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記憶喪失の謎

「記憶喪失のことって、何か思い出したのか?」

 だが、カリンは首を振った。

「思い出したわけではないんです。ただ、私はコーヒーが好きだったみたいで」

「……そりゃまた唐突な話だが」

 なぜそうなった? と聞いてみる。

「いえ、何と言うかあの店に入った時に少し懐かしい感じがしたんです。もしかしたら何かをする前にコーヒーを飲んだりしていたのかもしれません」

「お前、もしかしたら実年齢より若く見えるのかもな」

「そうかもしれませんね。何せ、女の子ですから」

 彼女は無邪気に笑った。



「結局分かったのはお前がコーヒー好きだったかもしれないってことくらいか」

 俺はため息をつく。彼女の記憶を取り戻すことができるのはまだまだ先の話になりそうだ。

「結構な進展だと思いますよ。好みが分かったんですから」

「そうかもしれんが……」

 こう、もっと直接的に彼女の記憶に訴えかけるピースがこちらとしては欲しいところなのだが、やはりそう上手くはいかないらしい。

「それに……」

「それに?」

 言いかけて止まったカリンの言葉を促す。

「私は分からない昔の記憶を思い出そうとするより、店主さんといろいろしている今の方が楽しいですし」

「……そうか」

 俺はそれ以上何も言わなかった。俺としてはきちんと彼女の記憶を取り戻すまで世話してやりたいところなのだが、当の本人がこうではおそらくあまり期待できないだろう。と、俺の視線を感じ取ったのか、彼女は慌てて俺に向かって両手を横にぶんぶんと振り始めた。

「安心してください。きちんと記憶を取り戻す気はあります。いつまでも宙ぶらりんな生活をしているのは私としても不本意ですから」

「ならいいがな」

 数十秒前の発言を聞いた後でこんなことを言われても信用できるかと言われたら答えはNOだ。ただ、たぶんカリンは楽観的な性格ではないのだろう。だから、時を待ちながらこうして行動を起こせるときに行動するようにしているのだ。

(なら、俺もあれこれ考えるのはやめだ。こいつの考えてる通り、ゆっくりでも思い出せればそれでいい。そう考えることにしよう)

 結局俺も彼女のそんな考えを汲み取り、そこで考えるのをやめた。



「でも、どうして私は名前だけしか思い出せないんでしょうか? 誕生日とかが分からないのはともかく、普通名字とかそういうのも一緒に覚えててしかるべきだと思うんですけど」

 しばらくして店の準備を始めた頃、彼女は唐突にそんなことを聞いてきた。

「言われてみると、はっきり分かってるのは名前だけだな」

 俺も頷く。彼女は名前を名乗りこそすれ、名字を言ったことは一度もなかったのだ。そもそも、その名前が合っているという保証もない。

「まさか、偽名みたいなことはありませんよね?」

「どんな後ろめたいことがあったら偽名なんか使うんだむしろ」

 突っ込みを入れてはみるものの、確かにおかしな話だ。カリンと言う名前は本名ではない可能性も視野に入れておくべきなのかもしれない。

「ですよね、ははは……」

 俺が考えている一方で、カリンは乾いた笑いをしながら、開店準備に戻っていった。



 だが、どうやら異変を起こした彼女をそのまま準備に戻したのがまずかったらしい。カリンはその後割り箸の束をひっくり返したり、コップを落としたりと言った些細なミスを連発してしまったのだ。

「す、すみません……」

 彼女は謝りながら落としたものを拾うが、今度はその拾っている最中に丸椅子を倒してしまい、2次災害を引き起こした。

「……お前」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、もういい。一回休んでろ」

 俺は彼女に戦力外通告を言い渡すと、代わりにその散らかったものを片付け始める。

「……あの」

「心配しなくてもお前を追い出す気はない。たとえどんな奴だったとしても、お前がいないとこの店の存在意義が半分消えちまうんだ」

 その言葉を聞いたカリンの顔が明るくなる。

「は、はい!」

「だから、落ち着くまで休んでろ。それで、開店前までにどうにかしとけ」

「わ、分かりました!」

 カリンは戸惑いと喜びが混ざったような声で頷いた。



 その後のカリンはいつも通りの様子できちんとお客様への対応にも精を出し、すっかり元に戻った様子だった。

「店主さん」

 そのカリンが営業終わり、俺に話しかけてくる。

「……何だ?」

 俺は調理器具を片付けながらそう聞く。

「もし記憶が戻っても、私、ここにいてもいいですか?」

「それは分からん。お前に他に居場所があるんだったら、そっちに戻るべきだ」

 俺はそこで一息つく。

「そうですか……」

 やや落ち込んだ様子でカリンは返事をする。

「ただ、お前が本当にいたいと思う場所がここだったら、その時はいつでも戻ってこい。俺はいつでもこうやって屋台引いてるから」

「はい!」

 カリンの顔が途端に明るくなった。現金な奴だ。

「それじゃ、屋台の片付け頼む。俺は明日の仕込みをするから」

「分かりました!」

 そう言って屋台の片付けに戻っていったカリンを見て、俺は改めて思う。カリンは本当は何者なのだろう、と。

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