そして、つつがなく準備は進む
佐原先生に言われるがまま、俺は車に乗り込んだ。車内には相変わらず甘い匂いが漂っていた。って、なんで教師の車のにおいを相変わらずとか言ってるんだろう。普通教師の車とか乗らねえよ。
「いま、どこに向かってるんですか?」
車は校門を抜け、やがて国道の方に進み始めた。まさか本当にドライブデートなわけないよな。
「決まっているだろう。市役所だよ。何のために君から携帯を借りたと思っているんだね」
ああ、なるほど。それで多くのことに合点がいった。おそらく今まで俺の電話履歴をたどり役所に電話をかけていたのだろう。佐原先生も携帯は持っているだろうが俺の履歴をたどるのが手っ取り早いしな。
「ていうか、学校の許可って、佐原先生の一存でそう簡単に取れるもんなんですか?」
今回の企画はあくまで学校の非公式行事である。ただの打ち上げでさえ比較的いい顔をしない教師陣だ。味方になってくれるのはもちろんありがたい限りだが、そう簡単にいくとも思えない。
それに、今回俺たちの企画に教師が賛同したとなれば他のクラスで行う打ち上げ等も容認せざるを得なくなる。
「君たちは抑止力なんだよ」
「抑止力ですか」
言葉に出しては見たもののされがさすものはいまいちピンとこない。
「これだけ練られた企画、そうそう失敗はしないだろう。あくまで生徒主体でここまでのことができる。それが大きいのだよ」
佐原先生は何やら確信めいたことを言っているようだったが、やはり俺はまだ理解できていない。その様子を悟ったのか佐原先生はさらにかみ砕いて教え始めた。
「要するに、君たちのレベルが評価基準となる。それ以下のクォリティーのものを学校側は認められない。暗にそう言うことによって酒やたばこが出てくるような打ち上げをさせにくくしているのだよ」
なるほど、だから抑止力、か。安全で健全なしっかり練られた企画であれば突発的に思い付きで行うような打ち上げよりは被害はマシになるだろう。案外妥当な判断だ。
「それに、この企画はあの長谷川綾人とその幼馴染の立案だ。どうしたってNGはでないよ」
「どういう理屈ですか、それ」
「さあな」
佐原先生は意味ありげに笑みを浮かべた。ただ、その先に言葉はなく、どうやら教えてもらえるわけではないらしい。
「最近、中坂とはうまくやっているかね」
「まあ、それなりにですよ。企画も二人で進めてるわけですし。ていうか急に何ですか」
「なあに。生徒の進路相談だよ。君には言ったろ」
うわー、ただの口実づくりかよ。生徒のことを知ろうとするいい先生なのかもとか思っちゃった俺の気持ち返せよ。
それからはしばしドライブデート、もとい進路相談、もとい、佐原先生の愚痴を聞く相手をしていた。
そのせいもあり、市役所に着くころには既にどっと疲れがたまっていた。
市役所はそこまで大きくなく、平日のこの時間はあまり人の出入りが多くないのか受付を終えると、すんなり話を聞いてもらえることになった。
大人を相手にするのは少し、緊張することがある。正しいことを言っていても、相手を納得させられなければ意味はないし、怒らせてしまえば権力から繰り出される暴力に振り回されることになりかねない。だから、大人と話すのは苦手だ。もちろん、佐原先生のように精神年齢が子どもであればその限りではないが。
とはいえ、役員の方との話は大方佐原先生にしてもらった。事前に学校で概要を説明していたこともあり俺はそれに補足を加えるだけでよかった。先生が話の流れを作っていたこともあり、俺は落ち着いて受け答えができた。その結果、当初の予定通り前日と前々日に市民センターの多目的ホールを使わせてもらえる運びとなった。
普段こそ、情けない姿やダメ人間らしさを全面的に出しているから気づきにくいものの、やはり佐原先生は大人なんだと思わされた。コミュニケーションの取り方一つとっても、踏んできた場の数が違うことをつくづく実感させられた。
「まあ、あとは君たちで頑張りたまえ。必要とあれば私を呼びなさい。そのための大人だ」
佐原先生は車で俺を送り終えると、そう言い残し去っていった。くそう、なんだかんだあの先生がかっこよく見えてしまった。
それからの日々はまさに怒涛というべきだった。そもそも、企画のプレゼンから実施日までの日程の短さというのが一番の問題だった。
企画の詰め、クラスでの連絡、予算、収支計算etc......。時には人手が足らなくなり、舞花にも協力してもらうことがあった。時間に追われ、二徹三徹は当たり前。そのまま桃鉄を始めるまであった。
そのせいもあり、授業急に寝てしまい佐原先生に怒られるわで本当に大変だった。ただ、それも今日と明日でおしまいだ。気づけば前夜祭は明日にまで迫っていた。
一通り、家でできる作業は終わった。後は、市民センターで明日の用意をするだけだ。
放課後、俺たちは早速市民センターへ向かった。市民センターは高校を出て徒歩おおよそ十分ほどのところにある。さほど大きくない建物ではあるが公共施設ということもあり、外観からもどことなく他とは異なる雰囲気を出していた。
昨日、予め預かっていた鍵を使い中へ入る。
多目的ホールはリノリウムの床に小さなステージが申し訳程度に設置されている場所だ。現状、ここには何も置いておらず殺風景という言葉が似合う。
俺は机といすのレイアウトを、麗華はプロジェクターも使用するらしく、学校から借りてきたそれを何やら組んでいた。
こうして、分業しながらもときどき雑談をしていると、突然ドアが開いた。
「やあ、遅れてすまない」
入ってきたのは佐原先生だった。
「ああ、もうそんな時間ですか」
俺は携帯を出し時刻を確認する。もう、十八時を回っていた。だいたい作業を始めて二時間程度経過したことになる。ちなみに、佐原先生もこちら側の運営としてかなり助力をいただいた。
経験ある大人の意見は説得力もあり、参考になることも多かった。意外にも、普段面倒なことを嫌がる先生だと思っていたが俺たちの相談には快く乗ってもらえた。
「ほれ、これでいいか?」
そう言って佐原先生は俺たちに大きなビニール袋を俺たちに渡した。中には、折り紙で作られた装飾品や百均で買ったクイズ用の押し釦などが入っていた。これは当日用に学校へ置かせていたものだ。比較的量が多かったので佐原先生に持ってきてもらう手はずになっていた。
「じゃあ、ラストスパート頑張るぞ。おー!」
麗華は無駄に楽しそうに拳を上げる。なぜか佐原先生もノリノリで声出してるし。あんたはもう少し自分の年齢考えなさいよ。見ている側からしたらかなり痛いから。
この場にいる二人が盛り上がっている以上ここで雰囲気を壊してはいけない。俺も小さく拳を上にあげた。
「おやおや、綾人くん照れているのかな? どう思われます、佐原実青春評論家」
麗華が何やら茶番を始めると佐原先生もそれに乗っかるように話し始めた。てか、青春評論家ってなんだよ。でも、駄菓子屋ゲーム評論家とか意味の分からん評論家もいっぱいいるから一概にないと言い切れないのが難しいところだ。
「これは、思春期特有の照れ隠しですね。俺はちょっと周りと違うから、とかアウトローに生きるとか言って休み時間授業サボって保健室に行った挙句背徳感と罪悪感の板挟みになり結局満足に眠れないタイプですね」
おい、勝手に人の心を読むんじゃねえよ。てか、例が具体的過ぎるだろ。絶対昔持った生徒の中にいただろ、そいつ。なんかちょっと気持ちが分からなくもないから俺も仲良くなれそうだ。
「ああ、もうやりゃあいいんだろ、やりゃあ。いくぞ、えいえいーーー」
俺は拳を構え準備をする。
「おー!」
ホールの中には大きな俺の声と一人拳を上げる少年がいた。なぜだか冷ややかな目で麗華たちは俺を見ている。
「おい、おまえらもやれよ。ていうかなんで軽く引いてんの?」
「いや、自分から言っておいてあれだけど傍から見たらかなり痛いなって思って」
麗華は苦笑いを浮かべる。
「さあさあ、早くしないと帰れなくなるぞ」
俺たちが軽口をたたきあっていると、仲裁するように佐原先生が話に入ってきた。いや、あんたにも言ってるんだけどね。
ただ、これ以上話している時間がないのも事実。ここはうまく場をまとめてくれたと感謝しよう。
俺たちは残りの装飾を片付け始めた。
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