第三話
そろそろ日差しにも夏の強さはない。秋の気配を感じさせる風が芝生広場を通り過ぎていく。
六人はゴザに腰をおろし、会合が始まった。
「講演会の後に、出席者の親睦をはかる茶話会を開く。
これについて、今日は話し合おう」
まず松木健二が口を切る。
「そう。他の人たちは、ただ話を聞ければいい、って感じで受け身です。
私たちが率先してまとめていかなければ、[真世界への道]の発展はない」
由井香の発言につづき、
「ワシは元教頭だ。その経験を生かして運営してやろう。
そもそも、人を動かすにあたっては……」
鹿島吉次郎は、居住まいを正して語り始めた。
「あの、それはともかくとして、具体的なことを話しあいたいのですが」
「……孫子の兵法曰く……」
「そんな古いことなんか役には」
鹿島の長口舌に香がからむが、話は止まらない。
「ひゃはは、お二人さん、がんばるねえ」
少し高い声で、伊吹俊樹が割りこんだ。
「肩の力をぬいて気楽にやろうぜ。
どうせ、親のスネをかじってるガキと退職した爺さんの意見なんか、
団体の偉い人にはどうでもいいこと。
経済力のない弱い者の声なんて強い者には届かない。
世の中ってそんなもんさ」
彼の言葉を聞いて、両人とも冷水をかけられたような表情を浮かべた。
「ああ、この社会はそういうものかもしれない」
「な?」
得意げな俊樹に、健二は語りかける。
「だけど、[真世界への道]は間違っている社会を正していくための団体だ。
伊吹くんも、[世の中はそんなもの]とあきらめられきれないから、
入会したのだろう」
「……う……ん……まあね」
笑みを消し、俊樹は同意した。
その隙に、健二は議論を自分の方に向ける。
「たしかに、会の運営者から離れたところで盛り上がりすぎたかもしれない。
俺が任されたのは講演会の準備と司会だけだ。
そのあとに茶話会を開いて会員同士の交流をしたい、
講演会の感想を語り合いたい、
というのは俺たちだけの希望であって、
上から正式に命じられたわけではないからな」
それぞれ勝手に意見を述べていた二人は、ここではそろって不満そうな顔をした。
「だからこそ、ここで具体的な立案をしておこう。
『なんとなくやりたいからやらせてください。
どのように行うかは、当日にいきあたりばったりで決めます』ではなく……
先立って茶話会の目的と実行の手順を詳しく書いた企画書を提出すれば、
礼文さんも俺たちの気持ちをわかってくれるはずだ。
そのうえで、新たな指示がくだされるだろう。
もし、それが俺たちの意見とは違っていたとしても、
企画は無駄になったとは言えない。
礼文さんが与える指示の叩き台となったのだから」
「そうね」「賛成」「異論なし」「オレも同じ」
若い者は健二の意見に同意する。
しかし鹿島は
「だからワシはだなあ、
人を率いるための心得について教えてやろうとしているのだ。
ワシが教職についていたころ……」
議題に関係ない演説をまた始めた。
健二は困惑したが、彼はまだ[年長者は敬うべき]という一般常識にとらわれているので、議事の進行を妨げる鹿島をとめることが出来ない。
他の一同にもうんざりした雰囲気がただよいかけた、そのとき、
笛田晴子が熱弁をふるう男の横に移動する。
「あの、鹿島さんは、どこの小学校にお勤めしていらっしゃったのですか?」
「上野公園は知っているな?」
「はい。動物園や博物館のあるところでしょ」
「その近くの……」
鹿島は、演説から思い出話にきりかえた。その相手を務めつつ、晴子は健二に目くばせを送る。
彼は声に出さず会釈で答えた。
(爺さんの長話は、ここで自分が食い止める。
皆は議論を先に進めてくれということか)
彼は晴子の行動をこのように解釈し、心の中で感謝する。
「では、茶話会の運営について実務的な案を出し合っていこう。
議事録を誰か担当してくれないか」
「私が」
香はハンドバックから手帳と万年筆を取り出す。
「では、由井さんが書記ということでいいかな?」
「それでいいんじゃないの」
「異論なし」
健二の意見に、俊樹と太一は賛同した。晴子もうなずいて答える。
「なんの話だ?」
思い出話の途中だが、採決をとったらしいと感づいて、鹿島が口をはさんだ。
健二が説明し直すと
「ワシの肩書はどうなるんだ」
自己主張を始める。
「元教頭であらせられる、あなたさまにふさわしい肩書といえば」
口の片方だけで嗤いながら、俊樹は提案した。
「……《[真世界への道]一般会員親睦会準備運営委員枢密院最高顧問》
なんてどうですかあ?」
その長たらしく偉そうな名称は、あからさまな皮肉だが
「良し!」
鹿島は大いに喜ぶ。
それに続けて勤めていたころの自慢話を始めた鹿島をよそに、話し合いは進み、
委員長 松木健二
副委員長 兼 会計 高橋太一
書記 由井香
庶務 伊吹俊樹 笛田晴子
と決まった。
◆◆◆◆◆◆
礼文は研究所のドアから逃げ出してきた少年たちを、次々にステッキで突く。
自分の前にいた者が悲鳴をあげても、彼らは足を止めない。ゆっくりと無防備に進み、攻撃をかわすこともできずに順番に倒れていく。どうやら運動能力だけでなく思考力も低下しているらしい。
そう判断した礼文は、ステッキで強く地面をたたき、彼らを威嚇する。
「ひ……」
五人の少年たちは、弱弱しく腕をあげ、頭をかばった。
「立て!」
礼文は威厳をもって命令する。
「……あ、う……」
一人を残し、四人は身を起こそうともがく。
だが
「……か、える……うち、にかえ、る……」
脱出の先頭をつとめていた少年だけは、地面を這いながら前進しようとした。
その背中を礼文は打つ。
「ぎゅう」
蛙がつぶされるような声を出し、彼は動きを止めた。
「立て!」
苦痛に顔をゆがめ、とうとう彼も礼文の命令に従った。
この少年は15歳。集められた中で一番の年長者で、体も他の者より大きい。
「諸君は手術室に戻れ。
そして檻に閉じこめられた舎監を出し、替わりに中に入ってから鍵を閉めろ」
「……え……」
最年長の少年には、思考力がわずかに残っているようだ。彼は礼文の言葉にとまどっている。
「現場に居もしなかった私が、
目撃もしていない状況を把握していることを疑問に思っているな?」
礼文の問いかけに、少年はうなずいた。
「そもそも、諸君が脱出しようとした、まさにその時。
都合よくも私がここに居合わせたか、それも不思議だろう」
再び、少年はうなずく。
「それは[秘密の首領]さまから、私にお告げがあったからだ。
あのお方は全てを見通している」
驚愕の表情を浮かべた少年に、礼文は慈愛あふれる笑みを見せた。
「だから、おとなしく檻の中で待つがいい。そうすれば、食い物をやろう」
[食い物]という言葉に、全員が反応した。物欲しそうに彼らは礼文に近づく。
ヒュン
礼文はステッキで威嚇した。
「命令に従わなければエサは無しだ! さあ、手術室に戻れ!」
少年たちは、脱出してきた研究所にノロノロと戻っていく。彼らが廊下を進み、手術室の戸を開けるところを礼文は背後から見届けようと、玄関に入る。異様な臭いがたちこめていたので、礼文はハンカチで鼻を覆った。
やがて鍵を操作する音に続き、耳障りな音が二回響いた。礼文は耳を澄ます。鍵のかかる音も聞こえた。
「……やれやれ……」
とりあえず、うまくいったようだ。礼文はそう思った。だが、まだ警戒は解かない。靴をスリッパに履きかえて屋内に入り、用心しながら彼は手術室の中をのぞく。二つある檻の片方に、少年たちはおとなしく入っている。臭いに慣れてきたので、彼は邪魔なハンカチをしまった。
「れ、礼文さん!」
檻のそばには、津先が立ちすくんでいる。ポカンとした顔の彼は、状況がまだつかめていないようだ。
「こ、これはですね、あの……つまり……」
言い訳をしようとしている津先をよそに、礼文は檻の中を見る。縦横高さが2メートルの鉄格子の中で、五人の少年は身を寄せ合っていた。
「全員壁に向かえ! 両手を頭の上に乗せろ!」
彼らが命令通りの姿勢を取ってから、礼文は檻に近づき、その鍵がしっかりかかっているか確認した。もちろんステッキを構えて警戒は怠らない。
「さて、津先くん、宿舎側の調理室に行って、湯を大鍋にわかしてくれ。
消化のいい食事を作る」
「……は……」
そう言われても、津先は突っ立ったままだった。
「早くしろ!」
「は、はいっ」
怒鳴られて、やっと彼は行動に移る。
礼文は檻のほうに向きを変え、優しい声で語りかけた。
「よし、楽な姿勢にもどれ。もうすぐ食い物をやるから、
そこでおとなしく待っていろ」
「……あ、う……」
少年たちはいっせいにうなずく。
彼らの期待をこめた視線を背に、礼文は廊下に出て後ろ手でドアを閉めた。
研究所側に津先の姿がないことを見て取ると、彼は大きく息を吐き、壁に背を寄せる。
「……神よ、感謝しま……」
捨てたはずの言葉が無意識に口から出そうになって、彼は苦笑した。
(それほどに、私は危機を感じていたのか)
(実際、危ないところだった……)
(私は走れない。
五人の子供たちがドアの外に出て、広い敷地をバラバラに逃げたら、
制圧できなかっただろう)
成人男性の悲鳴に続いて鉄のきしる音を聞き、従業員宿舎ではなく研究所のほうで津先に変事が起きたと、礼文は判断した。鉄格子の扉があるのは手術室の檻だけで、他のドアは騒音をたてたりしないからだ。
それで彼は、自分が出せる最大の速度で研究所側の出入り口に向かい、中の様子をうかがった。
のろい足音が複数、近づいてくることを聞きとり、礼文は少年たちが反乱を起こしたと推理した。礼文の到着に気がついて彼らに出迎えを命じたのなら、津先が悲鳴をあげる理由がない。
だから彼はドア横に隠れて順番に各個撃破した。
(さて、こんどは津先の番だ)
ギリギリで間に合ったことを、さも予測していたようにハッタリをきかせて語ったら、あの少年は驚いていた。この手口を、礼文は津先にも使うつもりでいる。
([秘密の首領]はどれだけ偉大か、言い聞かせてやろう。
教える側が信じていなければ、
子供たちを私の命令に絶対服従する実験台に育てることが出来ないからな)
(上位者の命令に背き反乱するなど、もってのほかだ)
礼文の安堵は、怒りに変わった。
(まったく、あいつはどんな教育をしていた? きびしく問い詰めてやる)
礼文はステッキで強く床を打ちながら、調理室に向かう。
次回に続く。




