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勝てば官軍 【魔術開発物語】  作者: 桜山 風
第十章 食事 
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第八話

 汚れきった子供たちは工場敷地内にある駐車場に連れて行かれ、服と靴を全て脱ぎ捨てた。礼文の車があるのとは反対側に、彼らは集められる。


 そうしておいて、津先は洗車用の水道蛇口にゴムホースをつなぎ、彼らに浴びせた。


 アバラが浮き出るほど痩せた身体に冷たさが染みて、少年たちは悲鳴を上げる。しかし、それにかまわず津先は汚れを洗い流した。


「よし、そのくらいでいいだろう。全員整列してこちらに来い」


 礼文の命令に従い、津先を先頭にした行列はヤグラの下にむかう。


 そこで礼文は、子供たち一人一人にタオルを手渡し、優しく語りかけた。


「君たちは、[秘密の首領]さまの与えた試練に耐えきった。

 実にすばらしい素質の持ち主だよ」


 少年たちは不思議そうな表情になったが、礼文の言葉の意味を問い返すこともなく、黙って濡れた身体を拭く。杖で突かれた痛みを覚えているので、彼らは反抗できない。


「少年たちよ。君たちは選ばれた存在だ。

[真世界への道]を築くため、最強の戦士となるのだ。

 最初の断食は外部の穢れを清めるための試練だ。

 この断食という苦行、そして今の水浴びによって、

 君たちの体に染みついた外界の(けが)れは清められた」


「……はい…………どうも……」


 あいまいな返事を返す少年たちは安堵の表情を浮かべた。彼らは訳がわからないなりに、とにかく自分たちはこの人にほめられていると解釈したようだ。


「外から持ちこんだ私物にも穢れが着いているから捨てろ。

 これからは、この衣をまとうがいい」


 礼文は津先が切った敷布を一枚、木箱から出して広げてみせる。


 子供たちをあずかるにあたって、まともな食事を準備するどころか、着替えを用意することさえ彼は怠っていた。その不手際をごまかすために、宿舎にあった敷布で簡易な衣服を作ったのだ。しかし、それを言うと自分の権威に傷がつく。


「[秘密の首領]さまのお告げで、君たちにどのような衣服を着せるか決まった」


 だから礼文は架空の指導者を持ち出し、歴史的知識で言葉を飾った。


「古代ギリシャの市民が使っていた[キトン]だ」


 子供たちの顔に、戸惑いの色が現れた。どうやらこの単語を聞いたことがないようだ。


 礼文は焦った。

 これは昨日処分された実験台がギリシャ神話に登場するミダス王の絵をかいていたところから連想した衣服だ。本来なら手を出すところを残し、布の脇を縫って筒のように整えるのだが、針仕事など礼文も津先もできない。だから礼文は腰に帯を締めさせて布が広がらないよう着用させるつもりでいる。


 だが、子供たちが[キトン]自体を知らないとなると、由来を説明し、どのように着るか細かく指示する必要がある。


「つまり……」


 長い説明文を頭の中で考えようとして、礼文は言葉に詰まる。その横で、元世界史教員の津先が口を開いた。


「ほら、須佐製薬のルメちゃんが着ている服だ」


 彼がなにを言っているか、礼文には理解できなかった。


「ああ、あれか」


 しかし、子供たちは納得したようだ。礼文はとりあえずその場をしのぎ、ほっとする。


 次の説明をしようとして長い布を手に取り、彼はまたもや絶句した。


 これは下着として使おうと作らせたものだ。さすがに古代ギリシャ人のごとく局部を無防備にするというのは20世紀に生きる現代人としていかがなものかと思われたので、礼文はエジプトの壁画のような腰布を少年たちに着用させようとした。


 しかし、体にまとうための具体的な手段を礼文は知らない。表情には出さないが、内心ではあたふたしている彼をよそに、津先がうなずく。


「とすると、これは六尺フンドシみたいなアレですか。

 古代の風景をかいた油絵にありますよね」


「ええ? ギリシャ人もフンドシを締めるんですか?」


 子供たちの質問に、津先は自信たっぷりに答える。


「正確には違うが似たようなものだ。さあ、着ろ」


「はーい」


 渡された長い布の片端を子供たちは肩にかけるやいなや、その反対側を股間にくぐらせスイスイと体に巻き、ねじりながら腰の後ろでとめて、見る間に下腹部を覆った。


 1930年〔光文5年〕というこの時代、水泳の授業や祭礼に参加する際に男子が六尺フンドシを着用するのは普通のことだった。当然、ここに集められた少年たちはその着用法を習得している。エジプトの腰布よりも肌の露出が多いが、とにかく少年たちの陰部を隠すことはできて、礼文は安堵した。


「次はキトンを着ろ。この穴から頭を出して、長い布を帯にするんだ」


「はーい」


 津先に渡された物を使って、少年たちは身支度を整えていく。礼文はそのさまを見て、感心した。


(こちらがおおまかに指示したことを、自らの知識でおぎなって実行する。

 日本人とは、なんと便利な民族だ。

 彼らを私が指揮するなら、きっと正しい均分主義国家を建設できるだろう)


 彼の心の中に、新たな希望の光が生まれる。



   ◆◆◆◆◆◆



 健二は俊樹の案内で、公園付近の商店街に立ち寄った。そこには公園へ立ち寄る人を目当てに、手ごろな値段で菓子と汽車土瓶きしゃどびんに入れた茶を売っている店がある。


 1930年〔光文5年〕にはペットボトル飲料は存在しない。

 だから長距離列車の乗客用に、陶器製の容器に入れた茶を駅弁と共に販売していた。この店でも同じ容器を業者から買い入れて使っている。


 茶葉自体も販売していたので、その種類と値段を健二は松木邸から持ち出したチラシの裏にメモし、シャツの胸ポケットにしまう。その間、俊樹は別の店で私的な買い物をしていた。これで今日の仕事は終わったので、二人は帰宅する。


「……ふうん。そんなありさまだったのか」


「ああ、だからボロ布で拭いたんだが駄目だった」


「オレたち男はともかく、女性二人には負担だろうな。

 笛田さんは怖がって来なかったし、由井さんも居心地悪そうだったぜ」


「も一度頑張ってみようかな」


 松木邸の状態を話しながら歩くうち、十字路に着いた。


「それじゃ、オレはここから曲がって公園を通り抜けて行くから」


 俊樹の家は、大神公園をはさんで松木邸と反対側にある。


「次の会合が本決まりになったら日付を教えてくれよ」


 トートバッグを持っていないほうの手を俊樹は軽く上げて、別れの挨拶にかえた。


「ああ、手紙を書く」


 手順をもう一度口にしてから、俊樹と健二はそれぞれの帰り道に向かった。バス停に向かいながら、健二は考えを巡らせる。


(あの家を使うとなると……

 電気とガスは懐中電灯と七輪で代用できるが、

 上下水道と便所の()み取りだけは再度契約しなおさないといけない)


(料金がかかるな。皆に割り勘させるのも悪いし

 ……とりあえず俺のヘソクリから払おうかな)


 しかし、健二は現在無職だ。


(それだと長くは続かない。茶話会の運営費として

 会員全体から徴収するか……)


(でも、茶話会の実費だけならともかく、

 役員の会合につかう場所代まで払うとなると、みんな抵抗するだろう)


(それ以前に、あの家の名義は親父のものだ。そっちの許可も……とれるかな? 

 この間上野で俺が警察に捕まってから、ずっと親父は怒っているし……)


(高橋は密告を心配していたが、やはり喫茶店を使うほうがいいかなあ)


 いろいろ悩み続けて、バス停に着いた。考え事に疲れたのか、時刻表を確認したとき、健二の思考が脇にそれる。


(職人さんが一生懸命作った物を死蔵するのは、もったいないし)

(同じ物がうちにもあるから、貸すのはかまわない)

(けれども)


 松木邸から持ち出した物を、俊樹が自宅で使う姿を健二は想像した。

 それはごく普通の光景のはずなのに、なぜか彼の心を騒がせる。その正体を彼は探った。


(嫌悪感?)


 理由がわからない感情を、健二は持てあます。



   ◆◆◆◆◆◆



 子供たちに服を着せ、礼文は彼らを倉庫に連れていった。


「ここが君たちの住処すみかとなる」


 そこには人数分の毛布と枕以外に、家具らしきものはない。あとは広い空間の隅にゴザが敷かれ、バケツが置いてあるだけだ。その用途を想像して、津先はげんなりした。


 しかし、子供たちは広く天井の高い空間が喜ばしいのか、のびのびとした表情を見せている。


「夕食まで自由時間を与える。仮眠をしても良い」


 その言葉で、少年たちは歓声をあげた。


 これまでは狭い檻の中に五人も詰めこまれていたのだから、少し身動きをすれば他人に当たるようなありさまだった。お互いにぶつかりあって安眠できなかった少年たちは、さっそく枕と毛布をとり、距離をとって横たわる。


 それを見届けた礼文は津先を伴い、倉庫の外に出た。


「ここの出入り口は一つで、窓は高く小さいし、足場になるものもない。

 だから、戸締りにさえ注意すれば脱走を防げる」


 礼文はドアに鍵をかけてから、小声で津先に説明した。


「さて、今のうちに買い出しだ。同行しろ」


「……はい」


 口を堅く引き結び、津先は駐車場に向かう。



 鉄の門扉を津先は閉めて、自動車に乗る。


 彼は自動車操縦免許を持っていない。だから上司がハンドルを握る横に、恐縮した様子で腰を下ろした。

 そんな彼の耳に、礼文はささやく。


「君は今、

 なんで最初から倉庫に子供たちを入れろと指示してくれなかったと、

 私を恨んでいるな。

 脱走防止策としても、子供の環境としても、

 檻に入れるより倉庫のほうがはるかにましだった。

 間違った指示を出して失敗させておきながら、

 後から正解を教えて得意顔するのは理不尽だ。態度が矛盾していると」


 その声には、責めるような響きはない。ただ、事実を確認するだけといった、軽い調子だ。


「あっ、あの、その……」


 しかし、津先は狼狽し、言い逃れしようとするが言葉にならない。うろたえる部下をそのままに、礼文は車を発進させる。


 津先にとっては気まずい沈黙を礼文はしばし楽しんでから、彼は語り始めた。


「……《矛盾しているように見えても、それには深い意味がある》

《低い段階の魂ではわからないことでも、

 修行を積めば理解できるようになるのだ》……」


「ああ! アレですか!」


 津先は、礼文が口にしたのは、小冊子に何度も掲載されていた[秘密の首領]の言葉だと気づいたようだ。


「と、いうことは……」


 津先がその言葉に基づいて、状況を判断しようとしていると、礼文は見て取った。それを自分の都合のいい方向に、彼は誘導していく。


「私も、心苦しくは思っていた。

 しかし、それは君を[真世界への道]の幹部候補として覚醒させるために、

 どうしても必要なことだったのだ。

 そして、君は[秘密の首領]さまの期待通りに進歩した。おめでとう」


 礼文は堂々と嘘をついた。




 義知に命じられ、組織の綱領を成文化する作業を礼文は現在行っている。これは[真世界への道]を自分が思うままに使えるよう作り替えるためには好都合な仕事だ。


 礼文はそれに自分の全力を注ぎたい。しかし、津先が事務所勤務から抜けたので、礼文の負担は元に戻った。そのうえ会員を増やすための講演会も行わなければならないし、義知と義光氏の退屈しのぎにも彼は付き合わされる。


 自分のやりたい仕事に加えて面倒な雑用に時間を取られ、礼文は多忙だ。


 そのせいで、研究所に送られる子供たちの世話について、彼は段取りよく準備することができなかった。だからこその不手際だが、礼文はそれをもとに、津先を丸めこむための幻想を、架空の権威者を核にして構築しようとしている。





「そ……そうなんですか?」


 礼文の思惑など気づきもせず、津先はややほっとした様子を見せた。今の彼はただ体罰を恐れているからだ。


「ああ、まちがいない。やっと君は資格を得た」


 自信ありげに礼文は語る。


「君は他人を傷つけることを良しとしない。そう言っていたな。

 神代細胞を投与するために手に釘を打つ際にも、

 麻酔がかかっている実験台より、君のほうが苦痛を感じているようだった。

 相手の痛みを想像するあまり、自分の身に置き換えてしまうのだろう」


「……はい……」


「しかし、それは間違っている。種痘を例にとろう。

 針で刺される苦痛を想像して実施しなければ、

 のちに天然痘が流行した場合、

 種痘を受けた時の倍にもまさる苦しみが患者を襲い、死ぬ。

 生き残っても醜い姿になり差別される。

 本当に相手のためを思うなら、あえて苦痛を与えることも必要なのだ」


「はい」


 目を伏せながらも、津先は確かにうなずいた。


「 [真世界への道]を発展させるために、

 それを君は学ばなければならなかった。

 まず君自身の間違った考えを壊さなければ、次の段階に進めないぞ」




 子供たちの脱走騒ぎを目撃したとき、礼文は腹を立てた。それで厳しく叱責しようと思い、少年たちを檻に入れ、確実に足止めしてから、会議室に津先を連れてきた。


 津先は[やればできるのに仕事をしたくないから、できないと言う]怠け者だと、礼文は評価していたからだ。


 それでもこれまでは、不平を口にしながらも礼文の命じた仕事をこなしてきた。しかし、礼文の目が届かない研究所に配属されたとたん、津先はさっそくサボりだし、子供たちは不満を爆発させて脱走を企てた。それを許したのは、津先の注意不足だ。


 礼文は最初、そのように考えた。


 そして、怠惰な部下に見苦しく言い訳させておいてから、それの不合理な点を徹底的に糾弾し、間違った思想を叩き潰してから教育し直してやろうと思った。だから、いきなり怒鳴りつけたりせずに、津先の弁明に礼文は耳を傾けたのだ。

 

 しかし、聞いているうちに、津先の責任ではなく、自分の事前準備と指導が不十分だったせいだと気づいた。むしろ、自分が津先に謝罪するべきではとも思い直した。だが、そうすると上司としての沽券こけんに傷がつく。


 結局、礼文は全てが[秘密の首領]さまのおぼしめしだったということにして、自分の失態をごまかすことにしたのだ。




「それ以外にも、いろいろと理不尽な指令を私から受けて、

 君は混乱し、悩みまどっただろう。だがあれは、苦行だったのだ」


 少年たちを騙した理論を、ここでも彼は使う。自分が受けた理不尽な仕打ち、味わった苦労には意味があると、だれかに保証してもらいたい。そんな願いを、礼文は彼自身の経験から良く知っていた。


「苦行……ですか」


「そうだ。その試練を乗り越えたからこそ、君は一段階上に成長できたのだよ」


「……」


 礼文の思惑も知らず、津先は上司の言葉を受け入れてしまった。


[苦しみを我慢して努力をするからこそ、進歩する]という、この時代の一般的な思想が、津先にもあるからだ。感動の涙で目をうるませた部下を見て、礼文は腹の中でほくそ笑む。


 もし、音矢たちが今の様子を見ていたら、[萬文芸]に掲載された怪奇小説の一場面を連想しただろう。


 礼文の表情は、屍傀儡しかばねくぐつの肉体が崩れないよう、特殊な薬草を入れた甘い蜜を与えて保存処置を行う死霊術師のそれに似ていた。



   ◆◆◆◆◆◆



 健二と別れてから、俊樹は大神公園に入った。


 災害時に避難所として使うために作られた公園には、保存食料や医薬品を備蓄するための倉庫が、工事する時に意図的に残された雑木林の中に建てられている。職員だけが利用するので、ここに遊歩道は通じていない。


 しかし、俊樹は利用者が使うべき道から外れて林の中を散策しているときに倉庫を発見していた。


 倉庫を探すための目印に使っている木の前で俊樹は足を止めた。

 その名と種類をしるした〈柘榴ざくろ ミソハギ科ザクロ属〉と書かれた立て札のかたわらで俊樹は耳をすませる。倉庫方面から人が発する音が聞こえてこないことを確認し、彼は林の中に入る。


 管理人がたまに見回りに来る以外、他人が立ち寄らないこの倉庫近くを、俊樹は自分の秘密の場所として利用していた。


 軒下に隠れるようにしてトートバッグに入れていたシャツを取り出す。これは今着ている物とは違い、地味な色合いだ。それに着替えてから、髪を留めていた紐を外す。


 そうすると俊樹の印象はガラリと変わる。

 彼は、キノコの笠を思わせる髪型で耳とひたいを覆った、おとなしそうな青年となった。


 続いて俊樹は中身を出したトートバックを裏返す。今、表になったほうは明るい青ではなく、濃い緑色だ。持ち手に巻いていた青い布を外すと、完全にバッグの外見も変わった。


 シャツを詰める前に、俊樹は健二から借り受けたものをトートバッグの底に置く。


「……これを使って……オレは……」


 誰もいない気安さから、つい俊樹は独り言をつぶやいた。


「闇の力を手に入れる」




 次回に続く



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