帝政開始!〜ヒスパニア遠征〜
紀元前27年 1月16日、ローマは共和制から元首政「プリンキパトゥス」へと移行した。事実上の帝政、ローマ帝国の始まりである。
ローマ帝国の首都ローマ市内を見渡すことができる宮殿のテラスからオクタウィアヌスと腹心のアグリッパ、ティベリウスは市内を眺めながら今後についての話をしていた。
「やっと…やっとここまできた」
「誠に長い戦いでした…何人もの良い部下が失われました」
内乱を勝ち抜き元老院より尊厳者「アウグストゥス」の称号を与えられた※ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスは以後インペラトル・カエサル・アウグストゥス(以下オクタウィアヌス)と名乗ることになる。
そして彼は大きな夢を抱いていた。
「いいかアグリッパ、私はローマを今までにないくらい素晴らしい国に、永久不滅の強い国にする!」
オクタウィアヌスの横に控える腹心アグリッパは強く頷いた。
「ローマこそがこの地中海の、この世界の王でなければなりません。ユリウス様にはその第一歩を踏み出してもらわなければなりません。どこまでもお供します!」
アグリッパの頼もしい言葉にオクタウィアヌスは覚悟を決めた。
3人はゆっくりと今までいたテラスから部屋の中に移動する。このテラスは以後ローマ皇帝が大衆に演説するときに多く使わられ、正面には広場、左手には神殿、右手には元老院が眺めることができた。さらに左奥にはコロッセオを眺めることができる。
部屋の中に戻った彼らは早速今後のことについて話し合った。オクタウィアヌスは現在のローマの領土を維持しつつ、少しずつ慎重に拡大しながら国を豊かにしていくということを提案した。いわゆる、ローマの平和「パックス=ロマーナ」である。
オクタウィアヌスのその案に大いに同意し最初にやることついてアグリッパら2人は1つの提案をした。
それは西方支配領域の再編だった。
この時点ではローマの西方支配領域、つまりヒスパニア(現在のスペイン、ポルトガル)は北部が属州化されておらず、ガリア(現在のフランス)に至ってはほぼ全体が属州化されていない。
「遠征をするということか…」
オクタウィアヌスが呟いた。
「その通りです」
オクタウィアヌスは少し悩んだ。カエサルがガリア遠征を成し遂げてから17年が経ったが未だにガリアは独立意識がそれなりに高い。
軍事的征服だけではまた反乱が起きる可能性が大いにあった。しかしオクタウィアヌスはあることに気づいた。問題は征服した後だということを
「なるほど…ではこうしよう、ヒスパニア北部は今年中に属州化しよう。その代わり属州化をする都市の復興にも全力を持ってやっていきたい」
「なるほど、新属州の住民の生活を豊かにして税収をあげるということですな」
とアグリッパ。
「その通り。属州が発展すればローマも発展する。全ての市民が幸せになれるかもしれん」
とオクタウィアヌス。
「わかりました。戦は私たちにおまかせください」
とアグリッパが頼もしく答える。
事実、オクタウィアヌスはアレクサンドロス大王や※カエサルのよう戦闘の指揮を執り、前線で戦うことには長けていなかった。そのため戦争は腹心のアグリッパやティベリウスに任せることが多かった。
オクタウィアヌスはその後出発の日などの巡回するにあたって必要な予定を立てた。
翌週、オクタウィアヌスは元老院において西方支配領域の再編の案を可決させると部下に向かって大々的に演説をした。
「ガリアやヒスパニアにおけるローマの支配が確固たるものになれば今後のブリタニア侵攻においてもかなり有利になる。この計画は諸君の働きにかかっている!大いに頑張ってもらいたい!」
オクタウィアヌスはその1ヶ月後ティベリウスに留守を頼んでイタリアで新たに募集していた3個※軍団約1万8,000人を率い、ローマを出発しヒスパニアへと向かった。
途中ガリア最南部の植民市マッシリアやヒスパニア東部のヴァレンティアなどを経由しタラコネンシス(ヒスパニア東部及び北部)統治の要所であり銀山も存在するヒスパニア東南部の都市カルタゴ=ノヴァに到着したのはそのさらに1ヶ月後の3月のこと。
貿易都市としてもかなり発展していたカルタゴ=ノヴァは人口10万人を超える大都市となっていた。
拍手喝采によって迎え入れられたオクタウィアヌスはタラコネンシス総督のグナエウスに港や都市の拡張や募兵所の建設を指示した。さらには郊外に位置する農村地帯に向けての水道を通すよう指示した。
一週間後それらの計画が実行できる段階まで来るとオクタウィアヌスはこの都市に駐屯していた3個軍団と合流して次の目的地、ガデスへと出発する。
この都市も銀山と貿易で大変栄えている都市で、人口も10万人近くあり、地中海への玄関口となっていた。この都市はバエチカ(スペイン南部)統治の首都で、総督のアッピウスは貿易によって異国から入ってくる品や珍しい船を案内して回った。
オクタウィアヌスはかなり船に興味を持っていた。海軍の保有するガレー船は機動力が優れている代わりに航続距離は短いが地中海の制海権を握れれば良いローマ海軍にとって航続距離は特に問題にならなかった。
問題なのは商船だった。オクタウィアヌスは政策の一環として国営の貿易の設立を考えてもいた。そのため長い航海にも耐えうる丈夫な商船を探していた。
オクタウィアヌスはその夜アッピウスにカルタゴ=ノヴァの時のようにガデス及びバエチカ全土の都市や農地の整備、交通網の充実を指示した。
オクタウィアヌスはその後ルスティニア(ポルトガル・スペイン西部)に入り、その地域における首都であるフェリシタス=ルリアに到着する。ここも前と同じく港町であり、主に北方からの商船が来航していた。
オクタウィアヌスはここで大規模な国営の造船所の設立を命令する。ここルスティニアという地域はバエチカやタラコネンシスに比べまだ属州となってから新しかったので発展しきれていないところも見られたが少しずつ人口が増えているようだった。
オクタウィアヌスはこの地域について上下水道の整備、交通網の整備を命令した。
この命令をした後オクタウィアヌスはガデスに海軍を要請する。ヒスパニア北部を攻略する際軍団を二手に分けて一方は陸から他方は海から攻める作戦だったのだ。
そしてヒスパニアの各部族に使者を送り、ローマへ降伏して街を明け渡すよう勧告する。彼はそれと同時にローマにも使者を出して新たなヒスパニア属州への入植者を募らせた。
数週間後、オクタウィアヌスに応じてやって来た部族の使者は1人だけだった。彼によると他の部族では戦争の用意が整いつつあるということだった。
カストラという城市に住んでいたその部族は長年ローマ属州からローマ文化の影響を受けており、ローマの優れた技術も目にしていたのでローマの属州になることにあまり抵抗がなかったらしい。
オクタウィアヌスはすぐさまアッピウスに軍団の出撃を命じた。
アッピウスはすぐさま青年セクストゥスに3個軍団を乗せた海軍を任せて自らはオクタウィアヌスとともにローマからの3個軍団を率いて。港町のブリガンティウムに向かった。敵の部族はそこからローマ属州に会場から攻撃を仕掛けようとしているらしいのだ。
オクタウィアヌスはできるだけ強行軍でブリガンティウムに急行した。
オクタウィアヌスのあまりに早い対応に慌てふためいた敵は武器を取り、それなりに頑丈そうな城門を閉じる。
それを見たオクタウィアヌスは周辺を包囲し、騎兵を用いて敵城内への食料の流入を監視した。
これを見た敵は戦術会議を開き、海に打って出ることを決定した。
こうなるとフェリシタス=ルリアの運命は青年セクストゥスの采配にかかっていると言っても過言ではなかった……
※「ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス」……ガリア遠征を行なったカエサル(ガイウス・ユリウス・カエサル)とは別人物。
※「植民市」……先住民を征服したのではなく、ローマ人が移住して建設した都市。植民市内の奴隷以外の身分の人はローマ市民と同じ待遇を受ける。
※「カエサル」……この場合、ガイウス・ユリウス・カエサルのこと。
※「軍団」……ローマ軍の最大単位。1個軍団は約6,000人(200強ほどの騎兵を含む5,000人に属州の非ローマ市民からの志願兵約1,000人)