第五話
「役職も決まった。礼文さんに提出する案も出そろった。
これをもう少しまとめていこう」
松木健二の言葉に、ゴザに座った会員たちがうなずく。
「予算の内訳として……」
健二がさらに議題を語ろうとしたとき、冷たい風が吹いた。
高橋太一は空を見上げる。朝方は晴れていたが、昼に近づくにつれ、雲が出てきた。それも灰色の、雨を降らしそうな雲だ。
「それよりも先に、
運営委員だけで話し合う時、どこを使うかという問題を解決しようよ。
公園でいつも同じ人物が固まってゴチャゴチャ相談していたら、
不審者あつかいされそうだ」
「喫茶店でいいんじゃないのか」
健二はそう言ったが、太一はさらに問題を提起する。
「それでは危険だよ。
集会所の管理人さんは、お人好しのノンキ者みたいだった。
けれども、喫茶店には噂好きの意地悪オジサンオバサンが溜まっていそうだ。
[真世界への道]は単なるオカルト趣味と歴史を語る会ではなく、
……社会の改善も……目指しているよね?
それを大げさに話を膨らませて、
あいつらは国家に不満を持ち反逆しようとする悪い団体だ、
なんて通報されたら、特高に目を付けられてしまう」
「正しいことをすると、迫害される。まさに秘密の首領様のお言葉通り。
私たちはますます勉強して、
自分自身を高めていかなければならない。そして」
由井香の演説を伊吹俊樹がさえぎった。
「おいおい、話がずれてるぜ。今は、どこで会議を……そうだ!」
彼は委員長に話しかける。
「松木さん、ここの近所にある、あの家を貸してもらえないか?
どうせ、使っていないんだろ」
「使ってはいないが……」
健二は渋い顔をした。
「どこのこと?」
笛田晴子の質問に、俊樹が答える。
「一家皆殺しがあった家だよ。松木さんはその身内だって言ってたじゃないか」
「ええっ!」
「そんな、不謹慎な……」
晴子と香は怯えた様子を見せた。
それを見た鹿島吉次郎は汚れた笑みを浮かべる。
「ふむ。あの家を使うのは良いことだな」
「え……それは」
戸惑う健二に、鹿島は説明した。
「ご遺族としては不本意かもしれない。
だが、近所の人たちのことも考えるべきではないのか。
事故物件のまま放置するなら、あちこちに迷惑がかかるぞ」
「どういうことですか?」
健二の問いに鹿島は即答しない。咳払いをし、気を持たせてから、彼はおもむろに切り出した。
「ワシはこの公園に行く途中で、
子供たちがオバケがどうのこうのと噂をして、
騒いでいるのを聞いたことがある」
「ええ……俺も耳にしたことがあります」
「子供が噂するということは、
多数の大人たちもそれを知っているということだ。
惨殺された家族が成仏できずに取り憑いている幽霊屋敷などと、
大勢の人に噂され続けたら松木くんもつらいだろう?」
「はい……」
「そして、風評に影響され下宿人が逃げたら賃貸料が入らず、
近所の大家が困る。
顧客となる住人が減れば、付近にある飲食店などの売り上げが落ちて、
そこの店主が困る。
新しく家が欲しいという人も、そんな噂を聞いたら、
あの家の側に住みたがらない。
だから当然近所の土地評価額が下がる。
となれば、その土地を担保にして借金をしている人は、
抵当の設定見直しを銀行から言い出されて困る」
「……世間では、そんなことも起きうるんですか……」
年長者に断言されて、健二の心は揺れた。
「しかし、ワシらがなにごともなく出入りして
新しい用途で使われているとわかれば、
幽霊など出ない、祟りなどないと証明されて、
みなさんが安心できる。噂も消え、近所の人は困らずにすむ。どうだ?」
得意げに、鹿島は皆の顔を見回した。
「さっすが[真世界への道]一般会員親睦会準備運営委員枢密院最高顧問!
良いこというねえ!」
今度は皮肉の気配も見せずに、俊樹は彼の意見を持ち上げる。
「……松木さん、どうする?」
太一にも問いかけられ、健二は決断した。
「みんなが気にしないでくれるなら、使ってもらおうか」
「え」
「それは」
女性二人は、落ち着かない様子になった。それを見て、鹿島はニヤニヤと笑う。
「そうと決まれば、さっそく行こうぜ!
雲行きも怪しくなってきた。
ひょっとしたらこれから雨になるかもしれない。
降りださないうちに移動しよう」
身軽く俊樹は立ち上がった。
「…………ごめんなさい。松木さんには悪いけれど……あたし怖いの。
だから、これで失礼させていただくわ」
晴子は湯呑を回収し始めた。
「茶話会の準備なら近所だから手伝わせてもらうけれど、
その……そういう場所に入るのは……すみません。無理」
「わはは。やはり女は臆病だな」
「勝手に決めつけないでください! わたしは平気です!」
香の言葉は勇ましいが、顔色は蒼く、手帳と万年筆を持つ手は震えている。その様子を見て、鹿島は楽しそうに目を細めた。
「ぼ、僕は別に怖くはない。
痛ましい事件の現場をおとずれて、
呉羽ちゃんと御両親のご冥福を祈りたい。でも……」
太一はゴザの端に手をかけた。
「笛田さんに、行きも帰りも大荷物を持たせるのは悪いと思う。
由井さんは怒るかもしれないけれど、やはり力仕事は男の役目だ」
「……ふん」
そっぽを向いて香は立ち上がる。他の会員も腰をあげた。
全員がどいたので、太一はゴザを巻く。
「そういうわけだから、僕が運ぶよ」
「ええ、ありがとう。お願いしますね」
目と目を見かわして、二人は帰り支度を始めた。
それをよそに、健二はこれからの動きを全員へ伝えようとする。
「それでは、場所を移動してもう少し意見をまとめよう。
その内容を礼文さんに伝えて、返事を俺が聞く。
事務所の電話番号も教えてもらったことだし……」
「ええ、本当かい?」
話の途中で、俊樹が口をはさんだ。
「ならばオレたちにも教えてくれよ。緊急連絡先ということで。
オレの家には電話がないけれど、公衆電話なら使える」
「そうだな」
健二は暗記した電話番号を口頭で伝えた。香はそれを自分の手帳に五回書き、そのページを丁寧に切り分けて他の四人にも渡した。
作業が終わってから、健二は話を戻す。
「礼文さんの決定は、各自に手紙で知らせるよ。
次の会合の日付と場所も知らせる。
みんなの連絡先は、
この間の[兎狩り]受付で書いてもらった住所でいいかな?」
「ええ」「はい」「異存無し」「いいよ」「かまわんとも」
健二の意見を承諾し、二手に分かれて運営委員たちは歩き出した。
◆◆◆◆◆◆
小鍋の湯がわくまでの間に、津先はこれまでの経過を再び礼文に説明する。
「礼文さんに、ここの案内を16日に受けてから、
23日に子供たちが来るまでの間に、俺はいろいろ考えたんですよ。
どうすればきちんと指導し、生活の面倒が見られるかということを。
大人の都合で動かされて、子供たちがかわいそうだから」
といっても、瀬野が危惧した通り、調理について津先はほとんど知らない。だから、彼も炊飯のむずかしさを理解せず、練習しようとしなかった。
津先が初日に行ったのは運動場の整備だ。
津先は少年たちを鍛えろと礼文に言われたが、体育教師でもない彼に、競技の指導はできない。
だから、とりあえず走りこみでもやらせようと彼は考えていた。
実際に研究所を見学した際、そのとりあえずは確定になった。布を干すための広い庭には砂利が敷き詰められていたからだ。それはきれいに染めあげた布が土ボコリで汚れることを防ぐためだろう。しかしこの状態ではサッカーなどの球技には不向きだ。相撲さえもできない。
津先はヤグラを中に入れた半径10メートルの周回コースを設定し、そこの砂利を取り除けることにした。研究所の玄関にあったスコップを使い、コース上の砂利を脇に除け、下の土を出す。
だが、なれない労働で、すぐに彼は根をあげた。結局、幅が50センチ、長さが10メートル弱ほどの中途半端な道ができた。砂利の上に腰をおろし、津先は目を上にあげる。廃工場を囲うコンクリートの塀が見えた。
住みこみの従業員たちも、年末年始と盆には休暇をもらえる。そのとき工場はほぼ無人となる。だから、倉庫にある商品の盗難防止用に塀が作られたのだろう。
しかし、刑務所ほどの高さはない。かさばる布製品を運び出すのではなく、身一つで逃げようとする少年たちなら、肩車などをして助け合えば乗り越えてしまうかもしれない。もし脱走されたら、自分は礼文に叱責される。津先は不安を感じた。
次の日、津先は渡された金で生活雑貨の買い出しに行った。
染物工場が稼働していたころの残りだろうか、味噌醤油塩などの調味料、そしてサバの味噌煮や牛肉の大和煮などの大きな業務用缶詰は調理室にあった。
米袋も、あらかじめ礼文が買ってそこに置かれていた。しかし、水洗便所で使う紙などの在庫がわずかだったので、案内された日に津先はそれを買う許可と資金を求め、礼文に了承された。
彼は車を操縦できないので、背嚢がたよりだ。廃工場に直通するバス路線はないので、もよりの停留所から1キロほど歩かなければならない。
津先はパンパンに膨らんだ背嚢を担ぎ、バスを降りた。
その停留所は《参道前》。大きな寺と、参拝客目当ての商店街が津先を迎える。ちょうどその日は[八の日]にあたり、縁日で寺はにぎわっていた。
「……そういえば、今日も開かれているはずですが、見ましたか?」
「私は自家用車で移動したから、寺の前は通らなかった」
津先は続けて語る。
「……荷物を倉庫に置いて、帰りがけに縁日に寄ったんです」
そこで、彼は古道具屋がムシロの上に商品を並べて売っているところをのぞいた。
「ガラクタに混じってはいましたが、妙に目が引かれるものがありまして、
これを購入しました。
なにか……権威の象徴というか、
身を守る武器というものが欲しくなったんです」
津先はズボンのポケットから[鉄扇]を出す。それは普通の扇なら竹で作る骨を鉄にした、護身具だ。
黒く太い親骨にはさまれた紙の部分は潰れ、古い血液と思われる汚れがついている。
「……ほう」
礼文はステッキを握り直す。
「どのように使うのだ? 素振りをしてもらえないか」
津先は鉄扇を右手に持ち、正眼に構えてから面打ちの仕草をする。しかし、その動作は正式に習ったものではなく、隙だらけだった。
「なるほど、なるほど」
礼文はうなずいた。津先の腕前がたいしたものではないと確認して、彼は安心する。そしてステッキと鉄扇ならば、間合いで礼文のほうが有利だ。
「話題がそれたな。つづきを話してくれ」
◆◆◆◆◆◆
結局、運動場の整備は子供たちが来てから手伝わせることにして、津先はそれから教材作りに精を出した。
彼は[真世界への道]の小冊子を発行日順に揃え、内容を読み返した。
それぞれに脈絡なく掲載されたオカルト知識を
宗教(キリスト教、ヒンズー教、ケルト神話、ギリシャ神話、北欧神話、アステカ神話など)や、近代の思想家ではブラヴァツキー、シュタイナー、クロウリーらの著作ごとにまとめ、
最年少の13歳でもわかるように難しい言い回しを直し、教義もわかりやすくするために箇条書きにする。とりあえず初級用の小冊子をつくれるほど原稿をまとめた。研究所側の会議室にある謄写版印刷の機械を使い、予備もふくめて20部ほど摺って製本した。
9月25日、礼文は午前中に年少の子供たちを三人連れてきた。その子たちは津先の指導にしたがい、宿舎側の集会室でおとなしく教材を黙読してくれた。各自が弁当を持参したので、お茶を出すだけで昼食もことなく終えた。
その様子を見て、あらためて津先には哀れみの心が湧く。親が不景気のために破産し夜逃げをするので、足手まといになる子供をあずかると、礼文に津先は事情を聞かされていたからだ。
保護者に捨てられた子供には、できるだけ優しくしよう。体罰などもってのほかだ。
不安に駆られて鉄扇を買ってしまったが、それは使うことなくただ自分の心をささえるお守りとして身に着けるだけにしよう。もしも礼文が子供たちに暴力をふるうなら、自分が盾になり守ってやろう。人道的であろうとするなら、殴るより殴られる立場に身を置くべきだ。
自分の弁当を食べながら、津先はそう思った。しかしその決意を、彼は午後に覆す。
次回に続く




