#2 状況説明へ至る道
「……ん…」
「あ、起きた。大丈夫?」
「あらまあ…綺麗な赤い目ですねぇ」
起きたばかりの俺を迎えたのは、さっき見た顔ではない、別の顔ふたつ。
あと、なんか天井。お洒落なタイルをたくさん敷き詰めたような、レトロな天井。
ていうか、ここどこ?
「右京さん、起きましたよ」
凛とした黒髪のお姉さ…いや、お兄さんか?が、右京さんを呼びに部屋を出ていく。
残されたのは俺と…
「…あ、すみません。美しい顔をしてらしたから、つい…見とれていました」
ちょっとウェーブのかかった金髪に青い目、これぞ王子様!って雰囲気の青年がひとり。
天使も恥じらう爽やかビューティースマイルで甘い言葉を投げてくる。
「闇夜に溶け込む黒い髪、それとは真逆の絹のように白い肌…はあ、美しい…」
お、俺、口説き落とされるんじゃ。
「もし良ければ、今度一緒にケーキ屋さんとか行きませんか?貴方にぴったりのケーキがあるんですよ───…」
「ほらもうセシル、口説かないの」
さっき出て行った黒髪ロングの人物が、次はなにやら食べ物を持って帰ってきた。
あたりにふわりと漂う優しい香りが鼻腔をくすぐると、我に返った腹が急に鳴きだした。
「はは、ちゃんとお腹空いてんだね。そりゃよかった。これ、よければ食べて」
とん、と傍にあった小さな机に、お粥の乗ったお盆が置かれた。梅干しと塩昆布、たくあんやら色々な小鉢がついてきている。
「おかわり、あるからね。したくなったら遠慮なく言って」
ちょっとぶっきらぼうにそう言うと、その人は部屋にあった机に向かった。
小学生の勉強机そのものの、少し古い机だ。棚部分には、赤、青、緑、黄…など、様々な色の背表紙で溢れていた。
「渚さん、お仕事ですか」
渚、と呼ばれた黒髪ロングのその人は、机の上に散らばる紙類を仕分け仕分け、ついでにノートや本の位置を整えたりし、そう仕事、ほんとやんなっちゃう、と項垂れた。
部屋を見渡すと、なにやら元素周期表やらの理系っぽいポスターが貼られている。
「あ、きみ。ごめんね、ほんと。こんな散らかった部屋で。生憎と、俺の部屋しかベッドが空いてなかったみたいで」
ほかの部屋は物置みたいになっちゃってるらしくって、と渚さんはため息をついた。
「でも、きみが来るなら部屋の掃除しなきゃダメだね。大変だ」
…?来る?…俺が?
「あ、えと、来るって?ていうか、ここはどこで、貴方がたは一体───」
「おはよう、少年!お腹は空いてるかな?」
俺が質問をし終わる前に、バァン!!と勢いよくドアが開く。
「ご飯、食べてる?それ私が作ったやつなの」
…ええと。この人は、見たことがある。
多分…右京、さん?
その、多分右京さんと思しき人が、部屋に入ってくる。ふんわり、バニラのような甘い香りが漂ってきた。
「ま、まだ食べてないです」
「おや、そうなのか。遠慮なく食べていいからね。おかわりも作るから」
にこり、夕方にも見た甘い笑顔。
腹が減ってはなんとやら、だよ?そう付け足すと、俺のそばにふわりと座る。
柔らかな所作、香るバニラ。散らばった髪を耳に掛ける、色気───
「…ん?食べさせて欲しい感じ?」
甘い笑顔が、にやりと、小悪魔な笑みに変わる。
「…!?い、いえ、自分で食べられます…!」
慌ててスプーンを手に取りお粥を冷ましつつ口へ運ぶ。右京さんは相変わらず隣でにこにこしている。
「…おいしい」
温かいお粥と、甘酸っぱいはちみつ梅が染み渡る。
腹が減っていたらしい俺は1杯目をすぐに平らげ、2杯目を塩昆布でいただいた。計3回おかわりした。美味しかった。
ついてきた漬物などの小鉢も大変美味しかった。それ、そこの商店街で買ったやつ、と渚さんは言っていた。お気に入りの漬物らしい。
「きみ、細いのによく食べるんだねぇ。えらいえらい」
右京さんはまるで子供をあやすように俺の頭を柔らかく撫でた。
細く、女性のようで、温かくて、やさしい手。
「いろいろあったけど、身体は大丈夫?どこか痛いとかある?」
先程までのにこにこ笑顔とは違う、俺を心配する表情。
大変なことに巻き込んじゃって、ごめんね。右京さんはまつ毛を伏せた。
「あ、いえ…大丈夫です。と、いうかえっと…助けてくださって、ありがとうございま…」
ありがとうございます、の、『す』を言う直前で、俺はなぜかふと冷静になった。
───俺、飯食ってる場合?
───てか、何この状況?
いつもと何ら変わらない学校で、ちょっと出し遅れた日誌を届けに行ったいつも通りの教員室で、ドラゴンに襲われて。
あれやこれやしてるうちに、謎の集団に助けられて。
謎の施設でこうやって何故かご飯をいただいて。
ここはどこ?
さっきの竜は、なんだったんだ?
てか本物なの?
てか、貴方がたは一体?
次々と湧き出る疑問を、一体どれからぶつければいいのか?まずは何を聞けば…と、疑問の整理をしていると、ドアをノックする音が響いた。
「はーい、どうぞー」
「失礼するよ、渚くん」
ドアを開けて、部屋を見て。俺と目が合ったら、ふう、とひと息。
「ああ、よかった。目を覚ましたんだね」
銀髪に、少し焼けた肌。林檎みたいに赤い目に、赤縁の眼鏡。ええと、この人は───
「左京。下、片付いたんだ?」
「うん。今日は盛況だったよ」
そうだ、左京さんだ。
てきぱきとカフェエプロンを外し、小さく折り畳んで引き出しに仕舞う。
「左京さん、それ俺のチェストだから。そしてここ俺の部屋」
「あ、そういやここ私の部屋じゃない」
…左京さんはちょっと天然なようだ。
「もう、左京ってば」
「左京さん、おつかれですねぇ」
何をしているんだ私は。と、左京さんは大きなため息をついて膝から崩れ落ちた。
「ていうか、左京さん。左京さん、状況説明に来たんでしょ」
渚さんはこちらに向かず、机と向き合ったまま話を進行させてゆく。
その声を聞いて、はっ、と左京さんは慌てて身体を起こし、俺の元へ。
「あ、ああそうだ…こほん。ええと、改めて」
左京さんはわざとらしく咳払いをして、エプロンを手に持ったまま腕を後ろにやった。
ぴし、と俺の目の前に立つ姿は、なんでか偉人のような威厳があった。
「すごく突然で申し訳ないのだが、きみは…」
きらり、赤い目が光る。
大型のネコ科のもののように。占い師の水晶玉のように。
「きみは、選ばれてしまった」
───『選ばれた』。
その艶のある唇から紡がれたのは。
その赤い目が捉えて離さなかったのは。
「竜が見える、その瞳…たしかに、きみは」
───しっかりと。
俺の目を、捉えて。
目の前の、男性は。
「私たちと同じ、<アナザーバース>に───」
「…左京、ちょっとタメすぎかな」
「演技入ってますよね」
「左京さん、俳優なれます、左京さんとってもイケメンだから」
「セシルおまえ、顔しか見てないだろ」
「ちょっときみたち、茶々を入れないでくれるかな。私はすこぶる真面目にやってるんだからね」
ああ折角の雰囲気が台無し、とまた崩れ落ちる左京さんの前で、俺は惚けていた。
───<選ばれた>?
───<アナザーバース>?
情報が特別多いわけじゃないけど、よく分からなすぎて頭が追いついていかない。
「ていうか、説明になってなくない?」
「少年、惚けちゃってますよ」
「大丈夫ですか?起きてますか?」
ぺぺぺ、と頬をゆるく3度ほど叩かれた所で目が覚めた(寝てないけど)。
まず何から尋ねれば、と聞こうとした時、左京さんがこほん、と咳払いをして。
「…えっと、何から知りたい?」
───えっと…それ、逆にこっちの質問っていうか…。
「…それ左京から聞いちゃうんだ」
「ちゃんと説明事項の順序纏めてから来た方がいいですよ左京さん」
「左京さんドンマイです、次があります」
───やっぱりこの人ちょっと、天然なのかもしれない。
「…ううん、私としたことが…」
「仕方ないね。疲れてるもんね」
「少年、今日はうちに泊まっていくといいよ。説明はまた明日改めてするから」
「あ、おうちのことなら大丈夫。連絡、入れておきました。『今日は友人宅ことカフェ・レリーフにお泊まりします!』って」
「…は、あ?…え?なんで?俺の家…え?」
───なにがなんだか、わからないよー。