第四話:剛腕ぷにぷに
もっと簡潔に出来そうですが。
その日も体術に続き剣術があったが、少しばかり違っていた。木剣で一対一の乱取りをしていて、授業を担当していたユーリスの目に留まったのだ。アンビルはへっぴり腰の剣捌きだが、一本も取られないのだ。ただ、一本取る事も出来ず、ミルノと二人で終わらないチャンバラを続けていた。
「ちょっと待てミルノ、気になる事がある。イプシルと代わってみろ。」ユーリスが指示する。
「先生、イプシルさんは騎士志望の生徒です。剣術初心者の私とでは実力が違い過ぎます。」
「まあ、試合じゃないんだし授業の一環だ。ちょっと模造刀で立ち合ってみろ。」
「私は構わんが、アンビル殿どうだ?」
「分かりました、ちょっと怖いけどやってみましょうイプシルさん。」
イプシルとアンビルは向かい合って剣を構える。この立ち合いは練習用の模造刀で寸止めである。
「いくぞ!」「はいっ!」
イプシルは正面から上段で力一杯打ち込んだ。なよなよした姿勢で剣を上げ、防ぐアンビル。
ギィン!イプシルの剣が跳ね返される。アンビルに衝撃があったようには見えないほど微動だにしていない。「なっ!まだまだあ!」
驚いた表情のイプシルは胴、上段袈裟、胴薙ぎと本気で打ち込んでみた。
「きゃあ、やっ、ちょっ、とっ!」と、言いながらヘロヘロと難なく捌く。キィン、ギンギィン!とイプシルがかなり力強く打ち込んでいるのは音で分かるが、へっぴり腰でへなへなと剣を動かすアンビルをイプシルは打ち崩す事が出来ない。とても力を込めているようには見えないのに、こちらの腕が痺れてきた。
「待て!もういい、イプシル。交代だ。次、アラニス。」「はい。」イプシルは不思議そうな顔をしている。
「ユーリス先生、私も交代したいです。」
「いや、アンビルはそのままだ。出来るところまでやってみろ。アラニス、分かってるな!」
「はいっ、心得てます。いくぞアンビル。」
「ええ~っ、はい、がんばります。」
アンビルは嫌だが仕方なく思いがんばってみる。
お互い剣を構えて対峙する。
「いやああああ、はあっ!」アラニスが先手必勝で上段へ打ち込む。この一撃で剣を叩き落とすつもりだった。
「きゃあ、いやっ!」イプシルより速いアラニスの打ち込みに、慌てて剣を頭上へ翳そうとする。間に合わないと思われた次の瞬間、『ガギィン!!』剣を飛ばされたのはアラニスだった。アンビルはなよなよと握った剣を頭上に翳していた。
ふうー、間に合ってよかった。あんなのくらったら死んじゃいます。
アラニスは驚愕の表情でアンビルの構える剣を見ていた。まるで固定された何かに剣を打ち込んだような感触で、手は完全に痺れていた。
ぱっとイプシルを見ると目が合った。黙って頷くイプシルを見て、同じだったのかと思った。
「そこまでだ。皆乱取りを続けるように。アンビルはこっちに来てくれ。」
二人は体育館を出て行った。
「アンビル、お前が剣術などやった事がないのは見れば分かる。だが、その、なんだ、腕力、握力が化け物じみているようなんだが、何か心当たりはあるか。」ガーン、アゲイン!
「ユーリス先生、化け物ってあんまりです。」
「いや、言葉は悪いが、他に表現のしようがないんだ。さっきのアラニスの打ち込みはかなりのものだった。あいつはこの学年で一番の使い手だからな。それをお前は・・・」
「どういう事か分かりません。たまたま剣を落としただけじゃないんですか?」
「全然違うぞ。例えば二歳児が体当たりして抱きついてきたら、お前はよろけるか?」
「多分大丈夫だと。よろけたりしないと思います。」
「では二歳児に手を叩かれるとしよう。あらかじめ力を入れて動かないようにしたお前の腕を、二歳児の手の力で叩いて少しでも動かす事が出来ると思うか?」
「どうでしょうか、多分無理だと思います。でもなんの関係があるんですか?」
「そのままだよ、さっきのお前達の事だ。」
「えっ、アラニスさんは二歳児並みなんですか?」
「そうだな、腕力に関してお前からすればアラニスは二歳児並みと言いう事になるだろう。信じられんがな。」
「いくらなんでもそれは大袈裟ではないですか?」
「いや、イプシルの打ち込みでもアラニスの打ち込みでも、お前の剣は微動だにしていない。どころか1mmも動かなかった。まるで固定されたようにな。お前にとってあいつらの打ち込みは二歳児程度なんだろう。技術ではなく単純な力が。」
「そんな事あるんですか?私、防御するのに一生懸命で全然余裕なんてありませんでしたけど。」
「試してみるか。一応このヘルムをかぶれ。そして剣で上段を、頭を守るように構えるんだ。今から俺がお前の構える剣に打ち込む。お前はしっかり防御して、自分の剣だけを見ていろ。」
「他を狙ったりしないからそのままでしっかり受けるんだ。」
「分かりました。やってみます。」
アンビルが自分の剣だけ見ているのをいいことに、ユーリスは自身にパワーラッシュの魔法を使用し一撃の威力を最大限に引き出す。
「いくぞ!はぁっ!」「はいっ!」
目にも止まらぬ速さでユーリスの一撃がアンビルの剣に打ち込まれる。
ゴギィィンン!!
ユーリスは完全に弾き返された。アンビルは身じろぎ一つしていないが驚愕の表情で自分の持つ剣を見ていた。
「本当です。全く動きませんでした。でもどうして?」
「こ、これほどとは。まるで鉄の壁か岩にでも打ち込んだみたいだ。全く動かなかったな。つまり、お前にとってはおれの打ち込みも二歳児程度だという事だ。」
ユーリスは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「ユーリス先生違います。そんな事ありません。えーっと、先生は四歳児くらいでした。」
「そうか、俺は四歳児か。そうだな、四歳児だな。」
「いえ、そうじゃなくて、イプシルさんやアラニスさんに比べたらそう、なのかな?」
さすがアンビル、見事に傷口をエグる。悪気がないだけに余計ダメージがあった。
「もう、本当にもういいぞ、アンビル。俺はちょっと院長と相談してくるから、戻って乱取りを続けるようみんなに言っといてくれ。」
肩を落としたユーリス先生の背中は淋しそうだった。
アンビルは体育館に戻って言われた通り伝えたが、アラニスとイプシルに捕まる。
「アンビル殿、すごいどころではない力だな。どういう事か説明してもらいたいな。」
「俺も聞きたい。今までいろんな奴と打ち合ってきたが、こんなのは初めてだったぞ。まさに剛腕だな、全く歯が立たなかった。一体どんな腕力、握力なんだ。」
「そんな事言われても、普通にしてるだけなんで何が何やらなんです。今まで剣術なんてしたことなかったんで分かりません。」
「ちょっと手を見せてくれ。」
「構いませんけど。」
二人して右と左の手をとり、目を近づけたり、裏返したりして見る。
「アンビル殿、腕を触ってもいいか?」
「どうぞ。」イプシルが腕をぷにぷにと確かめる。
「ぷにぷにだな、力を入れてくれ。」
「はい。」力を込めた腕をイプシルがぷにぷに触る。
「やっぱりぷにぷにだな、どういう事だ?何故こんなにぷにぷになんだ?」
「そんなにぷにぷにぷにぷに言われても分かりません。これで普通だと思います。」
「いや済まない、予想に反してあまりにぷにぷにしてたから、つい・・」
やってる間にユーリス先生が帰ってきた。
「今日の授業はここまでとする、解散。アンビルには後日、方針を伝える。以上。」
やっと授業が終わりになった。何となく、何かは分からないのだが、何かを失ったような気がしたアンビルであった。
ありがとうございました。ぷにぷに言いたかっただけですね。