パスタの謎(後編)
「どういうことですか友人さんの命が危ないって?」
結局俺にせかされた男性は友人の家にカリンと共に俺を案内することになった。今はその移動中である。屋台の方はさっさと暖簾を片付けてきたのでお客が来る心配もない。
「なあカリン。パスタを普通より長い時間ゆでるとどうなると思う?」
「えっ? ……うーん、先ほどお客様もおっしゃってた通り、それだけおいしくなくなりますよね。水分を多く含んだパスタはそれだけべしょべしょになりやすいわけですし」
カリンは訳も分からずにそう答える。
「そうだな。それは裏を返せばパスタと一緒に刷った水分も一緒に摂取できることになる。必然的にお腹が膨れやすくなるわけだ」
「……どういうことですか?」
俺の言うことがよく分からなかったのか、そう聞き返してくるカリン。
「あいつが言ってただろ。友人は趣味に対しては金遣いが荒く、今月はもうすでに金欠寸前だったって。つまりソースを使わないパスタ、いわゆる素パスタしか食べられなかったのは、もうそいつの家に食料品に使うだけの金がなかったってことさ」
「なるほど……」
それはそうだ、とカリンは思う。男性の話してくれた友人の特徴からしても間違いないことだろう。
「でだ。もしその予想が当たっていたとしたらだが、まだ月の間くらいで金欠の状況、次の日から連絡がつかなくなったということを考えると、そいつが家の中で倒れてる可能性があるかもしれないと踏んだのさ。食糧がないってことはそれだけ動かないようにするはずだし、動きたくても金がないから動けないからな」
「そういうことだったんですか。でもどうしてそこまで考え付いたんです?」
「……実は昔、俺も同じことをやってた時期があったのさ」
そう、俺も以前彼と同じく伸びたラーメンをすすっていた時期があったのだ。もちろん俺の場合はおいしいラーメンに独学で辿り着くための修行の一環だったのだが、結果的にはこの客の友人と大差ない。何度か栄養失調で倒れたこともあるくらいだ。
「それを思い出したらどうも他人事とは思えなくなって、あんなにすごい剣幕で怒ったわけですか」
「……まあな。もちろんアルバイトなり何なりで稼ぐ方法もあったんだろうが、金欠で人の家に転がり込んでくることもあると考えると、バイトはしないやつなんだろうなって思ってな」
ばつが悪くなった俺はカリンの顔から目をそらす。柄にもない行動をとったことが急に恥ずかしくなってきたのだ。
(……でもそれ、店主さんらしくてそういうところ好きだなって思います)
カリンは小声で何かを呟いた様子だった。
「……何か言ったか?」
「い、いえ何でも! あっ、着いたみたいですよ!」
慌てて話題を転換しようとカリンは立ち止まった男性を指さす。
「……着いたのか?」
その言葉に男性は頷く。
「ええ。ここがあいつの住んでる場所の瓶棒荘です」
「もう少しましなネーミングはなかったんですか……?」
「というかここまで名前負けしてないのもむしろ珍しいぞ」
俺たちはそれぞれ思い思いの感想を口に出す。
「とりあえず俺が一回呼び鈴鳴らしてみますから、それまで待っててください。まずいようならすぐに呼びます」
「分かった」
俺たちは頷くと、男性は友人の部屋の前へと向かった。が、ものの数秒のうちに男性は血相を変えて戻って来た。
「大変です、救急車呼んでください! 玄関であいつが意識を失ってるんです!」
「……発見が早かったおかげでそこまで大事には至らなかったみたいで、今はもう普通に大学にも来てます」
その3日後、男性はその後の結果を知らせに再び俺たちの屋台へ足を運んでくれた。どうやらその後こっぴどく親に怒られたらしいが、別段命に係わるところまではいかなかったようだ。数日入院した後体調が安定したとのことで、お見舞いに行くこともなくなったので、今日を報告の日に選んだのだという。
「そうか、良かったな」
俺はいつものようにぶっきらぼうに男性に返すと、男性の注文したラーメンを差し出す。すると、男性は立ち上がり、俺に頭を下げてきた。
「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか……。あの一件から友人もいきなり連絡するな、とは言ってこなくなったので、連絡もつきやすくなりました。あなたのおかげです店主さん」
「……友達は、大切にしてやんな」
俺は照れ隠しにそっぽを向きながらそう一言男性に告げる。
「あ、あんまり気にしないでください。店主さんは照れてるだけなので……」
「おいカリン。余計なこと言ってないでこっちを手伝え。お前も、早く食べないと麺がのびるぞ」
「は、はい!」
「いただきます!」
俺の叱責にカリンも男性もいい返事をしながらそれぞれのことをやり始める。
「やっぱり、ここのラーメンはおいしいです。また何か相談があったら食べに来ます」
ずるずると麺をすすりながらそう嬉しそうに話す男性。
「別に何もなくても、気に入ったらまた来ればいい。ここはそういう場所だからな」
俺はそれ以上発言することもなく、男性が麺をすするのを背中で聞くだけだった。




