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やはり、中坂麗華は愛されすぎている

 俺が声をかけると、ざわつきながら周囲の目が俺に向かった。


 緊張のあまり声が大きくなりすぎたらしい。


「ん? なにかな?」


 相変わらず皮を被ったこいつはニコッと笑顔を見せた。きっとこいつの本性を知らなければこの顔一つで好きになっていたんだろうな。


 ちなみにいうと、口角も少し上がっており、ようやくか、と言いたそうにしていることまで伝わってきた。ってかそれで伝わっちゃうのかよ。幼馴染って怖え。


 と、ここで俺は重大な問題に気づいた。


 俺の罰ゲームは麗華に話しかけること、である。だからこうして麗華の名前を呼んだ。ここまではいい。


 ただ、話しかけるという行為には会話もセットで付いてくる。ハッピーセットなどではない。アンハッピーセットだ。まったくお得じゃない。どころか損してるよ。セットで損するとか絶対やっちゃいけない売り文句だろ。


 ところが、今回の俺はこのセットの部分を忘れていた。つまり、話しかけたはいいものの要件がないのだ。


 すでに罰ゲーム自体は遂行した。これで麗華も文句はないはず。だが、このまま去るのもおかしい。


 ていうか、このままいけばただのヤバい奴だ。名前呼んで去っていくとかどんな奴だよ。考えろ、俺。このタイミングで言うべきことを!


 考え、考え、考えた。俺は生まれて初めて頭をフル回転させるという意味を知った気がする。早く次を繋げなきゃ不審に思われる。さあ、早く!


 そして俺が導き出した答えはーーー。


「今日、いい天気だよな」


 俺と麗華はほぼ同時に窓の外を見た。


 言うまでもなく、土砂降りである。


 おい! 俺はなにを言ってんだよ! もっと他にあっただろ。次の授業なんだっけ? とか、埃ついてるよ、とか。って、今になってこんなに出るのになんでさっき言えなかったんだよ!


 クラス内は凍りついていた。閉まっている窓の外から雨の音が聞こえるほどに。というか、その音を聞くためだけに静かになったのかもしれない。


 時期に、ざわざわと周りから話し声が聞こえる。「麗華ちゃんに話しかけたいのはわかるけど今のはちょっと……」とか、「軽く引くわ」とか。


 やべ、ガチでやらかした。俺の高校生活終わったかも。絶対明日からあだ名「不審者」だよ。高校やめようかな。そんで、麗華に養ってもらおう。


「……ぷっ、いい天気って外すごい雨だよ?」


 麗華は周りのことなど気にしないように俺との会話を続けた。


 無邪気に見せたその笑みは、年齢に合わないくらい純粋で無垢だった。


 それを見た瞬間、周りの視線が変わった。死ねとか、キモとか思われていたさっきとは打って変わり、みんなから親指を立てられている気分だ。


 ちらりと視線を周りに向けると、近くにいた男と目が合う。そいつは、俺に向かって満足気に頷いた。ほんとお前らなんなの? いや、わかるよ。たしかにさっきのは不覚にもちょっとかわいいなって思ったけど手のひら返しもわかりやすすぎない? 一回取った態度にはもうちょっと責任持てよ!


 とはいえ、これで俺の高校生活も平穏が保たれる。後は適当に返事でもしていれば大丈夫だろう。


「いや、それは......あっ! 俺雨好きなんだよな。音とかすごい良くない?」


「綾人くんって面白いね! でも、たしかに言われてみればそうかも。私も雨好き!」


「だよなー」


 俺がそう言うと麗華は相槌を打って背を向けた。つまり、会話終了の合図だ。


 ふぅ、と重かった肩の荷が降りたことに安堵して一つ息を吐く。ひやっとしたけどなんとかなっーーー。


 なんとかなった、それは一度危機を乗り越えたからそう思っただけだ。


 人というのは一度大きな危機を乗り越えると安心する。つまり、心に余裕が生まれ、油断する。


 気がついたのはまたしても周囲から聞こえてくる小さな声からだった。秘密の話するならもっと小さい声でしろよ。俺に聞かせるつもりなら効果は抜群だけどさ。


 話の内容を要約するとこうだ。あいつ麗華ちゃんに好きって言われなかった? キモ、うざ、死ね。


 うん、お前ら話聞いてた? 麗華が好きって言ったのは雨だから。好きって言葉に簡単に反応しすぎだろ。てか、それにしても死ねは言い過ぎだから。


 お前らもそんなに好きって言われたいなら、肉とか野菜を浅い鉄板で焼いたり煮たりする日本料理ってなんだっけ? とかわざとらしく聞いてみたら? 多分八方美人の時なら優しいから「すき焼き!」って答えてくれるよ。家に帰った後、キモかったとかってガチのトーンで俺に愚痴ってくると思うけど。


 周りの話し声、もとい俺への悪口が冷めやらぬまま、時間は経過し、六限目の始まりを告げる鐘がなった。


 そういやまだ授業残ってたんだったな。罰ゲームのことに夢中ですっかり忘れていた。


 とはいえ、疲れ果てた俺の頭はもう動かない。活動限界だ。なんの授業だろうと俺はもうスリープモードに突入すると決めた。


 鐘がなって少しするとガラガラとドアを開けて先生が入ってきた。その先生の姿を見て、俺は一つため息を吐いた。残念ながらこの授業ではスリープできそうにない。


 入ってきたのは若い女性教師だった。ビジネススーツをきちっと着こなし、丁寧に束ねられた長い黒髪には清潔感が漂っている。まさに、見た目は生徒の模範のような先生だった。


 佐原実、それがこの先生の名前だ。名は体を表すというが、どことは言わないがそれはもうとても実ってる。むしろ熟してる。熟成されてる。俺はその実りの豊作さに今日も感謝して、目を逸らした。


 あんまり見てると怒られるからなー。案外女子ってそういうの結構気づくらしいし。まあ、佐原先生を女子って呼んでいいのかはわからないけど。


「じゃあ、授業を始めるぞ」


 佐原先生がそう言うといつも通りに日直が号令をかける。


 授業が始まるとみんなの弛緩していた雰囲気は一気に引き締まった。だけどこれは、みんなの授業に対する意識が高いとかそんなわけではない。


 他の先生の授業であれば寝ている奴もいるし、授業そっちのけで他の参考書を見ている奴もいる。


 では、なぜこんなにも真剣に取り組んでいるのか。それは入学初期に流れたある一つの噂である。


 佐原先生は怒ると怖い。という噂だ。それもただ怖いわけではない。噂によると、佐原先生は怒ると生徒指導室へ連れて行き、密室の部屋で拷問にかける。それ以降、拷問にかかった生徒は超がつくほど真面目な優等生になるという噂だ。


 あくまで噂は噂だし、おそらく嘘だろうと思うけど、やはり皆恐怖を感じていたのは同じらしい。


 よって、未だに皆は一生懸命授業聞いているわけだ。恐怖による支配とかどんな先生だよ。それ先公とか言われてる時代の話でしょ?


 恐怖による支配といえど、佐原先生の授業は正直他の先生の授業よりも面白いし、わかりやすい。


 ポイントを一つずつしっかり教えてくれるし、そうなるための理屈を丁寧に教える。暗記推奨と言わんばかりにアンダーラインを引けと言ってくるような教師とは大違いだ。


 ちなみに、佐原先生は授業中、何度も俺に目を合わせてくる。俺は、この行動の意味がわからない。


 最初は考えすぎだと思った。でも、一ヶ月経ってもずっと目が合うし。もしかしたら恋なのでは? と思ったこともあったけれど、そんなわけはない。


 ただ、やはり美人と目が合うのは嬉しいし、特に危害も加えられていないので放置している。ちなみに、目が合って嬉しいにも例外がいる。例えば、目の前のこの幼馴染とか。流石にここまでの仲になってしまうと嬉しいとかより慣れが先に来てしまう。


 何度か睡魔に負けそうになったものの、佐原先生のたまにするプライベートな雑談のおかげもあって眠らずに六限目を終えることができた。


 身支度をして帰ろうと思ったその時、まだ教室に残っていた佐原先生から声をかけられた。


「あっ、そうだ。中坂と長谷川は後で職員室へ来てくれ」


 佐原先生はそう言い残して、俺たちより先に教室の外へ出て行った。

読んでいただきありがとうごさいます!

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