英語の謎
「買い出し買い出しっと……」
カリンはメモを見ながらスーパーを目指していた。理由は簡単、店主にお使いを頼まれたからである。
「にしても店主さんがこんなに一気に買い出しを頼むなんて珍しいですね」
メモにはあるメーカーの醤油やメンマ、それに加えてチャーシューなどそれこそラーメンに必要なものが数多く揃っていた。その数実に7つ。普段の店主の買い物が多くても3つ程度で済むことを考えると、今回のお使いの量は異常と言ってもいい。
「とりあえずあのスーパーから買い出ししていきますか……あれ?」
スーパーが目に入った矢先、カリンの目の前で何やら何かを言い合っている男性が2人いた。どうやら外国人のようだ。
(あれは……何をしているんでしょう? 困ってるようにも見えますけど……)
一瞬そっちを向いたのがまずかった。外国人はカリンを見ると、これ幸いとばかりに得近づいてきたのだ。
「ア、アイキャントスピークイングリッシュ!」
カリンは必死に片言で2人に対して説得を試みる。
「OK」
どうやら分かってくれたらしい。が、彼等は次の瞬間、カリンに対して謎の暗号のようなものを訪ねてきた。
「スリーラインズ・フォーボックシィズ・スティション。ドゥユゥノゥ?」
(……?)
直訳すれば、3つの線に4つの箱の駅、分かる?ということになる。英語が話せないと最初に断っている以上、彼らも精一杯簡単な単語を並べてくれたのだろう。これならカリンでも理解することはできる。
「ふーむ……」
ここまで丁寧にヒントを出されている上に知っているかと聞かれている以上は、カリンとしてもきちんと返答してあげなければならないという衝動に駆られていた。それに、何よりこれはカリンが得意とする謎の一種だ。買い出しの途中でとんだラッキーに遭遇したものである。カリンは外国人2人にOKのサインを出すと、腕を組んで考え始めた。少し経つと彼女はあることを思い出す。
(昔ありましたね。スリーボックス・スリーラインがどこかっていう問題が)
その答えは品川である。3つの箱に3つの線。これ以上ないシンプルな答えだろう。それに当てはめていけば、この問題もそう難しくはないはずだ。
まず3つの線。これはおそらく漢字の三、あるいは川を表しているはずだ。線を三本並べる漢字はこの漢字しかないだろうし、何より駅名である以上、そこまで複雑な漢字を使用することはないだろう。
(とすれば、問題は4つの箱の方……)
四つも箱を使う感じはそう多くはない。昌や員など、様々な選択肢がカリンの頭の中に浮かんでは消える。
(どれも駅の名前としてはしっくりこないですね……)
おそらくはもっと簡単な漢字、何より駅名に使われそうな漢字なのである。とここまで考えてカリンはん? と引っ掛かりを覚えた。
(簡単……?)
そういえば簡単の単の字も四角は合わせて4つだった。そして単の字はいくつかの漢字を組み合わせることでも作ることができる。いわゆる部分部分を組み合わせる合体漢字のギミックだ。ここまで考えたカリンはすぐに正解にたどり着いた。
「分かりました。ついてきてください」
外国人2人組はいきなり声を上げたカリンにびっくりするも、彼女のその自信たっぷりに歩きだす姿を見て安心したように彼女の後をついていくのだった。
「ただいま戻りましたー……」
やけにへとへとになったカリンが返って来たのはもう外も暗く肌寒くなってきた頃だった。
「ずいぶん遅かったな。もう日暮れだぞ?」
俺はカリンに対して小言を言う。
「すみません。外国人の方を三田駅まで案内してきたんです」
「三田駅? 何でまた?」
カリンは俺に事の顛末を説明する。
「ふーん。3つの線に4つの箱、ね」
「はい。それでそこから駅名を推理しまして、彼らが目指す駅まで無事に案内を終えてきました。いやあ、あんなに感謝されるとは思わなかったです」
カリンは持って帰って来た大量のお礼の品を俺に見せる。
「確かにすごい量だなこりゃ。わさびに納豆とか日本独自のものばっかりなのが気になるけど」
他に入っていたのはこんにゃくに赤べこ。なぜこんなものが、というものばかりだった。
「どうやら彼らは自分の国に帰る途中だったらしいんです。それで、お土産として買ったものの一部をお礼にいただいてきたんですよ」
「ああ、それでか。にしても……」
これはさすがにラーメン作りの参考にもならないな、と俺はため息をついた。
「まあ、これはとりあえず私たちのごはんで消化しましょう」
「……そうだな。ところで俺が頼んだ買い出しは済んだのか?」
カリンが出してきたのはお礼の品だけで、それ以外のお使いの品は何も出してはいない。俺がその点を指摘するとカリンの顔がみるみる青ざめていく。
「……すっかり忘れてました」
「馬鹿野郎! 急いで買ってこい! 店が閉まっちまう!」
「は、はい!」
今更ながらに事の重大さを理解したカリンは、もう一度急いで買い出しに出かける羽目になったのだった。




