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勝てば官軍 【魔術開発物語】  作者: 桜山 風
第十一章 憑依 
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第十二話

 背筋が凍るかと思ったが、次の瞬間、芹川氏の頭に熱い血が昇る。

 声を出した者の正体がわかったからだ。


「真奈美!」


 勢いよく障子を開けた芹川氏は、部屋の隅にある衣桁を乱暴に倒した。

 広げた着物の後ろには彼の次女がうずくまっている。


「あらら。見つかっちゃった」


 彼女は小さく舌を出した。幼いころからの癖だ。

 本来なら懐かしい記憶が蘇り、ほほえましく思えるのだろうが、今はそれどころではない。


「お前は! なにをしているんだ!」


「ただ、ここに隠れていただけだよ」


「隠れるとは、やましいことがあるからだろう! たちの悪いイタズラを」


 父の言葉を、真奈美はさえぎる。


「だって、怨霊がうちにいる人たちを皆殺しにしてしまったんだもの。

 だからそいつらに気づかれないよう、隠れていたの」


「……なに?」


「お父さまが、あんなに大きな悲鳴をあげても、誰も来ないでしょう?」


「それは」


 論理的に否定したいが、芹川氏にはそれに必要な言葉が思い浮かばなかった。


 ガタガタガタ


 ふいに、壁にかけてある衣文かけが揺れる。


「うおっ」


 驚いた芹川氏を見て、


 くすくす


 さきほどと同じ笑い声をあげた真奈美は、立ち上がった。スタスタと彼女は部屋から出る。

 再び、スイッチを操作する人間もいないのに廊下の明かりが灯った。


「お、おい。どこに行くんだ」


「怨霊に見つかってしまったから、別の場所に行くの」


「バカなことを言うな!」


 いつものように、芹川氏は娘を怒鳴りつけた。

 しかし、彼女には怯える様子がない。


「うわああああん。おとーさまが怒ったあああ」


 嘲笑するように叫ぶ。とたんに部屋の明かりが消えた。


「真奈美!」


 闇から逃れるため、彼はあわてて娘に続いて廊下に出る。

 振り向きもせず、彼女は歩いていった。


「待て!」


 スイッチを操作する人影は見えないのに、彼女のいる場所だけ明かりが灯り、通り過ぎると消えてしまう。




 行く先々で彼はおぞましい光景を目にすることになった。


「うわあああああ!」


「くすくす」


「ひいいい! お前までが……

 腕っぷしに自信があるというから、用心棒兼書生として雇ったのに……」


「くすくすくす。ほら、次の部屋に行くからさ。

 腰をぬかしてないで、さっさと行くよ」


「嫌だ! こ、これ以上恐ろしい目にあいたくない! 

 ワシは死人のいない部屋で、朝を待つ」


「あら。逆らうの? それならワタシは全力で走って、

 あんたを真っ暗な中へ置いてけぼりにするから」


「それだけは、勘弁してくれ……」


「じゃあ、どうする? 

 なにかをしてほしいときは、丁寧な言葉で頼まなくてはいけないの。

 さあ、やってみなさい」


「……ワシを連れて行ってください……」


 光を求める彼は、自分がどこに行くか、決定権を失った。


「その気になれば、ちゃんとできるんだから、もう威張ってはだめだよ。

 おとなしく付いてきなさい」


「はい……」


 ただ唯々諾々(いいだくだく)と娘の進む方向に従うしかない。

 まるで悪夢の中にいるような感覚を、芹川氏は味わっていた。



   ◆◆◆◆◆◆



「……う……ん」


 乱暴に揺さぶられ、奈緒美は目覚めた。


「だ、誰!」


 彼女の肩に手をかけている男を見て、彼女はとっさに飛びのく。


 血走った目、冷や汗に濡れて、ヒクヒクと痙攣けいれんする頬。彼が身につけた着物は上質だが、その襟がはだけて黒い毛の生えた胸が露出している。


 変質者が侵入したかと思い、奈緒美は壁に立てかけたテニスのラケットを手にし、身構えた。男はおびえたように手で頭をかばう。


「ま、待て、ワシだ」


「お父さま?」


 声を聴いてよくよく見ると、確かに彼女の父だ。普段の姿とあまりにも違い、今の彼は憔悴しょうすいしきった様子だった。


「どうなさったの?」


「……し、死んでいる! みんな、みんな!」


「え」


「お、おまえ! ワシがおかしくなったと思ったな! 

 違う、本当なんだ! と、となり、隣では正太郎が」


 奈緒美の部屋の両隣は、妹と弟がそれぞれ使っている。


「ええっ」


 愛用の得物を手に、奈緒美は現場に走る。その後に父もついてくる。


「きゃあ!」


 弟は仰向けに倒れていた。その肌も唇も、生者の色をしていない。


「正ちゃん! しっかりして!」


 抱き起こしたが少年の首は力なく、ぐたりと傾く。


「ああ、なんてことなの……どうして……」


 冷たくなりつつある体を、奈緒美はそっと畳に降ろした。


「怨霊のせいだ」


「ええ?」


 おどろいて、奈緒美は父を見た。


「……怨霊が……うちのものを皆殺しに……

 生き残っているのは、ワシとお前と」


「ワタシよ」


 部屋の隅にいた真奈美が、父の前に進み出る。


「ね、お父さま。ワタシの言った通り、心霊現象は存在するでしょう」


「はい……ワシが間違っておりました」


「なのに、あんたはずっと嘘だと決めつけ、ワタシを侮辱したよね。

 そんな悪いことをしたら、どうするんだっけ?」


「……申し訳ありません。自分の非を認め、謝罪いたします」


 父は自分の次女に対して土下座した。


「なんてことを!」


 芹川家の戸主が、みじめに這いつくばっている。それを見た奈緒美は、まるで自分が侮辱されたように感じた。


「なぜ? マナちゃん、怨霊を払うおまじないをしたでしょう? 

 それなのに、なんで」


「くすくす。まだ、信じてたの? あれは嘘。

 本当は怨霊を呼びこむための儀式だったの。

 ワタシはあんたを利用して、みんなを騙し、そして殺した! 

 積み上げられた生贄を踏み台にして、ワタシは魔術師になる! 

 そうして願いをかなえるのよ!」


 勝ち誇る妹を見て、姉の顔は青ざめる。


「そんな……マナちゃんは、思春期をこじらせただけだと思っていたのに……

 本当は素直で優しい子なのに。

 ……!……まさか、本当の怨霊がマナちゃんに憑いてしまった? 

 そのせいでこんなことを?」


 自問自答する奈緒美の視界を何かがよぎった。と思ったそのとき


「うわああああ! 正太郎!」


 父が叫ぶ。彼が指さす方向を奈緒美は見た。


「ああ……亡くなっているのに……」


 弟の顔は変化していた。両方の目じりが下がり、口の端は上がって、まるで笑っているようだ。


「お、怨霊が正太郎に憑いた! 他の死人と同じだ!」


 騒ぐ父をそのままに、奈緒美はよく弟の顔を観察する。まるでレンズ越しに見ているように、鼻を中心として一部が歪んで見えた。


 不思議に感じて、手を顔の上に延ばす。何かが指先に触れた。


「これは」


 透明なものを奈緒美は両手を合わせて素早くつかむ。とたんに弟の目と口は正常な位置に戻った。


「なに?」


 餅のように柔らかいものが手のひらの中でもがいている。


 目を近づけてよく見ると、ダルマに短い手足をつけたようなものの姿が浮かび上がってきた。どうやら両手で目じりを、両足で口の端を引いて、弟の表情を動かしていたようだ。


「こんなものが怨霊? 冗談ではないわ」


 テニスで鍛えた握力をこめると、抵抗もむなしくダルマはつぶれていく。


「なにをするの!」


 真奈美の叫びとともに、二つの気配が動く。とっさに奈緒美は右手をダルマから離してラケットを握った。


「はっ! はっ!」


 空中にあるものに向け、ラケットを振る。


「手ごたえあり」


 まったくの勘だったが、彼女を襲うものどもを迎撃できたようだ。


「本当の霊なら、触れることも打ち落とすこともできないはずよ。

 だから実体がある、これは違う」


 奈緒美は立ち上がった。


「正体はわからないけれど……

 マナちゃん。あなたに憑いたものを、わたしが追いはらってあげる!」


「え……」


 姉の気迫に、妹は一歩後ずさる。しかし、奈緒美が左手を引くと、真奈美はよろけ、首が前に傾いた。


「これと繋がっているのね。それなら話が早いわ。

 ようするに、もっとひっぱって剥がせばいいのよ」


「やめて!」


 真奈美の叫びと共に、部屋の中が騒然とする。


 ガタガタガタガタ ヒュッ ヒュッ


 本棚が揺れ、模型飛行機や野球のボールが宙を飛ぶ。そのありさまに、父は体を小さく丸めて怯えた。しかし姉はひるむことなくラケットを振り、自分を襲うものを叩いて落とす。


「怖くないの?」


 不可解な状況に、姉は敢然(かんぜん)と立ち向かっている。真奈美は戸惑(とまど)った。


「怖いけれど、家族のためなら頑張れるわ!」


「お母さまも弟も死んだ。お父さまはこのありさま」


 つつかれたダンゴムシのようにうずくまる男を、真奈美は指さす。


「もう、アンタには守るべき家族なんて無くなったの。なにをしても無駄だよ」


「わたしと、あなたがいるでしょう」


 奈緒美は妹に向かって微笑む。それが真奈美をいらだたせた。


「なんで、そんなことが言えるの!」


 絶望しようとしない姉の姿がきっかけになり、これまでの不満が真奈美の口をついて出る。


「困難な状況でも決してあきらめない前向きな努力家で、

 その上もともと美人で賢くて運動神経が発達していて

 世渡りも上手いなんて、ずるい! なんでアンタばっかり偉いのよ!」


「あら、わたしは大した人間ではないわ。

 だって、わたしのしていることは、なにも特別なことではないもの。

 美容にしろ勉強にしろ鍛錬にしろ、

 自分がやらなければならないことを、その場その場で一つずつやって、

 それに応じた成長をしているだけだし……」


 何をすれば自分の利益になるかを素早く判断して実行し、確実な成果を得る能力こそが奈緒美の長所だ。真奈美がどうしてもできなかったことを、無造作に謙遜して見せるところが、よけいに怒りを誘った。


「こんなの、計画と違う!」


 見えない使い魔で物を自由に動かす能力が欲しい。これが真奈美の願いだ。


 もはや彼女は心霊自体の存在を必要としていない。常識を超えた現象さえ起こすことができれば、それが霊のしわざでなくて自作自演であってもかまわない。


 手に入れた力で片岡美也子と板谷万里江に霊現象を見せれば、真奈美の言葉は真実となり二人は彼女に心服するだろう。そうすれば自分の言葉を本気で信じる仲間と、夏休みに体験したような楽しい交友がずっと続くはず。


 真奈美はこのように目論んでいた。


 礼文と相談して作り上げた計画を一部変更し、父に心霊現象を見せつけたところ、彼を屈服させることに成功したので、真奈美は計画実行に自信をつけた。


 しかし、姉にはなぜか通用しないので、ここにきて計画が頓挫とんざしようとしている。


 美也子と万里江が奈緒美のように反抗するかもしれない。そう思うと不安になる。この力の有用性を証明するためには、姉も父のように屈服させなければならない。


 それに加えて、自分より優れた存在である姉の魂を踏みにじり、支配したいという欲求を満たしたいのに、不条理にも阻まれているとも彼女は思う。


 焦りと怒りが脳を焼く。その熱い渦が、真奈美の目に集中した。


 「う……」


 たまらず、彼女は両眼を抑える。涙とは違う、粘り気のある液体がとめどなく流れてくる。脳から発した熱は、全身に広がり、皮膚がムズムズする。暑くてたまらない。腹部も窮屈になり、帯をほどいて着物を脱ぎたくなったが、乙女の恥じらいで必死にその衝動を抑えこむ。


「マナちゃん?」


 それでも耳は機能していた。優し気な声が、鼓膜から脳に伝わる。真奈美はそれに反発を覚える。


「うるさい」


 これからの利用価値など、どうでもいい。とにかく今は姉が憎い。その感情に呼応して、使い魔たちの形状が変化した。


 奈緒美の左手の中で、ダルマから鋭いトゲが無数に突き出す。


「痛い!」


 彼女はそれを捨てようとしたが、トゲは彼女の手のひらを貫き、はずれない。


 ヒュッ 


 音が迫る。奈緒美は右手のラケットでそれを打つ。


 バチッ


 ラケットのガットが切れた。


 奈緒美は枠だけになった武器で、次の攻撃を迎えうつ。しかし逆にラケットが砕けた。


「くっ!」


 ひるんだ彼女は、残った柄で防御するが効果がない。鋭いトゲを生やした使い魔は、奈緒美の首筋を打ち、喉の肉を裂いた。頸動脈にも複数の穴が開き、振り回された勢いのままに使い魔が引き抜かれると、そこから鮮血が吹き上がる。


「きゃああああ!」


 薄れゆく意識の中で、奈緒美は妹の悲鳴を聞いた。彼女自身は首と喉の負傷で声を出すことができない。大量出血のせいで足が力を失い、その場に倒れる。



   ◆◆◆◆◆◆



 音矢は懸命に車を走らせていた。後部座席の翡翠は、その後ろから叫ぶ。


「ちょうど今、神代細胞が、暴走の末期状態に達した!」


 彼はエーテルエネルギー反応を感じてすぐに音矢に告げ、瀬野に連絡した。いつもならここまでひどくなる前に現場に到着できるのだが、今回は勝手が違っていた。


「あと少しで、

 脳を食いつくした神代細胞は次の犠牲者を探すため群体に分裂し、

 移動を始めるぞ!」


「ええ! それで感染が広がったら、大変よ! 

 まだ着かないの? 急いで!」


 瀬野は座席の背もたれに食いつくようにして、音矢をせかした。


「これ以上速度を出すと、事故を起こします! 

 そうなったら余計に時間がかかりますよ! 

 地図をお見せした時にも言いましたが、文字通り[急がば回れ]です」


「まったく、なんでこんな道になっているのよお!」


 言わずもがなの愚痴を、瀬野はこぼす。


 翡翠が神代細胞の暴走患者の位置を示した方向には、[萬文芸]の読者交流欄に掲載されていた住所があった。そこまではいつもと同じだった。しかし、道路事情に彼らは行く手を阻まれてしまう。


 芹川邸と私鉄の最寄り駅をつなぐ道路は、ほぼ真っすぐな一本道だ。しかし、芹川氏が所有する土地には、それ以外に自動車用の道がなく、通り抜けができないようになっている。芹川氏の自宅と小作人の家や倉庫、それに水源の溜池ためいけと用水路を除けば全部田畑で、そこに通っているのは農耕馬が歩くことだけを想定して作られた細い畦道あぜみちしかない。


 芹川氏は、公共の利益よりも自分の農地を守ることを優先し、帝都や国の施設建設をはばんだ。


 だから自家用車で最寄り駅まで送迎され、そこから私立校にかよう芹川家の三人姉弟は別として、小作人の子供は隣の地主である由井氏が土地を提供して建設された公立小学校分教場に通っている。そのため、由井家から遠い側に住む者にいたっては一時間以上歩くはめになる。公道も芹川家の農地を避けて、ぐるりと大回りするようにつくられた。音矢たちが乗る車は、今その道を走っている。


「もうすぐ駅です。そこからは10分くらいで到着します!」


「わかった! 頼むぞ音矢くん」


 翡翠の励ます声を背に、音矢は急ぎつつ慎重にハンドルを操作する。



   ◆◆◆◆◆◆



 芹川氏は、娘たちの口論を丸まったまま聞いていた。やがて、彼をいじめていた次女の悲鳴が聞こえる。


 長女が懲らしめてくれたのか?

 喜んだ彼は顔を上げた。


 しかし、頼みの綱である長女は血にまみれて倒れている。

 だが、悲鳴を上げたということは、次女が弱みを見せたということでもある。


 期待をこめて、芹川氏はそちらの様子をうかがう。


「ああ……血が……気持ち悪い……」


 どうやら、姉の出血を見て恐怖したらしい。次女は手で目を覆っている。


「血を見たくないから、みんなを窒息死させたのに! もう、バカァ!」


 ヒュッ


 なにかが動く。


 グチャ


 長女の体が破壊された。


 グチャ グチャ グチャ


 着物もろとも、肉が引き裂かれ、つぶされていく。


「もう、もう! あっさり死なないでよ! 

 せめて、今まで偉そうにしてごめんなさいって、謝ってからにしてよ!」


 グチャ


 電球の明かりが、赤く染まったトゲだらけの凶器を三つ、照らす。素材は透明だが、血液が付着して目に見えるようになったのだ。


 グチャ


「怨霊が怖イって……ナキなサい! 

 ねエ、なントカ……言イ……ナさ……い……ヨ」


 言葉は、徐々に不鮮明になっていった。


「真奈美……なのか?」


 そこに立っている者は、たしかに次女と同じ着物をまとっていた。しかし、彼は娘と認めることができない。


 顔を押さえた手からも、頬や首筋にも、ヒルのようなものが一面に生えていた。見る間にそれは融合し、まるで軟体動物の表面に似た粘膜を形成していく。


 手のひらの下から、丸いものが滑り落ちてきた。それは顎の下で止まる。ウドンくらいの紐が支えているからだ。その紐はナメクジの角のような動きで丸いものを持ち上げ、左右に振る。


 マブタのない、眼球そのものが彼に向けられた。そして次女の服を着た何者かが、声を発する。


「オとうサま……ワタシ、おねエちゃンより……

 ホら……ミて……やっつケタんだから……すゴい……でシょ」


 たどたどしい発音だが、真奈美の声を思わせる響きがある。それが、おぞましかった。


「ねえ、ホめテ……ホメ……ヒト……え? 

 ヒト……ナカマ……ほメて……ヒト……あれ? 

 ほ……ホシイ……ナカマ……」


 一歩踏み出すと、汁気のある足音を立てた。柔らかいものが膨れ上がった下腹からふきだし、足元にしたたっているようだ。


「……オナジ……ナカ……マ……オ……ナジ……ホシイ」


 体が前のめりに倒れる。その衝撃で表面を覆う粘膜が剥がれた。


「ナカマ……ホシイ……サビシイ」


 畳の上で破片はヒルのような形と大きさに分裂し、芹川氏に向かって大群が行進する。


「うわあああああああああ!」


 悲鳴を上げて逃れようとするが、間に合わない。ヒルは体を曲げてから、バネのように跳ねて彼を襲う。


「うひゃ! ああっ」


 手で払いのけるが、ヒルはそのまま芹川氏の皮膚に溶けこんでしまう。


 ズル


 嫌な音を聞いて、そちらに目を向ける。


 うつぶせに倒れたものの頭から、眼球が紐を引きずりながら這い出てきた。耳からも、灰色の混じった粘体が漏れ、それらも彼に迫ってきた。赤く染まったトゲをウニのように動かして、奈緒美を殺した凶器も移動してくる。


「……ふ……はははは」


 芹川氏は虚ろに笑う。


「……そうか、なにもかも夢だったんだ……

 こんなこと起きるはずがない……非科学的すぎる……」


 半開きの口にヒルが飛びこむ。足元からは眼球と粘体が彼にまとわりつく。三つの赤いウニが引きずっている尻尾のようなものが持ち上がり、芹川氏の首筋を撫でる。


 ガタン


 玄関方面から大きな音が聞こえた。芹川氏にたかるものたちは、それに興味をひかれたようだ。彼の体ごとズルズルと移動を始める。だが、彼にはもう抵抗する気力もない。運ばれるままに身を任せる。


「早く……はやく起きよう……」


 頬を叩いてみるが、何も刺激を感じない。


「ああ、やっぱり夢だ……」


 すでに彼の顔も手も、粘体に覆われている。だから、感覚が鈍いのだが、彼はそれに気づくことができなかった。


 体を包むものが玄関に移動するだけではなく、彼自身の衣服もいじり始めたが、どうせ夢だからと芹川氏は放置する。




 次回に続く



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