要するに長谷川綾人は弄ばれている
俺と麗華の出会いは実に保育園時代まで遡る。
当時の俺は、みんなの中心にいるような俗に言う陽キャ属性のリア充という種族だった。
なんて、良かった当時を振り返る奴ってのは大抵現状を変えることのできない退屈な奴だと相場で決まっているけど、うん、俺も例外じゃないな。
反対に麗華は引っ込み思案で一人を好むという現在のあいつとは似ても似つかないような性格だった。
だから、当然保育園内で、接点はなかった。
とはいえ、家が隣にあって親同士の仲が良ければ自然と交流が増えるもので、俺たちは日を増すごとに仲良くなっていった。そしていまでは、お互いの合い鍵くらいは持っている。って、それはやりすぎだろ!
そのせいで今日みたいに俺が帰ってくるより先にこいつが俺の部屋にいるんだから麗華と仲良くなってしまったのは俺史における最大のミスかもしれない。
「はい、綾人は2Pね」
麗華は俺にリモコンを渡しせっせと用意をしていた。
マリカは俺たちを繫いだゲームだ。人見知りだった麗華もゲームが始まってしまえば驚くほど感情が表に出た。一レースにそれほど時間がかからないし、一レースだけでも一喜一憂できる。俺と麗華が打ち解けるのにそれほど長い時間はいらなかった。
「じゃあ、今日の罰ゲームはどうしよっか?」
麗華は俺に尋ねた。女の子に罰ゲーム、エロの予感が果てしないけど、なんてことはない。昔からいつもやっていることだ。もともとはなぎ姉が始めたのがきっかけでそれ以来俺たちの中では「マリカには罰ゲーム」という共通認識がある。
罰ゲームの種類はその場のノリで決める。最近は大抵おごりが多いけどなぎ姉がいたころは一発芸とかをやらされたりもした。
ボッチにも耐えられる俺のメンタルの強さはそこで鍛えられたのは言うまでもない。
「ジュースおごりとかでいいんじゃね?」
「ええー、つまんない」
このアマ何も言わないくせに人の意見を否定しやがって。
ちなみにそういうやつに「一番嫌われる人って話を否定から入るんですよ」って話をすると大抵「そんなわけないじゃん」と、特大のブーメランが返ってくる。ソースは麗華。って、こいつめっちゃ人から好かれてたわ。説得力ゼロじゃん。
「あ、いい事思いついた!」
麗華は何かを企んだような含みのある笑みを浮かべた。
ちなみに麗華はいい事なんて言っていたけれど、俺の経験が語っている。どうせ碌でもないことだと。
「綾人が負けたら、明日私に学校で話しかける! どうかな?」
本当に碌でもないことだった。
男子が女子に一対一で話しかける。これはある一定の仲であればごく自然であるし、周りも気にも留めないだろう。
ただ、今回は違う。俺と麗華の関係は学校内では秘密だ。幼馴染であることはおろか同じ中学だったことすら知っている人がいるか怪しい。
つまり、俺と麗華は学校内では他人なのだ。
そして、話しかける相手はみんなから一目置かれている八方美人の麗華だ。
そんな関係でもし話しかけてみろ。周りはざわつき、時々こんな声が聞こえる。「あいつ、あれで麗華ちゃん狙ってんのかよ」「分をわきまえろよな」「マジで鏡見てくること勧めよっかな」って、それはさすがにひどいな。自分の想像の中で泣きそうになったわ。
とまあ、想像だけで苦しいのだ。現実で起これば、なんて考えたくもない。だから、俺の答えなんて、考えるまでもない。
否定に対してダメだと言ったがあくまで俺はすでに意見を出している。罰ゲームをそれに戻せばいいだけだ。
「そんな罰ゲーム乗るわけーーー」
「綾人が勝ったらなんでも言うこと聞いたげる」
「よしやろう」
俺はリモコンを深く握りなおした。
「まさかの即答!?」
「当たり前だ。仮にもお前は顔だけはいい」
「あと、頭もね」
「そうそう、ついでにスタイルもいいしな」
「それに加えて性格もいい」
「ああなんて、完璧なんだ! って、そうじゃねえよ!」
「え、合ってるよ。完璧な美少女で」
「そういうことじゃねえ。後ついでに美少女とか勝手に加えんな」
危ない、危ない、ついこいつのペースに巻き込まれてしまった。このままいってたら結婚を前提にお付き合いしてくださいって告白した挙句、さらっと振られた後、奴隷にされるとこだった。
「で、本当にいいんだな。その条件で」
「いいよ、綾人の度胸なんてたかが知れてるし」
ほう、ということは本当に何でもとはいわゆる何でもというわけか。こいつも俺を見くびったな。俺だってそれなりの年頃まで成長してるんだ。人並みに健全な欲望くらい持っている。健全な!
麗華は余裕そうな顔で言っていたが、実際ゲームにおいて俺と麗華の腕前は指して変わらない。昔は容赦のないなぎ姉が独り勝ちを繰り返していたけどなぎ姉のいない今、その実力は拮抗している。
つまり、十分俺にも勝機がある。
そう思い、意気込んでレースに挑んだ結果、俺は呆気なく敗北した。
「いや、最後の赤こうらは卑怯だろ。チートだチート。無効試合だ!」
「うわー。負け惜しみのレベルが小学生。私でもちょっと引く」
「おい、やめろ。その冷ややかな目。今の自分を思い出して死にたくなる」
「じゃあ、死なないためにも罰ゲームしようね」
麗華は、やや八方美人に寄ったかわいさを纏った笑顔をした。言ってることと表情のギャップがやばい。
「しゃあねえな。約束は約束だ。どっかのタイミングで声かけるわ。うわー、約束を守る俺超優しい。神かも」
「チートだのなんだの言ってたくせに。それに、どうせ綾人も勝ってたら私にいやらしいことお願いしようとしてたんでしょ。変態」
そういった麗華の目は、冷たく、鋭く、とがっていた。なんかこういうの一部の層は好きそうだけど、現実に言われると、何かに目覚めるどころか、永遠に眠らされそうなんだけど。
「ち、ちげえよ。俺はその、健全な男の子としてのお願いをだなーーー」
「はいはい、わかったよ。どうせ私もお願い聞いた後に通報する予定だったし、今回は言及しないで上げる」
「おい、それ俺逮捕もんじゃねえか」
「あれ、通報して逮捕されるようなことお願いしようとしてたんだ」
「カマかけやがったな!」
こいつあれだ、悪女だ。将来絶対男を手玉に取って遊ぶだろ。ジャグラーとかそんな名前付いてそう。
「じゃあ、明日楽しみにしとくね」
最後にここぞというくらいの笑みを浮かべて、麗華は俺の部屋を出ていった。ったく、そんな顔しないでほしい。本当の麗華にそんな顔をされるとうっかり惚れかねない。
タンタンとリズムよく階段を下りていく彼女の足音はどこか聞いているだけでも心地よかった。
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