だから、彼女は八方美人と呼ばれている
今年は例年より気温が高く、五月でも長袖のシャツでは学校に来るだけで軽く汗をかいてしまう。
「暑い」
俺は誰に言う訳でもなく独り言を呟いた。ここ最近、シャツの胸元を掴んで扇ぐことがくせになっている気がする。
こんな動作一つを取ってもきっとイケメンががすればキャーと黄色い歓声が上がるのだろう。でも、顔面偏差値がぴったり平均のような俺では、だらしなく見えるだけだ。まったく、なんでこの世界はイケメンにだけ優しくできてんだよ。
そんな恨めしい気持ちを心に留めつつ、教室内を見渡した。入学から一ヶ月という微妙な期間の中で教室内には少しずつ集団が出来ようとしていた。
例えば、教室の窓際の一番後ろにいるあの集団。あそこには運動部の中でも人気のある男子とクラス内でも特にお洒落な女子が混ざっている。
キャピキャピやらウェーイだの日本語とは異なる言語を話すあいつらの声には耳が痛くなる。こいつらが俗に言う、スクールカーストトップ予備軍だ。
そして、その対角にはゲーム機を触りながら漫画やアニメの話に夢中な男子の集団がある。
フィクションのようにみんながみんなメガネをかけていたり、特徴的な話し方をするわけではないけど、オタク特有のオーラを発している。ここはいうまでもなくスクールカースト最下層になるだろう。
他にも、女子だけでワイワイ騒いでいるような集団や、特徴のないような男子ばかりが集まった集団などグループの在り方は様々だった。
まだ、五月ということもあり、完全にまとまったとはいかないもののまばらにそう言った集団が出来上がっていた。
かくいう俺の周りには誰一人いない。
この事実から導き出される結論を言おう。俺は高校生活のスタートダッシュに失敗した。
失敗した理由を挙げるとするならば、それは俺が優柔不断だったからに他ならない。
高校生活において、最初の友達とは大きな意味を持つ。
例えば、スクールカーストトップのあいつらと仲良くなったとしよう。
クラス内では大きな顔ができるだろう。トップカーストに所属しているというのはそれだけでステータスになる。俺自身、コミュニケーション能力も低くはないと自負しているからうまく関わることはできるかもしれない。
とはいえ、元来俺はあちら側の人間ではない。だから、いつかきっと地雷を踏んでしまう。そうなった時、いじめの対象になるリスクがある。集団の力が強ければ強いほど悲惨な事態になる。それに、俺がならなくとも加担する側になることだってあるだろう。
そんなのは御免だ、そう思った俺は他の奴にも当たりをつけた。両極端だと思うが、俺が目をつけたのはあのオタクの集団だった。
ゲームや漫画、アニメを俺は嫌いじゃない。どちらかといえば好きだ。だからこそ、あいつらとはきっと気があうと思う。
ただ、そうなってしまうと周りの視線が痛い。現在あちら側でない俺はあいつらが周りからどう思われてるかを知っている。だからこそ、好き好んであちら側へ行きたいとも思えなかった。
と、まあこんな風にリスクやリターンを考え、真剣に仲良くする相手を考えていた。
その結果、すでに一ヶ月もの月日が経過していた。いや、我ながら決断力なさすぎだろ。
とはいえ、俺はこの状況にさほど焦りを感じてはいなかった。
友達選びに悩む中、俺はクラスメイトと直接話して性格や人間性を知ろうとした。その結果、クラスメイトのこともだいたいわかってきたし、普通に話す分には問題がなくなっていた。
これにより、俺は集団には属していないけど、友達に近い存在という、少し特殊な立ち位置を手に入れた。
最初こそ抵抗はあったものの、好きなタイミングで好きな相手と話せるというのは存外、気が楽で最近はもうこのままでいいんじゃないか、と思い始めている。
と、こんなことを考えている俺の周りは今日も今日とて賑やかな雰囲気が漂っていた。むしろうるさいとすら感じる。それもこれも俺がその内輪にいないからなんだろうけど。
でも、そんな喧騒も教室のドアが大きく開かれるのと同時にピタリと止んでしまう。
一瞬の静寂が教室内に訪れる。
「おっはよう!」
そんな静寂を嫌うかのように元気よく挨拶をして教室に入ってきたのは一人の女の子だった。
彼女は長い、艶やかな黒髪を携えており、後ろでそれを軽く束ねていた。その姿はシンプルながらに清潔感が漂っている。
女子がみんな同じ制服を着ているからこそ、そのスタイルの良さは一際目立っていた。
絶世の美女、ふとそんな言葉が頭に浮かぶ。
一同は彼女に目を向け、おはようと挨拶を返す。みんなの顔は幸せ色に染まっていた。
そう、彼女こそが我が校の誇る八方美人、中坂麗華だ。
「優佳おはよ! 翼くんもいぇーい!」
そんな風に彼女は自分の席につくまで、すれ違うクラスメイトと言葉を交わした。
彼女の行動の随所にはあざとさのようなものすら見えるけど、彼女の持つその美貌のおかげか見ていて嫌な気分にならない。
そして、それは言葉を交わしている奴らが特に実感しているらしく、男の数人は情けなく顔を朱に染めていた。
そして、席が彼女の後ろにある俺の元にも当然やってきた。
「綾人くんもおはよう」
何気ない一言、でもその一言すら周りから羨ましがられているような視線を受ける。それもこれも彼女の持つ人望の高さなのだろう。
「中坂さん、おはようございます」
視線を背中に受けつつも、自分の立ち位置を考え、俺が出すべき言葉を確認し、口に出した。
彼女は俺のそれを聴き終えると満足げに自分の席へ座った。
彼女が着席すると見計らったかのように、始業のベルが鳴った。しばらくすれば、担任の先生がやってくるだろう。
これが、中坂麗華だ。完璧で完全な八方美人。文句のつけようがない。凡人の俺とは住む世界が違う。だからこそ、本来俺と中坂麗華が関わることなんてありえないはずだった。
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