そして、天才達は歌い始める
翼との話に切りが付いたところで、麗華にメッセージを送る。
『終わった、入ってきてもいいぞ』
『了解! どうだった?』
『まあ、何とも言えねえ。ただ、最悪にはならなかった』
俺はそれだけ送り終えると、再びスマホの画面を切った。
数分後タイミングを見計らっていた麗華達が戻ってきた。
「たっだいま!」
梅雨の時期にも関わらず、乾いていた部屋の空気も麗華が来ると一転して明るく光りだした。
「おかえり、麗華ちゃん」
翼は優しい微笑みを麗華に向けた。そこには先ほどまで俺に向けていた冷たい彼の顔はなかった。と、そうやって翼を見ていると、横目で軽く笑われた気がした。怖えよ、そういうの。
「あーあ、あともう二十分くらいしかなくなっちゃった」
カラオケをする、そう言って部屋に来たものの結局は今朝の清算、問題の解決に手間取ってしまい、時間が進んでいた。とはいえ、あの雰囲気でのカラオケなんて絶対に不可能だったことは間違いないけれど。
そう考えると、今は随分マシな気はする。翼と俺も、なんだかんだあったが翼が不穏な空気を出してない以上、まだ大丈夫だ。俺と麗華に関しては過度な接触を避けさえすれば問題ない。舞花との関係も改善したしおおむね俺は問題ない。麗華は言わずもがなだ。
問題があるとすれば、それこそ翼と舞花だけど、この二人は元来接触がない。俺としては翼の態度も理由が分かっている分安心はできる。
なんだかんだ歪ながらもようやく俺たちは班としてまともに機能するようになったと思う。一歩間違えれば崩れてしまいそうなほど不安定であることは疑いようもないけれど。
「ねえ、せっかくだし歌おうよ」
麗華はそう言うと、俺たちがきてからずっと放置されていた、マイクとタブレット端末を手に取った。二十分と言うと、話しながら歌ったとして大体一人一曲歌えるくらいの時間だ。八方美人の流石の気遣いに感服、と言いたいところだが、絶対こいつ狙ってただろ。
麗華は歌うのが好きだ、というか歌に限らず行動することそのものが好きだ。まったくどこの陽キャだよ。そんなんだからバカみたいに案も考えず何か企画がしたいとか突拍子もないことを言うんだ。もう慣れたけど。
多分今日も、歌う気満々でみんなを誘ったんだろうな。こんな状況になるとも知らずに。それでも諦めきれなかったから残りはせめて歌うつもりなのだろう。
マイクを強く握る手が、何よりもそれを雄弁に語っている。
麗華がまず入れたのは最近はやっているアイドルの代表曲だった。まさに八方美人らしい選曲の仕方だ。本当に好きなのかもしれないけど。
麗華は八方美人らしいうまい歌い方をした。もちろん、音程はあっているし、でもそれよりも彼女の楽しそうにはじけるその声が時々自然に出てしまう曲の振りが彼女をもっと引き立てる。俺もいつの間にかすっかり聞き入っていた。やっぱり麗華にできないことはないのかもしれない。
「じゃあ、次俺が歌うわ」
余韻も冷めやらぬまま、翼も曲を入れていた。正直、麗華の後に歌うのは少しハードルが高かったので、翼の提案はありがたかった。
でも、俺は忘れていた。宮凪翼、こいつだって天が二物どころか百物くらい与えてしまったやつだった。無論それは声の質、リズム感だって例外ではないらしく、今度は翼の声に聞き入っていた。なんなのこいつら、絶対こいつら神様の失敗作でしょ。人間ってもっと不完全なものじゃないんですか? なんでこんなの作っちゃうかな。せめて全部一音外すくらいにしろよ。なんならみんなの輪からも外してやりたい。無論、あの輪はこいつら中心に出来上がっているのでそんなのは無理だけど。むしろ、輪から外れてるのは俺でした、てへ。てへ、じゃねえよ。
「綾人は何歌うの?」
俺が憂鬱さに頭を抱えていると舞花が俺に尋ねてきた。そうだ、こんな時、舞花も一緒なら。あんな才能の塊放っておいて凡人の俺たちは俺たちだけで楽しめばいい。
「うーん、まだ考え中。舞花は決めた?」
「私こういうところに来るの初めてだからどうすればいいか分からない」
舞花は困ったように俺に言った。そりゃそうか。舞花は見た目に関してだけを言えば地味だ。実際、話してみるまでの印象はそうだったし、教室内の様子も見るに自分から話しかけていない。元来、カラオケに行くような友達もいなかったのだろう。
ちっ、なんかうまいこと誤魔化しながら舞花に先に歌ってもらおうと思ってたのにな。さすがにこの様子じゃ無理そうだ。
「まあ、好きな曲でも歌ったらいいんじゃね?」
俺は舞花にタブレット端末の使い方を教えながら言った。
「うん、そうしてみる」
舞花はそう言うと慣れない手つきながら、自分の歌いたい曲を探していた。もうじき翼も歌い終わる。この様子からして、次は俺が歌うしかなさそうだ。憂鬱だ。って、なんでカラオケまで来て歌うことに憂鬱にならなきゃいけねえんだよ。
俺は、今流行りのバンドの曲をチョイスした。
一つだけ、言っておきたいことがある。俺は音楽は好きだ。曲を聞くこと自体が好きだし、不意に頭の中で曲が流れることだってある。それこそ、気分のいい日は自然に鼻歌だって歌ってる。
でも、俺が好きなのはあくまで音楽であり、すなわち聴くことである。
簡潔に言おう。俺は歌うのが苦手だ。決して下手ではないと思う。麗華に歌い方を教えてもらったことだってあるし、かなりのペースでリサイタルをするあの音痴なキャラよりはいくらもましだと思う。だけど、完璧とかそういう言葉が似合いそうなこの二人の後ともなれば話は別だ。
俺は、沈む気持ちを何とか抑えて歌い始めた。
俺が歌い終わった後、部屋には不思議な空気が流れていた。三者三様に何と声をかければよいのか迷っている様子だった。
ここで、俺は一つ新たな発見をした。一番場が盛り上がらないのは下手でもなく上手くもない人の声なのだと。
「えっと、なんかごめん」
気まずい雰囲気に思わず謝罪した。いや、俺は全然全く悪くないんだけどな!
とはいえ、二人のおかげで盛り上がっていた雰囲気を壊してしまったのは素直に申し訳ないと思っている。俺にはどうすることもできなかったことも同時に伝えたいけれど。
「いや、俺は割と綾人の歌声好きだよ」
翼は、ニヤリと意味ありげに口角を上げた。おい、お前絶対バカにしてんだろ。漏れ出てんだよ、そのニヤニヤした笑顔から不吉なのがさ。もっと隠せ。
「私も思った! 綾人君歌上手いんだね」
麗華に関してはもう言葉にする必要がない。並べられた言葉だけはきれいなのにこいつの口を介することで馬鹿にされているようにしか聞こえない。
「うん、綾人すごい。なんか、かっこよかった!」
そんな中、また別のニュアンスで言葉を発する奴が一人。言わずもがな舞花だ。一瞬、お前もバカにするのかよ、とも思ったがそのキラキラした瞳を見る限りどうやらそういうわけでもないらしい。
うん、やっぱりこの子色々おかしいんだな。とはいえ、やはり心から出た言葉。俺の頬は自然に少し緩んでいた。
さあ、次は舞花の番だ。大丈夫、俺のことを誉めてくれたんだしどんなことが当ても絶対に傷つけない。
舞花は緊張した面持ちでマイクを握っていた。舞花の番がいま始まる。
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