第九話
おやつの時間になり、上野土産として買ってきた竹筒羊羹を二人は食べる。1930年〔光文5年〕、この時代では、竹は安価な包装材や容器としてよく使われていた。
附属の棒で竹から押し出した羊羹に、糸を巻きつけて引き、食べやすい大きさに切る。
これは刃物の扱いになれていない翡翠にもできたので、彼は面白がって自分の分をミジン切りにしてしまった。それは予想していたので、音矢は匙を翡翠に渡す。
小鉢から羊羹のかけらをすくって食べていた翡翠は、なにかを思いついたように、視線を宙に浮かせてから、微笑んだ。
「そうか、新しい制御石につけた機能は、このようにして使うのか?」
「はい。うまくいけば、良い武器になりますよ」
食べ終わり、皿を片付けると、翡翠は茶の間の隅に置いてあった新聞を広げる。
音矢は自室に戻り、自分が新聞から切り抜いた記事の整理をする。小箱にまとめておいた紙片を、帳面にきれいに収まるよう、仮に並べていく。
その中の一つ、翡翠の学業に関わる記事を、音矢は見つめた。
(もしも、僕の想像が当たっていたら、これは役に立つだろうな)
「音矢くん」
翡翠の呼ぶ声が聞こえた。
(なんの用だろう?)
彼は作業を中断して、茶の間に向かう。
◆◆◆◆◆◆
生贄件、見せしめとして彼女はアザミを殺した。
首を絞めたので、舌がふくれ唇からはみ出している。その赤黒い顔を踏みしめ、彼女は積年の恨みをはらした。
気分が良くなったところで、彼女は庭の隅に固まっている6人に声をかける。
「わかったでしょう。こうなりたくなければ、私に従いなさい」
庭には物置から出した、小道具の木剣を6本おいてある。
「それを取って、悪魔を総がかりで倒すの。
でも、いっぺんに打ちかかると同士討ちになるから、
タイルに描いた印にそれぞれ立って、距離をとりつつ……」
言葉の途中で、座長が動いた。
剣を拾うと、彼女に殴りかかる。
「おまえなんかの言いなりになるかあっ!」
とっさに彼女は剣をつかんだ。増殖してきた神代細胞による腕力で抑え込む。しかし、
「今のうちだ! 逃げろ!」
座長の次の言葉で、劇団員たちはいっせいに庭の出口を目指す。
「ああっ! 待って」
あわてた彼女は剣を放り出し、増加した脚力で劇団員の一人に追いついた。
「私の言うことを聞かないなら、あんたも」
力をこめて、首の骨を折る。
彼女が目を上げると、座長を先頭に、他の劇団員が庭を出ようとしているのが見えた。座長はあのセリフで状況を動かし、他の劇団員をおとりに使ったと気づき、彼女は叫ぶ。
「逃げないで!」
彼女の願いに、神代細胞が答えた。
◆◆◆◆◆◆
音矢は茶箪笥に目を向ける。おやつを食べた時には閉まっていた引き出しは、その全てが開けっ放しになっていた。
その前で棒立ちになり、翡翠は音矢にねだる。
「ハサミが見つからない。音矢くん、新しいものを買ってきてくれ」
「そんなことをしていたら、お金がいくらあっても足りませんよ。
きちんと探しましたか?」
「引き出しを探したけれど、無い」
「どれ、見せてください」
音矢は中身を確認しながら引き出しを閉めていく。
「本当にありませんねえ」
「だから買ってくれ」
音矢は、物を粗末にするのは良くないと考え、翡翠をたしなめる。
「ハサミみたいな大きな物体が消えてしまうはずがありません。
翡翠さん、ハサミを持って、外に出ましたか?」
「出ていない。家の中で使った」
「それなら、家の中にあるはずです。まず茶の間を探索しましょう」
「茶の間の中も探した。でも見つからないんだ!
ボクは今使いたいのだから、こうなったら探すより買った方が早い。
君はこれから商店街に行くのだから、
野菜や魚といっしょにハサミを買えばいい」
「だから、そうするとお金が余分にかかるんですよ。
不必要な出費はできません。予算は限られているんですからね。
もう一度探しましょう」
「音矢くんが見つけてくれ。ボクはこれ以上探すのが面倒だ」
要求が撥ねつけられてもすぐにあきらめず、翡翠は反論してくる。なかなか頼もしくなったが、まだまだ理論の構成が弱い。彼を鍛えるために、音矢は拒否する。
「なくしたのは翡翠さんなんですから、責任を取るべきです。
僕も手伝いますが、捜索の主体は翡翠さん。
これは妥協できません」
「頼んでいるんだから、やってくれてもいいではないか!
音矢くんの意地悪! アカンベーだ!」
翡翠は舌を出し、片目の下まぶたを指でさげた。
音矢は怒るよりも、ほほえましく思う。その仕草と言葉は、彼が先日、翡翠に渡した小説に出てくるものだからだ。
「あはは。悪いことを覚えてしまいましたね。
[萬文芸]の小説に、そんなセリフがのっていましたっけ」
始めて音矢と出会ったころの翡翠は、その顔にふさわしく、人形のようにおとなしくしていた。ここに引っ越してきてしばらくの間は、食事などの時間以外、自分の書斎にとじこもっていた。そんな状態より、少しばかり行儀が悪くとも、音矢に関わろうとしてくれるほうが付き合いやすい。興がのったので、音矢は翡翠の行動に合わせて、からかってやることにした。
「ところで、そのようなふるまいをするのは子供のやることです。
翡翠さんは時々『ボクは子供じゃない』とおっしゃられますが、
今の行動は子供そのものですよ。あはは」
安い挑発に、翡翠は即座に反応する。
「なんだと!」
翡翠は拳をかため、音矢になぐりかかってきた。しかし、あまりにものろい動作なので、かわすことは容易だった。
「おやおや。きちんと言葉で反論するのではなく、
暴力で解決するつもりですか? それも子供じみていますね。
あはは。駄々っ子みたいですよ」
「うわあああ」
顔を真っ赤にして、翡翠は腕を振り回すが、まったく音矢には届かない。音矢はちゃぶ台を翡翠との間に置くように位置取って盾としつつ、その周囲を軽やかに移動し、さらに挑発する。
「あはは。そんな攻撃では当たりません。
ここまでおいで、甘酒しんじょ。あはは。そうだ。
翡翠さんの子供らしい振る舞いに、僕も合わせてあげますよ」
音矢は翡翠に背を向けて、
「お尻ぺんぺーん」
口で擬音をだし、手でそこを軽くたたく。
この仕草も[萬文芸]に載っていたから、アカンベーと同じく侮辱を表すものだと、翡翠には理解できるはずだ。
音矢は振り返って相手の様子を見る。翡翠は拳を握りしめ、それを震わせていた。効果を確認し、音矢は満足する。
「あはは。僕は普段このような幼い仕草はしません。
一人前の男がやるのは恥ずかしいことですからね。
でも、翡翠さんは、あの日約束した通り、僕の大事な友達で仲間です。
だから、わざわざ同格の行動をしてあげているんですよ。あはは。
でも感謝の言葉はいりません。当然のことですから。あはは」
ダメ押しの言葉に、翡翠は怒りを爆発させた。
「うわあああ。音矢くんの意地悪! おおっと」
勢いよく走ろうとして、翡翠はちゃぶ台を蹴飛ばしてしまう。
「痛たた」
しゃがみこんだ翡翠は、驚いたように手を伸ばす。
「なんだ、こんなところにあったのか」
探していたハサミをちゃぶ台の下から発見して、そちらに注意がそれたらしい。怒りから驚きに、翡翠の表情が変わった。
「なるほど。探せばあるものだな。今度からハサミをなくしたら……」
翡翠の言葉にあきれて、音矢は口を挟んだ。
「いや、なくすことを前提にしないでくださいよ」
それには耳を貸さず、翡翠は続ける。
「ちゃぶ台を蹴れば出てくるのだな」
「違います!
なくさないように、
使い終わったら定位置にしまうことを習慣にするんです!」
意表をついた翡翠の発言に、音矢は正論で対抗する。
「そもそも、ちゃぶ台の下にあるのがわからないなんて、
どんな探し方をしたんですか?」
「こんなふうに……」
棒立ちになったまま、翡翠はあたりを見回す。
「ハサミが空中に浮いているわけはないんですから、
もうちっと、ありそうなところを探してくださいよ」
苦笑する音矢に、翡翠は反応しない。視線を宙に固定して、そのまま黙りこむ。
「……どうしました?」
あやぶんだ音矢が訊ねると、
「暴走が始まった!」
緊張した様子で、翡翠は答える。
次回に続く




