新生活 其の三
音を立てて転がった椅子を、後ろの席の紫音が流れるような動作で直す。
「さすがは生徒会、息ぴったり」
クラスで囁かれる言葉も、今の千早の耳には入ってこない。
始業のチャイムが鳴り、他のクラスがガタガタと騒がしくなる。
生徒会は急いで体育館に行かなければいけないのだが、千早は立ち尽くしたままだ。
「あ……皆さん、とりあえず始業式が始まりますから体育館へ移動しましょう。今の席順のまま廊下に順番に二列で並んでください。さあ、行きましょう」
羽野の一声で千早に集まっていた視線は消え、生徒は廊下へ出始める。
その間ずっと教壇の上にいる羽野を、千早は軽く睨みつけていた。
「おい、トリどうしたんだよ。知り合い?」
姫李の前の席から、航がおかしな様子の千早を見て声をかけてきた。
「いや……知り合いに似てたけど……名前、違ったし」
「そう? トリが取り乱すなんて珍しいね」
「トリちゃんって生徒会のイメージのまんまなんだー?」
姫李が興味をもったのか話かけてくるも、無言でスルーする千早。
「ちょっと、トリちゃん! 無視よくない!」
「……トリちゃんってなんだよ」
「え? だってトリって呼ばれてるじゃん? トリちゃんでしょ?」
「……」
千早も皆に倣って廊下に出て、紫音と共に生徒会の仕事の準備のため先に体育館へ向かう。
「あの先生、知り合い?」
「いや、人違いだと思う。椅子、ありがとな」
「それにしてはすごい反応のしようだったけど」
――そりゃそうだろ。大学生って言ってたよな? 先生って……一体いくつだよ。
「そもそも、年齢詐称しすぎじゃないか?」
「え? なんのこと?」
千早はバツが悪そうに頭を掻いた。
「いや、なんでもない」
始業式は滞りなく進み、今年度着任する教師たちの挨拶が順番に行われていた。
「羽野琴巴です。私立高校から、こちらへ転任となりました。教師として、一人の女性として、皆さんと同じ時を過ごしていきたいと思っておりますので、気軽に話しかけてください。よろしくお願いします」
担任の羽野が先ほどと似たような挨拶をしている。どう見てもこの間会った人物と同じだ。
ただ違うのは、眼鏡をしていないということだけ。
セミロングの髪を後ろで一つにまとめ、清楚な白いスーツ姿が眩しい。
――にしても、こんなに印象って違うものか?
千早は先週の土曜日に会った女性を思い出していた。
何を聞いてもあまりちゃんとした返事はせず、ひたすら下を向いているような人だった。
すみませんばかりを繰り返し、言葉にどもることも多々あった。
しかし、今舞台の上で挨拶をしている羽野は言葉に詰まることもなく、背筋を伸ばし堂々としていた。
人違いかと思うほどだが、見た目だけは完全に一致している。
千早は一人混乱していた。
「鳳くん、ごめんねほんと……よろしくね」
会長の水島が挨拶をする千早を気遣って声をかけてくる。
生徒会の仕事は多岐に渡るため、生徒だけでなく教師たちにも生徒会役員を覚えてもらうために、毎年始業式で会長と副会長が挨拶することになっていた。
通常は三年生の水島と榊の二人が挨拶をするのだが、めんどくさがった榊の代わりに同じく副会長の千早が挨拶をすることになった。
「大丈夫ですよ、水島先輩が後にいると思うと失敗しても大丈夫って気になりますし」
「ちょっと鳳くん! 私にプレッシャーかけないでよ!」
「水島先輩、緊張ってゴミ箱に捨ててましたよね?」
「んなわけないでしょ!」
水島と千早のやりとりを見ながら紫音は呆れたようにため息をついた。
千早があんな風に誰かと言い合うようになったことを、一番喜び安心したのは紫音だった。
小学生の頃から千早と一緒の学校に通ってきたが、こんなにも自然になったのは高校に入ってからだ。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。在校生のみなさん、新たな一年の幕開けです。
今期の生徒会は三年生三人、二年生二人の五人です。
六月の生徒会選挙にて、次期生徒会を選出する際、皆さんが目指したい、と思う生徒会であるよう、短い間ではありますが精一杯この学校のために力を注ぎたいと思います。
そのためには、生徒のみなさんだけでなく、先生方のお力も借りることになるかと思いますが、その際はどうぞよろしくお願いします。
それでは、新しい一年、光涼の生徒でよかったと思える年にしましょう。
生徒会副会長、鳳千早」
続いて会長の水島の挨拶だ。
「えー……話そうと思っていたことをどうやら副会長に全て持っていかれてしまったので」
くすくすと笑い声がそこら中から漏れる。
「私からは一言だけ。
一年生、二年生のみなさんは、思い思いにこの学校での生活を楽しんでください。そのお手伝いを、我々生徒会が全力で致します。
三年生のみなさん、受験で余裕がない一年ではなく、ときたま力を抜いてこの光涼に居場所を見つけてください。
部活、行事、なんでも構いません。最後の一年を思い出した時に、十年後、二十年後になっても忘れない思い出を一つでも多く作ってください。
それが、私たち生徒会の望むことです。
……一言のわりに長くなっちゃいましたが、以上!
生徒会長、水島樹」
盛大な拍手が壇上の二人に贈られる。
脇で控えていた会計の笹部は半泣きで水島を見つめていた。
「会長~……!! やっぱり我らが会長最高だね! 神だね!」
丸二年間水島の背中を追って生徒会にいる笹部は、水島信者だ。
壇上から降りてくる二人の挨拶を最後に、始業式は閉会となった。
始業式って退屈ですよね。でも、学校が早く終わるって最高! と思ってました。若い女の先生とか皆無だったから、こういうの憧れるなぁ。
拙い文章をお読みいただき、ありがとうございます。