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2619の謎(前編)

「……今日はお客さん来ませんねー」

「そうだなー」

 ある昼下がり、俺とカリンは久しぶりにのんびりしていた。開店直後に客が来なかったのは久しぶりだ。こうしていると少し前まで閑古鳥が鳴いていた営業日を思い出す。

「昨日雨が降ってたせいかまだ水たまりもあちこちに残ってますし、いっそ今日は休業日にしてしまいましょうか?」

「お前、そんなこと言って本当は今日も休みたいだけなんじゃないのか?」

 俺は白い目でカリンの方を見る。

「あ、ばれました?」

 ペロッと舌を出す彼女。どうやら図星だったらしい。

「まったく……ん?」

 俺がカリンに呆れながら屋台から顔を出すと、目の前で若いスーツ姿の男が困ったように立ち往生していた。

「おい、若いの。そんなところで何やってんだ」

「うわあ!」

 俺に声をかけられた男はその場から慌てて飛びのいて水たまりに足を踏み入れてしまった。バシャっという音とともに男のスーツと革靴に水がかかる。

「うわっ、なかなかの不幸体質ですね」

 俺の声で屋台から出てきたカリンも目の前の出来事に思わず感嘆したような声を上げる。

「最悪だ……。ただでさえ困ってるのにスーツまで汚すなんて……」

 男はため息をつきながら肩を落とす。相当落ち込んでいるようだ。

「とりあえずラーメンでもいかがですか? もし困っているようなら状況によっては私たちが解決できるかもしれませんよ?」

 営業スマイルでラーメンを進めていくカリン。こういうところは本当に頼もしい限りだ。

「……ラーメン?」

 気になったのか、男が看板を見ると、そこにはカリンがさかさまに張り付けた謎解き麺屋の看板があった。

「ここが……、あの有名な……」

 男は素早い動作で椅子に座ると、

「大盛ラーメン定食1つ!」

数秒後にはメニューに目を通し、注文を告げた。

「……はいよ」

 俺は切り替えの早い奴だと思いながら、注文を受けることにした。



「それで、看板を見て迷いなく席に着いたその様子を見ると、あなたが悩んでいるのは何かの謎で間違いないですか?」

「はい、まあそんなところです」

 そう言いながら男はおずおずと名刺を差し出してきた。

「なるほど、看板メーカーの方なんですね」

 カリンは名刺を受け取ると、ふむふむと頷いた。

「それで、いったい何に悩んであんなところで立ち往生をしていたんですか?」

「はい、実は……」

 男は細々と自分の身の上話を始めた。自分が新入社員であること、最近ようやく仕事を覚えてきて、初めて得意先の商談に行くことになったこと。だが、その時に渡されたロゴデザインがよく分からず、商談に行く前に困ってしまったこと……。

「なるほど、それでそのロゴデザインというのは?」

「これなんですけど……」

 男の見せたロゴデザインをカリンが見ると、そこに書いてあったのは数字だった。

「数字ですか?」

「はい」

 そこにはデジタル数字のようなデザインで2619と縦に書いてあった。違っていたのは1文字1文字がすべて角張ったデザインで線と線が繋がっていたことだ。

「ちなみにこの看板のデザインってどこで使う予定のものなんですか?」

「車のメーカーです。結構有名なメーカーみたいなんですけど」

「なるほど……」

カリンは考える。

「はいよ。ラーメン定食大盛」

 その間に俺は注文を作り終え、男に手渡した。

「いただきます」

 男は無言で黙々と食べ始める。

「でもどうしてこのロゴがどういうデザインなのか上司に聞かなかったんですか?」

「オーソドックスなものだからこっちから説明しなくても分かるって言われたんです。なのでぎりぎりでも大丈夫だと思って……」

 1週間も前に渡された企画にもかかわらず、結局確認を怠ってしまったのだという。

「それは新入社員としては……」

「使えない部類に入りますね」

 俺もカリンもため息をつく。

「言わないでくださいよう!」

 男は定食を横によけ突っ伏して泣いてしまう。

「しかし、どういうことなんだこの数字。2619って縦に書いてあるのも引っかかるが、それ以上によく使うものなんだろ?」

「はい。でもこの数字を使うロゴデザインなんて見たこともないですし、困ってしまって……」

 男はむくりと上体を起こし、再び定食を食べ始める。立ち直りの早い男だ。

「確かにこんな数字を使うのはなかなか珍し……きゃっ」

 カリンは俺とぶつかり、男から渡された紙をひらひらと水たまりの中に落としそうになる。

「ちょ、大事なものなんですから気を付けてくださいよ!」

「す、すみません」

 どうにか地面に落ちる前にそれをつまみ上げたカリンはしかし、その紙と水たまりを交互に見比べる。

「……なるほど、大体分かりました」

 カリンはふむふむと頷く。彼女の口からこの言葉が出たときというのは謎の解決はほぼ近いと言っていい。

「本当ですか!?」

 男は目を輝かせてカリンの方を見る。

「まあ、会話の中にもいくつかヒントはありましたからね。これだけ情報があるのであれば、答えにたどり着くことはそう難しくはありません。と言っても、今回は偶然にも助けられましたけどね」

「じゃあ……」

 男は期待のまなざしでカリンを見る。

「はい。それでは謎解きを始めましょうか」

カリンは笑顔で頷いた。

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