王子はヒロインのどこを好きになったのか、婚約者のどこが駄目だったのか。
『ヒロインに転生したけれど、大切な人が出来たので平民のまま生きていきたかった。』
https://ncode.syosetu.com/n2576gv/
その後のちょっとした話。
殿下視点です。
殿下にとってのリンダの話。 前作を読んでないと話がわからないかもです。
どうして、と訊かれたら言葉が出なかった。
だからきっと、わかってたんだと思うんだ。
私が、何よりも間違っていることを。
「ちっとも理解できねぇんだけど」
そう、突然に口を開いたのは一人の男だった。
隣に座っていた女性が、首を傾げて彼を見ている。
その姿を見て、胸の奥で何とも言えない感情が湧き上がるのを覚える。けれど、それを表に出すことは無い。
「こんな良い女が隣にいて、何で心移りなんてすんの?」
男の隣にいる彼女が、口を開くより先に、男は言葉を続けた。
その視線の先は、真っ直ぐに、私を見ている。だからこそ、それが他でもない、私に対しての言葉なのだと理解する。
その言葉を聞いて、ちらりと自分の向かいに佇む女性を――リンダを、見遣った。
彼女もまた、突然の彼の言葉に驚いているように少しだけ目を見開き、彼の方を見ている。
何故か、その姿に先程とはまた違った澱みのような何かが、胸の奥に募る。自分の心が、よくわからない。
ぐるぐると、何かが溜まっていくような感覚は、微かなイラつきさえも抱かせた。自分が、自分じゃないような。
再び、男――デュークの方を見れば、彼の視線は未だ私からずらさず、真っ直ぐに見つめている。深い青の瞳は、まるで何もかもを見透かしているかのようで、視線が、少しぶれた。
「リンダ、めちゃくちゃ良い女じゃん」
「ちょ、ちょっとデューク……!?」
追い打ちをかけるように、誰のことを言っているのかを告げるかのように彼女の名前を呼ぶ。
その言葉に、誰よりも先に反応したのは、自分の隣にいるはずのリンダだ。慌てた様子の声色は、どこか恥じらいを含んでおり、照れているのだろうことがわかる。
――ああ。 奥底で募った澱みが、軋むように痛む。 何だ。何で。
デュークの隣で最初は不思議そうにしていた彼女が、気付けば彼に同意するように頷いている。けれど、何故かそんなこと、気にもならない。
頭の奥で、何かが鳴り響く。 喉の奥で言葉がつっかえる。
「……さい」
「あ?」
地を這うような、低い声が口から漏れ出た。
いつだって、冷静に。平等に。感情を、簡単に乱されてはならないと教えられてきた筈なのに、上手く制御できない。
「うるさい。 そんなこと、誰よりも俺が知っている」
言い切った瞬間、その言葉の内容に、誰よりも自分が驚いた。
意味を噛み砕くのと同時に、ゆっくりと目を見開く。視線が、不意にリンダの方へと向く。彼女もまた、まるで信じられないものを見るかのような表情で、こちらを見つめている。
何故。
違う。何故じゃない。くそ。
取り繕う言葉など浮かばなくて、逃げるように踵を返した。「あっ」という小さな声が、後ろから聞こえた気がするが、歩みを止められなかった。
心臓が、痛い。今までに抱いたことの無いような苛立ちが頭の中を支配する。
その矛先が、どこへ向かっているかわかっているからこそ、動揺もした。
誰もいない、人気のない場所に辿り着いてやっと足を止める。
「……知ってるんだ」
小さな声は、静けさが目立つこの空間ではやけに響いた。
ああ、知っている。知っているさ。
知っているからこそ、辛かった。
「言い訳……でしかない」
くしゃりと、前髪を握り、掻き上げた。息を吐き出し、冷静を取り戻そうとする。
ずっと、どこかで向き合わなければならないと思っていた。だが、己の弱さから避けていたのだと思う。
彼、デュークに言われてそれを改めて理解した。きっと、彼がいなかったら先へ先へと後回しにしていただろう。
何故なら、それを咎める者などいないからだ。
己の立場を危ぶんで、わざわざ提言をしてくる者など、そういない。
……その内容が、彼女に関してならば、なおさら。
彼女、リンダ・ジェファーソン公爵令嬢と婚約を結んだのは、簡単に言えばよくある政略結婚だった。
我がヒュドラルギュロス王国には、三つの公爵家が存在している。
その内の二つは、現国王の姉弟が降嫁、入婿をしており、ジェファーソン家のみそのような繋がりは現状無かった。
政治的な繋がりを強固にするため。また、私と年齢も同じである公爵家の娘は彼女一人だったということもあり、婚約が結ばれた。
その際に、彼女の持っている魔力の属性が火の他に闇も含んでいることから、魔力量の問題などで色々話はあったらしいが……私にその話がされた時には、もう婚約は成立していた状態だった。
彼女の第一印象は、燃えあがるような夜空、だった。
深い真紅の髪の毛は、一切の乱れも無く真っ直ぐで、それがまた情熱的な炎とさえ感じさせた。
何よりも惹かれたのは、その瞳だった。夜空を閉じ込めたかのような、濃紺。光に当たると、その紺に微かな金が混じる。
幼いながらも、洗練された立ち振る舞い。同い年でありながら、私の方が立場は上でありながらも、全てにおいて劣っているとさえも感じさせるようなそんな少女に――誰にも言ったことは無いが、一目惚れをした。
そうだ。
私は、彼女に本気で惚れていた。
その瞳に写り込みたくて必死だった。
けれど、そんな余裕のない男だと悟られたくなくて、王太子として、常に平静でなければならないと常に言い聞かせた。
少しでも、笑って欲しくて贈り物だってした。
渡す度に少し戸惑ったような様子を見せて、それでも、受け取ってお礼を述べる彼女の、細やかな微笑一つで浮足が立った。
でも、そんな気持ちが違う形へと変わって行ったのは、何故だったか。
――簡単に言えば、嫉妬だった。
テイラー公爵には一人息子がいる。四つほど年上の彼は、リンダと幼い頃から仲が良かったらしい。
ほんの偶然の出来事だ。彼女と彼が一緒にいる姿を見かけた時があった。その時の、彼女の表情が、見たことも無いような、笑顔だった。
必死だった。そう、私は、俺は、必死だったんだ。
だからこそ、それが手に入らないのだと気付いた瞬間、それが激しい絶望と共に、憎悪に近いものになってしまった。
憎かった。婚約者なのに、見てくれない彼女が。けれど、それと同じぐらい悔しかった。
気付いてしまったんだ。彼女が彼に抱く感情に、仮に恋情の欠片も無かったとしても、彼女は絶対に俺に心を見せてくれないのだと。
それは、自分も同じで。王太子として身に着けた仮面が剥がれることが無いように、彼女の婚約者として、公爵令嬢としての仮面を剥がすことは無いのだと。
彼女は、こうやって自分の力で、自分らしくいられる場所を見つけていけるぐらい、“強い”人なのだ。
寧ろ、そんな彼女に無理を強いているのは、俺なのだ。
そう、その時俺は。
彼女が彼にだけ笑っていることにショックを受けたんじゃなくて、彼女のあの笑顔こそが、本来の彼女なのだと気付いたからこそ、ショックを受けた。
今思えば、抱いた嫉妬は、彼じゃなくて、リンダに向けてでもあったんだと思う。
どこかで、彼女の前だけでも自分らしくあれるようになれれば。そんな、甘い期待をしていたのだ。
けれど、俺が彼女を唯一に定めたとて、彼女には他があるのだという現実が、ただただ辛かった。
――リンダは、私がいなくても生きていける。
真っ直ぐに抱いていた恋心が、暗く澱んだ何かに変わった瞬間だった。
十三歳になって、学園に入学した。
学園内は法の下、身分関係なく平等な立場として見なされる。
といっても、やはり完全に身分が無くなるわけではない。そもそもここは殆どが貴族しか通っていない学園だ。
でも、学園というものは自分にとって凄く都合が良かった。勉学などを理由に、リンダから距離を置くことが出来たからだ。
彼女は婚約者としての義務を果たそうと、いつだって話し掛けてくれたり、共にいる時間を作ろうとしてくれた。
本当は嬉しかったが、それを受け入れることは出来なかった。
彼女と一緒にいると、幸せだが、それと同時に胸に抱く澱みが、深く違う感情を抱かせる。
折角の交流の場なのだから、彼女も友人を作って、学園生活を謳歌して欲しい。
……なんて、綺麗な建前を自分に言い聞かせて、彼女との関わりを最低限にした。
彼女が他の人と親しくなる度に、荒れ狂いそうになる気持ちは日を増すごとに膨れ上がる。
そしてある日、ぱちんと、何かが弾けた。
彼女は、私を必要としていない。
私を必要としていない、彼女など。 私も、必要ない――。
その日は、とても晴天で。
とある平民の女の子が、希少であるという光属性の魔力を持っており、テイラー公爵に保護されたという報告を父伝手に聞いた日だった。
「落ち着いたか?」
「……何だ、追いかけて来たのか」
「ちげぇよ、帰り道に見つけたから声かけただけだっての」
気付けば、日は傾いていた。
背後から聞こえてきた声に、物思いにふけていた思考が引き戻される。振り返れば、黒髪を携えた元平民……いや、現状も一応平民であるデュークの姿があった。
護衛も誰も付けずに一人いるのは、些か危険ではあったが、学園の敷地内ということもありそこの心配はしていなかった。
だからこそ、敢えて人気のないところにいたつもりだったのだが、どうやら彼的にはここは帰り道に通る場所らしい。
ここは学園の庭の一角だ。木が生い茂り、程よい木陰を作っている。
わざわざ立ち寄らなければ目立ちもしない場所ではあるが、立っていれば流石に誰かの目につくだろうと、敢えて座っていた。
王太子ともあろう者が、地面に座っているというのはどうなのか……と言ってくる人もここにはいない。
別に許可したわけでもないのに、デュークは私の隣に座る。人一人分ぐらいのスペースは空いているが、何故彼も座るのかがわからずじっとその顔を見つめた。
「お前さ」
「……これでも私は王子なんだが」
「アイヴィーのどこを好きになったわけ?」
「人の話を聞かんのか」
こちらを見て来た視線と合い、その青が再び自分と交じり合う。
訊いておきながら、その答えはもうわかっているようにも感じる彼に、少しだけ不満を抱いた。
「貴様に言う理由が無い」
そのアイヴィーの恋人であるお前に、何故わざわざそんなことを伝えねばならないのか。
いくら語ったところで、どうせ俺のものにはならないのに。
「あー、言い方変えるわ」
睨むように見遣れば、少し考えるように言葉を濁したデュークは、再びじっとこちらを見る。
「リンダのどこが駄目だった?」
こいつは、本当に的確で、最悪な奴だと改めて認識した。
俺がリンダへの想いを完全に断ち切ると決めてから間もなくして、この学園に編入生が訪れた。
名をアイヴィー・カーヴェル。父より話は聞いており、希少である光属性の魔力の持ち主。
気にかけてやるようにと言われ、何より国王の命令だからと彼女に声を掛けた。
そんなアイヴィーだが、編入当初は誰に対しても冷めきった態度を取っていた。
それはもう、例外なく。
誰とも関わりたくないという雰囲気を、隠すことなく。
正直な話、何だこの女はと思った。
けれど、惹かれたのも事実だった。
その、冷めきった瞳が、こちらだけを見つめてくれたらという、わけのわからない欲が湧いた。
彼女は、一人で生きようと気丈に振る舞っていたけれど、見るからに危うさを纏っていた。
まるで何か一つでもズレてしまえば、崩れ落ちてしまうような、危うさ。
私は、そんな彼女を支えてあげなくてはと思い込んだ。
彼女はきっと、平民だったところからこのような場所に来て、不安なのだと。
私が支え、守ってあげなくてはならないと。盲目的に思い込んだ。
何も寄せ付けないような態度も、慎ましく好ましいものだと思うようになった。
そして何より、リンダがそんな彼女を強く責める姿を見て、これだと思ったのだ。
リンダが欲しかった俺は、リンダの持っていないものを持っているアイヴィーを手に入れたら、その飢えが満たされると思った。
ああ、本当に最低だ。
アイヴィーのどこが好きだったか?
リンダのどこが駄目だったか?
そんなの、答えは一つなんだ。一つも無い。一つも無いんだ。
ただ、俺は、本当に欲しいものが手に入らない不満を、違うもので満たして、誤魔化して、八つ当たりしようとしていただけなんだ。
リンダに、見て貰えなくて当然だ。
リンダが、私がアイヴィーに惚れていると思い、そのためにと敢えて自分が悪役になろうとアイヴィーを傷つけようとしていたことを、俺が気付いていたなんて。それに、俺が勝手に傷付いて、その怒りの先が、自分勝手にもリンダに向かっていただなんて。
きっと、リンダは、気付いてないだろう。
だから、アイヴィーが、リンダと仲良くなってくれて。
アイヴィーが、デュークと結ばれて。
……リンダが、まだ、隣にいてくれていることが。
ただただ、嬉しくて。 けれど、そのどれにも、俺の存在は必要ないことが、酷く寂しくて。でも、手放せなくて。
考えれば考えるほど、自分の最低加減に反吐が出る。
こんなのが王太子だそうだ。 最悪だな。 国を滅ぼすつもりか。
答えを待つように、ただ黙ってデュークは隣に座っている。
息を軽く吸って、吐いた。
答えは、一つも無い。
アイヴィーを好きになったのも、アイヴィー自身をちゃんと見ていたわけではないだろう。
リンダのことだって、自分で勝手に思い込んだだけとも言える。
……ああ、でも。
「……強いていうなら、彼女の“強い”ところが、嫌だったんだ」
俺がいなくても、一人で立って前を向いてしまえそうな、そんな強かさが、悔しいほどに。
「……はぁ?」
「……何だ」
「強くねぇよ」
呆れたような声を出して、一蹴するデュークの言葉に、むっとして眉をひそめた。
そりゃあ、魔王の力を取り込んだ男にとっちゃ、誰も彼もが弱く見えるかもしれないが、断言することも無いだろう。
「リンダも、お前も、俺も。 強くなんかねぇよ」
「……はぁ」
「ただ単に、彼女がお前よりちょっとだけ“弱くなかった”だけだ」
「……弱く、なかった?」
何を言いたいのかわからなくて、微かに目を見張る。
「リンダが強いって思うのは、リンダがお前に対して強くありたいと見せてるからだ」
「強く、ありたい……」
……本当は、強くないのに、そう、見せようとしているということか?
「んでもって、多分リンダも、お前は強いと思ってるぜ」
「な、そんなわけ……」
「因みに、俺からすりゃ俺よりアイヴィーのが強い」
「は」
ない、と言い切ろうとしたけれど、遮るように言われた言葉に言葉を失う。
私はアイヴィーをとても弱い女の子と認識していた。守ってあげなきゃならないと。
そんな彼女を、強い?
「アイヴィーは、俺の前じゃ最高にいい女で、誰よりも強かだからな」
それがわからねぇってことは、お前はアイヴィーのこと好きじゃねぇよ。
そう、いたずらに笑うデュークの顔は、大分独占欲をむき出しにしていて、色々台無しだった。
けど、言っていた言葉は、すとんと、俺の中に落ち着く。
俺の前じゃ、最高にいい女で、誰よりも強か。
その言葉に、ぶわりと浮かぶのは、たった一人の女性だ。
他の男の前で、笑った姿を見て、悔しく感じたのは、その笑みには俺へ向けた強かさが無かったからだ。
その弱さも全部俺に向けて欲しかった。けれど、それが無理なのだろうとも気付いていた。
だって、その顔を向けるのは、俺以外の相手だからだ。
まるで、都合の良い妄想のようだ。
でも、そうであって欲しいと思ったのは間違いない。
もしかすると、違うかもしれない。けど、まだ、間に合う。彼女は、まだ隣にいる。
「……リンダだって、貴様なんかじゃ理解出来ないほど、最高の女だ」
唸るように言い返した言葉に、吹き出すように笑った男の背中を、強く叩いてやった。
私は、王太子として、何より彼女の婚約者として、まだまだ未熟なのだろうが。
だけれど、全てをまだ失ったわけではない。今あるそれらを、手放さないように、大事にしていけるように。
そして、王子としてじゃない。ただ一人の男として、彼女に見てもらえるように。
改めて、進み出そうと思う。
……けれど、そんな俺の想いを、結局彼女が理解してくれるのにかなりの時間が掛かってしまうのは、自業自得だとわかっていても、途方に暮れてしまいそうになるのは仕方ないことだと思う。
因みにリンダが殿下の想いをきちんと理解するのは、結婚初夜です。
リンダを殿下が溺愛する流れが想像つかない、という感想を何個かいただいたので、閑話的な気持ちで殿下の話を書いてみました。
この後アイヴィーにもきちんと頭を下げて、一途にひたすらリンダのことを愛し続ける殿下なのですが、残念ながらリンダはその想いを理解するのにかなり時間がかかります。
そもそもこの二人、結婚までに結構時間かかる予定だったり。
殿下とデュークはこれからとても仲良くなります。蛇足。
短編にて大まかな流れと書き切ってしまっているということもあり、どうしようか悩んでいるのですが、もしかするとのんびり連載を書いてみようかなと検討中です。
短編の後の話とかも書いてみたいなと……その部分だけ書くのもありかなとも思ってるので、どうしようか悩み中です。遅筆なので……。
最後までお読みくださりありがとうございました。