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勝てば官軍 【魔術開発物語】  作者: 桜山 風
第十章 食事 
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第二話

 津先は車の音を聞いた。それはこの廃工場の前で止まる。次に門扉が開閉される音も耳に入る。


 ここを訪れるであろう人物を津先は一人しか知らない。つまり、彼の上司である礼文が視察に来たのだ。


 うろたえながら、彼は手術室に入った。


「…………」


 檻の中から、10の瞳が恨みがましい視線を津先に向ける。


 彼があずかったとき、少年たちは清潔な夏用のシャツとズボンを身にまとっていた。今、彼らの服は血と泥と、それ以外の物で汚れきっている。子供らしい丸みを帯びていた頬はくぼみ、目も輝きを失い、まるで生気がない。


 これでは管理不行き届きを責められる。だから津先は子供たちを脅迫しようとした。


『特に問題はありません。汚れているのは庭で鍛錬した直後だからです』


 と礼文に報告させるためだ。


 それ以外にも、檻を使用した痕跡を消す必要を彼は切実に感じている。


 このとき津先の心は、上司への恐れと自分の行動を取りつくろうことだけに占められていた。


 うわのそらで壁の金具にかけてある鍵をとり、少年たちを入れた檻にむかう。


 彼が不用意に近づいた瞬間、服を引っ張られた。彼は冷たい鉄格子にぶつかる。そのまま身動きが取れない。檻の中から複数の手が伸び、津先の体をつかんでいるからだ。


 危険を感じ、津先は叫ぶ。



   ◆◆◆◆◆◆



 鍵を奪われた彼は檻に閉じこめられた。だから鉄格子の中から、逃げる子供の背中をただ見ていることしかできない。そんな津先の脳裏に、過去の記憶が走馬灯のようによみがえる。




 9月11日木曜日、津先は彼の上司である礼文に抗議していた。 


「いくらなんでも、採用時の話と違いすぎます。

 そもそも俺は業界紙の編集発行にたずさわるはずだったのに、

 いつのまにかオカルト団体に加入させられて……

 その集会準備だけならまだしも、

 違法な人体実験の手伝いに、

 あげくのはては実験台候補の子供たちを管理する舎監しゃかんですか!

 無茶ですよ!」


 シュッ


 かたわらにあった杖を礼文は手に取り、津先の眼前に突きだす。


「…………やります……」


 暴力への恐怖から、津先はシブシブとうなずいた。


「でも舎監となると、

 つきっきりで世話をしなければいけないわけでしょう。

 その場合、俺が休暇をとるときの交代要員は?」


「そんなもの必要ない」


「ええ?」


「一番年上の子が15歳、一番下が13歳。

 全員が尋常じんじょう小学卒で、基本的な教育は完了している。

 だから火を使う調理はきみの仕事だが、

 宿舎の掃除や洗濯は子供たちにやらせろ。それも教育のうちだ。

[真世界への道]の主催者さまはそうおっしゃられている。

 つまり君の仕事はほとんどが子供たちの監督。

 そばで見ているだけなのだから、楽だろう。

 むしろ、ずっと休んでいるようなものだな」


「…………」


 津先は一瞬言葉を失ったが、やがて必死になって抗弁する。


「そ、そんな! 

 15歳から13歳の男の子が、

 どれだけやっかいなものか、わかってくださいよ! 

 やれと言って、素直にやってくれるものなら、苦労しませ」


 ヒュン


 杖の一振りで、津先は沈黙する。


「そこをなんとかするのが、元教員である君の仕事だ。わかるだろう?」


 ヒュン


「……はい……」


 次の一振りで、津先はうなずいた。


「大丈夫だ。

 君はいつも『無理です』『できません』と言うが、

 それでもきちんと私が命じた仕事をやってくれているではないか。

 今度もそうであることを期待しているよ」


「……ありがとうございます…………」


 上司になだめられ、津先は嫌々ながらも配置換えを承諾した。




 その津先は今、檻の中であの日のことを激しく後悔している。



   ◆◆◆◆◆◆



 健二はベンチから芝生広場にむかった。そこにはすでに仲間の一人が待っていた。黒く艶やかな髪を肩まで伸ばした女性だ。


 地味なブラウスとスカートをまとい、ハンドバッグを揺らしながら、芝生の上で所在無げに立っている彼女の名は、[由井 かおる]。帝都にある私立女子大にかよっている。この時代の女性の中で彼女は、かなりの高学歴だ。


「やあ、おはよう」


 健二は歩きながら声をかける。


 香は女性にしては背が高いほうだが、健二に比べると小さい。上目づかいで見上げながら、彼女も挨拶する。


「……おはよう。ずいぶん早いわね。待ち合わせは10時なのに」


「一応、俺が幹事だから早めに来たんだけれど、

 由井さんの方が先か。待たせて済まなかった」


「私は家が遠いから、汽車の時間の都合でこうなったの」


「そうか……これからは集合場所も配慮しようか。君の近所に行っても」


「別にいいです」


 ぶっきらぼうに言葉を断ち切られ、健二は話の接ぎ穂に困る。


「おはよう、松木さん、由井さん」


「あ……おはよう。高橋さん」


 そこにあらわれた別の仲間に救われた気になって、健二は挨拶をした。


「おはよう」


 由井も挨拶をする。


 三人目の仲間の名は[高橋 太一]。


 この近所に住み、設計事務所に勤めている彼は、健二のイトコである呉羽の知り合いだった。健二に、彼女が亡くなる前に公園のベンチに居たという情報を伝えたのは、彼だ。


 休日ではあるが、会合に出向くとあって、太一は普段着の和服ではなくシャツとズボンで余所行よそいきの姿をしていた。


 話し声が近づいてくる。四、五人目の仲間が連れ立ってやってきた。


「おっはよ!」


 片手をあげて挨拶したのは、[伊吹 俊樹]。


 彼も公園から近くに住む、私立大学生だ。


 身長は太一と同じく標準。しかし彼のほうが人目をひく。


 とくに派手な印象を与えるのは、その耳だ。アクアマリンを使った飾り石がさわやかな光を放っている。

 自分の耳を誇示するように、俊樹は髪全体を後ろに流し、額のすぐ上で幅広の紐をくくって押えていた。

 彼も健二や太一のようにシャツとズボンの洋装だが、色合いは彼らよりも目立つ。


 先に来ていた三人の側に着くと、俊樹は明るい青色に染められた帆布製の大きなカバンを芝生に置く。


 これは俗にトートバッグと呼ばれていて、もともとは冷蔵庫に入れる氷の塊を運ぶために作られた製品だが、俊樹は日常用に使っている。バッグの持ち手には同色の布が巻かれているので、やや太い。


「みんな揃ったか? おや一人足りないな。なっとらん」


 挨拶ではなく不平を、大声で述べたのは[鹿島 吉次郎]。今日集まる仲間では、彼が飛びぬけて年長だ。


 元は小学校の教頭で、現役時代に仕立てたのか、そのシャツとズボンは良い生地を使っているが、ややくたびれている。前回の集会で彼は怪しい三人組を上野で見かけたと健二に伝えた。


「ごめんなさーい。おまたせー」


 鹿島の声を聴いたのか、大きな荷物を抱え、背中には風呂敷包みを背負った女性があやまりながら芝生に入る。


「いや、まだ10時になっていないから、遅刻ではないよ」


「でもー、あたしが一番遅くだったから。ごめんなさい」


 荷物を足元におろして、彼女は鹿島に頭を下げた。


 その動作で、ふわりとした後れ毛が揺れる。

 一人だけ和装の彼女は[笛田 晴子]。これからの季節を先取りした、月夜を飛ぶ雁の群れを鮮やかに描いた銘仙めいせんを彼女は身に着けていた。


「さあ、みなさんどうぞ腰を下ろしてください」


 てきぱきと晴子は荷をほどき、花見に使うようなゴザを芝生に広げる。


「おお、気がきくな。女はそうでなければ」


 鹿島は真っ先に、ゴザの中央に座る。


「女の性質と役割を決めつけるなんて……

 あなたは既成概念にとらわれている。

[真世界への道]の会員ならば、古い常識を棄てるべき。

 そして新しい規範を生み出すべきでしょう」


 香は鹿島に抗議した。


 他の四人と違い、彼女と彼は礼文が[萬文芸]の読者交流欄を使って集めた、講演会以前からいる会員なので、かなり教義に詳しい。


「なんだと!」


 逆らわれて、鹿島の顔色が変わる。


「古い新しいの問題ではなく、男と女が違うのはまぎれもない事実だろうが!」


「ま、まあ、お二人とも落ち着いて」


 健二はあわてて事態をおさめにかかる。


「そうですよ。喧嘩はいけません」


 太一もそれに続いた。


「オレは入ったばかりだから[真世界への道]のことはよく知らないけどさあ。

 これからいっしょにやっていこうっていう

 仲間の厚意は素直に受け取る[べき]じゃないの?」


「あ……」


 俊樹の指摘を聞いて、香は鹿島への抗議をやめた。


「こんな重くてかさばるものを、わざわざ持ってきてくれたんだ。

 ありがたく使わせてもらおうぜ。笛田さん、サンキュ」


 英文学部らしく外来語を用いると、俊樹はゴザに座る。


「……ありがとう……」


 小声だが香も礼を言い、ゴザに座る。


「あなたにだけ負担をさせるのは悪いから、こんどは私が持ってくる」


 香の提案に、晴子は首を横に振った。


「ううん。いいのよ。あたしの家は公園のすぐ近くなんだから、

 こんなのかまわないから」


 そう言いながら、彼女は風呂敷をひらく。重箱と水筒、そして人数分の湯呑が出てきた。


「たいしたものではないけれど、どうぞ召し上がれ」


 重箱の中には小さなセンベイが詰められている。


「ますます気がきく。あんた、良い嫁になれるぞ」


 鹿島の発言に、また香が眉をひそめた。


「じゃ、じゃあ、さっそくいただこうか」


 喧嘩にならないうちにと、健二は急いで湯呑を皆に配る。



   ◆◆◆◆◆◆



 舎監から鍵を奪い、彼は檻の扉を開けた。手入れの悪い鉄格子が耳障りな音をたてる。


「そ、いつを、なかに、いれ、ろ」


 仲間にかける声は、とぎれとぎれだ。


 彼はここに来てからまともに食事をとっていない。水は与えられているけれども満足できる量ではなく、口の中が乾き、舌も動かしづらくなっている。


 五人とも弱ってはいるが、力を合わせて舎監を檻に閉じこめ鍵をかけることができた。再び鉄のきしむ音があたりに響く。


「にげ、よう」


 やつれた顔を見合わせてうなずき、彼らは歩きだす。


 しかし、心はあせっているのに足がついてきてくれない。


 血と泥などで汚れた服をまとい、体から異臭を放ち、鈍重な動きで進む彼らは、まるで蘇った死体が墓穴からはい出てきたようなありさまだった。


 廊下を抜け、出口をめざす。ドアを開けると明るい光が差しこんできた。


「……あ、あ……」


 言葉にならない歓喜の声をあげて、彼は足を踏み出す。


「ぐえ!」


 その脇腹に、なにかが鋭く突き刺された。苦痛の悲鳴とともに、彼は倒れる。





次回に続く



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