予想通り佐原先生はいい性格をしている
「はあ、なんとか終わった」
俺と麗華がしおりを全て作り終わる頃にはもう日が落ちかけていた。暖かかった昼間とは打って変わり、少し肌寒い。
あんなに大量にあった紙の山も今となっては全て冊子になっていた。
麗華は八方美人の名の通り、なんでもできる。もちろんそれは勉強や運動に限ったことではない。こういった単純作業でさえ俺よりも早いペースで綺麗に仕上げる。
その麗華との共同作業でこれだけの時間がかかるのだ。これがもし、他の人とだったら本当に日が完全に落ちきっていたかもしれない。
「じゃあ麗華は先に帰れよ」
「オッケー、私の作った分はこの箱に入れておくからお願い」
「あいよ」
麗華はカバンを持って部屋を出る支度をした。それを見て俺も自分の作った分のしおりも箱に入れ、職員室へ行く準備をした。
麗華を先に帰らせるのは何も親切とか、決してそういうことじゃない。まして、夜遅くに女の子が出歩いたら危ないとか、断じてそんな理由でもない。
ただ、面倒なだけだ。
ここで俺と麗華が同じタイミングで職員室へ行ってしまうと必然的に帰りが同じになってしまう。
もし仮に、これで家が反対方向にある奴ならそれでもいい。校門でさよならと言えば終わる。だが、残念なことに俺と麗華の場合は家に着く寸前まで帰り道が同じになる。
その途中で同じ高校の奴に見られてしまえば一貫の終わり。
噂が経つから一緒に帰りたくない、なんて小学生の言い訳のようにすら聞こえるけど、中坂麗華とともにいようとすれば、必然的にそういうリスクも孕むことになる。
もちろん、起こしに行くのにもかかわらず一緒に登校しないのも同じような理由だ。
「じゃあ、綾人の部屋で待ってるから」
「はいはい、わかったわかった」
俺は麗華を適当にあしらいつつ、残った仕事を片付け始めた。
麗華が俺の部屋に勝手に入っているのは最早日常茶飯事なので大したことではない。無論、そのために隠さなきゃいけないものはしっかりと隠してあるし、大丈夫。いや、年頃の女の子が勝手に部屋に入ってきてる時点で本来は全然大丈夫じゃないんだけどな。
俺は一通りしおりを集め終え、部屋を後にした。
職員室へ入ると佐原先生はパソコンに向かい、何かの作業を集中して行っているようだった。俺が近づいても気づく様子はなかったので、ここはよくもという恨みも込めて、ドン! と学年全員分のしおりが入った箱を机の上に勢いよく乗せた。
部屋にいた先生のほとんどの視線が俺に向く。やべ、ここ職員室だった。
「きゃっ!」
きゃっ? 突然耳に届いた嬌声に思わず耳を疑った。
え? いまの声この人だよな。
その声を出した張本人と思われる佐原先生はコホン、と一つ咳払いして息を整えた。
「やあ、しおりはできたようだな」
いや、無理あるでしょ。いまの流れでよく何事もないようにかっこつけれましたね。
佐原先生は正直かっこいい。女性とか美人とかそういうのを超えてかっこいいとか、そっちが先に来る。体のラインやら、さっきの声を聞く限りは綺麗な女性であるのは間違いないが。
「ええ、もう日が暮れそうですけど」
俺は全員の分をやらされたことをに対する皮肉を言葉に込めた。
「ああ、悪いな。まさか全員分があるなんて思わなくてな」
いや、普通に考えてわかるでしょ。八クラス分だぞ。単純に八倍。ふむ、わざとか。
「ま、君たちのコンビならこれくらいすぐに終わらせれると思っていたからな」
コンビ、と俺たちと麗華をまるで一つに考えたような言い方に違和感が残る。
「中坂さんはともかく、俺の実力なんて知れてるでしょ」
「まあ、君自身にそこまでの力は感じていない」
うわー、自分で言ったけどいざ本当に自分のことを否定されると心に来るなー。思わず僕、泣いちゃいそう。
「だけど、君がいるから中坂も好きに動ける。違うか?」
それはまるで、俺が麗華の手助けを行っていることを知っているかのような口ぶりだった。
だが、ここで簡単に認めてしまうほど俺たち幼馴染は甘くない。
「いや、何のことですかね? 俺がいつも助けられてばかりですよ」
「それにしては、やけに楽しそうに作業しているようだったが?」
佐原先生は決定的な切り札を見せびらかすように言った。
まじかよ、俺たちの声聞こえてたのかよ。いくら隣の部屋だからって、あの教室それなりに広いから絶対に聞こえないと思っていたのに。ていうか、それ以上にあんなバカみたいな話声が先生たちに聞かれてたなんて、恥ずかしすぎる。
「もう、そこまでわかってるならわざわざそんな聞き方しなくてもいいじゃないですか」
「お、やっぱり何かしてたのか。今日の私の勘は冴えてるな」
ははっと笑みを浮かべた佐原先生を見て、俺は事態を把握した。ついでにこの先生の性格が悪いことまで理解した。
「生徒の秘密暴くのにカマかけるなんて大人としてどうなんですか?」
「まあそう固いことを言うな。私は君たちのこと元々知っていたわけだしな。そういえば、その中坂はどうした?」
「もう、帰らせました。報告くらい一人でもできますし」
「優しいんだな」
「そんなんじゃないですよ」
本当に、そんなのではない。お互いの利害、口にせずとも俺たちが行っているのはそういうことだ。無論、麗華が俺のことを信用しているという前提があってこそ成り立つわけだけど。
「学級委員にわざわざ立候補したのも中坂に何か言われたからか?」
佐原先生は怒るわけでもなく、事実確認をするように俺に尋ねた。俺はすこしだけ考え答えを出した。
「まあ、半分以上はそうですね。でも、やるって決めたのは俺っすから。だから、さぼったりはしないんでそこらへんは安心してください」
「君にそんな心配はしとらんよ」
佐原先生はにっこりと女性らしい笑顔を俺に見せた。
てっきり俺に信用がないから、そんなことを聞かれているんだと思ったけど、どうやら話を聞く限り違うらしい。それと、こういう認められ方は慣れてないからなんだかくすぐったい気持ちになる。
「じゃあ、俺はこれで帰ります」
「ああ、中坂にも礼を言っておいてくれ」
俺は一つ佐原先生に会釈をすると、荷物を持って職員室から出た。
俺にはまだ、佐原先生という人のことがわからない。怖いし、仕事を押し付けるし、抜けてるし、俺たちの関係をなぜか知ってたし。でも、無性に嫌いにはならない。
外へ出ると空はすでに紺碧に染まっていた。昨日は俺より遅くに帰っていた運動部の奴らもすっかり片付けまで終えて校内を出ていた。
なんで俺だけ最後まで貧乏くじ引いてんだろうな。
学級委員をやらされ、麗華を手伝わされ、挙句、帰っても麗華の暇つぶしの相手をしなきゃいけない。って、俺の貧乏くじの原因完全に麗華じゃねえか。あいつは疫病神か何かかよ。
俺は来た時のように電車に乗りこむ。帰宅ラッシュの時間から少しずれているおかげで席が空いていた。俺はありがたくそこへ腰を掛けた。電車の揺れが心地いい。慣れないことばかりをして疲れていたせいか、いつの間にか俺は深い眠りに落ちていた。
そのまま寝てしまって最寄りの駅を通り過ぎてしまったのは言うまでもない。
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