看板の謎
「看板を作るのはどうでしょうか?」
女の子、カリンは俺にそう提案してくる。何日か二人で店をやってみて閑古鳥が鳴きっぱなしだったのを見かねての発言だった。
「看板?」
俺は首を傾げる。彼女はここ数日お客が来なくてもずいぶんと働いてくれていた。朝早くからビラ作りをして配りに行ったり、自分から仕事を見つけて積極的に動いてくれるところも含めてかなり優秀な人材だ。提案を聞いてみるくらいはいいだろう。
「はい。店主さんのお店は暖簾がかかっているのはいいんですけど、暖簾以外でもお店のことをアピールするのは大事だと思うんです。ちょっと工夫すれば人目を引く面白い看板ができると思いますよ」
「そんなことを言い出すのには何か理由があるんだな?」
俺は彼女に聞く。
「はい。屋台の数の少なさです」
彼女は言いきった。
「ここ数日お手伝いさせていただきましたけど、私たち以外の屋台を街中で見かけることは一度もありませんでした。私は記憶がないので細かいことは分かりませんし、たまたま会わなかっただけかもしれませんけど、実際のところ、屋台ってこんなに少ないものなんですか?」
「……まあ確かに最近見かけなくなったかもな。たぶん時代の流れってやつだ」
「そうでしたか……」
カリンは神妙な顔をする。が、すぐに気を取り直す。
「だからこそ、店主さんのお店って目立つと思うんです。他に屋台がほとんどないですから。なので、さらに目に留まりやすくするために看板を作ってみませんか、って提案です」
「……そうは言っても、俺に看板を作るセンスはねーぞ」
カリンに断っておく俺。そんなセンスがあるくらいならこの店にラーメン以外の暖簾をかけて屋台を経営していることだろう。
「そこは私に任せてください。きっと店主さんの納得いく看板を作って見せますから」
カリンは自信たっぷりに俺に言い放った。ならば、ここはいっそ彼女に賭けてみるとしよう。
「そこまで言うなら、お前に任せてやる。板はあるから、いいもん作ってくれよ」
「はい!」
それから数時間して、彼女は作り終えた看板を持って俺のところにやってきた。
「できました」
「ほう、見せてみろ」
彼女が見せたのは白い看板に黒文字で謎解き麺屋と書かれた5枚の看板だった。1枚1枚に1文字ずつ書いてあるため5枚になったのだ。
「……変な名前を付けたな?」
「これにも意味があるんですよ」
彼女は妙な自信を持って俺の方を見てきた。
「ここは店主さんの心のこもったおいしいラーメンを食べられるお店です。しかし、あまりお客さんは来ません。これが1つの謎の理由です」
「1つ、か。他にもあるってことだな」
カリンは頷く。
「謎はあと2つです。そのうち1つは今から作るんですけどね」
「作る?」
俺が聞き返すと、彼女はおもむろに屋台に看板を張り付け始めた。ただし、普通の向きとは逆向きで。
「おい、それ逆だぞ」
これでは文字が見にくくて仕方ない。だが、彼女はそのまま作業を続ける。
「分かってますよ。狙ってやってるんですから」
「狙ってって……」
だが、俺が呆然としている間に彼女はさっさと5枚の看板を張り付けてしまった。
「これでOKです」
「何考えてんだお前」
俺はカリンを睨む。
「店主さんは私がどうしてこんなことをしたと思います?」
「知るか」
ぶっきらぼうに答える俺。
「私がこないだラーメンを食べたとき、それはとてもおいしいと思いました。天地がひっくり返るくらいに」
「天地がひっくり返る……ってまさか」
俺も気付いたように彼女を見る。
「そうです。ひっくり返るおいしさっていうのを表そうと思ってこう貼り付けたんです。店主さんのラーメンは世界一ですから。ただ、それは食べてみないと分からないってわけです」
カリンは微笑んだ。
「……それがもう1つの謎か」
「はい」
「1つ聞きたいことがあるんだが、謎の後に解きを付けた理由は何だ?」
これはずっと気になっていた疑問だった。
「その答えが最後の謎です。ここに来るお客様の悩みを私たちの力で解決するんですよ。店主さんは料理で、私は推理で。外にその旨を張り付けておけば、きっとそれに引かれて見に来る物好きなお客様はいるはずです」
「物好きってお前な……。それに、お前に謎解きができるのか?」
俺は半信半疑でカリンに聞く。
「店主さんも言ってくれたじゃないですか。私に観察力と推理力だけはあるって」
「……確かに言ったが」
もっとも、それは屋台に関しての話であり、他のことに関しては彼女は未知数であると言ってもいい。本当に彼女に任せてもいいものか。
「だったら、やるだけやってみようと思ったんです。どのみち、このままだとこの店が繁盛することはなさそうですし、いっそ博打にかけてみるのも手だと思いまして」
「……お前に任せていいんだな?」
彼女のまっすぐな目を見て俺はそう聞く。ここ数日間の彼女の働きと今の決意を考えれば、彼女に何かをかけてみるというのは決して悪くない選択のように思えた。
「はい! 店主さんの大切にしてたこのお店、何とか復活させてみせますから」
「期待してるぜ」
俺はそう言うと、店の奥に引っ込む。
「……いいんですか?」
「何もしないよりはやるだけやった方がいいんだろ?」
「……はい!」
彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうと決まったら準備だ。急ぐぞ」
「分かりました!」
こうして俺の屋台はカリンを加えて、新たな屋台として生まれ変わったのだった。




