第十話:デゼル現る
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そのヴァンパイアは、ラバーナ聖魔共和国にこちらの大陸では一番近い国ザバスの一角を400年の長きに渡り統治してきた。名をイーノス・フェノ・メノ伯爵といい、彼は配下の魔人達からも影で冷血伯爵と呼ばれるほど配下にも容赦などしなかった。
先日、ラバーナ聖魔共和国の政府要人の娘を誘拐する件で、失敗した男達を雇った者に現地の人間を雇うよう指示した者にそうせよと命令した者を指名した部下を持つ上司にあたる魔人に罰を与えるよう配下に命令させていた。
今は居間でワインを飲みながら読書していた。しかし、考え込んで全然進まなかった。
部下は馬鹿ばかりでうんざりする。人間の小娘一人誘拐出来ないなど信じ難い無能っぷりだ。間違っても報告など出来ん。
どうすればいい、このままで大丈夫か。
ここまで考えた時、僅かな違和感を感じる。何か来る、ここに?そんな事が出来るのか?何重に結界が張られていると思ってるんだ。
あっさりと居間の反対側の窓際にそれは現れた。得体の知れない何か。背筋に何か走り、グラスを置いて立ち上がったまま固まっていた。
「よお、使いっ走りってのはヴァンパイアって相場は決まってんだ。ちょっと話が聞きたい。」
それは髪をツノの様に逆立て、整った顔立ちだが血のような赤い目をしていた。武器かと思ったが、妙に愛嬌があるヘビのぬいぐるみを持ってるようだ。
ヴァンパイアではない。人間、でも、ない?だからといって魔人や魔物とも違う。それよりどうやってここへ?転移?馬鹿な、そんな事出来る筈がない。
「何者だ?どうやってここへ来た?人間なのか?違うのか?私に何の用だ?死にたいのか?」
「質問責めだな。言ったろ、話が聞きたいって。話したいんじゃない、聞きたいんだ。ヴァンパイアのくせに頭悪いなオマエ。」
「貴様...許さん!」強大な魔力がイーノスから溢れ出し、目に見えない圧力となって襲いかかる。吐く息が白くなるほどの冷気と共に耳慣れない波長の声がする。普通の人間なら軽く死んでる。
「死ね!」窓辺の花瓶が破裂する、目に見えない何か、超音波か呪言の類いか。
「いや、そういうのいいから。」
普通にすたすた歩いて来てソファーに腰掛ける。デフォルメされたヘビの顔が驚いてるように見える。何だ、何が起きている?生者なら死んでるはずだ。こいつも不死者なのか?
「俺はデゼルだ。お前だけ立ってると俺が悪者みたいだろ、まあ座れよ。」
「いつから突然家宅侵入してきた奴が悪者じゃないのか教えてほしいな。」
「ん、今だな。座らないならこのまま話しをするだけだが?」
ダメだ、こいつのペースだが仕方ない。このタイプはそのまま推し進めるタイプだ。ひとまず情報が先だ。その後で必ず殺す。
「いいだろう、話しがしたいのならしてやろう。」向かいに腰掛ける。
「物分かりがいいな、出世するぜ。」
コイツ、正気か。ヴァンパイアが出世して何になるんだ。それこそ見てみたい気がする。
「デゼルか、私はイーノス・フェノ・メノ伯爵だ。聞きたい事とはなんだ?」
「関わる気は一切無かったんだが、どうもお前らが絡んで来たんで挨拶しに来た。」
「何の話だ?初めて顔を見たし、名前も知らなかった奴に絡むだと?」
「ラバーナか?魔物とか使って人間どもにちょっかい出して戦争おっ始めるとか、いかにも悪魔な手口だろ。誰の考えだ?」
「貴様、何を知っている、どこで誰から聞いた?」
「タイミングが気に入らねえ。どう考えたって裏で糸を引いてる奴がいるだろ。こんな下らない事考えんのは多分、グラカスのカマ野郎かぽんこつコルクススあたりだろ?」
「なっ、コルクスス様を知っているのか!本当に貴様何者だ?」
「デゼルだ。やっぱりか、あのぽんこつと連絡取れんのか?」
「い、一応緊急時の連絡方法があるが、使った事がない。」
「よし、すぐにやれ。今がその緊急時だ。俺が目の前にいるって伝えろ。」
あれ、なんか、いつの間にかヤバくないか?コルクスス様を悪し様に言ってるコイツ、なんなんだ?命令とか指令とか聞くだけで、コルクスス様と話した事とかないぞ。今1:9でヤバい気がする。
「だけど、なんて言えばいい?目の前にいるって言うだけでいいのか?」
「そうだな、あのぽんこつ危機感ないからな。よし、連絡して俺の言う通り話せ。」
「わ、分かった。ど、どうなっても知らないからな。」
「いいからいいから、すぐにやってみろ。」
イーノスはソファーの横にあった木製の箱から50cmはあるホラ貝とこぶりなホタテ貝の殻を取り出した。
「なんだ、いきなり気でも触れたのか。吹くのか?吹いて呼ぶのか?ならホタテは何に使うんだ?」
「いや、一応違う。こっちに話しかけて、こっちで聴くんだ。」
ホラ貝をソフトクリームのコーンを持つように右手で持って、中に話しかけるようにする。左手はホタテを耳にあてている。両手とも小指は立っていた。
「酷いな。人前では絶対やらない方がいいぞ。」
「バッドバットからスカルリーダーへ、バッドバットからスカルリーダーへ。あのお、すいません。そちらに誰かいますか?コルクスス様いらっしゃいますか?」しばらく待つが応答がない。
「かったるいな、そのまま言え。今、目の前にデゼルがいる。」
「今、目の前にデゼルさんがいます。」
「証拠だな」「証拠ですが」
「コルクススの飼ってる」「コルクスス様の飼ってる」
「犬の名前は」「犬の名」
「待て!」反応した。「待て待て待て待て待て!」
「すぐにそちらへ行く。そのお方に決して無礼を働くな。死ぬぞ。いいな。」それだけ言って途切れる。
10:0だったー、不死者だけど死ぬのかー
「すぐに来るそうデス。」
「なんだよ急に改まんなよ。出世しねえぞ。」
ゼンブアナタノセイジャナイデスカー
「それで飼ってる犬の名前なんだけどな、昔付き合っ」「デゼル様っ!!お久しぶりです。今までどこにいらしたんですか!」
いきなりマントを身に纏った骸骨がデゼルの足下にすがり付く。いつの間にか居間の真ん中に魔方陣が形成されていた。
イーノスはその骸骨の強大な魔力に萎縮してしまう。絶対に勝てないと解る。この方がコルクスス様。ではこのデゼルとは一体?ちらっと見ると、可愛いヘビのぬいぐるみと目があった。
「よう、久しぶりだなコルクスス。相変わらずぽんこつだな、ひでえ魔方陣。」
「デゼル様に早くお会いしたくて急いでましたのでお許し下さい。今までどちらに?そのお姿は一体?」
「まあ、いろいろあってな。ミカエールと相討ちしたまでは良かったんだが、この世界に転生させられた。しばらくこっちに居ることになってる。」
「では、地獄にお戻りにはならないので?」
「今はアーレム商会の一人娘アンビルとしてエルノイアで生活してる。」
「生活ですか?最強のあなたが支配や統治ではなくて?」
「普段は俺じゃない、アンビルだ。コイツが生活してる。俺はこの世界にはもう一切関わらないつもりだったが、面倒が起きそうだったからわざわざ来たんだ。このアンビルが目を覚ます前には帰るぞ。」
「そんな、そのまま帰したりしては、信長様達に殺されます。」
「馬鹿、やめろ。あいつらには絶対に言うなよ。この世界にぞろぞろ来ても鬱陶しいだけだし、俺が出てくんのはこれが最後だ。いろいろあってこのアンビルを幸せにすると約束した。本人も周りも知らないが、な。」
「そんな、デゼル様がいなくなって皆やる気を失ってしまい、天使共とは完全な膠着状態です。少しでも戦力増強をと思いこちらの世界で戦争を起こそうと思っておりました。」
「そこだ、このぽんこつが。死んだ奴の魂は天国にも行くだろうが。」
「あっ!」
「プラマイゼロだから無駄だ。下らない事で手間かけさせやがって。この世界がどうなろうと構わねえ。だが、お前ら悪魔は干渉すんな。勝手にやらせとけ。わかったな。」
「わ、分かりました。ですが、皆様にはなんとお伝えすれば?」
「このぽんこつ!何も言うなっつってんだろ。7,80年したら帰るから黙ってろ。」
「そんな、皆様納得しませんよ。」
「だから、このぽんこつ!言わなきゃ分かんねえだろうが。」
「あっ!確かに。」
「もういい、そろそろ帰る。いいな、誰も死なないようにしろ。このアンビルが起きている間、俺は一切何も出来ないし、する気もない。結構気に入ってんだ、邪魔したら分かってるな?」
デゼルは一瞬だけ殺気を込めた視線で見た。コルクススは体がバラバラになり、イーノスは意識を失ってそのまま倒れた。最期に見えたヘビは、やはり驚いた顔をしているように見えた。
「じゃあな。もう会うこともないだろうが。」
そう言うと、なんの前触れもなく消えた。
誰もいなかったアンビルの部屋のベッドに、ふっとアンビルはヘビの抱き枕を抱いたまま寝て現れた。髪は元通りになり、キューティクルの輪も暗い部屋では不自然なほどだ。
何も知らないアンビルは、夢の中でわんこ蕎麦を食べ比べしているミルノとイプシルを応援していた。
時間がかかってすいません。