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机と椅子の謎(後編)

「答え合わせ?」

 男性が聞き返す。

「はい。大体分かったって言ったじゃないですか」

 カリンはさらっとそう言った。

「大体分かったって、これだけの情報でか?」

「十分すぎる情報でしたよ?」

 男性の信じられないといった表情を楽しそうに見るカリン。

「それじゃ、うちの推理娘に答えてもらおうか。いったいあの机の上に上がってた椅子は何だったんだ?」

 俺は彼女の答えを先導する立場に立ち、彼女の推理を後押しすることにした。

「あの机に上がった椅子は、あるものを示していたんです。ただ、それを読み解くにはあの図を上がった順に並べ替える必要があるので……」

 そう言った彼女は図を描き始める。

「描いてる間に1つ、犯人は多分あの子とよく遊んでるって言ってた女の子です。男の子に何かをしてほしくてあんな暗号を作ったんですよ」

「……どういうことだ?」

 男性は分かっていない様子でカリンに尋ねる。もちろん俺も答えは謎のままだ。

「それが何かはこれから説明していく上で分かると思います。よし、できました」

 カリンは書き直した図を俺たちに見せる。


○○ ●○ ○○ ○○ ●○ ●● 

○● ○○ ○● ○● ○○ ●● 

○○ ○● ●● ○○ ●● ○○ 


 今度は配列もしっかり区切られていて分かりやすい。

「さて、横に2つ、縦に3つ。この配列に見覚えはありませんか店主さん?」

「……まさか点字か?」

 カリンは頷いた。

「下から順に椅子が上がっていったのは多分この順に読んでくれっていう女の子からのメッセージでしょうね」

「でも、何で点字でメッセージを伝えようとしたんだ女の子は?」

 男性が聞く。

「もう1人よく遊ぶ子は確か盲目なんでしたよね?」

「あ、ああ……。でも、それと何の関係が……」

 男性は首を傾げていた。

「たぶん、男の子が2人と距離を取った理由はこの点字にあるんだと思います。最初に点字を覚えたのは盲目の子でしょうね。もしかしたらその時その子のために、女の子も一緒になって点字の勉強をしたのかもしれません。でなければこの暗号を考えることはできませんから。でも、男の子は点字を知らなかったんです。いつも一緒にいた2人が気付かないところで自分の知らないことを始めてしまった。そのせいで男の子が2人と少し距離を置いてしまったのかもしれません」

 カリンは説明しながら桃色のスマートフォンで何かを探している。

「……なるほど」

「あくまで推測ですけどね。ただ、そう考えると不自然なところは特にないように思います。さっき男の子がここを離れてこの暗号を解こうと思ったのは、この暗号が何を示しているのか、私たちと話すうちに分かったからかもしれません。例えばこっそり今も点字の勉強をしていたりするのかもしれませんよ」

 そこまで話したカリンはスマートフォンのある画面を俺と男性に見せる。どうやら目的のものは見つかったようだ。

「点字の対応表です。こちらはこちらで解いてしまいましょうか」

 カリンは文字を順々に書き出していく。

「ほら、やっぱりそうでした」

 解読された言葉、それはがんばれだった。

「でも、これだけじゃ何の事だか分からないな。そもそも女の子がやった証拠としても弱いんじゃないか?」

「わざわざ点字を使ってる辺り、女の子が暗号を作ったのは間違いないと思います。それにもう1つ、最初に言ってたじゃないですか。男の子は一番最初に登校するって。教室に入る時間が分かっている以上、これは間違いなく男の子に向けて書かれたメッセージですよ」

「……そうだな。間違いないか」

 男性も納得した様子だった。

「よし、じゃあ問題も解決したことだし食え食え。麺が伸びちまうぞ」

「忘れてた!」

 男性は慌ててラーメンを食べ始めた。



「結局私の推理通りだったみたいですね」

 それから数日後、嬉しそうな顔の男の子が訪ねてきて事の真相を話してくれた。どうやら点字の勉強をしていたというのもカリンの推理通りだったようで、今まで通りまた3人で遊ぶようになったのだそうだ。

「そうだな」

 俺は調理器具を片付けながらカリンに返事をする。今は店じまいをして片付けの最中だ。

「ところで、お前の記憶のことなんだが、お前の持ち物からいろいろ推理はできないのか?」

「……そのことなんですけど」

 俺がそう言うと、カリンは言いにくそうな顔をする。

「実は私もあの後気が付いて、携帯を調べてみたんです。でも、自分の名前が分かるものすら残ってませんでした。まるで誰かに綺麗に消されてしまった感じでしたね。ストラップとかもなかったので手がかりはゼロです」

「それたぶん1月後には使えなくなるぞ」

「そうですねー。まあ、その時はその時です」

 綺麗に憑き物が落ちたような顔をしていた彼女に、俺はレジの下からあるものを取り出す。

「代わりにこいつを使いな。俺からの餞別だ」

 それは彼女の持っていた物と同じ桃色のスマートフォンだった。

「そんな、それはさすがに悪いですよ」

 カリンは俺にそれを返してくる。

「どっちみちお前にはこれからも働いてもらうつもりなんだ。その分はしっかり働いて返してくれればいい。だから持っとけ」

「は、はい。何から何まですみません」

 拒否できない空気を感じ取ったのか、彼女はおずおずとそれを受け取った。彼女が受け取ったのを確認すると、俺は片付けに戻るのだった。



「店主さん」

「何だ?」

 片付けを終えた頃、カリンが俺を呼ぶ。

「これからも、よろしくお願いします」

「……何だいきなり? 当たり前だろ」

「……そうですか」

 彼女は嬉しそうに俺に寄り添った。

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