第三話
7月22日、健二は父に頼まれた仕事を果たすために外出した。
その目的地、一家皆殺し事件の現場となった松木宗吾の家は大神公園の近くにある。
後に[真世界への道]の会員となる松木健二は、女学生たちが噂していた松木呉羽の従兄だ。
健二の父は、呉羽の父である松木宗吾の長兄にあたる。本家の当主である松木宗太郎は、凄惨な殺人事件のあった家屋を相続したので、その管理をしなければならない。その仕事を息子である健二に手伝わせている。
遺産を放棄することもできたが、宗太郎はあえて事故物件を相続した。宗吾との間にいた弟たち、宗次と宗三は幼少時に病死、宗史は嫁をもらう前に日流戦争で戦死している。せっかく独立して一家を構えるまでに成長した末弟にも先立たれた宗太郎は、宗吾の生きた証が消えてしまうことをおそれたのだ。
しかし、あまりにも残虐すぎて報道規制されたような事件現場を松木家の財産として残すことを、周囲の者は反対した。だから、とりあえず売り家の張り紙をしたが、最悪の事故物件に買い手がつくことなど全く期待してない。
それでも、殺人現場を閉めきったままにしていると、なにか不吉なモノが住み着きそうな不安がある。しかし開け放しにしていたらネズミやノラネコ、ノライヌなどが入りこんで糞尿を落とし、静かに死者を悼むべき場所を荒すだろう。血で穢されていない夫婦の部屋や納戸には、あの家で松木宗吾一家が穏やかに暮らしていた証がまだ残っているのだ。
そのような事情で、月に一度は大神町を訪れて家屋の窓を開け風を通してから、また戸締りをするよう、健二は父に頼まれた。
二階にある窓が塗り込められた防音室に、叔父と叔母の死体があった。その部屋から玄関まで、大量の血痕が床や壁を染めていた。警察の現場検証が終わってから、とりあえず掃除はしたのだが、床に貼られた板と板の隙間にまだ落としきれない血がところどころ残っている。
そこから瘴気が発生しているような気がして、なるべく息をしないように健二は窓から窓へ移動し、それらを開けては深呼吸する。窓のない防音室はどうしようもないので、廊下に面したドアだけ解放した。家の空気が入れ替わるまでの時間つぶしに健二は近所の公園を散歩することにした。
西暦1923年〔大正12年〕に発生した関東大震災の教訓を生かして、この世界では [災害対策法]が制定され、1927年〔光文2年〕から施行されている。その法律にもとづいて大神公園は建設された。
ここは、もともと大きな池を囲む雑木林があったところを整地して、一部を伐採し芝生を植え、公衆便所や集会所などを建設しただけなので、水源を探すところから始めた他の公園よりも開設が早かった。
公園の木々は、7月の太陽を浴びて緑が濃い。木漏れ日の中を歩くと、この公園ができたばかりのころ、叔父一家と遊びに来たことが思い出される。
(俺が近所のパン屋で買った食パンの耳をアヒルに投げてやったら、
群れが集まってきた。呉羽はそれを見て喜んでいたな)
回想に刺激され、健二の目頭が熱くなった。
池をめぐる遊歩道を歩くうちに、健二は公園の管理事務所の前を通りかかる。
掲示板には[真世界への道]の講演会という張り紙があった。
(どこかで聞いたような……)
[真世界への道]とは、以前、バスに健二が乗っていた時、近くの席に座っていた学生たちの会話に出てきた言葉だ。しかし、彼はそのことを思い出せない。ただ奇妙な名前だけが記憶の隅にとどまっていた。
講演会は、次に風を入れるために訪問しようと思っていたころに開催されるようだ。まだ秋は遠い。気温の高い中、ただ公園を歩くよりも、屋根の下でイスに座って時間をつぶすほうが楽だろう。講演の内容はどうでもいい。面白ければ聞くし、つまらなければ居眠りでもしよう。張り紙には当日参加も良しと書いてある。そんな気楽な考えで参加した講演会が、自分の人生を大きく変えることになるなど、この時点の健二はまったく予想していなかった。
8月17日、健二は集会場のイスに座り、講演を聞いていた。檀上には、まず若い男の弁士が立った。彼はいろいろなオカルト話を、世界史の史実と組み合わせて語る。単なる素人ではないようで、そこそこ興味を引く語り口だった。
次に立ったのは、礼文という奇妙な名の男だ。異国人の血をひいているかのように、日本人離れした彫の深い顔だ。足に故障でもあるのか杖をついているが、姿勢は良い。彼は会員に配られる小冊子をもとに演説を始めた。
『幾度もの戦火で世界は混乱し、科学文明は限界に近づいている』
その通りだと思った。地球上の各地で、戦争は多くの人を殺し国土を破壊している。そして二人の叔父は現代医学でも命を救えなかった。
『今こそ改革の時。
古の儀式を復活させ、世界の誤りを正し、[真世界]を築く』
国の始めた戦で命を落とした叔父もいる。健二自身も軍隊でシゴキを受け、心をズタズタにされた。
そして、犯人の動機さえわからない不条理な犯罪で、末の叔父夫婦と従妹まで命を奪われた。
最低限の治安さえ保障できないのに、国家は徴兵制を強いて国民を苦しめていると、健二はずっと考えてきた。しかし、反抗の声をあげれば特高や憲兵に弾圧される。
(そうだ。この世界はまちがっている!)
演説を聞くうち、彼の心は礼文の説く教義に強く引かれていった。
(俺は[真世界への道]の会員になって、世界を正しい姿に変革してやる!)
14歳の少女である呉羽を騙して安全性が確保されていない神代細胞を投与し、両親を殺害させたのが[真世界への道]の統率者である礼文、その人であることを健二はまだ知らない。
◆◆◆◆◆◆
音矢は右手首を軽く痛めたので、回復するまで家事を最低限にすることにした。幸い、翡翠も本土の生活になれ、手がかからなくなってきたので助かっている。瀬野の差し入れも大いに役立った。
水と米をいれた重い釜を片手では持ち上げられないので、カマドで米が炊けない。だから朝食は孤島にいたときのように、カンパンと干しブドウと炒り大豆、味噌をそえたキュウリだ。
粗末だが、翡翠はその食事に慣れているので文句は言わない。それどころか、七輪に炭をくべて沸かした湯で入れた、熱い茶が添えてあるので喜んでいる。
研究者たちが神代細胞の漏出事故で全滅してから、瀬野が訪れるまでの間、孤島で翡翠は雨が窪地にたまった生水を飲んでいたそうだ。油や刺激物には弱い翡翠の胃腸だが、細菌には耐性があるのかもしれない。
朝食後、左手にホウキを持って玄関の掃除を終え、音矢は自室で休憩をとることにする。ふと思いついて、ミカン箱を改造した本棚の前に立ち、スケッチブックを手にした。三人の男が桜の下で酒盛りをしている絵があるところを開く。これは翡翠が喜んでくれた絵だ。
しかし、今の音矢には、ひどくみすぼらしく、稚拙なものに見える。
帝都美術館に展示されていたレンブラントやフェルメールの絵はデッサン、描線の流れ、画面の構成、色彩、どれも見事としか言いようがなかった。自分のかいた絵とはくらべものにならない。
(美術館で、本当の芸術を見て……
翡翠さんは、僕の絵なんかもう興味をなくすかな……
当然だよな。こんな素人の絵なんか……)
「音矢くーん」
茶の間から彼を呼ぶ声がする。
少し憂鬱な気分のまま、スケッチブックを戻し、音矢は翡翠の元に向かった。
ちゃぶ台の上には裏の白いチラシが何枚かあり、そのうち2枚には落書きがしてある。
「音矢くん。絵のことで質問があるのだが」
「はい、なんですか……」
不安に思っていた件を口にされ、音矢はさらに憂鬱になった。しかし、翡翠の言葉は彼の意表をつく。
「きみのように絵がうまくなるには、どうしたらいいんだ?」
「え」
とまどう音矢に、翡翠は落書きされたチラシの1枚を手渡す。
「……えーと?」
チラシの裏にかかれた光景は、何匹もの軟体動物が腹を壊してのたうちまわっている有様のように思えた。音矢はその絵を翡翠にむける。
「これは、何をかいたんですか?」
「…………それは、ボクと音矢くんと瀬野さんが、
ヨーロッパを旅行しているところだ」
やや間をおいてから、翡翠は答える。
「はあ」
音矢はため息をつき、チラシをちゃぶ台にもどした。
それを手に取り、翡翠はしおれた様子になる。
「やはり、説明しなければわからないか……
ボクも、かいているときはきちんとできているつもりだったが
間をおいてから見ると何を表現しているか理解できなくなっていた。
それどころか、これとこれの区別もつけがたい」
もう1枚のチラシを、翡翠は音矢に向ける。こちらは激痛に苦しむ原生動物たちをかいたように見えた。
「ボクと音矢くんと瀬野さんが、
山盛りのごちそうを食べているところなのだが……
いつの日か、かなえたい望みを形にしたくて、かいたのだが
うまくいかないんだ。こまった」
翡翠は手にした鉛筆を振る。
「これが、プロスペローのような魔術師が使う杖だったらな……」
音矢が翡翠に買い与えたシェークスピアの戯曲、【テンペスト】の登場人物の名を、彼は口にした。
「願い事を唱えて一振りすれば、たちまち望む通りの絵が現れるだろう……
いや、そもそも魔術師なら絵にかく段階を飛ばして、
いきなり外国に移動したり、ごちそうを作り出すこともできるか」
【テンペスト】だけではなく、一般的な情操教育として童話なども音矢は翡翠に読ませている。
鉛筆を振りながら、おとぎ話を想像して現実逃避を始める翡翠を、音矢は励ました。
「……翡翠さんの字は、だんだん上達してきてますからね。
絵だってがんばれば、少しずつましになっていくとおもいます」
しかし、自分でも空々しい言葉だと音矢は思った。
「少しずつでは、いつになるかわからない。それでは望みを忘れてしまう。
……そうだ、手首が治ったら代わりにかいてくれ。
そもそも、ボクが絵をかこうとしたのは、音矢くんの真似だ。
あの三人の絵のように、
現実では起こっていないことを想像し、形にしてみたかったんだ」
「まあ、やれるだけはやってみましょうか」
音矢の頬に苦笑いが浮かぶ。
「しょせんは素人細工ですけれどね。
僕にはレンブラントやフェルメールのような絵はかけません」
「ああ、美術館にあった絵の作者か?
その人たちの絵も良いが、ボクは音矢くんの絵が好きだ。
だから、きみがかいた絵が欲しい」
「………………」
その素直な好意に、どう答えればいいか音矢にはわからない。それで、音矢は技術的な方向に話をそらすことにする。未使用のチラシをちゃぶ台に乗せ、翡翠が置いた鉛筆を左手で取った。
「それでは、構図を決めましょう。
ヨーロッパ旅行の絵は、真ん中に僕たち三人を置いて……」
絵のアタリを取るために、おおざっぱな形をかく。
「君は右利きではなかったのか?」
「薪割りや包丁使いは刃の角度が違うから無理ですけれど、
マッチを擦ったり絵や字を書く程度なら左でもなんとかなります。
子供の時に、利き腕を怪我したことがありましてね。
そのとき稽古したんですよ。
まあ、右手の方が使いやすいから、普段はそっちを使ってますが」
音矢の手元を見て、翡翠はさらにしおれた。
「ボクが右手でかくよりうまい」
「ま、まあ、これは慣れの問題ですから」
慰めてから、音矢は背景をかこうとした。しかし具体的な映像が浮かばないので手が止まる。美術館にはヨーロッパの風景画も展示されていたが、さすがに細部までは記憶していない。
「……資料は……ああ、たしか何号か前の[萬文芸]のグラビアページに
シャンゼリゼ通りの写真が掲載されていました。
あそこを舞台にしましょうか」
1930年〔光文5年〕にはインターネットによる画像検索などできない。だから、絵をかく資料が欲しければ、そこに出かけてスケッチするか、あらかじめ紙に印刷されている物を探すかしかなかった。
「それでいい。ありがとう」
喜ぶ翡翠を見て、音矢は思った。
(レンブラントやフェルメールのような絵をかくことは、僕には不可能だ。
持って生まれた才能が違うから)
(でも、僕には僕の個性がある。
それを翡翠さんが喜んでくれるんだもの。
がんばって、もっとうまくなろう。
……そしていつかは、自分でも満足できるような、
僕なりの画風を確立してみたいな)
未来のことを考えながらチラシに簡単な絵をかいているうち、ふと別のことが頭にひらめく。
「あ、そうだ」
新しいチラシに、今思いついたことを絵にしてみた。
(これは良い。やってみる価値がある)
「翡翠さん、お願いがあるんですが」
音矢は思いつきを実行するために協力を頼む。翡翠は快く引き受けてくれた。
次回に続く




