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狸に嫁入り  作者: 垂水沢 澪
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急がば回れ

 生焼けの魚をちみちみ咀嚼しながら菫はため息を吐き出した。

 失敗した。

 ただの狸として接していた間は当然ながら言葉を交わす機会なんてなかったし、自分にとっては当たり前のこと過ぎてまったく気になど留めていなかったから。

 けれど、化け狸にいきなり慕ってるなんて言われたらそりゃあ驚くだろう。

 泣いてたからってのは口実で自分の欲を満たす為に連れ去ってきたのでは……なんて風に思われてしまったとしたら最悪だ。

 違うよ、俺はお前の幸せを願ってる。

 笑っていて欲しいってそれだけなんだ。

 魚を食べ終わり、彼女の元に戻るかを悩んでいると不意に空気が割れるような、見えない壁が霧散するような、言い表し難い感覚に襲われてハッとする。

 ――結界が破られた。

 森に住む獣や妖、若葉に危害を加えかねない相手が近付かないよう周囲に張り巡らせていたものが何者かに解かれてなくなった。

 急いでこの場から離れる?

 いや、結界の範囲はそう広くない。

 下手に動かず隠れた方が懸命か。

 身を潜めていた木陰から飛び出すと同時に姿を化 人間のそれに変える。

 若葉の手を引き適当な木の裏側に回って幹の根元に座らせると、結界のことなど何も知らない彼女は目を見開いて固まった。

 そのままでいてくれるとありがたい。

 念のため、その口元を手で覆って喋れないようにしておく。

「悪い。しばらくこのままで」

 説明してやれる時間があれば良かったのだが……。

 術を用いて彼女ごと木の幹に見えるよう擬態した直後、のしのしと重たい足音が耳に届いて息をひそめる。

 そう経たない内に姿を現したのは鬼――筋骨隆々の上半身を惜しみなく晒して身の丈程はある槌を軽々背負った、赤黒い肌の鬼だった。

 昼間、下調べをした時には見なかった相手だ。

 ここらに住んでいるという話も聞いたことがない。

 今し方流れ着いたか……。

 他者の結界を壊して中をうろついているくらいだから余程気が立っているに違いない。

 何かを求め探すように辺りをきょろきょろと見回していたかと思うと、目当てのものが見付からなかったのだろう「クソッ」と悪態をついた。

「人質でも取れりゃーあの陰陽師を撒けると思ったのに、獣の臭いしかしやがらねぇ!」

 苛立ちをぶつけるように振り上げられた槌がいとも容易く辺りの木々をなぎ倒す。

 身を潜めている場所の対面であるからまだいいが……。

 目当てのものとは若葉だったらしい。

 菫が共にいることで鬼の鼻を誤魔化せているようだ。

 見て取れる気性の荒さからするに、人の子に危害を加えて追われる身となったのだろう。

 これはますます見付かる訳にはいかない。

 頼むからこっちに方向を変えないでくれよ。

 下手に動いて居場所がバレては元も子もないので、じっと脅威が去るのを待つ。

 槌を振るう手を止めた鬼は再び辺りを見回すと菫たちの方を向いた。

 現れた時と同じように重たい足音を響かせて近付いてくる。

 バレたか?

 いや、視線の先にあるのは森の奥だ。

 念のためすぐに動けるよう体勢を変えつつ、そのまま動かないでいれば鬼は真横を通るも振り返ることなく、宵闇の中へと姿を消した。

 ……はぁ。

 逃げている様子のあの鬼も、あの鬼を追っているらしい陰陽師も鬼ごっこならもっと別の場所で行なって欲しいものだ。

 気配が完全に遠退いたのを確認してから擬態を解く。

 顔色を悪くして放心状態の若葉から手を離す。

「場所を移すが背には乗れそうか?」

「さっきの、」

「ああ。出来るだけ距離を取りたい。だから――」

 じわり。

 若葉の目元に浮かんだ涙にギョッとする。

「おおおお、おい?」

「こ、こわっ……こわかった……」

 震える手で菫の着物の袖を掴む。

 倒れ込むような形で額を肩に乗せてきた彼女にドキリ、と心臓が跳ねた。

 ほんの僅かに甘い香りが鼻腔をくすぐる……。

 って、んなこと言ってる場合じゃなくてだな。

 早急かつ迅速にこの場から離れる必要があるんだ。

 この様子じゃ俺の背に乗るのは難しいだろう。

 声を殺して泣く若葉の背中を撫でながら焦る気持ちを抑えて出来うる限り柔らかく話し掛ける。

「大丈夫だから、な? 腕を首に回せるか?」

「んっ」

 泣き続けながらも素直に従った彼女を横抱きにして立ち上がる。

 歩幅的に移動の速度は落ちるが、今は他に方法がない。

 鬼の進んだ方角を一度振り返ってから倒木を迂回する。

 方向で言えば、前日の寝床……つまりは若葉を攫って来た村に近付く形となる。

 好ましいとは言い難い。

 けれど、優先すべきは若葉の身の安全だ。

 無理に押し通るような場面ではないし、土地に足が生えて目的としている場所が遠ざかるなんてことは起こり得ないのだから、様子を伺いつつまた進めばいい。

 ――その日の夜。

 疲れて眠るまで若葉が泣き止むことはなく、宥める為に背中に回した腕そのまま彼女を抱きしめながら菫はそっとため息を吐き出した。

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