タコス風味の麻婆豆腐
「窓が全部イルミネーション用の光石で塞がれる形になってる。クレーンでプレゼントを入れるのは無理だ」
地上3階建ての屋敷を囲む形でイルミネーションを設置されるとは思っておらず、当初の作戦が出来なくなってしまった。
「結構見に来る人も多いですからねー。厳しいですねー」
カミンスキー重工の商品でもあるイルミネーションを見ようと、見学者も殺到していた。忍び込もうにも外から見られる可能性が高いのだ。
「カミンスキー重工の社員が配ってたパンフレットにこのイルミネーションの説明が書いってあった。家庭用120V電源で動作する光石のイルミネーションで停電しても直ぐに魔力で光るそうだ」
ラリーが説明したが、新入りのテリーは今一説明を理解できなかった。
「えーっと、つまり?」
「屋敷を停電させても、地上に流通させている光石の照明と同じ様に勝手に光るんだ」
「光石ってなんですか?」
偶に会話で出てくるのは聞いていたが、具体的に何なのかは知らなかった。
「コレだよ」
ラリーが指差したのは天井のLED照明だった。
「ただのLEDですよね」
「そうだよ」
「そうよ」
「せやなー」
ビリー、サニー、ジミーの3人も便乗して突っ込んできた。
「蝋燭とかじゃ危ないからかなり前から地上に流通させてるんだよ。ただ、電気が無いから魔力を電気に変える魔法具とセットにしてたけど、最近電気で光るのがバレて電球代わりに使われてんだ」
地下に住む妖精からすれば当たり前の様に使われているLEDライトが、地上では魔法具扱いに成っていると聞きテリーはマジマジとLEDライトを見た。
「……そう言えば、停電に成ってから魔力で光るまで何秒掛かりますかね?」
「3秒位だ」
テリーは一瞬暗くなった瞬間にプレゼントを入れられないかと思ったが、直ぐに明かりが着くのでは無理だった。
「プロポフォールやフェンタニル使いますー?」
「バカヤロ!本編と違って全年齢対象なのに変な事すんじゃねえ」
(メタやなー)
全身麻酔に使う薬品の使用など以ての外なのでビリーはサニーの提案を即座に否定した。
「じゃあ、後は……屋根をブチ抜くか床をブチ抜いてピアノを入れます?他のプレゼントは手で運ぶとして」
ラリーが半ば冗談で提案したがビリーは屋敷の見取り図を見ながら考え始めた。
「おい、ビリー。ホンマにやるんか?」
「ダメかな?」
「なんでOKだと思ったんですかー?」
流石にプレゼントを贈る家を一部破壊するのは前代未聞だった。そんな事をしては泥棒と殆ど変わりがない。
「あ、失礼……」
テリーが懐に入れていたスマフォが震え、画面を見ると従兄弟からの電話だった。
「もしもし、何?」
「……言っとくが地上に持ち出すなよ」
(判ってます)
手で合図しつつテリーは従兄弟との会話を続けた。
『いよーお!今日暇かい?』
「今日は仕事だよ。サンタ業の」
本採用されるか判らない状況なので、従兄弟との通話を切り上げたかったが向こうが一方的に話し掛けてきた。
『1時間でも良いんだ、今日の5時から9時の間に手伝って欲しい。退社後にちょっとで良いんだ。大口の顧客から予約が入ってるのに社員にインフルエンザが出て人手が足りないんだ』
「無理だよ、サンタ業は今日明日が本番だから」
従兄弟のリノーはそれでも食い下がってきた。
『一件だけで良いんだ。カミンスキー家で給仕をすれば大丈夫だ』
「ちょっと待て!カミンスキーって言ったか?どのカミンスキーだ?」
カミンスキーを名乗る人狼は多いが、「もしかして?」と思ったのだ。
『アルトゥル・カミンスキー中将の所だよ。オーナーのホセとペドロが本人から直接依頼されたから土壇場で断われないよ』
人狼のホセと前世で弟だった人馬のペドロが経営する会社でリノーが雇われていた。中華料理やイギリス料理のレストランチェーンだったが、去年からパーティー等に食事を提供するケータリングサービスを始めていたのだ。
「チョット待ってて」
コレは使えると、テリーはビリー達に今の話を説明し始めた。
「いや、5人も来てくれるとは助かるよー」
再び地上に戻り、リノーが勤めるレストランに出向くと何台も帆付き馬車が料理や機材を積み込んでいた。
「いや、お安いご用ですよ」
チームリーダーのビリーはリノーと握手した。
ピアノを含む全てのプレゼントもコッソリ運び込む事をリノーも合意しているので、帆付き馬車3台に一緒に詰め込んだ。このまま、カミンスキー家の屋敷内にプレゼントを隠し、家族が食事を始めたタイミングで一気にツリーまで運ぶ計画になった。
……一応駄目だった時に備え。プランBとして、1階の床板と天井の床を剥がしプレゼントをクレーンで地下から吊り上げる算段にはなっているが。
「んじゃ、みんなコレに着替えて」
リノーがロッカーの1つからタキシードを出した。
「タキシードなん?」
「相手はVIPだからね。ちゃんと礼装で行かないと。だからアンタ髭を全部剃ってくれ」
「え?」
赤い服を着ればサンタと言い張れるほど、口髭を生やしているジミーは肩を叩かれた。
「食べ物を扱ってるからね。清潔感がいるんだ。あそこの洗面台を使ってくれ」
「おいおい、いやだよ」
ジミーは両手を上げて拒否した。
「ここまで伸ばすの大変なんだ。堪忍してくれ」
「明日から楽できますよー」
自分の分のタキシードを持ちながらサニーは興味なさそうに更衣室に歩いて行った。
「新年のノームコンテストに出るから2年掛けて伸ばしてるんやで。2週間でこの長さまで伸びるかい!」
「いや、目立つから剃ろうぜ」
ビリーにも諭されたが、ジミーは首を立てには振らなかった。
「丁度良いんじゃない?無線機のマイクは袖に仕掛けれるし」
「いやや」
ラリー相手にも譲らなかった。
「サンタ優先だろ?プレゼントなしだと知ったら子供達は残念がるだろ?」
その子供達が罠を仕掛けてるわけだが。
「……判った剃るは。剃りゃ良いんやろ!」
「今年はどうでい?」
居間で弟達に揉みくちゃにされながら、アルトゥルはアルベルトに質問した。
「マイクロフォンから変な音がしてたけど工事の音だったみたいだ。工事が終わったらしなくなったよ」
会社の従業員も既に帰宅しており誰も通りを見張っていなかったが、窓は全部イルミネーションで塞いでいるので入れない筈だった。
「音だあ?」
「地下室とか見て回ったけど何もなかったし、大丈夫じゃない?」
アルベルト本人が半年前に地下室の壁や床をセメントを塗り、仮に隠し扉や通路が在ったとしても開かないようにしていた。
「庭見たかい?」
「まだだけど……。おっと!」
2歳の弟のイザークとイヴォが両腕を広げ、尻尾でバランスを取りながら全力疾走で居間に飛び込んで来た。
アルトゥルに抱き着こうとしたが、向きを誤り壁にぶつかりそうになったが、アルベルトが受け止め事なきを得たのだ。
「後で調べるか……」
今調べに行きたいが、弟達が10人以上も身体に登って来るのでアルトゥルは動けなかった。
「こんばんわー。ホセ&ペドロのレストランですー!」
リノーが玄関をノックしながら叫ぶと、カミンスキー家に雇われているメイドの妖精が出て来た。
「あらーご苦労さまですー」
玄関が開けられ、暫くするとアルトゥルがやって来た。
「おー、あんがとさん。中に入ってくれ」
急な来客に、アルトゥルの妹や弟達が廊下の奥や階段の上から数十人も様子を見ていた。
「料理はすぐ並べられますがどうします?」
「あー、じゃあ頼むわ。あっちがダイニングだからそっちで。奥に台所が在って、すぐ外がガレージだから荷馬車はそこに着けて」
「ふわあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!」
外で誰かが叫び声を上げた。
「……あ。後、庭の通路以外は通らねえでくれ。アライグマが出るんで罠仕掛けてんだ」
サンタ対策の罠だが、アルトゥルは害獣用だと誤魔化した。
「おーい、平気かい?」
レストランのバイト妖精が逆さ吊りの状態で木にぶら下がっていた。
「おろちてぇ……」
何となく庭を歩いていたらいきなり逆さ吊りにされたのでバイト妖精は目を回していた。
「どうやって下ろすよ?」
「どうしましょ」
ビリーとラリーがアレコレ意見を出していると、人狼の老人が梯子を抱えながら出て来た。
「今下ろすぞ」
アルトゥル達の祖父、イゴールだった。
「あわわ……有難うございます」
腰に指していた短剣で縄を切ってもらうと、左手で器用に妖精を抱え梯子を降りて来た。
「すまんのお、最近物騒だから孫達が罠を仕掛けててなあ。通路以外は歩かない方が良い」
「のわああああ!?」
イゴールが説明している側から、別の妖精が罠に引っかかり、今度は落とし穴に落ちた。
「多すぎぃ……多くない?」
真っ白なテーブルクロスをダイニングテーブルに被せながらラリーは袖に仕掛けた無線機に話し掛けた。
『何がですかー?』
「罠だよ。わーなー。5人目が今引っ掛かった」
正規のケータリング業者の従業員が次々罠に引掛り、その度にイゴールが救出していた。
『見取り図に描いてない場所にも在ったなあ。今日新たに仕掛けられたんだろ。小物は飲み物の籠と一緒に台所に置いた。後はピアノを、オフッ!』
無線越しに話していたビリーの声が止んだので、4人は耳を澄ました。
『どうしましたー?』
『奥から子供が一人出て来てぶつかった……いてぇ』
妖精に比べれば身長と体重が大きい人狼の子供にぶつかり、ビリーは弾き飛ばされたのだ。
『あー、問題発生かもですー』
サニーが何か言ってきた。
『またつまみ食いかー?』
『違いますー!ドミニカ卿に顔バレしたかもですー!』
咄嗟に否定したサニーをジミーが横目で確認すると、口をモグモグ動かしていた。
『見張りしてたからか。見られてるか?』
最悪サニーは作戦に参加させられなくなるのでビリーは焦った。
『モグモグ)ほいー、みはれてますー』
『何か聞かれてもバイトを掛け持ちしてると言って誤魔化せ。テリー、ピアノはどうだ?』
『ガレージの隣の馬小屋に上手く隠しました。ウマだけに』
何か聞こえた気がしたが他の4人は無視した。
『おっと!正面玄関、お客さんです』
馬小屋からガレージに戻ったテリーは正門から入って来る人影に気付いた。
「誰だ?」
『カミンスキー家の人じゃないですね。人狼ですが、歳は12歳ぐらい。黒髪で肌も少し日焼けしてます』
『今日はホームパーティーだから親しい人だけだろ?誰だ?』
特に“誰かを招いた”と情報が入っていないが、状況に応じては来客者の分もプレゼントを置く必要があった。
『アルベルトがそっちに行ったでー』
『はい、確認しました。アルベルトが呼んだみたいです』
ラリーも姿を確認しようとして窓に近付いたが、異変に気付いた。
「向かいの建物に望遠レンズ付きのカメラを構えて2人の様子を撮影している男がいる。その娘VIPか?」
庭を通る必要は無いが、何か有った時に姿を第3者に見られる恐れが出て来た。
まさかのクリスマス短編なのに25日中に完結しないという暴挙/(^o^)\