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第四話

 臨時に食料を届けたので訪問の日付をずらし、瀬野は水曜でなく金曜に雑木林の中の貸家を訪れた。その件や新たな保存食料の補助の必要性は小型電波送受信機の信号で音矢と話し合いずみだ。


「おかげさまで、ようやく右手の痛みが薄れてきました。

 昨日から米を炊けるようになりましたよ。

 やっぱり日本人はご飯を食べないと力が出ませんね」


「ああ、久しぶりに食べられてうれしかった」


 音矢の隣で翡翠もうなずく。


 家計簿を読み終わった瀬野に、音矢は片側を黒い紐で綴じた三つの紙束を渡す。


「はい。せんから書き溜めていたものに、

 いただいた小冊子の感想を付け加えた新しい報告書です。

 元気がでた勢いで清書しました。

 お言いつけの通り、水晶細胞実験台の症状と、翡翠細胞の改良、

 そして[真世界への道]の考察は、三分冊にしておきましたよ」


「あら……そうなの」


 目を伏せて、瀬野はパラパラと紙をめくる。


「特に蝶子さんのところにあった小冊子には、

[真世界への道]で扱っている魔術関係の基礎知識が解説されていて、

 読み応えがありました。

 自分が敵側に回ったと仮定して組織の発展について考察して書く体験は、

 なかなか興味深いものでしたよ」


「そう……ありがとう」


 瀬野は愛用の大きな革バッグに預かったものをしまう。


 彼女が訪問した日は、いつもなら報告書を受け取ってから軽く雑談をして、その後音矢は食事の支度をする。今日もそうなるだろうと、瀬野は思っていた。


 が、今日は違う。音矢は急に真面目な顔になると座布団から降りて改めて正座し、深々と頭を下げた。


「これから、僕は瀬野さんに謝罪します。

 危険な真似をしてしまい、申し訳ありません」


「な、なに?」


 予想もしなかった行動をとられて、瀬野はとまどう。


「せんに、[ペンギンくん]を練習のつもりで

 瀬野さんに向けて投げてしまいました」


 音矢が口にしたのは、細い鎖を仕込んだ分銅をペンギン人形付きのキーホルダーに偽装した武器のことだ。


「こんどの始末でわかったのですが、

 あれは遠心力を乗せて投げると、非常に威力があります。

 もし、瀬野さんに当たったら大怪我をさせてしまうところでした」


「ええ?」


 瀬野は、あの武器にそんな使い方があるとは知らなかった。[お試し]に挑むとき、次兄から試作品をこっそり渡されたのだが、ゴタゴタしていて詳しい説明を受けられなかった。それで瀬野は首を絞める武器だと解釈したのだ。


 結局、怖気づいた彼女は標的を殺すどころか近くに寄ることもできず、お試しは失格になった。そんな嫌な思い出にまつわる物だが、仲の良かった次兄のくれたものなので、ゴミとして捨てることもできない。だから音矢に渡した。


「ごめんなさい。もう絶対にやりません。許してください」


 瀬野は音矢の様子をうかがったが、彼女の葛藤に気づいてはいないようだ。だから、彼女は鷹揚にうなずいた。


「わ……わかればいいのよ」


「ありがとうございます!」


 音矢は頭を下げる。だが、彼の謝罪はまだ終わらないようだ。


「そのほかにも……僕は自分の性質を偽るため、

 翡翠さんに口止めをしてしまいました。

 瀬野さんに嫌われたくなくて、

 内緒にしていてくださいと頼んだんですけれど、

 それだと翡翠さんに負担がかかり続けるので、今日、自白します」


「ええっ? いったいなにを? そもそも、いつ口止めなんかしたのよ?」


 意表をつく行動を次々と音矢に繰り出されて、瀬野は混乱していく。


「お……音矢くん。いいのか? 話してしまって」


 その混乱は、翡翠にも伝染した。


「最初の食事会の次の日、瀬野さんが帰社した後のことです。

 内容は……[僕が人殺しについて罪悪感を抱いていないこと]。

 食事会のとき、僕は詭弁を使って

 [本当は罪悪感があるけれど、

  良心の痛みをまぎらわすために屁理屈をこね、開き直っている]

 といったふりをしました。

 それを翡翠さんに見抜かれてしまったんです。

 ごまかしがバレて恥ずかしかったので、口止めをしました。

 すみません。

 瀬野さんが僕の本当の性格を知ったら、嫌われると思って」


「……まあ、あの時は、信じたけれど……

 付き合ううちにさすがにおかしいとは思うようになってきたわよ。

 むしろ、なにをいまさらって言いたいわ」


 瀬野は、詭弁で隠された音矢の本音を無意識で認識していたせいで、自分は違和感に苦しんできたと考えた。不意に訪れる頭痛の正体がわかったと、彼女は安心する。


 そして、翡翠が自分に隠し事をしていたという不快な事実、そして翡翠が音矢の詭弁を見抜く鋭い知性を持っているという事実を彼女はとりあえず無視する。


 今、瀬野が注目しているのは、ふだんは生意気な音矢がひれ伏して彼女に謝罪し、許しをこうているという現実だ。


「あんたの性格は、もう矯正不可能みたいだし、勝手にすれば。

 ここまで深くかかわったら、思想が悪いからってクビにもできないし」


「ありがとうございます。

 こんな、反社会的で犯罪傾向のある性格の僕を

 受け入れてくださった恩を忘れずに、

 これからも一生懸命に働きますので、よろしくお願いいたします」


 礼を言う音矢を見て、瀬野は眉をひそめた。


「……反社会的性格と自覚しているのに、なんでそんなに律儀なのよ。

 やっぱり、わけがわからない。頭痛い……」


 顔を上げて、音矢は真剣な表情を作る。


「それで、翡翠さんから、もう一つの負担を取り除きたいのですが、

 よろしいでしょうか?」


「はいはい。どうぞ」


 なにげなく許可を与えた瀬野は、次の瞬間、息をのんだ。




次回に続く


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