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勝てば官軍 【魔術開発物語】  作者: 桜山 風
第十一章 憑依 
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第八話

「ダメなものはダメ!」


「だが、[研究機関]の人たちに会って、

 いつも守ってくれる礼を直接に言い、

 空間界面の活用をその目で見てもらって

 新しい使い方のアイデアをもらいたいというボクの願いに、

 どのようなダメなところがあるんだ。そこを教えてくれ」


 家計簿の監査と報告書の提出が終わり、いつもなら雑談をする時間に翡翠は正面から要望を突きつけた。


「みんな忙しいの!」


 しかし、瀬野は例のごとく拒否する。ここに及んで、翡翠は正面攻撃を敢行かんこうした。


「だが、大勢の人が所属する組織では、

 全員集まって話をする[会議]というものが

 しょっちゅう行われているのだろう? 

 [萬文芸]の企業小説で読んだ。

 その場を借りて、ボクは挨拶と研究発表をしたい。それに加えて……」


「会議では、決めなくてはならないことが、たくさんあるの! 

 余計なことを付け加えて、みんなの負担を増やさないで!」


「……ボクの研究をみんながほめてくれていると、瀬野さんは言った……

 ならば、書面だけではなく

 ……実際に空間界面を発動するところを見たいのではないか?」


 翡翠の言葉は全て跳ね返される。その苛立ちが彼の表情に浮かんできた。


「他の人だって、それぞれが自分の研究で手がいっぱいなの!」


「それはおかしい! 

 これまでにないエネルギー反応に興味を示さない研究者などありえない!」


 感情的にならないように音矢から注意は受けていたが、とうとう翡翠は限界をむかえる。


「なんで、そんなことがわかるのよ!」


 瀬野のヒステリックな対応も変わらない。


「[萬文芸]の空想科学小説に書いてあった!」


「そんな嘘物語なんて、当てにならないわ! 空想と現実は違うの!」


 翡翠の言い分は筋が通っていると瀬野も考えている。


 しかし、それはもしも[研究機関]が存在していたらという仮定の上でのことだ。実情は彼女の嘘から始まった虚構の組織である以上、瀬野は翡翠の要求をきっぱりと拒否するしか方法がなかった。


「まあまあ、お二人ともこれを飲んで落ち着いてください」


 音矢はちゃぶ台の上に湯呑を並べる。夏を過ぎたので冷やした麦茶ではなく、暖かい番茶にした。


「……」「……」


 しかし、にらみ合う二人は手をつけない。

 それでも気が削がれて静かになった隙に、


「そうですねえ。いきなり会議に乗りこんで、

 予定された段取りを乱した挙句あげく

 [ボクの話を聞け]というのも失礼な話ですし、

 そこは瀬野さんが、あらかじめ議長さんなどに話を通して、

 出席許可をもらっていただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか」


 低姿勢ながら、音矢は援護射撃をする。それを頼りに翡翠は、本当の目的をかかげて突撃した。


「ボクと音矢くんは、

 これまで五人の暴走患者を倒し、他人への感染を防いだ。

 空間界面の応用技術を発展させ、

 水晶細胞を加工して[回収石]も開発している。

 成果を上げたのだから、報酬を求める権利がある! 

 具体的には、外出の自由だ!

 その交渉をするためにも、[研究機関]の構成員に面会したい!」


「なにバカなことを言っているの!」


 しかし、瀬野は彼に大きな隙を見出し、すかさずそこをつく。


「報酬ですって? この貸家の家賃がいくらすると思っているの! 

 毎月の食費にまき代、電気代も! 完全に赤字なんだからね!」


「……[赤字]というのは、得られる利益より経費が多くて損をする、

 良くない状態だったな……」


 ひるんだ翡翠に、


「空間界面の研究で、一銭でも儲かったかしら?」


「ぐっ」


 瀬野は効力射を撃ちこんだ。


「[研究機関]は、あんたたちを養うために大金を使っているのよ! 

 それなのにさらに報酬を求めるなんて、欲張り者! 

 学歴もないのに大卒の研究者と対等に話そうとするなんて、

 図々しいにもほどがあるわ! 

 お情けで[研究機関]に所属させてもらっているのに、

 そのことを感謝もしない恩知らず! 

 空間界面をいじるしか能のない、無駄飯食いのくせに!」


「………………」


 重砲の四連射をくらい、翡翠の力はつきる。


「あのう……ちょっと言い過ぎでは? 

 翡翠さんが学校に行っていないのは、本人のせいではないでしょう。

 それに、研究の初期段階で投資資金の回収が難しいのは、

 どこにでもあることですし。

 消防や警察、軍隊など、それ自体から収益はあげられなくても、

 社会を守るために必要な仕事をしている人にも報酬はつきもので……」


「あら、分不相応なことを言い出す翡翠くんをたしなめてくれないの? 

 それどころか、あんたまで翡翠くんの側につくの? 

 二人がかりで、私一人を責めるなんて! この卑怯者!」


「おほめにあずかり光栄です。あはは。

 計略家にとって卑怯者よばわりは、むしろ望むところですよ」


 敵主力を沈黙させたが、防御力の高い別部隊が現れた。それに合わせて瀬野は武器を切り替える。


「なによ、眉毛しか特徴がないくせに!」


「うあ」


「あんた、その濃くて真っ直ぐな二本の眉毛を見落されたときは、

 知り合いにも気づいてもらえずに素通りされたんでしょう? 

 人ゴミに混じったら、そこに居ても誰も存在を気に留めないなんて、

 まるで[見える透明人間]ね! 

 人格だけが個性的な、ひねくれ者と関わるのは、うんざりよ! 

 その、平凡を絵にかいたような顔を見るとむかつくから、もう帰る!」


 残存勢力を機銃掃射で牽制しつつ、


「とにかく、会議に出席するなんて、絶対に許さないからね!」


 ダメ押しをしてから瀬野は撤収した。



   ◆◆◆◆◆◆



 取り残された音矢は、自分の顔をなでる。


「人の気にしていることを……」


 ため息をついてから、彼は振り向いた。


「ああ、またヘソ曲げか」


 畳の上には、緑色の繭があった。その中で翡翠は膝を抱えて丸くなっている。


「見事に玉砕しましたねっ、と」


 揺さぶってみるが、目を開ける気配はない。


「どうせこうなるなら、

 火吹き竹を持ちこんでくれれば新たなデータがとれるのに」


 ぼやきながら台所に向かう。


「まあ、あれだけ攻撃され、心を傷つけられて、そんな余裕はないだろう。

 たぶん翡翠さんは朝まで……いや、それ以降まで籠るな」


 こんな結果を見越して、今晩の献立は生ものを避け、作り置きのきくものにしておいた。翌朝火を入れなおせば、明日の食事はこれで賄えるだろう。


「さて」


 飯台には硬く絞った手拭いを何枚か広げてかぶせて、中身の乾燥を防いである。音矢はそれをめくって、海苔を巻かずにおいた梅入り握り飯をとりだした。肉ジャガなどのおかずも皿に一人前ずつ取り分け、箸を添えて盆にのせ、自室に持ちこむ。コップと一升瓶も運び、寝巻用の着慣れた浴衣に着替えた。最後に布団を敷いて、音矢はその上にアグラをかく。



   ◆◆◆◆◆◆



 芹川氏は疲れた体を自家用車の座席に預け、帰宅中だ。


 今日、彼は都心の新富町にある料亭で行われる地主仲間の昼食会に出席した。この会合はお互いの近況などを語り合いながら親睦を深め、旬の素材を使った美食を楽しむ宴という目的で不定期に開催されている。


 時間感覚に鷹揚な地主階級の集まりということなので、出席者がおおかたそろったのは世間一般の昼食よりも、かなり遅い時刻だった。それに加えて今回は議論が盛り上がり、なかなかお開きにならなかった。


 そのため、幹事が議論をひとまず打ち切り宣言し、料亭から退出した芹川氏が都心から自宅のある郊外へと移動する間に、10月の太陽はすでに沈んでいた。


 ヘッドライトに照らされる路面以外は闇につつまれている。だが、熟練の操縦手は危なげなく車を走らせていく。


 宴席で問題になったのは[小作争議]。


 地主の収入源は、主に二つある。所有する土地や建物を貸して得る賃貸料と、自分の畑や田を持たない者に農地を貸してやり、その収穫から支払われる小作料だ。


 1930年〔光文5年〕、裕福な地主に対し、貧しい小作人が小作料の減免などの待遇改善を求める[小作争議]が、全国で起きていた。帝都近辺も、その例にもれない。


(大神のやつは論外だ。

 収穫物の値段は天候に左右されて不安定だから、

 いずれ、持っている農地を全て住宅やら店舗やらに替えて

 定収入を得るつもりでいるそうだ。

 爺さんの代からずっと大神家の田畑を耕作してきた

 長い付き合いだからと馴れ合い的な交渉をもちかけてくる小作人よりも、

 縁もゆかりもない他人を相手にするほうが、

 金銭だけの取引と割り切れて気楽、などと……

 大神家の御先祖さまが代々守ってきた田畑を、

 あいつは金儲けの道具としか見ていないのだろう。

 だから平気で効率化などと言えるのだ)


(それに比べれば、農業を続けるだけましだが……

 うちの隣の地所を持つ、由井は由井でひどい。

 相手の言い分をある程度受け入れて、

 気持ちよく働いてもらおうとなど言いおる。

 収入が上がるとわかれば小作人も張り切って田畑を耕し、

 結果として収穫量が増える。

 だから、こちらも損はしない。お互い得する良い計略だ。

 などとバカなことを……)


 芹川氏は、苦虫を噛み潰したような顔になる。


(妥協などしたら、小作人どもがつけあがるではないか。

 しまいには、小作料など不当だ。土地はそれを耕作する者に帰属する。

 不労所得で安楽に暮らす地主など倒して、土地を均分に配給しろ

 などと言い出すぞ。

 あのリューシャで起きた均分革命が、日本で起きたらどうするのだ。

 国体を護持するために、小作人の反逆は許してはならない)


(そして、由井のような妥協を進める地主は獅子身中の虫だ。

 あいつのところで小作人に有利な交渉が進めば、

 由井さんを見習って俺達の待遇も改善しろと、

 ワシや他の地主のところで激しい争議が起きるではないか。

 自分の農地経営を円滑にするために、隣近所の地主に迷惑をかけるとは……

 やはり由井は噂されているように[オサキモチ]なのかもしれない

 ……あんなやつ、北原や南方みなかたのように一家全滅してしまえ)


 今年に入って、知り合いの地主一家が相次いで惨殺された。そのことを思い出し、芹川氏は不安になる。


(まさか、有産階級に反感を持つ貧乏人の犯行ではないだろうな。

 そうなると、ワシのところも危ない)


(警察は何をやっているのだ。逮捕するどころか、

 犯行の詳しい状況も報道されないし、

 被害者に恨みを持つヤカラの特定もできていない。なっとらん)


 北原のほうは、後を継いだ婿養子と気が合わなかったので芹川氏は家庭の事情をよく知らない。しかし、南方の当主は親睦会での言動も穏やかで好感を持てた。彼とは何度か雑談をしたこともある。


(南方は古い家から新式の文化住宅に引っ越し、

 便利に暮らしているというので、

 ワシもいずれそうしようかと思っていたら、あの事件だ)


(やはり、身を守るためには、大人数で住む旧家屋にとどまるほうがいいか)


(だが……)


 考え事をしている間に、車は自宅前に着いた。門灯は点いているが、その電球から発せられる光に、あたりの暗闇を払うほどの力はない。


 芹川氏は腹に力を入れて深呼吸した。彼がこれから味わうであろう、恐怖に耐えるためだ。


「旦那様のご帰宅です」


 自家用車の操縦手は先に門をくぐり、家人に出迎えを促す。玄関が開き、ランタンを持った書生がやってきた。その光に照らされた体の輪郭は、大きくたくましい。小作人たちの襲撃を恐れて、芹川氏は学業の成績よりも喧嘩の強さを基準としてこの書生を採用した。


 操縦手は芹川氏のために丁重に車のドアを開く。彼は懐中電灯を手にしている。


「お帰りなさいませ」


 あいさつの後、書生は門から玄関までの道のりに明かりをかかげ先導した。操縦手は芹川氏の横について足元を照らし、三人は玄関までの飛び石を進む。


 なまじ一部に光が当たるせいで、それ以外の闇がいっそう深い。前栽せんざいの植木が風で揺れる音、植えこみに住む虫たちの歌声、三人の履物がたてる音が芹川氏の想像力を嫌な方向に刺激する。


 彼は口を引き締め、玄関から漏れる屋内の明かりに集中しながら歩く。全速力で駆けだしたいが、それでは当主としての沽券こけんにかかわる。だから、彼は自分に言い聞かせた。


(幽霊などという、非科学的な存在はありえない。だから、怖くないんだぞ)


 彼は法事という場で、死者の霊が見えるなどと言った次女を激しく叱責した。それは、自分の恐怖心を刺激されたからだった。

 

 しかし、それを正直に口にすると、自分が弱虫であることを認めることになる。だから、迷信などに惑わされる子供をたしなめるという形をとった。


 その際にやや厳しい口調になったが、それは親子なのだから別にとがめられる筋合いはないと、彼は思っている。だから、次女の真奈美が彼を恨み、彼の命を奪おうとするなどとは、まったく考えていなかった。



   ◆◆◆◆◆◆



 手酌でコップに酒を注ぎ、音矢はつぶやいた。


「明日は飯の支度はしなくて済むから、ちょっとくらい酒を過ごしてもいいさ。

 瀬野さんも翡翠さんも抜きで、今日は無礼講だ」


 それでも一気にコップ酒を飲み干せるほど、音矢はまだ酒に慣れていない。口に含んだ分だけを気合を入れて喉に通し、彼は熱い息を吐く。


 コップを盆に置いてから、彼は右手を左胸にあてた。


「ここには目立つ特徴があるんだけれどなあ」


 襟をつかんで寝巻の前をはだけ、音矢は下を向いた。ちょうど心臓の拍動が感じ取れる場所の真上に、縦に走る傷跡が残っていた。


「……でも、銭湯とかでなければ出せないから……

 こんなに乱れた格好して外を歩いたら、まるで与太者だし……

 僕はそんな注目のされ方はしたくないし……」


 ため息をついて、また一口飲む。


「……さびしい」


(心にたまったモヤモヤを外に出したい。でも独り言を語り続けるのも)


「むなしい……」


 音矢は、ふと目を枕元に向ける。そこは夜更けに薄白い半透明の塊が現れる場所だ。


「いるのかい? [オバケくん]」


 返事はない。しかし、それはいつものこと。酔いがまわってきたこともあり、


「どうせ、姿を見せないけれど、いるんだろう」


 音矢は布団に入って眠り、そうして金縛りにあうのを待ちかねて、まだ起きている間に話し始める。客観的に見れば独り言でしかないが、本人は[オバケくん]と一対一で会話をしているつもりだ。


「[見える透明人間]……か。

 瀬野さんはブラウン神父でも読んだことがあるのかな? 

 でも、あまり本は読まないって言ってたし……たぶん、偶然の一致だろう」


 1911年にチェスタトンが発表した短編集の翻訳を音矢は読んだことがある。それには【見えない男】という話が収録されていた。短編小説に使われたトリックと、自分の性質が似ていることに音矢は思い至る。


「なんだよ。

 自分は人々の注目を集める美人だからって、言いたい放題しやがって」


 また一口音矢は酒を飲む。こうなると喉を通すのに努力はいらない。


「オバケくん。今日、瀬野さんは勝利した。でも、それは束の間のものさ」


 見えない相手に、音矢は宣言する。


「最後は僕が勝つ。今回は、そのための布石だよ」



  次回に続く



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