パスタの謎(前編)
(ふう……)
謎解き麺屋の1日は麺の仕込みから始まる。1つ1つにこだわった手打ちの麺と特製の醬油ベースのスープに俺は自信を持っている。
「あの店主さん? 何番煎じのネタですかそれ?」
最近俺と共にこの屋台を経営しているカリンはそう口を挟む。確かにこいつのおかげでうちの店が立ち直ったのは事実だが、今だけは話が別だ。
「うるせえ邪魔すんな。この麺の出来とスープの絡みがどれほど大事かお前にだって分かるだろ」
「ぶー。まあいいですけど。実際店主さんの料理がおいしくないことにはお客様も呼べませんからね」
カリンはそう言って遠くの方に目をやり、あれ? と間抜けな声を上げた。
「何だ今度は」
「あそこで何度も携帯電話をかけ直している男性がいるんですけど、何か様子がおかしくないですか?」
「んー?」
確かに言われてみると何やら大学生くらいの男性が何度も携帯電話にコールをかけては声を荒らげていた。確かに様子がおかしいと言えなくはないが……。
「確かに変かもしれないが、別に気にするほどのことじゃ……」
「ちょっと私行ってきますね。店主さんは仕込みを続けててください!」
「あ、おいちょっと待て!」
そういって駆け出して行ってしまったカリンを引き留められなかった俺は目の前の麺とスープに目線を戻す。
(……しょうがねえ。今日の客第1号だ。気合い入れて作るとするか)
俺は仕方なく商品の念入りな調整を始めるのだった。
「それで、いったいどうしたんですか?」
カリンがいつものように男性を連れ、お客として迎え入れる。彼女によればこの客は謎を持った上質な客だというのだが、俺には何をもって彼女がその謎を判断しているのかまるで分からなかった。
「いや、それが友人に連絡がつかなくて。もう一週間くらいになるんだけど」
男性は意を決したように話し始めた。
「それは心配ですね……」
カリンはそう返しながら、露骨に顔を不満そうにする。どうやら自分の取り扱える領分の話ではないと悟ったらしい。
「はいよ、醤油ラーメンでいいんだったな」
「ありがとうございます。うーん、失踪とかしてないといいんだけど」
「失踪? 何でまた?」
物騒なワードが登場してきたことでカリンは驚いたように話に飛びついてきた。確かに普通ならここで誘拐だとか殺されていないかといったような話が飛び出してくるだろう。失踪に事情を絞る理由が分からない。
「いや、あいつもしかして借金とかしたんじゃないかと思って」
「お金がないんですか?」
カリンの問いに男性は首を横に振る。
「いや……。お金はあるんだけど、趣味に全振りってやつでさ。ほらいるだろ。自分の趣味に見境なく金使って月末になると友人に泣き寝入りして寄生虫のようにしがみついてくるやつ」
「あの……。いくら何でも言い方があんまりじゃないですか?」
「いいんだよ。あいつは自分のことをパラサイト須田だぜ! って言ってたくらいだから」
それはそれでどうなんだ、と思ったが、俺はあえて口に出さないことにした。
「そんなわけでいつも月末になると食事が貧相になってたんだけど、今月はどうも欲しいものが月の初めに一気に出たらしくてさ。月初めから金がない、ピンチだ! ってうわごとのように繰り返してたよ。まあそれでもそこらで買ってきたパスタをゆでるくらいのお金はあったみたいだけどな。確か一週間前に行ったときは味のないパスタを細々と食ってたよ」
その言葉に俺はある引っ掛かりを覚える。俺も確かこの屋台を開店する前にそんな状況に陥ったことがあったのだ。
「で、その次の日からだったな。あいつが大学に来なくなったの。それからずっと毎日一時間おきくらいに電話かけてるんだけど、まるで繋がらなくてさ」
「うーん、なるほど……」
カリンは悩んでしまったようだが、これは思った以上にまずい状況かもしれない。
「おい。そいつが前にパスタをゆでてた時間はどのくらいだった?」
俺は意を決して聞く。これはどうやらカリンでは解けない謎のようだ。
「えっ? うーん、確か記憶が正しければ10分以上はだったような……」
「えっ、普通のパスタのゆで時間って確か7分くらいですよね? 長くないですか?」
「……言われてみるとそうだな。確か普通のパスタのゆで時間は7分30秒だったはずだし」
そこまで言った男性は思い出したかのように目を開いた。
「あ、でもその時確か一回ゆですぎじゃね? って聞いたことがあったんだ。でもあいつはいいんだよこれで、って言っただけで理由を深くは教えてくれなかったな」
「どういうことですかね……。店主さん分かりま……あれ?」
いつの間にか俺は向かいのカウンターから男性の隣に移動すると、男性の首根っこをつかんでいた。
「おい。その友人の家に案内しろ」
「ちょ、店主さんいくら何でも乱暴すぎますって!」
慌てるカリンだがそれどころではない。
「で、でも、あいつ約束なしで勝手に家に行くと怒るから……」
「いいから早くしろ! 下手したらそいつの命が危ないかもしれねーんだ!」
俺はすごい剣幕で男性を怒鳴りつけるのだった。




