第百八十話:悪魔の自転車操業
続きです。
よろしくお願いします。
「それでは本題に入ります。遂に来週に迫った"B.day"ですが...」ティファラのこの発言で場の空気が変わった。
全員スッと表情を引き締めティファラに注目する。
「それでは各担当より進捗の報告を。」ティファラが座ると代わりに中央付近の若い男性従業員が立ち上がる。
「特設会場設置担当です。ご覧の通り、倉庫一階部分を丸々と空けております。当日迄搬入、設置は問題ございません。」男性従業員が座ると二つ隣りの年輩の女性従業員が立ち上がる。
「商品準備担当です。今年も全従業員のリクエストは準備出来ました。ただ、今年のお嬢様の御活躍により、急激に人気が出た商品などは不足が発生するかもしれません。」代わりに別の男性従業員が立ち上がる。
「被服部門です、今の発言に説明を。死の美少女フォーマルユニフォームについてです。各種サイズ、カラー、刺繍色違いなど相当数準備致しましたが、それでも売り切れが予想され、抽選販売を実施せざるを得ません。他のお召しものに関しては、ギリ足りないくらいと思われます。」彼が座ると別の者が立ち上がる。
話し合いは二時間を超えて行われ、報告は多岐に渡り全員熱心に話し合った。
9月9日はアンビルの誕生日だ。アーレム商会の従業員達はこの日をB.dayと呼んでいた。
アーレム商会従業員にとって一年で一番大切な、一年間心待ちにしている日である。また、毎年この日は全員出勤して特別シフトをこなす大変な一日でもあった。
話は十一年前、アンビル6歳の誕生日まで遡る。アンビル大好きな従業員達は、それこそ全従業員が個人個人でとんでもない量のプレゼントを用意してしまった。規制のない当時は本当に酷かったようで、少女が好きそうな物、アンビルに似合いそうだと思う物を手当たり次第に買いまくりプレゼントしたらしい。
十年ちょっと前とはいえ、エルノイアでもそこそこの規模を誇っていたアーレム商会であり、その全店舗の従業員達がアレムの屋敷に郵送、及び手渡しに来た。箱の数は五百を軽く超えたという。
イーシトンの屋敷の庭に、プレゼントの箱で山をいくつ作っても入りきれない程だった。衣服が一番多く、お菓子に玩具、更には宝飾品まで多数ある始末だった。
原因は一年前までアンビルではなく、デゼルがアンビルとしていた頃の名残の超ダミアン効果のせいだった。
デゼルが引っ込み、アンビルとなって一年経ってもまだ強烈なダミアン効果が常時発動しており、アンビルを一目見てしまった者は簡単に虜になってしまい、身近にいた従業員達ほど顕著にやられていたのだ。
これ(プレゼントの山)を見兼ねた幼いアンビルは従業員達にお願いした。
「こんなにたくさんぷれぜんとをもらっても困ります。わたしにぷれぜんとするくらいなら、みなさんが自分のためにつかってください。」アンビルは幼いがしっかりしていた。
これを聞いた従業員達はショックを受けると共に感動した。幼いながらも自分よりも従業員である我々を案じて下さる。何とお優しい、欲の無い、まるで天使のようなお方だ、と。
ほぼ違う。庭に山積みしても収まらない量のプレゼントなど、とりあえず邪魔なだけであって迷惑極まりない。それ故に仕方なく、お断りをオブラートに包んで言っただけである。が、またもダミアン効果が発動し従業員達にうっかり感動を与え、変な方向へと誘導していく。
『ぷれぜんとをじぶんのために』つまり...
アンビルお嬢様が使っている物を、アンビルお嬢様の為に買って、私が使おう。
アンビルお嬢様が着ている服を、アンビルお嬢様の為に買って、娘に着せよう。
アンビルお嬢様がお好きなお菓子を、アンビルお嬢様の為に買って、家族で食べよう。
この頃の従業員達は、アンビルが身近過ぎて冷静にねじ曲がっていた。デゼルの名残とは斯くも強烈だったが、名残だったが故にギリギリで何とか踏み止まる事が出来た。
従業員達による話し合いの結果、お嬢様お誕生日不文律が制定され口伝される事となる。
『アンビルお嬢様にプレゼントを買うのは年に一回、お誕生日とする。アンビルお嬢様に使って欲しい物、着て欲しい服、お好きなお菓子、などを自分の為に買う事。お嬢様に贈るのは厳禁、不必要な買い物はしない事。』である。
この年のプレゼントはほぼ全て孤児院に回され、孤児達を喜ばせアーレム商会に感謝させる素となった。ここでも無駄がないアーレム商会、転んでもタダではなんとやらである。
それから毎年、アンビルの誕生日はやたらと売り上げが良かった。と、言うか一年で最高の売り上げを叩き出す日となった。
従業員達は皆、節制、倹約して貯金しこの日を待った。先月までのバーゲンセールで安く買えても我慢し、この日の定価販売で購入する事を選んだ。
従業員的には、アンビルの為にお金が使える唯一の日。アンビルの為に物が買える年イチのチャンス。この時点で既に間違えているし狂っているが誰も気付かない。
当然安物など買えるはずもなく、お嬢様にお使いいただくならば最高の物を!と、高品質の物を買いまくる。
そして贈ったつもりで自分で使う。最高だった。従業員達は満足してまた一年間の節制、倹約に努める。身の回りには国最高の商会主が使うような高級品が増え、自然と生活の質が上がっていく。従業員達は幸せに満たされていった。
いやいやいや、何たるマッチポンプ、これぞ悪魔の自転車操業と言っても過言ではないだろう。が、不思議な事に不幸な者は何処にもいなかった。多分、ダミアン効果とアンビルの天使的な何かのせいだろうが、真相などどうでもいいだろう。
王国最大商会の経営術(?)には、やはり死角などなかった。
斯くして感謝祭だろうが国王誕生日だろうが敵ではない、一年間のぶっちぎり最高売り上げ、最高利益を叩き出す日、それがアンビルの誕生日となり固定された。
そしてこの最高売り上げ、最高利益を更新出来るのは、翌年の誕生日だけ。
更に毎年規模は大きくなり、店舗は普通に営業しつつ、三年前からは特設会場を設置して販売をしている。勤務を二交代制にして各個人の買い物時間を確保し、事前のリクエストにも対応するようになった。
今では、どれだけ他の日の売り上げをぶっちぎれるのか、従業員達の密かな楽しみの日でもあり、誇りの日でもある。従業員全員が問答無用のアンビル推しだった。
従業員達が一年で一番楽しみにしているB.day、これもアレムとアンビルには知らされていない。
全然知らなくても全く問題ないからだ。
アーレム商会はずっと昔からずーっとアーレム商会だった。
ありがとうございました。




