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狸に嫁入り  作者: 垂水沢 澪
9/22

合縁奇縁

「なんだ、そんなものまとめてうちで暮らせば済む話だろう」

 穂付姫神社の拝殿にて。

 かいた胡座の上に菫を乗せて呆れ顔を覗かせた穂付姫神様は仰られた。

 曰く、幸之助の名と人の身の姿で馴染みの顔として知られる程度には村に居座っていたこともあるというのに、今更人里に降りられないなんて馬鹿な話もないだろうと。

 清の子と呼ばれていた男――神社務めの輝行てるゆきがお茶を出すとぐいっと一気に飲み干して、口の端から垂れたそれを無造作に指の腹で拭う。

 荒々しい所作なのに、けれど、それが彼女の美しさを損なうことはない。

 むしろドキリとさせられるくらいで、なんだかそわそわしてしまった。

「人の子に狸を勧めてんじゃぁねぇよぅ」

 唸るように菫が主張する。

 事情を説明した折に、理由がどうであれ私を拐って来たことに間違いはないと話して、冷笑を浮かべた穂付様と一旦席を外した彼は戻って来てからずっとぐったりしており、耳を引っ張られても尻尾を根元を掴まれてぶんぶん振り回されてもなされるがままでいる。

 半刻ほどの時間だったが、その間ひたすら森の中で鬼ごっこをさせられたらしい。

 疲労困憊で動けなくなっている以外には特に外傷も伺えない菫を見てよく無事だったと輝行様は驚いておられた。

「相変わらず、鼻に掛かったような喋りだなぁ」

 質問には答えずカラカラと笑う。

 鼻を摘まれた菫は、少しは回復したのか首を振ってその手から逃れると穂付様の膝から飛び出して私の元にやって来た。

 膝に登ろうとして転げ掛けた彼を慌てて支える。

「勧めるなと言う割にそっちを選ぶのか」

「うるせぇー!」

「お前は女一人幸せに出来んような愚図じゃあないだろう」

 妖と交わる人の子の話は何も前例がない訳ではない。本人が望んでいるなら連れ出して来た責任を取ってやれ。

 そう、笑みを絶やさないまま話す穂付様に菫はあれやこれやと思い付くらしい言い訳を並べ立てた。

 全て取るに足らんと一蹴されたが。

 俺は狸なんだぞばーかばーか! と騒ぐばかりだった彼がその他の問題点を言葉にして指摘できていることに感動を覚えている私の場違い感も中々だと思う。いや、当事者なんだからもっと他に目を向けるべきだろうとも思いはするんだけど。考えてると言っていた言葉の通り、ちゃんと本当に考えてくれてたんだなぁって思ったら感動を覚えるくらいしか出来なかった。

 あんなぐっすり眠ってたのに。

「おい娘」

「は、はい!」

 呼ばれて背筋を伸ばす。

 びっくりした。

「そこの意気地なしはぐだぐだとうるさいがお前はどうなんだ?」

 藤色の瞳に真っ直ぐに見詰められて思わず息を呑む。

 どうって……。

「私に覚悟を誓えるか」

 何に対するものか。どんな覚悟か。

 穂付姫神様は口には出さなかった。

 けれど、それが菫に関するものであることは間違いなく、ならば私の答えは一つだ。

「もちろんです」

 迷う必要なんてない。

「いい返事だ」

「お、おい!」

 満足そうに笑みを深めた穂付様に背を向けて菫は焦りを滲ませた。

 あれに誓うってことは神に誓うってことなんだぞ、と。

 分かってる。

 そう返すも分かってねーよと彼は言う。

 分かってるってば。

「そんなに娶りたくないなら元の村へ返して来い」

 痺れを切らした穂付様が投げやりに言った。

 瞬間的に喜平太の顔が頭を過ぎり、私は身を強張らせる。

「ふっざけんなよ!」

 振り返った菫が噛み付かんばかりの勢いで吠えた。

「どっちが。連れ出すだけ連れ出して責任は取らんなどと宣うくずに名をやった覚えはないぞ」

「責任を取らないとは言ってねぇ! それと娶るかどうかは別問題ってだけだ!」

 絶対に私をあの村へ戻すことだけはしない。そう吠え続ける菫と穂付様のやり取りを耳に留めながら少しずつ肩から力を抜いていく。

 ほう、と息を吐き出すと、それに気付いた彼が言葉を途切れさせて私を見上げた。

 眉を下げて口元を緩める。

 大丈夫。だから安心していて。

 込めた意味が伝わったかは知らない。

  仲を取り持とうとしてくれているのだろう穂付様には大変に申し訳のないけれど……。

 菫に膝の上から退いてもらって床に手をつき頭を下げる。

「どうか私と、それから後から来る家族を村に置いて下さい」

「……答えは出ていないが?」

「待つことをお許しいただけはしないでしょうか」

 彼に考え抜く時間を与えてやって欲しい。

 悩んで、考えて、それで出した結論が私を不幸にすることはないだろう。

「人の一生は短い。待っている間に老いて死すやもしれん」

「それはそれで幸せだったと笑えましょう」

 老いて死すまで返事を待った相手がいる。

 老いて死すまで返事を考え続けてくれた相手がいる。

 仕様のない狸に捕まってしまったものだと私は自分自身に呆れながら笑って逝く。

 それは悲しいことじゃない。

 寂しいことじゃない。

 望まない相手の隣で好きに扱われながら一生を終えるよりずっと穏やかで、明るく、晴れ晴れとした未来だ。

 それほどまでに恋い慕える相手と巡り会えた幸福に私は感謝をするだろう。

 呆れを含んだため息が耳朶を叩く。

「腹を括れず女に頭を下げさせるような狸相手に健気なことよ」

「菫……いえ。幸之助ですから」

 顔を上げる。

 どういう意味だよ、と尋ねて来た彼にそのまんまよと返す。

 すぐにぐずぐず泣いて喚いて頭を抱えて丸くなるなっさけない狸。

 何もいらない。笑ってくれ。そんな、バカな台詞を吐く君が待てと言った。考えているから少し待てと。だったらもう待つ以外に選択肢なんてないでしょう。

 少しと言わず幾らでも。

 君が返事をくれると言うなら、私はそれを聞きたくて仕方がないのだから。

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