中坂麗華は普段でも彼に厳しい
型紙を作り終えると小休止の後、少年の家周辺の案内に移った。
明日行われるオリエンテーリング大会では、地図を片手にこの広大な山の中を走り回らなければならない。高校生とはいえ、スマホの使用の禁止というルールの中では遭難しかねない。そういった問題を起こさないためにもこういった時間を設けているのだろう。俺からすれば、そんな配慮をするくらいならスマホ使わせろよと言いたい。
ただ、こうして山の中を歩いていくのは存外悪くはなかった。普段触れない自然の空気、緑豊かな土地、この場にいるだけで心が安らいでいく。唯一懸念点があるとすれば虫だ。季節が冬から春に変わり、そして夏に向かおうとする今日この頃、昆虫たちの動きも活発化しているらしい。大きい石をどけるとうじゃうじゃ動く様子が見られるらしい。というか、さっき職員の人が見せていた。おい、マジで何してんだよ。女子はこういう時キャーとか言えるけど男子はなんか平気な顔しなきゃいけない感じがして耐えるの大変なんだからな!
そうして、山道を一通り歩き終えるともうすでに日が傾き始めていた。今日の夜はキャンプファイヤーが予定されていることもあり、少年の家に到着すると、早めの夕食となった。
盛り付けから、配膳まで協力してクラスごとに用意を行う。各自クラスでもリーダーシップの高い人間が指揮を執り、それに従うように行動していく。こういった場面で集団生活での協調性などを養おうという考えだろう。
もちろん俺たちのクラスでは、麗華が指揮を執る。そこに翼らクラスの中心人物たちが率先して協力していくことでまとまっていく。
かくいう俺は、指示が出るまで立ち尽くしていた。協調性ゼロである。
俺のような奴らは指示待ち人間とか呼ばれ、挙句そんなんじゃ社会に出て困ることになるぞとお前はどの立場からものを言ってるんだよと言いたくなるようなことまで言われる。
でも、実際はそうではない。指示を待つということは言外に指示がない限り行動しないということになる。行動しなければプラスにはならないが仕事においてマイナスにもならない。ある種、新入社員に求められることというのは指示待ち人間のような特徴なのかもしれない。まぁ、一番偉いのはこういう時ちゃんと前に出てしっかりと的確な指示を出せる麗華みたいなやつなんだろうけど。
そんなことを思いながら麗華の様子をうかがっていると不意に目があった。そして、それと同時に俺がさぼっていることもばれてしまったらしい。
瞬時に目を逸らしてみたけどもう遅い。麗華は若干口角を上げ、真っすぐ俺に近づいてきた。逃げるという考えもあったけれどここまで密閉された空間、かつ完全に目があってしまっている。状況を加味した結果おとなしく、麗華が俺の元にたどり着くのを待った。
「あっ、綾人くん。今大丈夫?」
まるで、いまこの瞬間俺が暇を持て余していることに気づいたような言い草だ。
「うん、暇だよ。なに手伝えばいい?」
よかったと、麗華は一つ手を叩くと、早口でまくし立てるように俺に注文をよこした。
「あのね、デザートがやっと体育館に届いたみたいだから取ってきてほしいんだ。あ、それと割りばしもさっき見たら数が足りなかったから職員の人に聞いてみて。あとは・・・・・・あっ、ご飯が終わった後、ふきんとかあった方がいいと思うからそれの用意もお願い」
言い終えると、麗華は最後に嫌と言うほどいい笑みを浮かべた。
なんですかね、これ。注文の多い料理店ですかね。俺食べられちゃうんですか?
ていうか絶対これあてつけだろ。みんなは配膳とかご飯の盛り付けなのに俺はただの雑用じゃねえか。しかも、最後のなんて絶対今思いついただろ。あっ、って声に出てるんだよ。
なんとなく、目があった時から嫌な予感してたんだよな。あの、ちょっと上がっていた口角は、何サボってるの? の意味だったか。くそ、これならトイレとか言って逃げればよかった。
文句や嫌味、言いたいことはたくさんあるけれどこうして大衆が見てる手前俺に取れる手段なんて限られている。というか麗華もそれを織り込み済みなんだろう。
「うん、わかった。じゃあ、行ってくるよ」
恨めしい思いを精一杯のせて答えた。こんなことをしたところで、麗華はしてやったりと不敵な笑みを浮かべるだけだと知っているけど。
「あの、それ私も付いていってもいい?」
俺が早々にこの場を去ろうとしていると、おそらく話を聞いていたと思われる舞花が間に入ってきた。
「え、舞花ちゃんさっきお願いした仕事は?」
まさかの伏兵の登場に驚いたのか麗華は頬を引きつらせながら答えた。なんだか、不穏な空気が漂っているので俺は早くお暇したいのですが。
「ちょうど配膳終わった。だから手伝おうと思って」
「あ、そうなんだ。でも、私的には舞花ちゃんには別の仕事をしてもらいたいっていうか・・・・・・」
「さっきの仕事量、一人分じゃない。だから、私が手伝った方がいいと思う」
二人がやり取りを行う中、俺は静かにそれを見守っていた。俺を手伝うかどうかの口論なのになんで俺が蚊帳の外なんですかね。俺はもう早くこのピリピリした場から抜け出したいです。
「ああ、もうわかった! 行ってきて。はやく!」
「うん。じゃあ行ってくるね、二人で」
言うと、舞花は俺の袖を引き足早に歩きだした。必然的に俺もそれを追うことになる。後ろから感じ取れる殺気にも似たそのオーラには気づかないふりをした。
とりあえず言わせてくれ。お前らもっと仲良くしろよ!
食堂を抜け、廊下に出たところで舞花は立ち止った。
「で、どこに行けばいいの?」
「・・・・・・は?」
「だから、まずはどこに行けばいいの?」
いや、ループしてんじゃねえか。RPGお馴染みの旅に行かせてくれない王様かよ。
「聞いてなかったのかよ」
俺が言うと、舞花は静かに頷いた。
「ちゃんと聞いてたのは最後の方だけ。でも、途中からでもすごい量の注文をされてるのはわかったから」
思わずため息が漏れる。本来であれば、こういう場合なぜこんなことをしたのか尋ねるものだろう。ただし、舞花の場合、その例に洩れる。
自分でこんなことを想像するのはナルシストのようで好きではないけれど、困ったことに木下舞花という女の子は相当に俺のことを好いてくれているらしい。だから、今回のようなケースも、行動原理を探るのは容易い。おおよそ、俺が困っていそうだったから、とかその辺だろう。全くこの子、意外と行動派なんだよな。
「まずは体育館。デザートを取りに行けだとさ。で、そのあとは割りばしの追加、ついでにふきんの調達、以上だな」
一つ一つの仕事量自体はさほど大きいものではない。ただ、厄介なことにクラス分のデザートとなると重かったり、職員の人にわざわざ話しかけに行くのは面倒だったりする。うん、やっぱりこれを一人に任せるのは間違いだな。
「てことで、とりあえず職員の人のところ行くか」
「え、体育館じゃないの?」
舞花は不思議そうに首をひねる。そこで俺は今世紀最大級の決め顔で答えた。
「知ってるか、一見面倒な仕事も一つの工夫で楽になったりするんだぜ!」
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