なぞなぞの謎
「……いよいよですね」
カリンが息をのむ。看板を作ってから数時間、いつものように店の開店時間がやってきたのだ。ただし、今日はいつもとは事情が違う。何せ今日は新装開店の日なのだから。
「開けるぞ」
「はい!」
俺の声に合わせて店を開店させる。
「謎解き麺屋、開店です」
カリンはこれ以上ないくらいのドヤ顔で言ったのだった。
「……来ませんね」
「そりゃそうだろうな」
が、開店から1時間、やはり客はそう都合よく来ないものだ。いつものように無人の屋台では俺とカリンが寂しく座り込んでいた。
「とはいえ、前より人目を引くようにはなったし、そこは成功だったと思うぜ」
「本当ですか?」
途端に目を輝かせるカリン。実際遠目からとは言え、俺の屋台に目を向ける人が増えたのは事実だ。
「客は来ないけどな」
「そこは触れちゃダメですって」
と、そんな会話をしていたその時だった。
「すみません、ラーメン一杯いただけますか?」
「らっしゃい。はいよ」
本日初の、というか今月初めての客が訪れた。どうやら20代後半の男性のようだ。
「店主さんお客様が来ましたよ!」
「お前は仕事しろ」
ラーメンを作りながら俺はぶっきらぼうに言い放つ。
「そうでした。もしかして私たちに何か解いてほしい謎があるんですか?」
笑顔でお客様に尋ねるカリン。
「まあ、大したことないんだけどね」
そう言った男性はポケットから一枚の紙を取り出した。
「これは何ですか?」
カリンが聞く。
「さて、それじゃ問題だ。世界一長いトンネルがある。このトンネルはどこからどこまで続いていると思う?」
男性はそんななぞなぞをカリンに出してきた。
「入り口から出口まで、ですよね?」
「うん、大丈夫そうだな。それじゃ、話すよ」
男性はカリンを試したらしい。
「実は僕はこんな調子で知り合いとなぞなぞを出してよく遊んでるんだ。ところが今回のなぞなぞがどうしても解けない。だから藁にもすがる思いでここまでやってきたんだ」
「なるほど」
カリンは納得したような悩んだような複雑な表情を浮かべている。自分の思った通り客ではないことが原因だろう。カリンが解きたいのは日常の不思議な事件であって、こういったなぞなぞではないのだ。とはいえ、ここでこの客を追い返すわけにもいかないので、
「どんななぞなぞなんですか?」
カリンは先を促すことにしたらしい。さっさと解いて帰ってもらおうとでも考えたのだろうか。
「じゃあ読むよ。ある人の住んでる村では滅多にバスが来ない上に利用者も少ないのに、いつもバスに乗っている半分くらいの人しかお金を払わない。定期券や回数券があるわけでもないのにこれはどうしてか? って問題なんだ」
「割引があるわけでもないんですね?」
カリンは聞く。まず真っ先に聞くところだろう。
「問題の通りだ。定期券も回数券もないし、何かが割り引かれているわけでもない。バスに乗った客のうちお金を払う人は半分くらいなのはどうしてかって問題さ」
「ふーむ、なかなかの難問だな。お待ち」
「あ、ありがとうございます」
男性は俺からラーメンを受け取ると食べ始めた。
「おいしいですねこのラーメン」
「そういってもらえると嬉しいもんだな」
俺はまたお客に背を向けてそうお礼を言った。やはり面と向かっておいしいと言われるのは照れ臭いものだ。
「なるほど。解けました」
が、カリンはそう一言呟いた。どうやら彼女にはあまり難しい問題とは言えなかったらしい。
「もう解けたのか?」
慌ててラーメンを飲み込んだ男性はカリンに聞き返す。
「ええ。まず利用者が少ないということは、バスに乗る人はせいぜい1人いればいい方だってことです。ということは、バスに乗る人は運転手含めて2人ほどだってことですよね」
「……あっ」
男性は何かに気づいたようにカリンのほうを見る。
「2人のうちお金を払うのが1人なのは当然です。片方運転手なんですから、お金を払う必要がないんです」
「な、なるほど……」
男性は納得したように頷く。
「こういうので良ければいつでも聞きに来てください。分からなかったら教えてあげますから」
「ありがとう、助かったよ」
男性はそう言うと再びラーメンをすすり始めた。
「じゃあ、対価として2つお願いしますね」
「日常で起きた不思議な事件を見つけたらここに知らせに来ることと、ここの宣伝だね」
結局カリンはラーメンを食べ終えた男性にお願いと称して男性にそう頼むことにしたらしい。男性は鮮やかに解いてくれたカリンに感動したのか素直に引き受けてくれた。
「こんなにおいしい屋台にお客が来ないのは損だからね。僕も協力させてもらうよ」
そう言って男性は帰って行った。
「何はともあれ効果はあったみたいだな」
「私の狙った形ではないですけどね。まあお客さんがこれで増えてくれるといいんですけど」
カリンはため息をついた。
「まあ、お客が入るかどうかは今後の俺とお前次第だろうからな。頑張っていこうぜ」
「そうですね。……あっ、お客さんが来ましたよ」
「今日は大繁盛だな」
俺とカリンはまた元の位置につくと、やってきたお客さんを出迎えるのだった。




