新生活 其の二
「トリ!」
「いぐっちゃん、今年もよろしく」
「おう! 今年もテスト、よろしく!」
「お前らな……今年も寄生虫かよ……」
バスケ部レギュラーの井口航は、身長が百八十五センチあり、一年生の時からバスケ部のレギュラーに選ばれていたが、勉強がてんでだめで毎回千早のお世話になる常連だった。
「今年は朝絵さんと姫ちゃんが同じクラス! 紫音はトリのものだから手出せないけど、目の保養に恵まれたな」
「仁、そろそろ一人に決めたら? ちなみに紫音は別に俺のでもなんでもないから。ただの生徒会メンツなだけ」
「またまた、お兄さん」
男三人でなんとも男子高生らしい会話をする中、妙に甲高い声が三人の後ろから聞こえてきた。
「ちょっとぉ、ここ、私の席なんですけどぉ」
「あ、姫ちゃん、わりい」
「イケメンだからって、人の机の上に乗って許されると思わないでよね」
「小さなお姫様、ごめんね☆」
「むきーっ! 馬鹿にして!」
「姫、そんなの相手にしないの」
静止に入ったその声は、やけに凛としていて高校生とは思えない落ち着きがあった。
学年トップの成績を常にキープする、野倉朝絵だ。
姫、と声をかけられた彼女は江崎姫李。
身長が百五十センチはないであろうその体型をからかわれるのは常だが、男子にからかわれるのは癪に障るようだ。
「朝絵さん、そんな冷たいこと言わないでよ」
「日々野くん、いつ私があなたに下の名前を呼ぶことを許したかしら」
「だって野倉さんより、朝絵さんの方が呼びやすいし、朝絵さんの方が綺麗でしょ」
「……はあ……話にならないわね」
「朝絵さん、って似合ってていいじゃん」
横から航が口を出すが、朝絵は一瞥するだけで何も言わなかった。
「イケメン日々野くん、席替わってよ。朝絵の後ろとか羨ましすぎ!」
「おい、俺だって姫ちゃんと替わって欲しいよ! そこ、マジ神席!」
最初は出席番号順のため、井口、江崎、鳳、梶の四人は見事に連なっていた。
「お前、俺を盾にして寝る気だろ」
「いやだなぁいぐっちゃん、そんな当たり前のこと聞かないでよ」
「俺だって……俺だって誰かに隠れてみたいんだよぉ! あ、紫音おかえり」
バスケ部のマネージャーなだけあって、航と紫音は仲が良い。
今日の午後に使う備品のチェックをしていた紫音は、ホームルームぎりぎりの時間に戻ってきた。
「ただいまー。あれ、みなさんお揃いで」
「揃ってなんかいないわ」
「またまたー朝絵さんてば」
「揃ってなんかいないわ」
大事なことなのか二回繰り返す朝絵に、尚もちょっかいを出す仁。
「……仁、手加減してやれ」
千早の一声で仁はぴたりと口を噤んだ。
「相変わらずだね、仁は。トリにだけは従うんだから」
紫音が呆れた顔で仁を見やるが、仁は悔しそうに口を噤んだままだった。
コツコツコツ
廊下からヒールの音が聞こえてくる。担任の名前はクラス表には掲載されておらず、直接教室まで担任が来るまでわからないことになっているが、女性だろうか、と千早はぼんやりと思っていた。
ヒールの音はだんだん近づいてきて、千早たちのクラス、一組の前で止まった。
外で深呼吸をし、呼吸を整えた彼女は教室のドアを開けた。
ガラッ
皆の視線が一斉にドアに集中する。
ぞろぞろと生徒達が自分の席につき始め、彼女は教壇の前へと足を進める。
生徒会の始業式進行表に目を通していた千早は、彼女の足音しか聞いていない。
ヒールの音が止まる。
「皆さん、初めまして。今年からこちらの高校へ転任して参りました、羽野琴巴です。
公立高校は初めてで勝手がわからないので、ぜひ皆さんに教えて頂ければと思います。
一緒に高校生活を楽しいものにしていきましょう。担当科目は生物です。
お手柔らかに、お願いしますね」
パチパチ
生徒からの拍手に、少し照れくさそうに応える羽野。
その音に視線をあげる千早。
ガタッ
「なっ……」
急に立ち上がり椅子が大きな音を立てひっくり返り、クラスの視線が集まる。
「なんで……」
いつも冷静な千早の困惑顔を不思議そうに眺めるクラスメイトと、同じく表情が固まっている担任の羽野を交互に見やる。
「おい、なんでここにいるんだよ……!」
毎年、新しいクラスって緊張しますよね。担任も結構気になる。
高校の時は担任に恵まれた気がします。
拙い文章をお読みいただき、ありがとうございます。