新生活 其の一
光涼高校の朝は丘の上にあるせいか妙に眩しく、校門に向かって歩くには目を細めないといけないほどだった。
四月にしては温度は低く、桜がやっとの思いで重い腰を上げたかのようにだんだんと開き始め、校門に聳える一本の桜の木は堂々とその存在を誇示していた。
校門では毎年生徒会役員がクラス表を配るのが恒例で、人手不足とは言え、校門渋滞に陥らないようにひっきりなしにプリントを配る、というのが始業式の日の恒例なのだ。
「鳳くん、二年生の分、あとどれくらい?」
生徒会長の水島樹が声をかけたのは、頼れる副会長鳳千早だった。
「まだ百枚は残ってますね。始業式で部活もないからみんな遅いんですよ」
淡々と答える千早に、水島は眉を下げて少し寂しそうに笑った。
「そう、三年生の分はほぼ終わってるから、全部配り終わったら先に生徒会室に戻ってるね」
「水島、面倒だから俺先に戻るわ」
持っていたプリントをどさっと樹に渡して後姿を向けるのは、三年生の副会長を勤める榊光成だ。
基本的になんでもめんどくさがり、会長の水島が優秀なだけにあまり生徒会にも顔を出さない。
「みっちゃーん、そういうのダメだよ。みんなの仕事でしょ!」
向けられた背中にぷんすか音を立てながら小言を言うのは、毎度毎度諦めずに榊の態度を直そうとする会計三年生の笹部栄斗。
背が低く女子たちに小動物のように扱われているが、そろばんが得意とかで計算機を一切使わない古風な人だ。
「うるせー」
お前の話は聞きたくない、とでも言わんばかりにポケットに手を突っ込んだまま校舎へと戻る榊をため息をつきながら首を振る水島の姿は、生徒会役員の中では日常そのものだった。
「千早、私部室に顔出したいんだけど。これ、残り少しだから任せていい?」
千早と同じく二年生の生徒会メンバー、梶紫音はバスケ部のマネージャーもしており、兼任しながらもうまく両立している効率重視の、いわゆる幼馴染だ。
「ああ、三分の二は終わってるしいいよ」
紫音のプリント数十枚を受け取ると、続々と登校してくる生徒にプリントを黙々と配り始める。
今日から二年生だと言うのに、なんて自分は重々しい空気を醸し出しているんだろう、と千早は軽くため息をつくが、ため息ではなんの現状解決に至らないことを自覚し、更に視線が足元へ落ちる。
「トリ、おはよ」
千早の目の前に差し出された手は、恐らく学年で一番の美形であろう日々野仁だ。
真っ黒な髪に真っ黒な黒縁眼鏡で制服を着崩すことなくきっちり着こなす千早とは反対に、金髪に近い明るめの茶色に染めた髪をさらりとかき上げ、第二ボタンまで開けたシャツからは綺麗な肌が露出している。
「おはよう、仁。今年も俺と同じクラスだったよ」
「まじで! やった! これで今年もテストはカテキョ付きだ」
「……少しは自分でやったら?」
「いやーほら、俺要領悪いじゃん? そういうの、向き不向きあるしね。学年トップ様様だよ」
バチン、と音が鳴るほど大きくウインクをして、プリントをひらひらさせながら校舎に向かう仁を脇目に、まだ来るであろう生徒をひたすらと待った。
結局三年生の遅刻ぎりぎり組のプリントを水島たちから任され、最後は一人で校門に残ることになった。
頼りになる後輩というのも考え物だ、と自嘲する。
予鈴が鳴り、千早も教室に戻ろうと校門を背にする。
一階にある生徒会室に余ったプリントを置きに一旦戻ると、見慣れない後ろ姿が廊下の先に見えた。
今年は教師陣も四分の一は替わるということで生徒会の役割が多くなりそうだ、と水島が言っていたのを思い出す。
――今年はきっと忙しい。
来年自分が生徒会長を担うかもしれないことを念頭に置いて、より一層生徒会の仕事に打ち込みたい。
そんなことを思いながら、千早は自分の教室、二年一組のドアを開けた。
生徒会って響きがいいですよね。特に女生徒会長とか、そそられます。
拙い文章をお読みいただき、ありがとうございます。