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勝てば官軍 【魔術開発物語】  作者: 桜山 風
第十章 食事 
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第一話

 新田音矢は工場にいた。


 彼の目の前で工場長らしき男と、事務服を着た瀬野が口論している。


『ここで作っているのは、***でしょう』


 音矢には彼女の言葉が一部聞き取れなかった。


『***をたくさん集めると、

 臨界量を越えて、*****を起こすって、本に書いてあったわ!

 ちゃんと定められた手順に従って、

 材料を少しずつ製造機に入れないと危ないのよ!

 こんな金ダライなんかで一度に大量に作ったら、

 ***の**がお互いに影響し合って……』


 工場長は、瀬野の意見を鼻で笑った。


『ふふん、ねえちゃん。本なんてあてにならねえよ。

 実際に現場で働くこともなく実験室にこもって屁理屈こねている、

 そんな学者さんの言うことなんか、気にすると損だ。

 めんどくさい工程は省いた方が効率的ってもんさ。

 なあ、みんな!』


 工員たちは、工場長の顔色をうかがってから口を開く。


『そうだよ。俺たちも危ないとは思っている。

 でも納期に間に合わせるには、こうするしかないんだ』


『危険かもしれないけれど、昨日まで大丈夫だったし……

 だから、今日だってたぶん、平気さ。そして明日も』


 瀬野は彼らに懇願こんがんする。


『工場のみんなが危険な作業を拒否してくれれば、

 会社も納期を考え直してくれるわよ!』


 しかし、労働者たちはいっせいに首を横に振った。


『そうしたら、おまんまの食い上げだ。働かなければ給料をもらえない』


『だから、職場に不満があるからって

 仕事をサボるなんてことはできない。

 もしもやったら、クビになるだろうし』


『不景気なんだし、失業したくないんだよ』


 工場長は、瀬野に指をつきつけた。


『危険だと思うなら、ねえちゃんが真っ先に辞めりゃあいい。

 あんた、なんでここにとどまっているんだよ』


『それは……』


 瀬野は力なく目をふせた。


『だいたい、ねえちゃんは事務員だろう? 

 工場のことに口を出さねえでくれよ。

 ま、出していただいても、

 まったく聞くつもりはないけどな。がはははは』


 豪快に笑って、工場長は大きな袋から材料を金ダライに移していく。これから加工しなければならない材料の袋は彼の後ろに山積みだ。


『おい、そこの新入り! とっとと働け!』


 怒鳴りつけられた音矢は、愛想よく返事をする。


『はい、ただいま取り掛かります』


 彼は自分が担当しているタライのほうへ歩こうとした。そのとき


 ドオン!


 いきなり衝撃が音矢を襲った。驚きのあまり目をつぶったはずなのに、マブタをつらぬく強い光が彼の水晶体を青く染める。


『喉が……焼け……』


『……息、が……』


 断末魔の苦しみを工員たちは口々に訴えている。



 自分も窒息死しそうな恐怖を感じて、音矢は目覚めた。

 金縛りになってはいるが、呼吸はできる。身動きできないままではあるが、彼は安堵した。


(……ああ、よかった……夢だった……)


 枕元に意識を向けると、なじみの気配があった。


 それは目も鼻も耳も口も手足もない、人ほどの大きな半透明のかたまり


 たびたび音矢の寝ているところにあらわれる[オバケくん]だ。


(怖い夢だったなあ)


(窒息しそうになるのも怖いけれど……あの工場の実態も、ジワジワと怖い)


 音矢は呉服屋に勤めていた時のことを思い出す。


(そうだ。もう、あれから一年たったのか)


 1929年〔光文4年〕の秋、不況のあおりをうけて、一ツ木屋の経営は傾きかけていた。


(でも、誰もそれを指摘せず、思い切った改善を図るでもなく、

 ただ惰性的に景気が良かったころと同じような商売を続けていた)


(……誰も、ではないか。一応、僕は……)


 音矢が先行きの不安を口にしたとき、先輩たちは全員で彼の意見を否定し、縁起でもないことを言うなと音矢を取り囲み、激しく非難した。怒りのあまり、音矢のことを殴りつける者もいた。


(今思うと、先輩たちも不安だったからこそ、

 僕の発言に過剰反応したんだな)


(僕も、自分の意見を否定されたのに、それ以上反論しなかった)


(それは……)


(僕が8歳のころから出入りしていた、懐かしい思い出のあるお店が)


(生まれる前からある、大きな呉服屋が)


(その環境にも慣れた居心地のいい職場が)


(倒産なんてしたら、嫌だったから……)


(先輩たちが口をそろえて

 『一ツ木屋の経営は揺らいでいるが倒れたりしない、

  そのうち景気が良くなれば回復する』って、言うから……

 希望的観測でしかないとわかっているのに、

 僕は楽観的な意見にすがりつき……)


(だから、こんなことになるんだ)


 結局、今年の春、一ツ木屋は倒産した。


 そして、失業した音矢は高額の報酬を提示してきた[研究機関]の治験にさそわれ、神代細胞の実験台となり、今に至る。


(過去の記憶が変形して、あんな夢になったのかな?)


 心の中で、音矢はオバケくんに問う。答えはない。だが、彼は話しかける形で、自分の思考をまとめていく。


(あの工員さんが言った、

 『危険かもしれないけれど、昨日まで大丈夫だったし……

  だから、今日だってたぶん、平気さ。そして明日も』

 そんなセリフを一ツ木屋でも聞いた気がする)


(夢の中の工場では、

 なんだかわからないけれど、とんでもなく危険なものを、

 いいかげんに製造して事故をおこして、

 まっさきに工員たちが死んでいった)


(上役の指示に従えば、自分たちが死の危険にさらされる。

 そんな状況でも、みんなおとなしく作業していた。

 夢の中の瀬野さんも、

 危ないとわかっているのに逃げようとしなかった)


(そういえば……現実でも)


(僕が[研究機関]の管理体制と、

 礼文に神代細胞が盗まれたときの対応について

 『もう少しなんとかならなかったんですか?』って批判をしたとき)


(瀬野さんは『なんともならなかったのよ』って受け流すだけで……)


(神代細胞が大繁殖すれば世界の危機だと僕が訴えても、

 『そんなことを口にして、もし本当になったらどうするの? 

  縁起が悪いったらないわ』とかいって、

 瀬野さんは取り合ってくれなかった)


(僕も……やっぱり昔と同じだ。警告しかできない)


(暴走患者を倒すため、

 自分の生活を良くするための計略は実行できるけれど、

 この事態を根本的に解決する方法なんてまったく思いつかないから

 ……結局、現状維持)


 音矢はフトンの中で、ため息をつく。


(危険があるとわかっていても有効な対策もとれず、

 希望的観測にすがって、

 不安と恐怖から目をそらして日々を送る)


(ねえ、オバケくん)


(どうして僕たち人間は、こんなにバカなんだろうね?)


 問いかけられても、半透明の塊は何も答えない。



 ――さあ、昔々の物語を始めましょう。


   これは異なる世界の物語。


    そして、失われたものを惜しむ物語――



 9月28日、日曜日。礼文は研究所へと、車を走らせていた。後部座席にはオートミールの大きな袋と糖蜜の大瓶がある。それには一度封を開けて、また閉じた形跡が残っていた。


 これは西洋文化にあこがれる富鳥義知が以前、輸入食品を扱う店からわざわざ取り寄せたものだ。日本ではあまり一般的な食品ではないので、在日欧米人が購入する大きなサイズのものしか手に入らなかった。しかし、彼の口に合わなかったので、一回朝食に出されてから、再度使われることなく、そのまましまいこまれていた。



 昨日、礼文は暴走した実験台の始末が終わるのを待つ間、瀬野と雑談をして時間をつぶしていた。


「どう? 研究所に集められた子供たちは、充分な食事をとれていたの?」


「いや、まだ確認しに行っていない。

 神代細胞の投与や、その他の仕事で忙しかったのでな」


「そう……」


 瀬野は心配そうな様子で、話を続けた。


「この間、言い忘れたんだけれど、

 もしもちゃんと食べられない状態が続いていたのなら、

 いきなり普通の食品を好きなだけ与えたら危ないわよ。

 空腹の勢いにまかせて大量に詰めこむから、胃を壊してしまうの。

 まず柔らかいお粥のようなものを少しずつ食べさせることから始めて、

 消化する力を回復させないと」


「……うむ……」


 子供たちのことは津先に任せておけばいいと楽観視していたが、瀬野と話をするうちに、礼文はだんだん不安になってきた。神代細胞の実験台候補として身寄りのない子供を集めるのは、礼文の身元保証人であり雇用主の富鳥義光の発案だ。子供たちが体調不良になれば、世話を津先に任せた礼文の管理責任を追及されるだろう。


「明日、様子を見に行ってくる。その際」


 言いかけたところで、瀬野が持つ小型電波送受信機が振動を始めた。2秒ほど鳴ってから一度途切れることをくりかえす。断続的に発信するのは、始末が無事完了した合図だ。



(さて、子供たちはどうなっているのか)


 回想を打ち切り、礼文は交差点を右折する。あと10分ほど走れば、廃工場を改造した研究所に到着だ。




   ◆◆◆◆◆◆



 礼文が研究所にむかった同じ日の午前9時半。松木健二は仲間との会合のために大神公園に着いた。集合時刻は10時だが、彼はやりたいことがあったので、早めに家を出た。


 今日は集まる人数が少ないので、集会所は予約していない。芝生広場で車座になって話し合うつもりだ。


 もしも雨ならば集会所の軒下に集合場所を変え、公園から喫茶店に移動する予定だったが、幸いにも、いまのところ天気は良い。


 彼はまず池のほとりへと向かった。そこには彼のイトコである呉羽が坐っていたというベンチがある。彼女とその両親は残酷な方法で殺害された。犯人はまだ逮捕されていない。


 彼はこうべを垂れ、呉羽一家の冥福と事件の解決を祈る。


 そのときベンチの脇にクローバーの株を彼は見つけた。


 葉を一本摘み取り、健二はそっとハンカチにはさんだ。持ち帰って押し葉を作り、自分が受け取った[秘密の首領]のお言葉を記した紙に貼って保存するつもりだ。


(やはり、これは啓示)


 その紙が隠されていたのは、柳の幹にあいたうろだ。


 後で調べた結果、柳の花言葉は[死者への哀悼]


 彼がもらった言葉は、[クローバー 私を思って]


(呉羽の死をいたむ心と、あの子が現世に残した心残り。

 それを間接的に俺へと伝えてくれた。

 やはり、[真世界への道]の[秘密の首領]さまには不思議な力があるんだ)


 礼文が適当に選んだ言葉と、津先がたまたま発見した紙を配置するのにちょうどいい洞のある木、そして偶然ベンチ近くに吹き寄せられた種から発芽した雑草だが、健二はそれらに重要な意味があると勘違いしてしまった。



   ◆◆◆◆◆◆



 廃工場の扉を開け、礼文は敷地に足を踏み入れる。


「やはり……」


 嫌な予感は的中したようだ。なにかといえば騒ぎたがる十代の少年が、ここには五人もいるのに、あたりは異様に静かだ。


 一刻も早く津先に問いただしたいが、古傷のある膝では走ることができない。


 あせる礼文の耳に、男の悲鳴が聞こえた。





 次回に続く。






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