第三十八話:嵐の予感
珍しく長めです。
イーノスとサーズはフラケの街の外でこっそりと馬車を降り、徒歩で廻り道をして戻って来ていた。馬車には真っ直ぐ帰るように指示してある。
暗くなってから宿に入ったので気付かれてはいないはずだ。
「おい、聞いてきたぞ。やっぱりここ一月ばかり姿を見せてないそうだ。」部屋に戻ってくるなり捲し立てるサーズ。
「やはり、と言うべきか予想通りだな。あの狸に関してはどうだった?」ロッキングチェアで前後に揺れるイーノス。
「最近急に獸人系の魔物が増えてるらしい。狸に限らず横柄な態度で煙たがられてるそうだ。軍隊じみた活動もしてるらしくて、この界隈では戦争間近と見ているらしいぞ。」
「軍隊に戦争か、クーデターよりも侵略を疑うべきだな。」
「ビステルの奴らだろ。俺を狙わずエマヨに行くあたりいかにも、だな。」
「ああ、エマヨ自身は監禁されてるなんて気付いてないかもしれんがな。ビステルとするならお前はいいのか?」
「構わん。とっくに決別してるし、血縁もおらん。攻めて来るなら返り討ちにするだけよ。」
ビステルは隣にある獸人の国だ。サーズの故郷でもあるが魔物に郷愁などある筈もなかった。
「まずはエマヨの確保か、どうしたものか...」
「やはり仕掛けてみるしかないんじゃないか?このままじゃあ埒が明かんぞ。」
「たった二人で、か?戦うだけならそれでも構わんが、エマヨを探しながらは厳しいな。単純に頭数が足りなさ過ぎる。」
「失礼しやす、旦那方。お客様がおみえです。」宿の者だろうが、お客だと?予想外の展開に二人とも警戒する。
「分かった、呼んでくれ。」とりあえず様子をみる事にした。
「失礼する。イーノス・フェノ・メノ伯爵はこちらか?」入ってきたのは女性だった。背はイーノスやサーズと同じ位、女性にしてはかなり大柄だろう。顔色は青白く不健康そうだが美しかった。猫のようなアーモンド型の目、スッと高い鼻、大きめの口に薄めの唇には紅を塗っていた。真っ赤な髪の毛は左右にツインテールにしているが、美しさは損なわれていない。ただ目立っていた。
だが、服装が事態を悪化させる。黒を基調にしたフリフリ付きのシャツ、レースや紐がふんだんに使ってある。黒のスカートもフリフリでプリーツを重ねてレースを付けふんわり仕上げてある。いわゆるゴスロリの格好であった。子供向きの。
貴族が我が子を絵に残す時に着せるようなお出掛け服で、何より丈が短く、ミニスカートと化していた。黒のストッキングを留めるガーターベルトが丸見えだったが辛うじて下着は見えてなかった。10cmはありそうなピンヒールを履いている。
二人とも言葉を失いまじまじと見てしまう。
「我はナルーラ、信長様より命を受けて助力に参った。イーノス・フェノ・メノ伯爵、よろしいか?」
イーノスは納得した。この感じは地獄産の何かだ。
サーズは固まっていた。違和感が半端ない。この容姿にこの服装、この言葉遣いとはどういう事だ?何一つ統一感がない。真冬の雪山で日焼けする違和感に似ている気がした。
「カノン様が痺れを切らせて我を寄越されたのだ。何を手間取っているのか説明してもらおう。」ソファーに座り足を組むナルーラ。見えそうで見えない、さすがだ。
「失礼しました。私がイーノス・フェノ・メノ伯爵、こちらは我が盟友のサーズです。もう一人エマヨという者が捕らえられておりまして、案を練っておりました。」イーノスには大体分かっていた。無茶を言い出すに決まってる。
「人質か、悩ましい問題だな。執れる方策がいくつもある訳ではあるまい。明日やってしまうぞ。」
「やってしまう、とは?」サーズはうっすら分かっていたが確認してみた。
「人質を取る奴らなどクズに決まっている。人質に手を出す暇も与えずに容赦なく叩き潰してしまえば人質も無事に戻って来よう。簡単な事だ。」ナルーラには地獄で会わなかったがデゼル様ファンクラブの一員だと確認出来た気がした。
「それは無茶じゃないですか、相手は軍隊規模ですよ。」サーズよ、知らないとは幸せなのか不幸なのか。
「構わん。クズがどれ程集まった所でクズ山になるだけだ。我が吹き飛ばしてくれよう。」
「いやいやいや、待ってく」「サーズよ、落ち着け。ナルーラ様の言う通りではないか。問題は奴らを少しでも多く引っ張り出す事でしょうか。」
「任せる。明日、朝食後に決行する。解散。」ナルーラはさっさと部屋を出て行った。
「おいイーノス、いいのか?あんなのに任せて失敗したら目も当てられんぞ。」
「サーズ、騙されたと思って信じてみろ。多分とんでもないぞ。蟻の我々からみたら、象が子猫になった所で傷もつけられまい。」
「本気かお前...まあ最悪二人で暴れれば最初と変わらんか。いいだろう、最初に軍を呼んだとか適当かまして奴らを引っ張り出そう。あとは出たとこ勝負だ。よしっ、明日に備えて寝るぞ。」
「あ、ああ、寝るか。ヴァンパイア的には微妙だがな。明日に備えよう。」
忙しい1日になりそうだった。
翌朝、朝食をとりに食堂へ行くと、バイキング形式の料理の前でナルーラが固まっていた。イーノスは何か分からない事でもあるのかと思い声をかける。
「おはようございます、ナルーラ様。どうされました、何か分からない事でも?」
「えっ、あ、ああ、イーノス伯爵、この..これは何なのだ?」外側の赤いウインナーであった。ナイフを入れてタコさんウインナーに仕上げてあり、顔まで書いてある見事な出来栄えだった。
「ただのウインナーですが、何かあるのですか?」地獄的な何かか?
「いや、分からんが何かムズムズする。これは何のつもりだ?」??何のつもり?
「ただの料理ですよ、お嫌いですか?」
「食べるのか?この、これを噛むのか?食べたら無くなってしまうではないか!」??地獄での日々がフラッシュバックしてきそうだ。一体何を言っているんだ?
「こ、こっちのこれは何だ?」リンゴである。皮にナイフを入れてウサギにしてあった。目も入れてある。
「ただのリンゴですが、どうしました?」
「食べるのか?これも噛み砕くのか?何故そんな鬼のような事をする。」地獄の悪魔が鬼のようとはこれ如何に?などと逃避しはじめたイーノス。
「ナルーラ様、これは飾り切りの一種で動物を模しているだけです。味は変わりませんよ。」サーズが的確に説明するが、
「だが食べたら無くなってしまうではないか!どうしろと言うのだ。」??タコさんウインナーにリンゴのウサギ。可愛いく作ってある。可愛いく?
「ナルーラ様、可愛いものがお好きなのですか?」
「可愛いものとは何なのだ、好きとか言われても分からんぞ。ただこのタコさんは見守っていたいぞ。ウサギもだ。」母親のような表情だが意味が分からない。
何て事だ、地獄に仏はいても可愛いはないのか。カワイイ耐性ゼロの子供ではないか。
結局、ウインナーとリンゴは全部取ってきた。イーノスは厨房に回って飾り切りをやめてもらった。
テーブルの上には74個のタコさんウインナーと12個のリンゴのウサギが載っていた。
「ふふふ..」ニヤニヤとテーブルの上を見渡すナルーラ。幸い小さな子供はいなかったので修羅場は避けられた。
が、離れた所から見た絵づらはヤバかった。コーヒーか紅茶を飲みながら本でも広げていれば絵になっていただろうが、眺めているのはテーブル一杯のタコさんウインナーである。頬杖をついて蕩けた表情が恐怖に拍車をかける。
皆、なるべく見ないようにしていて、イーノスとサーズにはそれが痛かった。
ありがとうございました。




