妹が兄の婚約者を略奪しそうだから何とかして欲しい? 百合の間に挟まろうとする男は死すべしっていうじゃん、ヤだよタゲ取りなんて損な役目
男キャラ目線になったら残酷描写が消えました! これはいったい……?
俺がこの七面倒な騒動に直接引きずりこまれることになったのは、寮の相部屋住人であるアルドルーク・ディン=ファン・オトノータシュの、このひと言が始まりだった。
「明日、公爵邸に呼ばれている」
「閣下の、だよな」
アルドルークは無言でうなずいた。こいつは、陸軍卿ゴルディクス公爵閣下のご令嬢、ハリエット・シエラ=ファン・デ・ゴルディクスを嫁にもらう予定になってる、世間的にはこの上ない果報者だ。
俺は生返事だったが、アルドルークの次のセリフでたちまち当事者にされてしまった。
「ジェイ、君のぶんの紹介状もある」
「なんで?!」
俺は真顔で問い返す。こっちにゃ関係ないじゃん!
士官学校生活三年間がようやく明け、決定している配属先へ入隊するまで、ひと月弱の猶予があるのだ。最後のモラトリアム期間、最終学年をむかえたやつは、これをどうすごすか計画を練りに練るってのが頭の中のもっぱらの課題である。
ことに俺は庶民出身、本来こんなところにいるはずの予定はなかった。実家の食い扶持が詰みそうだから、口減らし兼仕送りのため軍に志願しただけなのだ。そもそも不景気も戦争のせいだったしな。最低兵役年齢には実は足りてなかったらしいが、庶民ならではの出生証明書ザル登録を逆手に取って。
ところがなんの間違いか、戦争が終わるなり士官学校へ放り込まれちまった。つまりシャバとは四年もお別れしてるのだ。
こっちには予定があるんだよ?
アルドルークには俺の憤りがまったく理解できていないようだった。……そういえばこいつは、幼年学校で九年、士官学校にこうして三年、軍隊式の、定刻、定刻、定刻行動が完全に板についてるやつだった。修道士みたいなもんだ、貴族ならではの、平民への配慮を欠いた発想というわけじゃない。
俺が顔筋のひきつりを抑えると、こっちの落ち着きを見て取ったアルドルークはしれっという。
「ハリエット嬢に頼んで、書いてもらった」
「俺が同行しなきゃならない理由は?」
「ヴィクトリアを抑えてほしいんだ」
「……俺に?」
伯爵ご令嬢ヴィクトリア、つまり、アルドルークの妹。練兵場で調練があるとほぼ毎回見にきてたから、顔はわかる。針金入ってんのかなと思うほど見事な縦ロールに巻いた髪を頭の左右で揺らしている、ちびっこいが遠目にもよく目立つ子だ。ごくまれに髪型違ってるときでもわかるから、オーラそのものがでかいんだろう。
だが、話をしたことはない。当たり前だが、アルドルークも手を振ってくる妹君に軽く振り返すだけだ。オープンスペースなだけでお務め中だからな。
その伯爵ご令嬢だが、五ヶ月くらい前だったか、アルドルークの婚約者である、公爵ご令嬢ハリエットを練兵場見物に連れてきたのだ。正確には、公爵ご令嬢のほうが連れてきてたらしい。
そしてその日、ちょっとした事件が起きたんだが、公爵ご令嬢が勃発と同時に鎮圧した。
伯爵ご令嬢には、その姿がたいへんカッコよく見えたらしく、
「お兄さま! ハリエットさまとのご婚約、破棄していただけないでしょうか?!」
とかなんとか言い出したのだ。その現場には俺も立ち会っていた。
「ハリエットさまは頭脳明晰容姿端麗挙措優美にして無双鮮烈! こんなすばらしいかた、男性の中にもいらっしゃいませんわ! わたし、ハリエットさまのこと愛してしまいましたの! お兄さま、ハリエットさまをわたしに譲ってください!!!」
……だそうで。
前半は異論の余地ゼロですが。
アルドルークは眉間へ手をやって、ため息をついた。
「あれ以来、ヴィクトリアはハリエット嬢にべったりだそうだ。あいつは本気だ」
「べつによかねえか?」
「……はあ?」
「先方は公爵家だろ、おまえら兄妹、どっちも向こうのお世話になっちまえば」
「おれは入り婿じゃないぞ。公爵家には立派な次期当主がいらっしゃる。あちらから降嫁していただくんだ」
「俺は士官候補生どころか現役軍人だぞ。そのくらい知ってる」
もしも明日卒業できなくたって、原隊復帰すれば軍曹としてメシは引き続き食えるんだ。鉄橋一個潰して、敵さんの列車砲ごと落水して六キロくらい川流れになっただけだが、勲章もらって特進してるからな。
上等兵で除隊できれば御の字のところを下士官にまでなれたんだから、本当は士官学校にもきたくなかったのだ。
アルドルークは半眼になっている。
「わかってるように聞こえなかったからな」
いうじゃねえか。ならこっちもお返ししてやる。
「公爵ご令嬢が旦那さまでいいじゃん。おまえらどっちも嫁入りしちゃえば」
「……そんなこと、妹には絶対いうなよ。あいつ、ハリエット嬢のタキシードと、おれたちのぶんのドレス発注しようとするぞ」
俺は椅子から転げ落ちた。目に浮かぶ、こいつのドレス姿が……。
「ぐわははははははは!!! おもしれえじゃんそれ! その式なら迷わず参列すっから、呼べよ?」
「笑いごとじゃない!」
いやおまえがツボえぐったんだろ! 耐えられるかこんなの!!
転げ回って床を叩きまくる。さいわいというかなんというか、壁ドン(こっちが原義としての用法だ!)は返ってこなかった。門限すぎてるから隣室も埋まってるが、まあ卒業式前夜、どこでもまだ馬鹿話をしてる。
腕組みしたアルドルークが仏頂面で俺のことを見下ろしているのに気づくには、しばらくかかった。
「……またせた」
手を振ってやると、拱手を解いたアルドルークは表情もあらためて口を開く。
「ヴィクトリアは、おれが幼年学校に入った年に生まれたんだ」
「あー、歳からいうと、そういやそうだな」
「年に二回、十日ずつくらいしか会えなかった。最初のうちは、帰るたびに泣かれた。忘れちゃうんだな」
「チビはそんなもんだ。ウチも似たようなもんよ」
「それでも、あいつが四歳くらいになってからかな、おれが帰る日になると、絶対屋敷の門の前にいるんだ。執事に聞いたら、日が昇る前から待ってるって」
こいつ結構兄バカだったんだ。意外だな。
そしてここ三年は外で教練やるときはほぼ必ず伯爵ご令嬢が見にきてた。めちゃくちゃ仲いいじゃん。ウチは、俺がみやげ買って帰ると大喝采だが、休暇明けには、今度はあれ買ってきてだのしかいわれねえ。
兄ちゃんだなあ、って顔で、アルドルークは続ける。
「この先も限られた日数しかヴィクトリアとはすごせない。できる限りのことをしてやりたいんだ。あいつが早く幸せになれるように」
「別段、ほっといてもよくねえか? あんなの、ハシカみたいなもんだ。一時の気の迷い。気がすむまで公爵ご令嬢にひっつかせてりゃいいだろ。まさか、さっさと追い払えとでもいわれたか?」
あの公爵ご令嬢は、騒々しいちびっ子ひとり気にせんだろと思ったら、案の定アルドルークはかぶりを振った。
「彼女がそんなこというわけないだろ。ハリエット嬢は、ヴィクトリアがいっしょにいたいならそれでいいって」
「なんも問題なくね?」
「おれも一瞬はそう思ったが」
そこまでいってから、アルドルークはこれまで俺が見たことのない苦渋に満ちた顔になって、こう続けた。
「……なあ、ハリエット嬢より男前な男って、存在すると思うか?」
変ないいかただが、意味はすっごいわかる。
……たしかにそうだな。ああ、憧れの完璧超人のそばにずっといたらまずいわ。
「つまり、公爵ご令嬢がおまえの妹君の価値基準になっちまって、結婚できなくなっちまうようなことになる前にどうにかしたい、と」
「パーフェクトだジェイ」
アルドルークはサムズアップしてきたが、その笑みは力ない。
ようやく、俺にもアルドルークの悩みの意味が呑み込めた。あの公爵ご令嬢よりはっきり上なのは、当の公爵、ゴルディクス陸軍卿だけだ。ご令嬢の兄上たちであるお三方も、絶対評価でいえば最高レベルの人材だが、偉大すぎる父と、傑物すぎる妹君と比べたら……。そもそも上のふたりはもうご結婚してるしな。
「わかった。ほかならぬおまえの頼みだ、やれることはやってみる。……ただし、期待するなよ? 上手く行かない可能性のほうが高いぞ」
「恩に着る。……もし駄目なら、かわいそうだが強引に引き離すしかない。恨まれるだろうな。でも、もしあいつに一生顔を合わせてもらえなくなったとしても、結婚できなくなるよりはいい」
やれやれ。不器用なのにやたら重い兄の愛だな。
さあて、引き受けたはいいが、どうするよ? なんも策ねえぞ。
+++++
士官学校といっても卒業式は卒業式。お偉いさんがスピーチして、在校生代表がスピーチして、首席がスピーチする。今年の首席はアルドルークだ。当然、陸軍卿であるゴルディクス公爵も壇上にいる。おれはいちおう席次五番目だから、最前列に椅子があった。
国家と王室への忠誠、命令服従の誓約、国民保護の義務宣誓、これまで国家防衛のために殉職してきた無名戦士への黙祷、などなどが続き、午前中いっぱい使って式は終わった。
……帽子投げ? なんの話だい?(訳注:士官学校卒業式のクライマックスに制帽を投げ上げる儀式は、この時代まだ存在しない。こののち、新大陸で発祥することになる)
俺はひとまず家に帰り、公爵邸に呼ばれていることを両親に告げて支度をしてから、まずアルドルークの実家であるオトノータシュ伯爵家へ向かった。
なお、俺が陸軍卿の屋敷に行くといったとき、親父とお袋は手で聖印字を切った。
そうだよなあ、前回は戦争終わったと思ったら呼び出されて士官学校にポイだもん、今度は海外にでも飛ばされるんじゃってなるよね。
いちおう、用件はべつだから大丈夫だ、とはいっといた。
伯爵邸でしばらく待ってたら差し回しの立派な馬車がやってきて、アルドルークと妹君、俺は公爵閣下の邸宅へと揺られていった。
――公爵邸にくるのは二度目だ。前きたときは、四年戦争の殊勲者のうちのひとりとして陸軍卿ゴルディクス閣下に引見されたわけで、その他大勢に混ざってただけなんだが。
先祖代々庶民の血筋の俺は、本来は公爵さまのお屋敷なんざ、敷地に近寄ることもできない身分なんですがね。
そのためにわざわざ勲章もらったんだよな。今日もつけてるけど。つか取り帰るために一度実家に寄ったんだ。士官学校卒業したから門だけはくぐれるようになったが、やっぱメインホールから先に立ち入れないもんで。
尉官が聖銀戦勲大章を佩用してるあいだは、無官の子爵と同等の格があるとされるそうだ。イエイ。前回は昇進はまだ内定のみだったから、兵卒が聖銀戦勲大章で、騎士扱いだったな。
ただなあ、勲章重いんだよ、物理的に。新品早々に制服伸びそう。アルドルークは軽そうでいいな。伯爵家の次期当主さまだから平服でだって問題ないし。
そして、アルドルークの横で堂々としてる伯爵ご令嬢。ちびっ子だけどやっぱりちいさく見えない。
俺はついついキョロつかないよう意識してなきゃならなかったし、アルドルークも不案内な様子だったが、伯爵ご令嬢は完全に勝手知ったる動きだった。かしこまる公爵家の使用人たちに、つぎつぎと声をかけ、幾人かのメイドとはしばらく立ち話をしたりしている。
……完全に入り込んでるな。
横目でアルドルークに「おいおい」と飛ばすと、向こうも顔がこわばっている。まさか、妹君がここまで公爵邸に入り浸っていたとは思っていなかったようだ。
執事どのに先導されて、取次の間へ。公爵ご令嬢がお待ちだった。たぶん、伯爵ご令嬢は案内無用で歩き回ってるんだろうが、今日は略式だけどご招待だからな。
「本日は急なお呼び立てに応じていただき、まことにありがとうございます。ヴィクトリアさま、オトノータシュ卿、オーウェルどの」
「ご招待いただき、光栄ですわ! ハリエットさま」
「お招きにあずかり、欣快に存じます、ハリエット嬢」
うーわ、気の利いたごあいさつとかさ、カーテシーに対してボウアンドスクレープとかさ、庶民にはとっさに出ないの!
「恐縮です」
敬礼!
……いや、ガチ社交界だったら即つまみ出されるわ。内輪でよかった。正確には俺は「内輪」に入ってないんだけど。
形式的なやり取りを終えるなり、即座に公爵ご令嬢のほうへ駆け寄ろうとした妹君を、アルドルークがさり気なく止めた。伯爵ご令嬢は、頬を膨らませて兄の顔を見上げる。
「……なんですの?」
「ハリエット嬢と私は、公爵閣下に呼ばれているんだ」
「わかりましたわ、婚約破棄のお話ですわね! ハリエットさまをわたしに譲っていただけますのね!」
……すっげえなこのお嬢さまは。
アルドルークの苦労わかったわー。ていうかこれから俺がそれを被んのかよ。マジで?
目を輝かせる妹君へ、アルドルークは遠回しないいかたで応じる。
「しばらく待っていてくれるな? そちらの、オーウェル少尉どのがお相手してくれる。同じ少尉といっても、私は新人、オーウェルどのは多大な戦功をあげておられる英雄だ。私と同格だと思うな、礼を失するなよ」
「存じておりますわ!」
うん、この伯爵ご令嬢に「礼を失する」という事態はありえないな。その概念自体が存在してねえもん。常に誠心誠意だよ本人。
執事どのが扉を開け、公爵ご令嬢とアルドルークは、さらに奥の間へと進んでいく。俺は天然伯爵ご令嬢と取り残された。……さて、この善悪を超越している無邪気のカタマリをどうしよう?
ひとまず、あたりさわりのないところから入る。
「あらためて自己紹介いたします。自分はジャスティン=オーウェル、大工の倅です。あなたさまの兄上アルドルークさまには、寮が相部屋であった縁で、たいへん親しくさせていただいております」
「わたしのことはヴィクトリアでおねがいしますわ、オーウェルさま」
「ヴィクトリアさまですね、御意に」
……あー、舌回んね。ヴィッキーっていいそう。ウチにもチビのヴィクトリアがいるんだよ。ヴィッキーとしか呼ばないんだが。
手に負えないところだけは似てるな。ベクトルが違うけど。
「オーウェルさまは、あの場にいらしておいででしたわよね?」
「はい。ヴィクトリアさまのお気持ちのご宣言、聞いております」
「それなら結構ですわ! ハリエットさまは、本当にすばらしいかたですの!」
伯爵ご令嬢は口火を切るなり、怒涛の勢いで公爵ご令嬢のすごさと、いかに自分が彼女に心酔しているかをとめどなく語り始めた。想定とは違ったが、こっちから口開かないですむのは助かるなー。
……いや、このぶんだとアルドルークたちが戻ってくるまで終わらないから、作戦考えねえと。
辻馬車の牽引ハーネスがなにかのはずみで外れてしまい、暴走し始めた輓馬へ、公爵ご令嬢があっさり飛び乗って鎮めた話。老婆からひったくりを働いたゴロツキを、公爵ご令嬢が日傘の石突一閃で足の甲砕いた話。降って湧いたかのように唐突に現れ、牧童へ襲いかかった狼を、公爵ご令嬢が二百ヤード(百八十メートルちょいか)先から狙撃して仕留めた話。などなど――
まあ、陸軍卿ゴルディクス公爵をして「我が人生にひとつだけ瑕疵があるならば、ハリエットが男に生まれなかったこと」といわしめるハイパー令嬢だからね。そのくらいは余裕だろうよ。
陸軍卿は生ける軍神、バケモンなんですがね。
いまから三十年と少し前、もうちょっとでこの国が滅亡するところで、八百の兵を率いて七日間で九百二十キロ強行軍して、八日目に三千の敵軍全滅させて、九日目から二万二千を三日間足止めしてこっちの主力軍が到着するまで保たせたって……いや盛りすぎだろ嘘つくならもうちょいまともな作り話にしろとしか思えないことをやってのけたおかたなんだわ。
八日目に叩いた敵部隊が野砲四十門と大量の弾薬持ってたおかげで、それ鹵獲できてなかったら二個師団の相手はさすがに無理だったとはいうが。でもあらかじめ歩兵大隊一個だけじゃなくて砲兵二百連れてたあたり、確実に読んでたんだよな。
おかしいんだよゴルディクスの血筋は。
士官学校で定期的に開催される戦技競技会では、上位三人が、ゴルディクス公爵家の長兄である次期陸軍卿ジェイムズ閣下か、次兄の士官学校長ポール閣下とエキシビションで対戦することになる。俺は六回、全十八本仕合って、手も足も出なかった。アルドルークは一本だけ取ったことがある。首席の面目かな。
……で、そのふたりは、妹のハリエットさまからは三本は絶対取れないそうだ。まれに二本目持ってかれて負けるんだと。
閣下から「娘をやる」といわれて「よろこんで」と応じたアルドルークは、マジで肝がすわってる。あの兄ありてこの妹ありだと、こうしてつらつら考えてみると納得だわ。
――あ、完全に上の空になってた。伯爵ご令嬢はまだ早口だけど。
そろそろ決断しねえと。伯爵ご令嬢は多感なお年頃なだけで、真に女性愛傾向なわけじゃないだろう。
なにか、女子供が好きそうなものを考えるんだ。
子供の好きなもの、好きな……おとぎ話? ガキっぽすぎるか? まいっか、試すだけ試そう。大スベりしたら今後二度と近寄るなっていわれるだろうから、それならそれで。アルドルークにゃ悪いがな。
……つうか、俺おとぎ話知らんわ。ガキのころ読んだものねえ……あー、ネタ一個しかねえ。一個あっただけいいか。これでいこ。
うすらデカい大男が、いきなりソファから立ち上がって眼前にくるなり、全身かがめて自身の視線より下になったもんだから、伯爵ご令嬢は目をしばたたかせるだけで、とっさには反応しかねているようだった。
顔を上げ、右手を胸に置き……吹き出したら負けだぞジャスティン! ここが芝居のしどころだ。
「――ヴィクトリアさま、自分に、貴女の騎士としてお仕えするお許しをいただけませんか?」
あーあー、なにいってんだ俺。地雷原への五体投地だな。
ただま、全身爆装した上にガソリンかぶった甲斐はあったぞ。伯爵ご令嬢の両眼が爛々と輝き始めてる。
「……オーウェルさま、いえ、ジャスティン! 気に入りましたわ!! 認めましょう、あなたを、わたしの騎士とすることを!!」
「ありがたきしあわせ」
差し出されてきた伯爵ご令嬢の右手を恭しく諸手で受け、その甲へ接吻。
これで少なくともしばらくのあいだ、伯爵ご令嬢の興味は俺へ移る。
右手をもう一方の手で大事そうに包みながら、伯爵ご令嬢が俺の目を見て口を開いた。
「ジャスティン、あなたは、わたしのどこに惹かれてそのようなお申し出をなさったの?」
「自分のことは、ジェイとお呼びください、ヴィクトリアさま」
「ジェイ? ジャスではないの?」
よーし、急所の質問ははぐらかしたぞ。
「平民は、ろくに文字が読めない者も珍しくありませんから。ジャックとかジェイソンとかジャネットが混ざってきたら、今度はオーウェルから頭文字を取って、自分はジョーになるわけです」
「なるほど! 合理的ですわね」
手を叩いて感心した伯爵ご令嬢は、さきほどの自分の質問のことは忘れていた。
……うーん、予想よりはずっとちょろかったけど、なんか、これだと騙してる感あるなあ。子供のあしらいは馴れてるからねこっちは。なにせ貧乏人の子沢山な庶民の出身なんで。
伯爵ご令嬢が自分の意志で将来の相手を決める歳になるまで、ちゃんと騎士を務めるしかねえか。
あー、もう、超絶高くて旨いモン奢ってもらうからな、アル!
+++++
閣下との面談を終えた公爵ご令嬢とアルドルークが取次の間に戻ってきたとき、俺は伯爵ご令嬢を肩車してめっちゃ喜ばせていた。俺うすらデカいから、ビビリ以外にはてきめんに効くんだよこれ。
この伯爵ご令嬢の辞書に恐怖の文字はないのは確実だし。
珍しくあぜんとしている公爵ご令嬢のとなりで、目で感謝をしてきたアルドルークへ、俺は指を振ってみせた。
つづく……か?
鉄血令嬢ハリエットというよくわからないワードが脳にこびりついて離れません。
なんですかねこれは?
R3/2/20追記:本シリーズの1本目「婚約破棄をしろと言われたけれど(以下略)」がコミックになりました。くわしくは活動報告をご参照ください。
R2/11/17追記:絵の上手い友人が支援画を届けてくれました。そうかオーウェルくんはこんな感じだったのか。
R2/11/13追記:予告していた短編連作5本、書き終わりました。くわしくは活動報告をご参照ください、追って新エントリーも追加していきます。引き続きブクマご評価は募集中です。いいぞ!と思っていただけましたなら…