2619の謎(後編)
「まず、私たちはそもそもの前提から間違えていたんです」
カリンはそんな言葉から謎解きを始めた。
「間違えていた?」
「はい。これは数字ではなかったんです」
俺の疑問にカリンはどこの前提が間違っていたのかを単刀直入に答える。
「数字じゃなかったんですか!?」
男は驚いたようにカリンの方を見る。
「だってよく考えてみてくださいよ。デジタル数字をロゴにしたいのなら線の間に切れ目を入れて、それがデジタル数字であるとはっきり分かるようにデザインするのが普通だと思いませんか?」
「確かに繋がったデジタル数字のロゴデザインは見たことがないな……」
俺も頷く。数字のロゴというのは基本的にデジタル数字にしない場合は算用数字で作るのが一般的だ。
「つまり、このロゴは数字ではないと考えるべきだったんです」
「でも、だとしたらこのロゴはいったい……」
男はまた悩んでしまう。そもそも数字としてこのロゴを考えていたのだから無理もない話だ。
「ここでヒントとなってくるのはあなたが上司から言われた言葉、このロゴはオーソドックスなものであるということです」
「オーソドックス?」
男はその言葉をそのまま馬鹿正直に繰り返す。
「はい。そこで店主さんに聞きたいんですが、オーソドックスなロゴを作る場合、基本的に使われる種類としては数字以外だとどのようなものがあるでしょう?」
「ん? カタカナとか漢字とかか?」
いきなり水を向けられた俺は考えながらそう答える。
「そうです。つまり、このロゴもやはり何かの文字を表していると考えた方が自然でしょうね」
とここまで説明したカリンはおもむろにあるものを取り出した。
「で、ここで1つヒントを。おそらくこれを使うことが一番あなたの求めている答えに近いはずです」
「手鏡……?」
カリンが取り出したのは愛用している桃色の手鏡だった。恐る恐るその手鏡に手を伸ばし、まじまじと見つめる男。
「この鏡で答えが分かるんですか?」
表に返したり逆さまにしたり、穴が開くほどに手鏡を見つめる。
「……というか、使わなくても答えは出るんですけどね。どうやら分かっていないようなので謎解きを再開しましょうか」
カリンは危なっかしい手つきの男からひょいっと手鏡を奪い返すと、手に持っていたロゴデザインの紙を裏返した。
「これがおそらくあなたの求めていた答えです」
「……紙を裏返すんですか?」
まだ分かっていない様子の男。
「よく見てみてください。この文字、どこかで見たことありませんか?」
「……あっ!」
数秒置いて男は大きな声を上げる。その裏返した紙にはローマ字でSaleの文字が縦に浮かび上がっていた。2619の文字を裏返すことで、大文字と小文字で意味のある言葉を示すアルファベットに変貌したのである。
「自動車屋さんであれば、車のセールをすることもよくあるでしょう。何より安売りであればどこの業界でも使う一般的なロゴデザインですからね。アルファベットであればロゴならよく見かけますし、まず間違いないでしょう」
「……しかしお前、よく気付いたな。紙が裏返しだって」
俺はカリンに聞く。
「私もあのまま数字として考えていたら答えが出ることはなかったと思います。あの時店主さんとぶつかって偶然紙を落としかけていなければ、水たまりに映った文字が鏡文字になることにも気が付かなかったでしょうから」
「なるほど。しかしまあ、それはそれとしても……」
俺とカリンは目の前で大喜びしている男を見て思う。
(何でこいつ(この人)、デザイン関係の仕事に就けたんだろう(でしょう)……?)
それはおそらく誰がどう考えても解けないこの日一番の謎だった。
「ありがとうございました!」
男は頭を下げると意気揚々と商談に向かっていった。
「……今までで一番疲れる客だったんじゃねーか?」
俺はぐったりしながらカリンに話しかける。
「まあ、役に立てて良かったじゃないですか。結果的にラーメンも食べてもらえたわけですし、宣伝にはちょうど良かったのではないかと思いますよ」
「そりゃそうなんだけどな」
そんなことを話していると、ぞろぞろと遠くからお客がやってくる。
「あれじゃね、最近話題の謎解き麺屋?」
「うっそーホントだ! なんかー、うわさなんだけどー、超ヤバいらしいよー!」
「えー何それマジウケる! とりあえず食お食お!」
確実に対応に疲れそうなギャル3人組がどうやらこの謎解き麺屋にやってこようとしているらしい。そういえば最近はラーメンブームも手伝ってか女性の来客も珍しくないと聞いたことはあるが……。
「……おいカリン。何だ今日は厄日なのか?」
「ふふっ、そうかもしれませんね。何なら今日はもうお店閉めちゃいます?」
「冗談じゃねえ。目の前にお客がいるのに店を閉めるやつがあるか。さっさと準備するぞ」
俺は重い腰を上げ、カリンに指示を出す。
「それでこそ店主さんです。じゃ、私も呼び込みやってきますね」
カリンもにこやかに営業スマイルを振りまきながら売り子を始めるのだった。




