただ『感染予防してください、どんなことやればいいかは会員規約に書いてるんで読んどいてください』って、『やって下さい式』でやるんじゃなくて。感染予防講習ってことで、入会手続きの前段階で、感染予防する上での注意点とかを一人ひとりにしっかり確認してもらうようにした方がいいって思うんだよ」
と言うと、調子を上げる。
「マスクひとつとってもさ? マスクのつけっぱなしは熱中症が心配になるだけじゃなく、肌にも悪いっつーから、外せるなら外しといたがいいと思うけど、その『外せるなら』の『外せるタイミング』とか『外せる条件』とか『外したときにどういうことに注意しなきゃいけないか』とか、そういう判断っていうのが、やっぱ、感染予防の仕組み、みたいな? 基礎的なとこがわかっとかないとできないんじゃないかって思うんだよな?」
「僕は、周りに人がいなければ、マスク外して大声出したっていいと思うけどね?」
「オレもそう思う。ただ、大声出すと飛沫が飛ぶから、飛沫が引っ付いてそれを誰かが触ってしまったりするようなことがないようなとこなら大声出してもいい、ってカンジかな? そこまでは気にしなくていいって人もいるみたいだけど、新型コロナのウィルスってかなり長生きっていうか、しぶとく感染力を維持するっていう話もあるから」
「そっか。周りに人がいなくてもスーパーの商品に向かって大声出すとかしてたら、商品に飛沫がかかっちゃってダメだよね。だから、人が触る可能性のあるものにはできるだけ飛沫を付けないように心がけるってことが大事――」
「――と思う」
「とにかく、コロナのウィルスをバラまかないようにしておくと、ウイルスを拾って感染する人が出ないから、感染が拡大するのを抑えることができるわけだもんね?」
「だからマスクしとこうってことなわけだし」
「けど、逆に、人の飛沫が飛んでいるかもしれない場所を触ったら、触った人が手を高濃度のアルコールで消毒するっていう防ぎ方もあるよね?」
「防衛する手もあるよな。――っていう話ができる程度に、みんながコロナのことを考えることができておくのがいいと思ってさ?」
と、天平は感染予防講習に寄せる思いを語った。
天平が言うのを聞いて、大いに納得。
確かに、天平が言うようにちょっとした感染予防講習っていうのがあって、それを受ける人がいっぱいいて、「暑かったらマスク外していいですよ」って感染症の専門家が言ってるのを聞いたら、「暑いときは熱中症にならないようにマスク外した方がいいけど、そのときは周囲に人がいるかどうか、周囲に人がいるときは飛沫が飛ばないようにできてるかどうか気をつけたりしないとな」って思える人がたくさんたくさんになればいいって思う。
ふと思った。――きっと、みんな、話し足りてないんだ。
コロナのことばっかり考えてコロナのことばっかり話してなきゃいけなかったら嫌気がさすだろうし。テレビでも毎日毎日コロナコロナで、それじゃあ息がつまるし。あんまりまじめに考えたくなくなっちゃって、「暑かったらマスク外していい」って言われたら「マスク外していいんだ、ふつうにしていいんだ」になっちゃってたりしたのかもしれない。それって結構ふつうの感覚なのかもしれない。
でもだからこそ、今からでも、感染予防の勉強ができるきっかけがあって、勉強できたらいいなって思う。ワクチン接種が進めば新型コロナも終息するだろうけど、それまでは感染予防することでしか、感染を抑えることはできないんだから――。
「だからさ? 感染予防講習っていっても学校の授業みたいに教科書があって先生が板書して……みたいな堅苦しい話じゃなくってさ?」
「うん」
「今オレらが話してたみたいに、『こうだよね』『そうだよね』『いや、そこはこうだよ』『え? こうじゃないの?』とかそういうカンジでやれればいいと思うんだよな?」
「うん」
「ふつうに何かの会員カード作るときに説明するみたいなカンジでやるカンジ?」
「うん」
「だから、学生さんがバイトでやるカンジでやってもいいと思うし」
「うん」
「そんなんだと、場所は選ばないと思うんだ。お店の軒先とか、アーケードの一角とか、どこでもいい。とにかく、どこかに折り畳みの長机を置いて、机をはさんで椅子を向かい合わせに置いて、机の真ん中にパーテーションをすれば、それで十分、感染予防の説明ブースになるんじゃないか?」
と、天平は話した。
どうやら、感染予防講習をする場所づくりについてもすでにイメージを固めていたらしい。
確かに天平の言うように、会員規約をプリントしたものを読んで話を聞いたりするだけなら、大掛かりな設備はいらなさそうだ。ブース作りも簡単に済む。
天平はさらに、
「んで、一対一で話すことにするとさ、コロナ禍で人と話せてなくてストレスが溜まってる人とかが、ついでに不安なことを話したりできるだろうな、って。そうやって胸につかえてることを吐露することができたら、少しは心を落ち着けられたりするんじゃないかな、って」
と、感染予防講習を思い立った別の理由も語った。
コロナ禍で人と話せていない人――。
コロナのせいで人と距離を取れと言われ、話をしようにもマスクがジャマで……人とふつうに話したり触れ合ったりできないことがストレスになって、その反動で余計にコロナなんて存在してないみたいにふるまおうとしてしまう――感染者がなかなか減らないのは、そういう心理が働いて感染予防ができていない人がいるのかも?
だとしたら――?
感染予防講習と会員カード作りを利用して、コロナで不安を抱えている人の気持ちを解きほぐすことができたら、これまで感染予防から目をそらしてしまっていた人たちが落ち着いて感染予防に取り組んでくれるようになるかもしれない。
抱えている不安を誰かに打ち明けられたら――。
「それでホストの人とかホステスの人とか、人と話をする仕事してる人がするのがいいんじゃないかって思ったんだ?」
僕がたずねると、天平がうなずいた。
「そゆコト。だから、芸人さんとかがやってくれるのもいいなって思うし」
「芸人さんも、話しが上手い人多そうだよね」
「そう思って。ほら、雑談でいいんだ。むしろ、コロナとかと関係ない話の方がいいかもしれない。ふつうの話、できたらさ? ただ単に会員になる手続きするっていうだけじゃなくて、ちょっと人と話せることで安心できたりするかな? って」
「うん」
「んで、ブースを屋外に作る場合は換気は悪くないと思うけど、感染予防講習する人と入会希望者はがっつり対面で話をすることになるから、パーテーションは、がっつりビニールのシートとかで、ある意味、刑務所の面会室くらい仕切っちゃうだろ? そしたら感染リスクはかなり低い状態で、ひとしきりおしゃべりできたりするかな? って」
そう思ったのだと天平が言う。
「そっか……」と僕は考える。
「ただ会員規約を読み上げていって『こうしてください』ってやるだけより。スーパーで買い物してたらついついマスクするの忘れててあわてちゃったとか、マスク会食の苦労とか、お菓子食べようとしたらフェイスシールドしてたとか、そういうコロナあるあるな話ができたり。こういうときってこれでいいのかな? とか、こうなってたんでこうしたんだけどあれでよかったのかな? とか、町でこういう人見かけたんだけどどう思う? とか、そういう話ができたらいいってことだよね?」
「そうそう、そーゆーカンジ」
僕のたとえ話に天平が笑いながらうなずきを返す。
天平の話を聞いて考えた。
僕はおじいちゃんやおばあちゃんと暮らしているし、こうやって天平とも話をするし、学校へ行けば先生やクラスメイトたちもいる。思っていること感じたこと――たいしたことのないちょっとしたことでも――話そうと思ったら人と話せる環境にある。
だけど、一人暮らししている人や引っ越してきたばかりで知り合いがいない人などは、人と話ができずに一人で不安を抱えてしんどい思いをしているかもしれない。なにもないときなら一人でも別にさみしいと思わなくても、未知のウィルスの感染が拡大するという異常事態に心細くなっている人もいるかもしれない。
そう考えると、対面で話ができるって、ふだんなかなか話せる人がいない人にとってはすごく楽しい時間になるかもしれない。楽しく話すことで、気持ちが楽になる人がいるかもしれない。
もしもそうなら――。
「それだと、会員カード作りは『めんどう』なものじゃなくて、『やってもいいかな?』っていうものになるかもしれないね?」
そうなるといいな。――そう思いながら言う。
さらに天平は、
「それに、自分の感染予防の仕方について『これでいいよね?』って誰かに確認したいけど、誰に確認できるわけでもないやん? そのせいで、いまいち自分の感染対策でいいのかどうか安心できないっていうのも、感染予防をしにくくしてるとこなんじゃないかって気がすんだよな?」
と、感染が拡大してしまうのはどの辺に問題があるのか、独自の意見を言い出した。
言われて自分の気持ちと照らし合わせてみると、確かにそれはあるかもしれないと思う。
「感染予防はこうしてくださいってテレビとかで言ってるのを聞いて、こんな感じでいいよね? っていう、自分なりの感染予防ルールみたいなのを作ることはできるけど。誰かに太鼓判を押してほしいって言うか……そういうのはあるかも」
「だろ?」
「なんていうか、勉強をしてみたからテスト受けて解答するとこまではできるけど、自分の答えが合ってるかどうか丸つけしてもらえないと安心できない、みたいな落ち着かなさってあるもんね?」
僕が言うと、
「あ、そんなカンジ」
と「わかるわかる」という顔で天平がうなずいた。
そして天平はさらに話を続ける。
「それに、誰かのやってる感染予防の仕方がよさそうだったら、それを今度は他の人に教えてけばみんなで共有してくことができるしさ?」
「そっか、逆の流れもあるわけだ? 感染予防講習は、一方的に教えるだけじゃなく、入会希望者がやってるやり方でよさそうなのがあったら採用する、みたいな?」
「それも、感染予防の講習で拾い上げた感染予防方法なら、広める前に専門家の人に確認とったりできそうだし?」
天平がさらりと言い、僕はハッとする。
「そっか。SNSで発信されている情報だと、真偽のほどが確かじゃないことでも広まっちゃったりするから、そこのとこが心配だもんね?」
「そうなんだよ。けどさ、個人で感染症の専門家にこのやり方で大丈夫ですかと直接聞くことは難しいと思うけど、『ごはん会』っていうまとまりでなら、感染症の専門家の指導を受けやすそうだろ?」
と言って、ただ、と天平が言葉を継ぐ。
「もちろん、感染予防って『これさえやっときゃ大丈夫!』みたいなのなくて、臨機応変っつーか、そんときそんときでできることやってかないといけないだろうから、キッパリ白黒つけるみたいに丸付けできるわけじゃないだろうけど」
「そうだね、入会希望者が『こんな感染対策やってるんですけど』って言ったのに対して『それで大丈夫です』ってキッパリ断言するって、感染症の専門家でもできないかもしれないよね? というか、人にそれで大丈夫ですって言われたことで安心されちゃって、それ以外の感染リスクを考えなくなっちゃったら逆効果だもんね?」
「気を張ってばっかりはいられないけど、気を緩めすぎてもいけないし。ホント、めんどくさいなって思うけど」
そう言って、うんざりした顔をする天平。
ホント、コロナってめんどくさい。僕だってそう思う。
「けど、会員カードを作るときに、入会希望者が講習役の人にいろんな話を聞いてもらうことで落ち着くことができて。どんな感じで感染予防をしていけばいいかっていうのを確認できて。そうやって、会食するときに感染予防することを無理せず自然に受け入ることができていくといいよね」
イヤイヤやるんじゃなくて。無理せず自然に受け入れる――それができればいいと思う。
「そうなるといいな!」と天平も笑顔を見せる。
それから――。
「とりあえず、そういう感染予防講習をしなきゃいけないってことにしたら――少なくとも、感染予防の講習をする人に予防の仕方を広めて浸透させることができる!」
と、天平がキッパリ。
講習する人に予防の仕方を浸透させることができる――。
そう。そうなんだよね。
感染予防の講習をするようにしようとすると、入会希望者に感染予防を浸透させようとすることだけが狙いのように思ってしまうかもしれないけれど。感染予防の講習をしようとしたら、講習をする役の人こそ、感染予防のことをよく知っていなくちゃいけないわけだから、当然に講習をする役の人も感染予防にくわしくなる。――そこも天平の狙いだ。
天平のことだからそうだろうと思っていたけれど――。
「それって講習をする役の人たちこそ、感染予防の講習を受けなきゃいけないってことだよね?」
天平が考えているように入会希望者の相談相手も兼ねるのなら、講習する役の人に求められる感染予防スキルはけっこうハイレベルになってしまわないかな――?
会員規約を音読するだけとは違う。入会希望者の質問に答えられるようなレベルにならなきゃいけないわけだから。ちゃんと専門家に教わってやらないと――。
「講習する役の人はリモート学習できるといいと思うんだけど……。感染症の専門家とか感染予防の指導をしている関係者とかにオンラインで教われるといいんだけどな?」
天平が思案顔で言う。
「そっか、オンラインで勉強すればいいのか」
入会希望者への感染予防講習を一対一の対面式で考えていたからそのイメージを引きずってしまっていたけど、講習する役の人の感染予防の勉強はオンラインでやればいいんだ。
オンラインなら感染リスクはないだろうし、一度にたくさんの人が学べるし、学ぶ人どうしでお互いに教え合ったりもできるだろうし……。感染予防の講習をする役の人は、人に教えることができるようにならなくてはいけないから学習意欲が高そうだから、勉強が進みそう。
「じゃあ、ひととおり勉強が進んだら、模擬実演もできるね?」
僕が言うと、天平が「ん?」と反応する。
「教わってる人どうしで組んで、片方が入会希望者、片方が講習をする役になって、講習の実演をやってみる。入会希望者役の人は、実際に入会希望者から質問されそうなことを質問して、講習する役の人がそれに答えてみる。そうやって講習を実際にうまくやれるかどうか試して……事前にシミュレーションできていたら、本当の入会希望者を相手に講習をするときスムーズにできそうだなって」
そういうこともオンラインでやることができるはず。
「模擬実演。いいな、ソレ」
天平の賛同を得る。
そしてふと思い出した。
「そう言えば、熊本の豪雨被害で、学生の人がボランティアに行く場合は感染予防の知識を問うテスト? に合格しないとボランティアに参加できないってことにしてた学校? 大学? か何かなかった?」
「ボランティア……そうだ! そうそう! そうだよ! 感染予防の事前講習を受けてからじゃないとボランティアに参加できないとか、そういうのだろ? そんで確か、そういう関係で動画も作られてたはずだ」
「動画?」
「感染予防のマニュアル的な動画? だと思うんだけど、そういうのもどこかが作ってて、誰でも閲覧できるようになってたんじゃないっけ? ――そっか、飲食店での感染予防もいろんなパターンに応じた感染予防に適ったふるまい方を紹介する動画を作って、それを入会希望者の感染予防講習で一緒に見てもらうようにすると――」
「それだとイメージをつかみやすいよね? 百聞は一見に如かずだ」
「そんで、動画を見てもらって、会員規約を確認して、それから、質問とか受けたり、細かい話をしたり、世間話なんかもついでに話したりするようにするといいんじゃないか?」
「うん。いいと思う」
イメージができてきた。
動画を使って感染予防の講習ができれば、講習する役の人の負担が減るだろうし、言葉や身振り手振りだけで説明するより具体的になって、相手にもわかりやすいだろう。
それに――。
「そういう動画が用意されていたら、入会した後でも、ふと気になったときに動画を見て気になったところを確認することができるね?」
僕が言うと、天平もうなずく。
「家族や友達とか感染予防の仕方がよくわかっていない人に、こんなカンジがいいみたいだよ、って動画を見せることもできる」
「そうだね」
「ま、そうなるとさ? 動画を作って誰でも見られるようにしておきさえすればそれだけでもういいんじゃない? って思う人もいるかもしれないけど――」
「感染予防講習なんかしないで、『動画つくったんで、あとは自分たちでこの動画を見て確認してください』ってやればいいって?」
「そうそう。けどそれだと、人によっては、動画を見たことにして実際には見ないで確認したことにしてしまうかもしれないなって思うんだよな? だからやっぱ、感染予防講習はできるだけやったがいいんじゃないかと思うんだよなー」
と天平。「自主的に動画で感染予防の勉強をしてください式」にすると、結局、感染予防の勉強をしないですます人がいそうだと心配なのだろう。
入会希望者が動画を見て感染予防を学んだら会員に登録される。そういうやり方ならたくさんの人に短時間で対応できる。実際に感染予防講習と会員カード発行をセットにして一対一の対面式でやろうとしたら、とにかくたくさんの人が動くことになって大事だから、各自スマホですべての手続きをすませることができるならその方がきっといい。そうできるのがいいんだろうけど――。
できるかな?
そのためには一人ひとりがウソ偽りなく取り組むしかない。
一人ひとりがしっかり考えて必要なことを自主的にやるのが僕たちの流儀であり理想だったりするんだけど、現実にはそれが一番むずかしいんだろうなって思う。これだけ感染が拡大しているってことは――そういうことだよね?
感染予防講習を思い立ったのは感染予防のポイントをできるだけ多くの人に学んでもらうことが、感染の拡大を抑えることになるはずだから。それなのに、そこを自主的にやって下さいにすることで肝心なところがおろそかになってしまったら、会員制にする意味がない。
「そうだね。接触確認アプリだって、普及……してるのかな? ダウンロードした人は前よりずっと増えてはいるみたいだけど、それでも、入れてる人そんなに多くないんじゃないかな? って思うもんね?」
どれくらい普及しているのか正確な数字は確認してないけど、日本で接触確認アプリの普及率がいいという話は耳にした覚えがない。
「接触確認アプリか――」
天平がアプリに反応を見せる。
「入会希望者の人がまだダウンロードしてなかったら、それも感染予防講習のときにダウンロードしてもらうようにする、よな? ――っつか、接触確認アプリってなんか問題も起きてたみたいだから、その辺の不安なとことかわかんないとことかも話せるといいかも?」
「接触確認アプリのことも、入会希望者が感染予防講習で講習する役の人と話せればいいって?」
天平はそう考えているようだけど――。
接触アプリは不具合が起きたような話があった気がするけど、それはシステム的なことだった気がする。入会希望者からすれば接触確認アプリもひっくるめて感染予防の話になるだろうけど、講習する役の人からしたら、感染予防とアプリのシステムはちょっと別問題だったりするんじゃないかな? と考えていると、
「アプリのことだと感染予防の講習をする人じゃわかんないかもしんないから、オンラインで、アプリにくわしい人と繋がれるようになってるといいんかも?」
と天平。
そこから天平はひとり、語り出す。
「っつか、どの店を何時から何時まで何人で利用したか飲食店サイドに情報が伝わる仕組みにしたら、マーケティング調査したい会社とかは飲食店の会員制化に協力してくれるんじゃ? けどそれが今度は個人情報が筒抜けになるとかプライバシーの侵害とかになるんかな? 情報を提供する代わりにポイントがつきます、みたいなことで、会員になる人が任意で利用情報を提供するかしないか選べるようにしとけばいい? そんで、ついでにワクチン受けた人は会員カードにワクチン受けた人だってわかるようにしとく? いや、そんなしていったら会員カードが他人に使われないものにしないとダメか。紙のスタンプカードじゃなくて電子ID系の会員カードにする? それこそ、二次元コードで本人確認できるといい? ワクチン受けたら顔情報を暗号化して、それをごはん会で管理して、検温装置に顔認証がついてて、勝手に照合してくれるとかそんなカンジ……?」
天平の頭の中でめまぐるしく考えが飛び交っている。
マーケティングがどうのと言っているのは、前にスーパーのレシートが売買されているとテレビで取り上げられていたヤツだろう。どれくらいの年齢の人がどんな商品を購入しているか、というのが、マーケティングの情報として価値があるらしい。
だから、どの飲食店をどんな人が利用したかということも、マーケティングの情報になり得そうだと考えているのだろう。
ただ、誰がどこでどんなものを購入したかがIDカードなどで追跡できるような仕組みになっていると、その人の行動がすべてわかられてしまうことにもなりかねないことから、監視されているようでイヤだという意見もあるらしい。
誰がいつどの飲食店を利用したかが会員カードの記録からわかるようだと、自分の行動を監視されているようでイヤだと感じて会員になりたくないと思う人もいるかもしれない。紙製のただのスタンプカードみたいな会員カードなら、そんな心配はないと思うけど……。
それから、ワクチンを受けた人かどうかがわかるようにするのはどうかという話は、ワクチンパスポートなどと言われているヤツじゃないかな? ワクチンを接種した人ならコロナがなかったころのように暮らしても感染リスクが低くすむと考えられ、ワクチン接種者が食事をしたり買い物したり旅行したりすることで経済効果が期待できるから、ワクチンを受けた人かどうかハッキリわかるようにしておいて、ワクチン接種した人には行動に制限をかけないようにする方がいいんじゃないか? みたいな話だと思う――。
まだ考えこんでいる天平をよそに、僕はこれまでの経過をまとめることにする。
複数の飲食店が協力して「ごはん会」を結成する。
「ごはん会」協力店舗で店内飲食したい人は「ごはん会」に入会しなければいけない。
「ごはん会」に入会するには、感染予防講習を受け、会員カードをもらう必要がある。
会員カードは紙製のスタンプカードのようなものでもかまわない。――本人でないと使えないような内容を盛りこまなければ。
スマホのアプリで会員登録などができるならそうできるといいけれど、感染予防講習は受けてもらう方がいい。
感染予防講習をすることで、飲食店の利用者に感染予防をしようと心がけてもらいやすくなるし、感染予防をしない人には入店をお断りすることができる。それだけでなく、感染予防をするときに入会希望者が不安なことを話したりすることで、心を落ち着けてもらう効果も狙う。また、接触確認アプリを入れていない人にはこの講習を機にダウンロードしてもらう。
感染予防講習は一対一の対面式で、間にパーテーションを入れて、互いに手元のプリントで会員規約を確認しながら行う。感染予防の仕方を紹介する動画などを用意すると説明しやすそう。
感染予防講習を受け、会員規約を守ることを約束してくれたら、その場で会員カードを渡すので、「ごはん会」協力店舗でごはんを食べるときは、この会員カードを提示する。
――とまあ、ざっとこんな感じ?
だとすると、他に気になるところは――。
「自分の理解で合っているか自信がない人には、感染予防の知識を問うテストを受けてもらうようにできればいいいかも?」
自分が入会希望者になったつもりで想像したときに、感染予防講習を受けただけですますのは少し不安な気がしてつぶやいた。
テストで自分の理解を確かめるのって大事だと思う。ただ教わっただけじゃ、意外と身につかないものだと思うから。――料理なんかそうだよね?
天平は料理男子で、うちに来ると、うちのおばあちゃんと台所に立って料理つくったりするんだけど、僕はお皿を並べる担当なんだよね。僕も料理を手伝おうとするんだけど、おばあちゃんからも天平からも「こっちはいいよ」って言われる。料理って作り方見てるとできそうなんだけど、実際に作ってみるとなんか違うらしくって――?
まあ、料理の話はいいんだけど。
と、
「テストで確認するのも、やらないよりやったがいいよな」
天平が僕のつぶやきに同意した。考え事からこっちの世界に戻って来たようだ。
「テストって言っても、基礎を問う検定試験みたいな――クイズみたいな、間違ってもいいよ、みたいなのなら――そんなに嫌がらずにやってくれると思うんだよね? 講習する役の人が一緒に考えながらやってくれたら、テストが苦手な人でもそれなりにやってくれると思うし」
「感染予防に自信がある人は、本人の希望次第だけど、感染予防のテストをやってもらって、テストの点数が合格ライン超えてたら感染予防講習は免除するか、簡単に済ますようにするっつーのもアリだよな? そんで、その場合は会員規約だけチェックしてもらって、他に話したいことなければそれでおしまいってことで」
「そっか、そだね」
天平の話を聞いて、感染予防の講習は、日頃から新型コロナ関連の情報を収集して勉強している人からすると積極的にやりたいものではないかもしれない可能性に気がついた。
わかっていることをさらにやらされるのって、わずらわしく感じたりするもんね?
ええと、他に気になることは――。
「あのさ、ごはん会に入らないとお店でごはんが食べられないってなると、ごはん会に入りたいって人が入会手続きに殺到するかもしれないよね?」
僕たちの住む街でも、人が集まればそれなりに密集すると思うけど、都会はその比じゃない。お祭りみたいな人出になったら……大丈夫かな?
心配して言うと、天平もすぐにその可能性に気がついた。
「ん? あ、そっかも。――そっか、その問題があるよな」
「うん」
「んー。そうだなー? お店でごはんを食べたいと希望する人は、ごはん会の入会希望者を募ってしばらくの間に集中するかもしんないよな……?」
天平が言う。
僕もそう考えた。
いま店内飲食している人はたくさんいて、その人たちがそのまま店内飲食したいって思ってすぐに入会手続きをすませようとしたら――時期をズラして少しずつバラバラに入会手続きに来る、とはならない気がする。
「入会手続きに人が集まりすぎると感染リスクが高くなるよね?」
「なるよなー」
天平が口をへの字に曲げる。
感染予防の講習をするはずが、感染の温床になってしまっては本末転倒だ。
「入会希望者が多くなるなら、その分、対応する側の人も増やせばいいと思うんだけど……入会手続き用のブースをたくさん用意する?」
そういうことでいいのかな?
「そだな、ブースをたくさん用意して入会希望者に対応するのがいいよな? 入会希望者にはできるだけ早く入会してもらって感染予防しながら飲食店を利用してもらった方が経済的にはいいんだろうから……」
「そしたら――たくさん入会希望者が集まって来ると仮定して、入会手続きする人をたくさん養成して入会手続きをやってもらって……」
「しばらくしたら、入会したがってた人がみんな入会しちゃって、新しく入会したいって人はまばらになるかもな?」
「その場合は――ブースを閉じていく?」
「まあ、そうなるだろうな?」
「じゃあ、感染予防や入会手続きのブースって、パッと作ってパッと解散、みたいな感じになるのかな?」
パッと作ってパッと解散じゃあ、もったいないというかなんというか……? という気になってしまったんだけど――。
「そもそも、ごはん会自体が新型コロナが終息するまでの期間限定その場しのぎの感染対策プランだもんなー」
と天平に言われ、あ、それもそうかと思い直す。
「そうだね、コロナの感染リスクがなくなれば、ごはん会をやる必要はないわけだもんね?」
日本に住む人や日本に入国する人がワクチンを接種して、そのワクチンがどんな変異種の新型コロナウィルスにも確実に効果を発揮して、感染リスクがない状態になってしまえば、ごはん会は解散になるはず――。
などと考えていたら――。
「オープンテラス作るっつーのは?」
天平が言う。
「オープンテラス?」
それはまたどっからの話? と天平に聞き返す。
「入会希望者が殺到しそうな場合は事前予約で受けつけるっつーのが基本になると思うけど――」
「うん?」
「入会希望者が思いの外いっぱい集まっちゃったら入会希望者に整理券配るやん? そんで入会希望者はその商店街で飲物とか買ってオープンテラスで飲みながら自分の番を待つの。どう?」
と天平。
入会手続きの順番待ちをしている人が列になって並んだり、たむろって混雑したりしないように、入会手続きブースの近くに待合場所をつくるとともに、商店街のものを買ってもらおうと目論む。天平らしい考えに、僕は口元で笑いながら「いいかもね」とうなずきを返す。
「ま、感染予防講習と入会手続きは、感染リスクを抑えることを一番に考えたら、オンラインでやればいいと思うし」
「それはまあ、そうだよね」
「たくさんの希望者を一気に入会させていくには、学校でやるとか会社でやるとかもできると思うし。それこそ、ホントはワクチン接種やるみたいな感じで会場作ってみんな順に入会しちゃえばいいんじゃないかって思ったりもするけど」
天平はそう言って肩をすくめる。
「だとしたら――『ごはん会』って商店街ごとに作るとかじゃなくて、全国の統一組織、みたいにできたらその方がいいかも……?」
ふと思いついて口にすると、
「ん? んん? あ。そっか、それもそだな!」
いま気づいたと天平がぽんと手を打つ。
「地域ごとに感染予防の仕方が極端に変わるってことはないだろうから、全国の飲食店で、同じ会員規約を使うことができるんじゃないかな?」
僕が言うと、天平も、確かに、という顔をする。
「そうだよな。そしたら、感染症の専門家が会員規約を作ってくれるといいのにな? それが一番たしかやん?」
「そうだね。そうできたらいいよね」
いちばん感染予防のことをわかってるのは専門家の人たちだと思うから。自分たちでももちろんテレビの情報とか、あと、今は新型コロナについて書かれた本もけっこう出てるから、そういうので勉強するけど、会員規約はやっぱり感染症の専門家に考えてもらえるのがいちばん安心な気がする。
「そんで、全国ごはん会、みたいなの作っちゃいますか? それだと、こっちの商店街のお店も、あっちの商店街のお店も、同じ会員カードで利用できるからいいよな?」
うんうん、とうなずく天平。
天平の考えを聞いて、確かに、と思う。
商店街ごとにごはん会を作って商店街ごとに会員カードを作らなきゃいけなかったら大変だ。同じ商店街だけを利用するなら一つの会員カードでも不便はないけど。こっちの商店街の店、あっちの商店街の店と、あちこちの商店街のお店を利用したい場合、それぞれのお店ごとに会員カードを作らなくちゃいけなかったら――めんどくさい。
その点、ごはん会に入会する手続きは各地域でできるけど、そこで作られる会員カードは全国の協力店舗で使えるということになれば――きっとすごく楽、だよね?
とは言っても、人が移動する範囲が広がることで感染力の強い変異型が広がる危険性が高い場合は、自分が住んでいるとこの近くのお店しか利用できないだろうけど。
ごはん会に全国で取り組むなら、より、感染予防のシステム化もしっかりできるだろうし。ごはん会の安全度が上がりそうな気がする。というか、感染予防のマニュアル作りや感染予防動画だって全国で共有することになるだろうし、そうなるのなら――。
「その方が、コストも抑えられそうだよね」
僕が言うと、天平はうんとうなずく。
ある商店街のごはん会で作った会員カードをよその商店街のごはん会の協力店舗でも使えることにする、というやり方も考えられるけど。それだと、こっちのごはん会での取り決めとこっちのごはん会の取り決めが違っていたり、なんて問題がおきるかもしれない。それくらいなら、最初っから全国共通の仕組みになっていた方がいいと思う。
もしも全国組織のごはん会ができたら――?
その方が各地域の人たちの負担を減らせていいんじゃないか、って僕は思ったんだけど、天平は、
「けど、大きな組織になると、飲食店の人とかそこを利用する人とか各地域の人たちが、協力してなんとかしようってまとまるのが弱くなるかも?」
と言い出した。
「どういうこと?」
僕が聞くと、
「大きな組織になると――要するに『国』の規模になっちゃうと、自分たちでなんとかしなきゃっていうカンジにならなくて。なんか困ったこととかあったら、『国』になんとかしてくれ、『国』なんだからなんとかしろよ、って要求するみたいな? 投げやりなカンジになっちゃいそうな気もしないでもないな? って」
「投げやりに?」
「うん。――『自分たち』のレベルでやる場合は身内感があってあんまり文句言えなかったりするけど、『国』になると一気に他人になるっていうか。自分たち国民がいろいろ不満をぶつけていい相手、って感覚になりそうな気もする」
と天平は懸念を口にする。
「そっか……」
言われて考えてみると、その可能性は否定できない気も……?
新型コロナも知り合いのお店では感染予防しようと気をつけても、不特定多数の人が利用するようなところだとルーズになってそうな気がするし、それを悪いと思うより、国や自治体の政策がしっかりしてればちゃんとやるけど国や自治体がしっかりやってくれないから感染が収まらないんだ、みたいな話になってるときがあったりした気がする。
だから、天平の心配を考えすぎだとは思わないけど――。
「けど、ごはん会が全国組織になったとしても、そこで働く人たちはその地域の人たちがメインだと思うよ? 入会者が利用するのは、基本的に、自分の生活圏の協力店だと思うし。だから、地域でまとまってがんばれるんじゃないかな?」
僕はそう思う。
「んー、それもそだな」
天平も納得して、
「っつかアレだな? 地域の人たちでまとまり感出したかったら、ごはん会の各地域別のイベントやるとか、そういうことしちゃえば。その方が地域のみんなで感染予防に取り組もうってカンジになるかも?」
と、考えを出す。
「イベント?」
「各飲食店のテイクアウトの情報とかオンラインイベントの情報とか、感染予防に役立ちそうなグッズの紹介とか? あとは、何月生まれの人は割引キャンペーンとか、あ行の苗字の人は割引キャンペーンとか? 会員の中から抽選で地元の食事券が当たるとか? どこそこに差し入れするクラウドファンディングやりませんかとか? 各地域の情報をSNSとかで、ごはん会のメンバーに、地域別に『会報』としてごはん会から情報を発信するとかするのもおもしろいかも? とか思ったり……?」
したのだと天平は言う。
「そうだね、地域のテイクアウト情報はネットで確認できるところが多いけど、情報が古かったり、意外とどんなことやってるかよくわからなかったりするし。新メニューとか最新情報とかお知らせしてもらえると利用しやすいかもね?」
僕が返すと天平はにっと笑い、
「利用者側から飲食店に向けてこんなメニュー作ってくんないかなーとかも言えるといいなって思うし。それいいね、って人気が集まったメニューは実際に作ってみてお試し販売とかしてくれるといいかもなーって思うし」
と言った。
なるほど。
歴史のある飲食店やおいしいと評判のお店が閉店していくというニュースを見聞きしてきて、たまらない気持ちが天平の中で溜まってるんだろうな、と思う。少しでも売れ行きをよくしようと飲食店側が努力をしようとしても、売れるかどうかわからないものを作って売るのは怖そうだ。それが、事前にこんなの作ってみてほしいっていう要望があって作る分にはいくらかリスクを下げられるだろうってことなんだろう。
それがうまくいくかはわからないけど、地元を盛り上げる仕掛けがあると助かる人が増えるかもしれない。
ただ――。
「そういう会報って誰がどう作る? えっと、ごはん会が全国組織になったとしたら、ごはん会で使う感染予防動画とかはごはん会の本部的なところが作って全国の人が同じ動画を見れるようにすればいいと思うけど、会報自体は地元の人が作らないと地元密着の情報にはならないよね?」
何かをする場合は、その『何か』を『する人』が必要になってくるわけで。そこのところが僕は気になったんだけど――。
「ん? それなら……感染予防講習とか入会手続きする人が会報まで作る?」
天平は少し考えてそう言った。
「入会手続きする人が――?」
「ほら、入会手続きは短期集中で、しばらくしたらみんな入会しちゃうだろうから、そしたら手続きのブースを閉じていけばいいんじゃないかって話をしたやん?」
「うん。――あ、入会希望者が減っていって入会手続きをしなくてよくなった人たちが、会報作りに回ればいいってこと?」
「それもアリ?」
天平が首を傾げる。
入会手続きをする人たちはその土地の人だろうから、地元の情報を集めて会報を作るのにはいいと思うけど……。
僕にはもう一つ気になっていたことがあって――。
「ちょっと気になってたんだけど――」
「ん? なに?」
「どれだけしっかり感染予防を呼びかける体制を整えたところで、誰かお店で感染予防しないでいる人がいたときに、その人に感染予防させるとか、その人にお店から出て行ってもらうとか、そういうことができなかったら意味がないんじゃないかな……?」
そもそも――そこが問題だと思う。
ごはん会で感染予防講習したり会報を作ったりもいいけれど、感染予防できてない人をどうにかできなきゃ――どうにもならない。
「会員規約に感染予防を盛りこむことで、感染予防をできてない人にお店の人が注意したり、注意しても感染予防しない人にはお店から出て行ってくれるように言うことはできるようになると思うんだけど、だからと言って、強制力があるわけじゃないし、犯罪を犯しているってことになるわけでもないと思うし……?」
法律なら違反すれば法律違反した人を警察が取り締まることができるかもしれない。けれど、会員規約違反では、お店の人も他の人も、ただ「感染予防してください」とか「お帰り下さい」とかお願いすることしかできないんじゃないだろうか?
たとえ「ごはん会」が全国組織になったとしても、それで、感染予防をしていない人を警察が店から強制的に連れ出すことができるわけじゃないだろう。それこそ、お客さんどうしやお客さんとお店の人がなぐり合いのケンカにでもならない限り、「警察の出番デス!」にはならないんじゃ……?
要するに――やったもん勝ちなところがある。
難しい問題だな、と僕は思ったんだけど――。
僕の話を聞いた天平は、ふっと、ちょっと悪そうな、得意そうな顔で笑った。
何か考えていることがあったらしい。
なんだろう? と思ったら――。
「そういうときは用心棒に頼む!」
「用心棒――?」
用心棒ってナニ――?
ぽかんとする僕に、天平はあの顔で、聞いてくれよと語り出す。
「例えば商店街で警備員さんを雇って、警備員さんに感染予防してない人がいないか商店街の飲食店を見回ってもらって、もしも感染予防してない人がいたらなんとかしてもらう、ってしようとしても――根性入れて感染予防しないぞってがんばってる人だった場合、警備員さん一人ふたりじゃどうにもできんって思うわけ」
「うん。そうだね? 力づくで連れ出せないもんね?」
「なので、感染予防しない人にキッチリ対応する人が要ると思うんだ」
「うん」
「んで、自警団組むっていうかさ? 商店街の飲食店を見回りしたり、どこかで待機していて、不測の事態に駆けつける、みたいな?」
「それが『用心棒』――?」
「そゆコト」
「それって――すごく強面の力強そうな人?」
用心棒というからには怖そうな人で。用心棒の顔を見たら相手がビビって退散する、って感じなんだろうか?
僕はそんな風にしか想像できなかったんだけど――。
「んにゃ? 怖そうな人とかでなくても全然。っつか、オレが思ったのは、ホストの人とかいいんじゃないかと」
天平が言う。
ん? ホストの人って――。
「天平、感染予防講習したり入会手続きしたりする係をホストの人にやってもらえたらいいって言ってなかった? 用心棒もってこと?」
僕が聞くと、天平はうんとうなずく。
「だから――考えてみたら、あれもこれもひっくるめてってカンジでどうかな? と」
「あれもこれも?」
「そ。なんつーか、感染予防の講習もするし、入会の手続きもするし、用心棒もするし、あ、あと、会報も作るし? んー、要するに、ごはん会の職員さんっつーか、スタッフさん、みたいな?」
そういうカタチに収まるんじゃないか、と天平が言い出した。
「ごはん会のスタッフさん……?」
口にしながら想像してみる。
確かに、あれもこれもやってくれる人が必要で。だとしたら、そもそもごはん会のスタッフさんなんだ、ってなる方が、ごはん会をやる上で必要になってくる仕事をあれこれやってもらえそうな気はする……。
「んで、本業はホストだけどお店が閉店しちゃったり時短営業で営業できないでいるせいでホストやれてない人とか――学生さんでも芸人さんでもいいけど――コロナの影響で仕事ができてない人とかにごはん会のスタッフさんをやってもらって。そんでホストクラブか商店街の空き店舗かどこかをごはん会の事務所っつーか、拠点? にするやん?」
「うん?」
「昼間は、商店街の通りとかにごはん会の入会手続きのブースを出してそこで感染対策の講習やったり入会手続きしたりして」
「うん?」
「夜は、不測の事態に備えて拠点に待機する班と、見回りしたりする組に分かれて。見回り隊は飲食店でトラブルが起きてないか見て回ったり、困ってることがないか御用聞きしたり? 道にゴミが落ちてたら感染対策しながら掃除したり?」
「うんうん」
「あとは、ほら、店内飲食する人は感染予防してもらうことになってるけど、やってくれてない人がいたとき。そういう場合は会員規約を持ち出して、まずは感染予防してくれるように注意することになると思うんだけど――」
「うん。よほど悪質なふるまいをしているんじゃない限り、すぐにお店から出てってください、にはならないよね?」
「ならないよな? だからお店の人がまずは注意するわけだけど、お店の人ってやっぱお客さんには弱いっていうか、いろいろ言いにくかったりすると思うんで――」
天平は言いながら何か思いついたらしく、言葉を止める。
なんだろうと思っていたら、
「っつか、ごはん会やる場合って店内飲食する人は感染予防することを承諾してるっていうのが前提になるから、お店の人、感染予防しないお客さん見つけたときに注意しやすいと思うけどな?」
と言い出した。
「どういうこと?」
「うん。なんつーか、ごはん会の会員規約に感染予防がはっきり取り決めてあるから、あいまいさがないっていうか? 感染予防に何をするかっていうのが決めてないと、お店の人が『そういうことやめてください』って言っても『これくらいしたって大丈夫だよ』とか言われちゃうと、それ以上何も言えなくなったりすると思うんだけど――」
「そっか、そうかもね? 『決まり』が決まってないと、どっちの主張を通すか決着がつかないし、相手の主張をダメだって否定する根拠がなくて強くやめろって言えないかも?」
「だろ? けどさ――」
「ごはん会では感染予防にこういうことしましょうっていうのとかが決められてるから、会員規約に決めてあることを守っていなかったら注意できる」
「そゆコト。だから例えば、感染予防してないお客さんがいたら、『すみません、決まりなんです』とか『会員規約にはご同意していただけたんですよね?』とか? やんわり注意できるんじゃないかと思う」
と天平は、店員さんになり切って注意の例を口にする。
そっか。会員規約ってそんな使い方もあるのか――。
感染予防をしない人に会員規約を持ち出して退店を促すことができるようになる。
「会員規約をたてに注意できるってことだね?」
僕が言うと、天平はにっと笑う。
「そうそう。そゆコトできるから、会員規約がない場合よりある場合の方が注意はしやすそうだろ?」
「そうだね」
「そんで――それでもなんか言いにくいなー、注意しにくいなー、みたいなときは――」
「あ。つまり、見回り隊の人から注意してもらう――?」
そういうこと? と天平を見やると、
「――といいかな? って」
「うん」
「んで、まあ、お店の人が自分で注意できるならお店の人が注意すればいいと思うけど、ちょっと言いにくいなってなったら、ごはん会の拠点に連絡するやん?」
「うん?」
「そしたら近くにいる見回り隊の人に来てもらえたり、近くに見回り隊の人がいなかったら拠点から誰か出てきてくれたりして、お客さんに注意してくれる、みたいなカンジ?」
と天平が語る。
お店の人からお客さんに注意しづらいときに、用心棒が注意してくれたらきっと、お店の人は助かるだろう。
だけど――。
「見回り隊の人でも待機組の人でもどっちでもいいけど、用心棒してくれる人が駆けつけて、感染予防しない人に注意してくれたとしても――それで相手が言うこと聞いてくれればいいけど、聞いてくれなかったらどうする? 感染予防しないならお帰り下さいって退店を促したところで、それをお客さんが聞いてくれるとは限らないよね? 警察でも警備員でも自警団でも用心棒でも、無理やり店の外へ引っぱり出すわけにはいかないだろう?」
話しながら僕の頭の中には、以前テレビで見た、新型コロナに感染した人がウィルスをまき散らすようなそぶりで店に居すわってお店の人が困っていた様子が浮かんでいた。そんなお客さんでも、力づくで追い出そうとしたら追い出そうとする方が暴力をふるっていることにされてしまうかもしれない。正直、ああいう状況になったら、なすすべないようにしか思えなかった。
そういうときの対処をどう考えているんだろうと天平を見ると、にやりといたずらっ子な笑いを浮かべ、
「――十人がかりなら?」
どうだ! と言わんばかりの顔で天平が言った。
「十人がかり?」
「そう。連絡を受けて用心棒の人が一人か二人でまずは注意するんだけど、相手が全然きいてくんなくて。感染予防なんかしないし店も出て行かないぞってがんばっちゃったら、そんときは応援を頼むわけ。そしたら待機してた用心棒メンバーもその店に駆けつけて、十人くらいで問題のお客さんを取り囲んで、『お帰り下さい』って一斉に頭を下げんの。それも、そのお客さんが帰るまで何度も何度も下げ続ける!」
用心棒十人で取り囲んでお帰り下さい攻撃――?
「そうやって取り囲んでお帰り下さいってやったら、居づらくてさすがに帰ると思うんだよ、そのお客さん」
自分で言って自分で納得しながらうなずく天平。
僕は――。
自分がそんなことされたらどうだろうと想像したら――マジで怖い。
「――ソレ、怖いよ」
圧がすごそうで想像で怖いから、「いいね、ソレ!」って感じには思えなくて。正直、ちょっと引き気味になりながら言うと、僕の反応をおもしろがりながら、
「そうやろ? マジで怖いと思うんだよー。だからこのやり方なら暴力沙汰にならずに圧力で追い返せると思ってさー? それ見てた人も『こんなことされたくない! ちゃんと感染予防しよう』って思うと思うんだよなー」
いける気がする! と天平が自信ありげに小さくこぶしを握る。
まあ確かに、そんなことされたら居づらくてさすがに帰ると思うし。お引き取り願うための方法としては可能性あるかも……?
というか――囲まれるの、マジ怖い!
なんて思っていたら、天平はさらに、
「もしも十人くらいでお願いしても出て行かないってお客さんにねばられたら、もっと人を呼ぶ。なんならお店にいる他のお客さんとかその辺歩いてる人とか他の飲食店の手のあいてる店員さんとかにも協力してもらって、みんなで黙って頭下げる!」
と、ビシッと言う。
それはお店の中に人が集まりすぎるんじゃ――?
と思ったけど、まあ、いいか。
実際に用心棒制が取り入れられたら、いくらたくさんの人で取り囲んで圧力で追い返すにしても、入店できる用心棒の人数には制限が設けられるだろうから。
問題は――。
「あとは、スタッフさんに払うお金をどこから調達するか、だよな……?」
天平が僕の考えを読んだようなタイミングでそう言った。
そうなんだよね。
やっぱり、心配になるのはお金……なんだよね。
「飲食店の人たちが自分たちで――タダ働きで――ごはん会をやっていくっていうなら飲食店の人たちが自分たちでやる。ボランティアでやってくれる人がいればボランティアの人にやってもらう。――それでいいなら、それができるなら、それはそれで別にいいんだろうけどな? わざわざごはん会のスタッフとして人を雇って働いてもらう、っていうやり方しなくても……」
天平は語尾を濁す。そこには、口にしていることとは違う思いがにじんでいる。
天平が何を考えているかはわかる。
飲食店の人たちは自分たちのお店の仕事や感染対策で大変で、ごはん会まで手が回らないんじゃないかと心配なんだ。それに――。
天平は、なんでもかんでもボランティアでやってたら息切れするって考えだ。
僕はまだ子供で、自分で働かなくてもおじいちゃんやおばあちゃんが養ってくれるけど、大人たちは働いてお金を稼がないと暮らしていけない。それなのになんでもかんでもボランティアでやろうとしたら限界あるだろうなって思う。だから復興ボランティアも、ボランティアじゃないやり方でやることを考えている。天平なら、ごはん会もボランティアではないやり方でやる方がいいんじゃないかと考える。
そしてそれらを踏まえて、ごはん会がコロナで仕事ができていない人が働く場になればいいんじゃないか、って考えたわけだから――。
ごはん会で働いてもらう人に払うお金をどこからか工面できればいいんじゃないかってなるわけだけど、それじゃあ、どこから工面するかが問題になる。
自治体が補助金を出すことができるなら自治体の補助金でごはん会をやってもらうという手もあるのかもしれないけど、自治体も飲食店に休業や時短営業してもらうためにお金を出しっぱなしでお金なんて持ってなさそうだし。
そうなると――薄利多売っていうとちょっと違うけど――多くの人が少しずつお金を出し合うしかないんじゃないかな? という結論に至る――。
と、そのとき、パチンコ店のことを思い出した。
パチンコ店が感染の場になるかもしれないと問題になったときに考えた、会費で補填プラン。パチンコ店が会員制にして会費をとり、感染予防のために使える席数を減らすことで出る損失の補填にその会費を充てたらどうかって、僕と天平で話していたのを応用すれば――。
「ごはん会の入会希望者から入会費を取って、そのお金でスタッフさんを雇う?」
僕と天平は同じタイミングで同じことを口にし、顔を見合わせる。
まあ、それしか思いつかないよね?
まあ、それしか思いつかないよな?
言葉にしなくてもお互いの考えがわかってうなずき合う。
入会手続きするときに入会費を少しずつもらえば、それがごはん会の収入になる。
スタッフさんを雇ったり、会報を作ったりするための資金にできる。
そうやってごはん会をやっていって、ごはん会のスタッフさんたちが感染予防の講習をしたり、入会手続きしたり、会報を作ったり、用心棒の仕事をしたりしていけたら……。
ん? 感染予防講習や入会手続きは短期集中する可能性が高いんじゃないかと思うけど、会報を作る仕事や用心棒の仕事ってけっこう長丁場になるんじゃ? だって、ごはん会が解散するまで必要になる仕事なんじゃない……?
だとしたら――。
「えっと、もし入会費を取ることにした場合――」
「ん?」
「ごはん会をはじめてしばらくの間って入会手続きにたくさん人が集まるだろうからスタッフさんはたくさん必要になると思うけど、その場合、入会する人が多ければ入会費もたくさん集まるから、スタッフさんがたくさんいてもスタッフさんに払うお金は確保できると思うんだけど」
「けど?」
「入会希望者が入会してしまったら入会費っていう収入がなくなるよね? 完全になくなることはないかもしれないけど、入会者が減ったら入会費も減るよね? けど、用心棒の仕事とか会報の仕事なんかは続いてくからスタッフさんはごはん会で働き続けるわけだよね? その場合、収入がないとスタッフさんたちがタダ働きすることになっちゃわない――?」
それはマズいんじゃないかと僕は気になる。
入会費をごはん会の運営資金にする場合、収入と支出のバランスが心配だ。
突き詰めて考えていくのが僕たち流なので、そんな細かいところまで考えてしまう。
天平は少し考えこんで、
「まあ、ごはん会が長く続くようなら、入会費じゃなくて毎月一定額を会費として取って、その会費からスタッフさんに給料を払うっつー手もあると思うけど?」
と言うけれど、
「それって嫌がられないかな?」
会費がいくらくらいになるかにもよるけど、入会費だけなのと、毎月会費が必要になるのとだと、お金を取られる感じが違うと思う。
「それに会費を取る仕組みをどうするかも問題じゃない?」
入会費なら入会手続きするときにもらえばいいけど、毎月、会費を取ることになると、どこにどうやって会費を納めるかが問題になるんじゃないかな?
電子系のカードやアプリだったら自動的に会費を引き落とすこともできるだろうけど、紙製のスタンプカードみたいな会員カードを発行する場合は、毎月会費を納めてもらうなんてやり方は難しそうな気がする。
でも天平は――。
「そだなー。紙製の会員カードなら、有効期限を区切ったり、四月は桜色で五月は緑色とか、カードの色を変えるとかして、期限切れのカードは、お金を払って再発行してもらうとか、そういうやり方はできるかもしんないけど……」
と、ぽんぽんアイディアを出してくる。
どれもなるほどと思うけれど――。
「そこまでしなきゃいけなかったら『もう会員にならなくていい!』ってならないかな? いや、それで店内飲食する人が減って感染リスクが下がるならそれはそれでいいかもしれないけど……お店側からすると、利用してくれるお客さんが減るのは困るだろうって思うし……」
高級会員制の飲食店の会員になって食事を楽しむ人もいるんだから、毎月会費を払ってでも感染リスクの少ない店内飲食ができればいいって思う人もいるだろうけど。嫌がる人は嫌がりそうだな、と思ってしまう。
マスクするのを嫌がる人が思いの外いるみたいなのでそう思ってしまうのかな? これまでマスクする習慣のなかった人がマスクするのに抵抗を感じるみたいに、会費払う習慣がなかった人は会費払うの嫌がりそうかな? って。
天平はというと、
「そだなー。オレは宅配の配達料を払うのがもったいなくて配達してもらわずに取りに行くタイプだけど。世の中には取りに行く方が大変だからいいよって配達料払って宅配頼む人はいっぱいいるわけだし。会費払うのも配達料払うのと一緒で、よっぽど会費が高くない限り、受け入れてもらえるような気はするけどな……?」
という意見だ。さらに、
「そだなー。あとは……会員特典つける? 会員だと何割引き……って、店内で食べるのは会員だけだから、店内飲食の割引じゃ割り引かれてる実感うすくなりそう? んじゃ、テイクアウトの料理が会員だと割引になるとか? それか、会員の中から抽選で地元のお店のお食事券が当たるってことにするとか……?」
と特典をつけて会費獲得を狙う作戦を思いつく。
割引をすることで飲食店の負担が大きくなるようだと意味がないけど、もとより、ごはん会の会報で各地のイベントや情報を発信していくといいという話をしていたから。その延長に会員に特典をつけるという技が使われてもいいのかな? 会員になる楽しみが増えていいのかも……?
僕はそれもありかなと思ったんだけど、会員特典を口にした天平はどこかすっきりしていない様子で。なんだろうと思ったら――。
「けどなー? 用心棒も、必要になるのは最初の方だけだと思うけどな?」
と天平。
「どうして?」
「そもそも、感染予防を承諾しない人は店内飲食禁止ってことにするわけだから、用心棒って必要ないっていうのが前提で。そのうえで、感染予防するって言っておいて実際にしない人がいた場合に用心棒が出動するわけだけど、その場合、用心棒に集団で取り囲まれて圧力かけられていたたまれなくなって店を出ていったお客さんって、二度と同じことしようとは思わなさそうな気がするんだよな?」
「いたたまれなくなって出て行ったお客さん……」
いたたまれなくなって店を出ていった人――。その人は――どうする?
いたたまれなくて出ていくってことは、いたたまれない感じに耐えられなかったってことだろうから、また同じことをしていたたまれなさを感じるのってイヤだと思いそう、ではある。そうなると、いたたまれなさを感じたくないなら、用心棒の世話になるようなことはしないように気をつけるはず。
なるほど、天平の言う通りかも?
ということは――。
「用心棒取り囲み作戦をしばらくやったら、そのうち、店内飲食するときは感染予防するのがあたり前っていう雰囲気ができるんじゃないか? そしたらわざわざ取り締まるようなマネしなくたってよくなるだろうし。そう考えると用心棒もたくさんの人が必要になるのは最初の方だけで、そんな長くやらなくてもいいと思うけどな?」
天平はそう予想した。
言われて納得。
取り囲みをやられた人はもう取り囲まれたくないって思うだろし、取り囲みを目撃した人もあんな目にあいたくないって思うだろうし、そういうことが何度か繰り返されたら、お店で食事をする人たちは用心棒に取り囲まれないようにしようとするようになっているだろう。そうなれば用心棒の出番はなくなる。
そしてそれは用心棒の話だけでなく。
飲食店で食事をする人が自然に当たり前に感染予防しながら店内飲食をするようになれば、コロナが終息するまで待たなくても、ごはん会そのものが要らなくなるだろう。
続けて、天平はごはん会の会報についても言及する。
「あと、会報だけど。会報はずっとやってって、最終的には『感染リスクなくなったんで、ごはん会解散します』とか『今後は以前どおりに飲食店をご利用ください』みたいなお知らせを出すまで継続してほしいって思うけど――」
「うん」
「タウン誌っていうの? フリーペーパーっていうか、地元の飲食店やイベントとか地元の歴史小説の連載とか載ってて、家に配布されたり、スーパーとかにご自由にお取りくださいで置いてあったりする薄い冊子があるだろ?」
「うん」
「そうゆうの作ってるとこに引き継いでもらえばいいんじゃないの? って思って。っつか考えてみたら、そもそもごはん会で会報作らなくてもいいんかも……?」
「え?」
「タウン誌やってるとことかに作ってもらえばいいわけでさ? それか、ごはん会とタウン誌で協力して作るとか? 自治体の広報の人とも協力するとか? そうやってやってけばいいのかも? って」
「……そっか」
「んで会報って、SNSでごはん会の会員に配信するのもいいいけど、タウン誌に会報の内容を載せて、ごはん会の会員じゃない人も見られるようにしちゃえばさ? 飲食店の情報とかコロナ関連の情報とかいろんな人に知ってもらえるかなー? って」
そうできればいいと天平が言う。
天平の話を聞いて、それもそうかとこれまた納得。
飲食店のテイクアウト情報などは、すでに地方の自治体や有志がSNS等で発信していたり、タウン誌で特集が組まれていたりする。そういう取り組みをしているところと協力し合うといいのかも……?
「ごはん会の会員規約もそんなカンジでいろんな人の目に触れるようにしとくやん?」
天平が会員規約の話もねじこむ。
そう言えば――。
「会員規約もいろんな人にわかるようにしといて入会するかどうか考えてもらわなきゃいけないもんね」
飲食店の会員規約はネットや自治体のお便りなどでお店を利用したい人が確認できるようにしとかないとダメだと話していたのを思い出す。
会員規約がわからない状態だと、どんな感染予防を要求されるかわからなくてごはん会に入ろうとしづらいよね?
と、会員規約の話に戻ったら、
「あ、会員規約なんだけど」
天平が何かを思いついたらしい。
「ん?」
「マスクができないときのこととかも会員規約で取り決めとくといいと思って」
マスクができないとき?
「あ、そっか、そういうケースも想定しておかないといけないよね」
コロナが長引く中でマスクをするのはあたりまえに感じていたけど、できない人もいるんだな、と改めて思う。
「うん。肌が弱かったり感覚が過敏だったりするとマスクしたくてもできなかったりするっていうから」
「そうなんだってね? 感染予防は大事だけど、だからってその人の身体に無理のかかることをしろとは言えないよね」
「だから、そういうときにどうするか会員規約に決めておいて、感染予防講習するときに『会員規約の第一条は、入店時はマスク着用のこと、となってます。ただし、肌が弱いなど事情があってマスクができない場合はこうこうこうで……で、ここに書いてあるのはこういう意味で……こんな感じにしてくださいってことなんですけど』みたいなカンジで説明してったらいいんじゃないか?」
「そうだね。うん」
感染を広げないためにはマスクをすればいいのはわかるけど、それができない場合にどうするか考えておくのは大事なことだ。
「んで、マスクできない事情がある人はそのことを入会時にごはん会に申し出ておくと、マスクできない人用の会員カードを発行してもらえることにしたらいいと思うんだけど」
「えっと、その場合って――マスクできない人用の会員カードを作るっていうことは、会員カードを見せるだけでお店側にマスクができないってことを伝えられるってこと?」
僕が聞くと、天平が「そゆコト」とうなずく。
「だから、入店時にそのカードを見せれば、お店の人が、例えば……『咳エチケットで感染予防します』……じゃ長すぎる? えっと、例えば『エチケット対応』って書いた腕章をお客さんに渡して、それをつけてもらうようにする。そしたら腕章を見た周囲の人は『あ、このお客さんはマスクできないから咳エチケットで感染予防に対応します、ってことだな』ってわかる、みたいなことにすればいいんじゃないかと思うんだよな?」
天平の考えに、なるほどと思う。
マスクができない事情がある人は、規約違反しているのではなくマスクができない事情があるのだと、一目で店内の人にわかるようにしておくといいんじゃないかということだ。
「それならマスクできない人がマスクせずに入店しても、用心棒を呼ばれないですむね」
それに、マスクができないことを表すのに『エチケット対応』という例を出したのにも、天平なりの考えが透けて見える。
「もちろん、咳エチケット対応は伊達じゃなくて、本当にマスクしないなりの感染予防法で予防しますってことだよね?」
「そうそう」
「そう言えば、マスクできない人用にマスク代わりにするための扇子を作った人がいたよね?」
「中学生社長だろ? すごいよな♡」
マスクができないならできないなりの感染予防――。
天平が、マスクできない事情があることを『マスクできません』ではなく『エチケット対応』にしたのは、「マスクはできないけど感染予防のためにハンカチなどで口を押えて飛沫をバラまかないようにするんだ」とマスクできない入店者に意識してもらうため。
「マスクできない事情があるからマスクしないんですよ」と表示するだけじゃ、「マスクできないから感染予防しなくていいんだ」に脳内変換されてしまう人がいるかもしれない。
感染リスクを抑えることが一番の目的なんだから、マスクができないならできないなりに感染リスクを抑える必要がある。そこのところは絶対、だよね?
「マスクできない人でも人と距離をとって黙って食事するなら店内飲食しても大丈夫だよな? っつか、もしそれがダメなら、マスクしている人でも店内飲食ムリだろ?」
と天平。
まあ、その通りで。
マスクを着用できる人でも、口に食べ物や飲み物を運ぶときはマスクを外すことになるんだから、その間はマスクできない人と条件は同じ。
「もしも――」
と、天平が「もしも」の話を始める。
「もしも、すき間ができないようにぴったりマスクをしてウィルスをマスクの内に閉じこめないといけないくらい感染力の高い変異型のウィルスが出現したら、そのときは、マスクができない人は、マスクができる人より行動を制限されることになるかもしれないけど――」
天平は厳しいことを言う。
厳しいけれど――その通りだと僕も思う。感染を抑えることがやっぱり大事で、それはマスクができない人にとっても大事なことだから……。
もしもそんな事態になったらその場合はマスクを店内で外せないだろうから、マスクができる人でも店内飲食はできなくなるだろう。
そんな変異株が出てきませんように――。
「ウィルスを変異させないためにも、感染を拡大させないのが大事だね」
僕が言うと、
「だな」
と天平もまじめな顔で同意する。
場合によってはマスクができない人がマスクができる人より行動を制限される可能性を天平は口にしたけど。本人の意思でやらないのではなく、できない人、が行動を制限されるようなことになったら――そういうのはつらいな、って思う。
本来、利用したい人は誰でも利用できる。それが理想で、あたりまえのことであるべきこと。
だから、マスクできない人でも飲食店を利用できるような取り決めがなされているのは大事だな、って思う。マスクができない人は入店できません、では公平ではない気がするから。
ごはん会は感染の拡大を抑え、飲食店が廃業や休業、時短営業しないですむようにするための取り組みで、人を傷つけるものじゃなく、人を守るためのもの。入店したかったら感染予防すればいいわけだから、誰かが入店を拒まれることがあってもそれを差別とは思わない。
ただ――。
ごはん会は、入店できる人とできない人を選別する。
それが人の命や生活を守るためのことであっても、誰かをその人自身にはどうにもできない部分で締め出すようなことをやるのはいい気がしない。ううん、やっちゃいけないことだと思う。
その思いがあるから――。
「感染予防しない人が入店できないのはいいとしても、感染予防したくてもできない人が入店できないっていうのは、違う気がするよね。なんか、平等じゃないっていうか、お客さんを選り好みしてるような気になってくるっていうか、利用する権利すら与えてもらえないみたいな感じっていうか……」
僕がつぶやくと、天平は「んー、権利か……」と黙りこむ。
それから首をひねると、
「確かに、ごはん会は、自分の意思であるか不可抗力であるかに関わらず感染予防ができてない人を入会させずに入店を拒む取り組みだけど。それは店内で食べることだけNGで、テイクアウトはNGにしなくていいだろ?」
そしたらそれって誰でも利用できるってことじゃないか? と言った。
言われてハッとする。
「テイクアウト……」
その手があったか――というか、すっかり忘れいてた『テイクアウト』。
テイクアウトなら食事中の感染リスクを考えなくていいはず。
「『テイクアウトは会員以外も可』ってすることで、すべての人の、そのお店のごはんを食べる権利は守られる、ってことになると思うわ」
「うん。店内飲食自体は利用できる人に制限がかかるけど、そのお店の料理を食べることに制限がかけられるわけじゃない、ってことだよね?」
「――と思う。……まあ、テイクアウトやってない店もあるだろうから、その場合は食べられんかもしれんけど。それくらいは許容範囲やない? 絶対にテイクアウトメニュー出せってお店に要求する話でもないしさ?」
そう言って天平は肩をすくめた。
感染予防をする気がない人も、したくてもできない人も、感染予防する気がないわけじゃないけどごはん会に入るのはめんどくさいっていう人も。とりあえず、テイクアウトは利用できる。
「テイクアウトもいっぱい利用してもらえるといいよな♡」
にっこり笑う天平に、つられて僕も笑顔になる。
「そうだね」
「飲食店を利用する場合、いちばん感染予防できるのはテイクアウトすることだと思うしなー」
「うん」
ホントそう。
それに――。
ごはん会を作って感染予防しながら店内飲食ができるようになったとしても、席数を減らしたりしなきゃいけないだろうし、お店でごはん食べる人も落ち着いてたくさん食べるっていうより早めに引き上げる、ってなっちゃう人もいそうだから、店内飲食だけではどうしたって売り上げが落ちてしまうだろう。その分、テイクアウトも売れるといいなと思う。
「けど、テイクアウトはテイクアウトで売れてほしいけど――やっぱりお店でできたてのごはんを食べたいって人いるだろうから、そういう人のためにもごはん会、できるといいね」
僕が言うと、「そうだなー」と天平が少し考えこむ。
それから、
「まずは芸能人とかYouTuberとか、有名人に入会してもらえたら、一般の人にも興味を持ってもらえるかもな……?」
と言った。
なるほど。
「芸能人やYouTuberかぁ。確かに、影響力のある人がごはん会に入ってそのことをSNSなんかで報告してくれたら、自分も入ろうって思ってくれる人いそうだね。特に若い人」
「若い人の感染者が多いみたいだから、若い人に興味持ってもらえたらいいよな」
そう言って笑う天平に、ぼくはうなずいた。
本当にそうなるといいな。
マスク会食するかしないかでもめるんじゃなく。
誰かになんとかしてもらおうとするんじゃなく。
人を責めたり、非難したりするんじゃなく。
「どうにかしろ」ではなく、
「なにをすべきで」それをなすには「どうすればいいか」を考える。
それがきっと、大事なこと。
ごはん会は新型コロナが終息するまでの期間限定その場しのぎの感染対策プラン。
その場しのぎって聞くと軽いものみたいだけど、その場をしのぐのが今は大事。
ごはん会ができて――。
みんな、ごはん会に入って感染予防しながら飲食店を利用するようになったら――。
きっといろんな可能性が見えてくるはず。
感染対策さえちゃんとできれば、制限されることはぐっと少なくなるだろうから。
そうなれば――。
そうなれば、きっとみんな今よりずっと過ごしやすくなる。
きっと――。 了
お読みいただき、ありがとうございました。
東京都では、飲食店での感染防止に、コロナ対策リーダーという取り組みを始められたようですし、飲食店等での感染予防対策動画等も自治体などですでに制作されているようですが、
このお話ではその辺には触れていません。
天平とユーリは福岡県に住んでいる設定なので、東京の情報には少し疎く、ボランティアの感染予防の動画などに関しては熊本豪雨などで知っている、という感じで書きました。
感染の拡大を防ぐために飲食店を会員制にするといいのではないかと考えましたが、この通りにすることで感染を抑えることができるかはわかりません。一つの案として検討してみていただければ、と思います。
このシリーズで書くアイディアは、この通りにすればいいと思います、ということではなく、こういうアイディアを提案することで、そこから何か発想を得て、どうすればいいか考えて取り組んでいく、というのが広がっていけばいいと思いながら書いています。
ただ、だからと言って適当なことを書いているつもりもなく、一考の価値はあるのではないかと思うことを提案しています。
次回も飲食店等の感染を抑えるにはどうしたらいいか、というお話になると思います。
ぜひ、お読みいただけますよう……。