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仕方なく長谷川綾人は学級委員をしている

 教室へ残された俺は困惑していた。


 俺と麗華が同時に呼ばれた。もしや、関係がバレてしまったのか? そうでなくとも何かを感じ取ったとか。


 俺は様々な思考をしてありそうな可能性を探っていく。だが、そのどれもが答えと言い切れるほど確定的なものではない。


 周囲を見渡し、変に思われていないか確認する。


 しかし、俺の考えは杞憂だったのか、周りは一切違和感を感じている様子はなかった。むしろ、違和感のないことこそが違和感と言える。


「じゃあ、綾人くん。行こっか」


「お、おう」


 麗華から声をかけられたことにはしっかりと周りから視線を頂きつつ、俺たちは職員室に向かった。


 教室で俺の頭を悩ませていた問題だったが、その答えは職員室に行くとすぐに答えをもらうことができた。


「じゃあ、このしおりを留めておいてくれ」


「え、何で俺が」


「何を言ってる? 最初にも説明しただろ。学級委員はこの類のイベントでこき使うぞ、と」


「……あっ」


 ここでようやく俺は麗華と二人で呼ばれた理由を理解した。


 そういや、俺学級委員だったっけ。


「まさか、自分が学級委員だと忘れていたわけではあるまいな」


「……はは。まさか、そんなわけーーー」


「では、問題ないな」


「はあ……」


 拒否権はないと暗に言われているような気がした。


「隣の科学実験室を空けておいてある。そこを使ってくれ」


 俺と麗華は乱雑に置かれていた大量のプリントをちょうど半分くらいになるように手にとって職員室を後にした。


 ついさっきまで忘れていたが、俺は一応立候補して学級委員をしている。とはいえ、俺の性格上やりたくてやっているわけではない。


 立候補したくせにやりたくないってどういうことだってばよ、となるかもしれないがこのクラスでのパワーバランスというものを考えれば理由はすぐにわかる。


 学級委員というのは読んで字の如く、学級をまとめる委員である。要するにクラスのリーダーだ。そして、それはつまるところ雑用係でもある。


 小学生くらいの頃はこのリーダーって響きに憧れたんだけど、今となってはそういう裏の事情を知ってしまった。


 そして、それを知ったのは俺だけじゃなく同世代の奴らほとんどだ。つまるところ、学級委員に立候補する奴がいない。


 そうなれば、教師の取る選択は一つだ。推薦という名の、選挙である。出馬していないのに候補者になるってどういうことだよ。


 とはいえ、こうなった時、候補者に挙がるのは俺のような奴ではない。むしろ、俺のような奴が挙がったほうがよかったと言える。


 でも、現実はそうならず、リーダーたるカリスマ性を持つ者の名前を書いてしまう。うちのクラスで言うのなら、言うまでもなく麗華や、男子ならサッカー部のイケメンこと翼とかいう奴だろう。


 もちろん推薦である以上断ることは可能だが、八方美人の麗華ならまず間違いなく断るという選択肢は取り得ない。中坂麗華とはそういう人物なのだ。


 ということで、麗華はやむなく学級委員をすることに決めた。ちなみにこの話をしている段階では委員会決定はおろか、自己紹介をしてすぐ位だった。その段階で既に自分はそこまで登ると確信していて実際実行してしまうのだから、こいつは本当に侮れない。


 麗華は学級委員になることを決めたはいいが、もう一人の男子が変な奴だったら嫌だ、とかほざき始めた。ここまでくればもうお察し。


 麗華は俺の弱みに付け込み、立候補するよう促した。当然俺が逆らえるわけもなく、泣く泣く学級委員をすることとなった。俺に続いて麗華が手を挙げた時、クラスの男子の視線もとい死ねという目線、死線が飛んできたのは言うまでもない。


 とはいえ、うちの高校の学級委員は基本的には仕事はなく、代わりに今回のような行事ごとの際、嫌というほど呼び出される。


 だから、俺はいまのいままで忘れていた。うん、仕方ないよな。やりたくてやってるわけでもないし。


「うわ、すごっ」


 科学実験室に入ると、先ほどまでは嫌になるくらい降っていた雨も上がり、暖かな斜陽が窓から差し込み一面オレンジの世界を作り上げていた。


 この部屋は校舎でも部活動の行われているグラウンドや体育館の反対に位置するため誰の声も聞こえない。思わず口から出た感想も部屋に残り続けるほどに。


 まるで、この世界に俺たちだけしかいないみたいだ。


「この世界に私たちだけしかいなくなっちゃったね」


 麗華もどうやら、同じことを思ったらしい。ただ、少し言葉のニュアンスが違ったり、そして何より、二人きりでなお八方美人の仮面を外そうとしないことから、大体何がしたいかを掴むことができた。


 さあ、茶番の始まりだ。


「本当だな。まさか、麗華の願いが真実になってしまうなんて」


「私が馬鹿だったんだ。みんないなくなればいいなんて本当は思ってもないのに」


「そうやって自分を責めるなよ。確かに間違いだったかもしれない。でも、君の隣にはずっと、僕がいるよ」


「ありがとう。でも、ごめんなさい。幽霊になったあなたにそんな重荷を背負わせられない。だから、さようなら」


「…………ちょっと待って。俺死んでる設定?」


 突飛な設定に思わずツッコミを入れる。だって俺、超生きてる設定で演じてたし。むしろ、なにマゲドン的な奴想像してたのに。


 これは、俺と麗華の一つの遊び。名を即興茶番という。その名の通り、ロマンチックな雰囲気だったり、演じたくなったらそれっぽい雰囲気を出して相手に振る。ただそれだけだ。


「あれ? 違った? 綾人は死んでる方がいいと思ったんだけどなー」


「おい、幼馴染を勝手に殺そうとするな」


 なんでそんなきょとんとした顔してるんですかね。あなた散々私に助けられてるんですよ。わかってるんですか?


「綾人こそわけわかんないよ、なんで私が人類絶滅を願ってるわけ?」


「それは......なんかうざかったから、とか?」


「私そこまで短気じゃないし! せいぜい人類全員重症に追い込むくらいで許してあげる」


「それでも、十分怖えよ」


 麗華は冗談を言うでもなく平気な顔で言う。冗談のつもりで言われるよりもよっぽど怖い。


「ていうかさ、今日の奴なに?」


 麗華は科学実験室の少し長い木でできた机にひょいっと座った。その机がいつもより高いせいで麗華のスカートはひらりと少し舞う。


 もちろんその正面にいる俺にも麗華のそれはいわゆる絶対領域とやらを超え、見えてしまうわけだけどたいしてなにも思ったりはしない。


 だって、毎日のように無防備な姿で俺のベッドに寝転ばれたら見たくなくても見えちゃうし。むしろ、毎日見ているまである。うん、それはただの変態だ。


 麗華は思い出したように話を変えた。今日の奴、というのは言うまでもなく罰ゲームについてだろう。


「俺なりに頑張ったつもり」


「私がフォローしなかったら大変なことになってたよ」


「それは……まあ、そうだな」


「じゃあ、ジュースね!」


「は? 元はと言えばお前があんな罰ゲームにするからなっちまったんだろ!」


 たしかに、麗華のフォローがなければ俺はもう学校に行けなくなっていたかもしれない。だけど、元はと言えばこの罰ゲームのせいだ。


 俺が初めに提示した、ジュースを奢るにしておけばそもそもこんなことになってない。


 麗華の提示した罰ゲームにプラスして俺の提示した罰ゲームをするとかただの鬼畜の所業だ。


「でも、綾人もやろうって言ったじゃん。あれは、合意の上だったんだよ。私だって、綾人にナニされるかわからなかったのに」


 ナニ、の部分を強調するような言い方だった。


 だが、それにしてもその単純に見える攻撃は確かに俺へクリーンヒットした。正直、そこを突かれると痛いのだ。俺だって、普段麗華が絶対にいいよ、と言わないことを願おうとしてたのだから。


「あぁ、そうだな。お前にうちの合鍵返せって頼もうとしてたんだけどな。確かに、俺にも非があったかもしれねえな」


「まさかのお願いが鍵返せ!? おーい、長谷川綾人さん? こんな美少女がなんでもしてくれるんですよ? あなた思春期なんですよね? 放送コードギリギリのことでもオッケーしてあげようとしてたんだよ?」


「いや、それは別にいい」


 俺は即答した。


 ただ、ここで一つ言っておきたい。俺は何も、麗華から何かをしてもらいたくないとか、麗華に魅力を感じないとか断じてそんなことはない。


 むしろ、麗華に限らず俺のために何かをしたいと言ってくれるのなら、喜んで受け取る。でも、今回の件は罰ゲームだ。


 要するに、俺のために、という気持ち以前に罰ゲームという強制力が別に働いている。


 ウェーイ系陽キャなら喜んであんなことやこんなことをお願いするかもしれない。でも、少なくとも俺は心のなくそういう行為をされるのを良いとは思えない。


 ちなみに、こういうことを言うと世間では童貞臭いだのなんだの言われるので注意。


 ただ、俺の発言の意味も麗華は知るはずもなく、自分には魅力がないんだ、と拗ねていた。その姿はちょっとかわいい。


「てか、雑談もいいけどそろそろしおり作ろうぜ。このままやってたら日が暮れる」


 俺はそう言うと、もらったしおりのページを順番に机に並べ始めた。麗華も俺に倣い、嫌々文句を言いながら並べ始めた。


 紙をもらった際は、その重みからなかなかのページ数があると感じていたが、こうして広げてみると意外にもページ数自体はそこまで多くないことがわかった。


 その理由は見てすぐに理解できた。


「あの先生、やりやがったな」


「うわー、これ大人としてどうなの?」


「ミス、なわけねえよな」


 俺たちのクラスは全員でちょうど四十人だ。だから、言うまでもなく、一ページあたりの枚数は四十枚のはずだ。だが、そこにあったのは一ページあたり三百二十枚の束だった。


 なんと、恐ろしいことに学年全体の人数とちょうど同じになる。


「あぁ! もうこうなりゃヤケだ。さっさとやるぞ!」


 文句を言っても進まない。というか、文句を言いに言ったところでこれがミスだったとしても結局仕事をやらされる。大人とはそういう生き物だ。


 今度は俺も文句を言いながらしおり制作に取り掛かった。

読んでいただきありがとうごさいます!

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