それでも宴は終わらない その2
「翼ってさ、妙に綾人に肩入れするよな」
「あ、それあたしも思う。ラウワンの時もそうだったし」
「それな。しかも今日もキューピットとか言って俺と龍哉を仲直りさせようとするし」
翼が自慢げに話していると、会話の矛先はついに彼に向かった。いい気味だ。
でも、たしかに思い返せば色々な場所に疑問が出てくる。班決めの時だってそうだ。いくら龍哉と直樹が一緒になるからと言って、翼と一緒の班になりたい男子だっているはずだ。
それを蹴ってまで俺と同じ班になった。麗華目的と言われればそれまでだけど、こいつはどこか麗華をそういう目で見ていないように思う。
謎が謎を呼ぶ。この場にいる男子の中で一緒に過ごしている時間は一番長いのに芯が一番見えてこないのが翼だ。
「そんなの、綾人がおもしれえからに決まってんだろ」
「面白い? 綾君は面白くないよ」
颯爽と斎藤が否定する。うん、俺も否定しようとしたけどその言い方はひどくない? 完全否定じゃん。
「そういう面白さじゃなくてな、こいつアホなんだよ。だから気になる、みたいな? 木下ならわかるだろ?」
「・・・・・・それは分からなくもない」
「だろ?」
にかっと翼ははにかむ。
「はいはい、この話は終わり。それより、俺面白い話知ってんだ」
「面白い話?」
翼は話を無理やり終えると新たな話題を投下した。みんな、まだ先の話題に消化不良感を残していたものの、面白い話といういかにもハードルの上がり切ったテーマのせいかすぐに気持ちを切り替えた。
「そうそう、俺らは肝試ししたじゃん。実はあれ続きがあって」
翼は言いながら俺に視線を送った。いや、俺だけではなくおそらく麗華にも送っていた。嫌な予感、とかではなくもはや嫌な確信だった。
「続き?」
まだその先を知らないみんなは興味津々に翼に食い入るように声を出す。
「そ、あの後学級委員だけで肝試しやりに行ったらしいぞ。男女ペアで」
翼はわざとらしく、男女ペアでと強調した。そして、俺に視線を送った翼はニヤリと軽く口角を上げた。
「えー、てことは凛ちゃんも誰かと!」
「龍ちゃん、いまそういう話じゃない」
無意識だろうが龍哉が珍しく、いい感じに話題を話題を逸らしてくれそうだったが、まさかの直樹の横やりが入りそうもいかなかった。
はぁ、とどうしようもない現状にため息をついていると、対角にいる麗華が面倒くさそうに頭を押さえていた。まぁそうだよな。気持ちはわかる。
さて、これはどう乗り越えるべきだろうか。幸いなことに即興での合わせは慣れっこだ。問題はどちらから仕掛けるか。そして、お互いに設定に間違いないか。
「綾人、それ本当?」
舞花は心配そうに、そしてどこか怒ったように俺の袖をつかむ。あぁ、浮気を問い詰められる彼氏ってこんな気持ちなのかな。まぁ、舞花とは付き合ってないんだけど。しかも、麗華ともやましいことはないのだけれど。え、ないよな。あれは、セーフだよな?
「おう、肝試ししてきたよ。なあ、中坂さん」
ソースがどこかわからないにせよ、ここで誤魔化すのは無理がある。ならば、ここは事実として認めたうえでうまくやるしかない。
「・・・・・・う、うん。綾人と、綾人くんと行ったんだけど道に迷っちゃって」
おい、さっそくポンコツ発揮してるじゃねえか。いきなり呼び捨てにしちゃってるし。しかも、道に迷ったことは言っちゃうんだな。
ここからできるうまい立て直しはなんだ。頭を働かせろ。
俺と麗華で肝試しに行く。俺が道を間違え、遅くなってしまったので正規のルートでは肝試しは行わなかった。なお、ここではなにも起こらなかった。
キスの未遂も言わなければばれない。意識するな、考えるな。肝試しでは何もなかった。
よし、これで完璧だ。
「そうなんだよ。俺自信満々で進んだのに間違っててさ。中坂さんには迷惑かけちゃったわけ」
「いや、迷惑なんて全然。私こそお化け怖くて動けなかった」
「そんなことないよ。俺こそ崖から落ちそうになった時助けてもらった・・・・・・し」
おい、待て。俺今なんて言った? なんもなかったんだよな。崖から落ちそうになんてなってなかったはずだ。
いや、大丈夫だ。みんなに伝わったのは俺が崖から落ちそうになったことだけだ。大丈夫。これならただ麗華が優しいだけじゃないか。合わせる相手は天下の中坂麗華だこんなくらいすぐにフォローしてくれる。
「うんうん。本当にびっくりしたよ。特に覆いかぶさって・・・・・・」
そこまで言って麗華が止まる。どうやら、自分の言葉の間違いに気づいたようだ。
ダメだこりゃ。すっかり忘れてた。気が動転しているのは俺だけじゃない。むしろ一発目からぼろ全開だった今の麗華に俺のフォローなんて無理な話だ。
「覆いかぶさる?」
訝しむように、どこか責め立てるように舞花は麗華へ詰め寄る。現場証拠が出てきた浮気相手と恋人の修羅場みたい。まあ、何度も言うけどどっちとも付き合ってないんだけどな。
「うん。おーい! かさぶたいてえ! って綾人くん泣きそうな声で言ったんだよ」
なんだよそれ、俺めっちゃ馬鹿なやつみてえじゃん。かさぶた一つで叫ぶとか。とはいえ、これが現状麗華の最大限のフォローなのだろう。ならば、これに合わせるしかない。本当に不本意だけど。
「そうそう、ちょうど治りかけのかさぶたがあってそれが取れちゃってさ」
あはは、と笑って見せるがどう考えても無理がある。言っている自分ですらおかしいとわかる。でも、これで通すしかない。もとより引くという選択はないのだ。こうなればごり押しあるのみ。
「な、でもわかるだよ。かさぶた痛いし」
「だよね、私も苦手!」
「私はできてすぐはがしちゃうなー。いた気持ちー的なー」
「あぁ、優佳っぽい!」
そんな風に俺と麗華による必死の弁明、もとい話を逸らす試みを行う。
ここまで必死になってくると逆に怪しまれているのでは? と考えることもあるがもうなりふり構っていられない。
「・・・・・・はぁ、もうそういうことでいいよ」
舞花は溜息を吐きながら言う。これは納得してもらった、訳じゃないよな。うん、これは呆れてるわ。
「いいよも何も、そういうことなんだよ」
「はいはい」
そんな風に軽くピンチを迎えながらもなんとか話を終わらせることができた。
そして、同時に学べたこともあった。今日の肝試しのこと、あれは絶対話題に上げちゃいけない。俺も、麗華もてんぱり尽くす。救いようもないほどに。それが分かった分、いい経験だったのだろうか。
日付は変わり最終日、とはいえまだ深夜だけど。
結局、ウノ大会を称して始まった夜の宴は日が昇り始める寸前まで続いた。
普段、俺は麗華と舞花以外の人と長時間話すことはなかった。話すとしても休み時間の十分程度、放課後に寄り道をすることもなければ遅くまで教室に残って友達と話すこともない。もっと言えば、舞花以外に友達と呼べる人がいない。
だから、こうして長時間二人以外の誰かと一緒にくだらないことを話すなんて本当に久しぶりのことだった。大人数での雑談は、意味がなく空っぽで退屈なものだと決めつけて勝手に忌避していたところもある。でも、いまこうして話す時間はいつもより楽しいと思ってしまった。
あれだけ盛大に対立をしたからこそ、この関係があるのだとすればあそこで俺の言った言葉は間違いじゃなかったのかもしれない。
もうすぐ夜が明ける。
今日が終われば俺を取り巻く環境はまた少し変わるのだろうか。そんな俺らしくもないことを考えながら少しの眠りについた。
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