倒れていた女の子の謎
「さあ、稼ぎ時だ」
俺はそう言うとスープの味を確認する。うん、今日もいい味だ。あとは俺の麺のゆで具合にかかっていると言っても過言ではないだろう。俺は屋台のラーメン屋の店主で、こうやって夕方に店を開けては街に繰り出すのだ。丸坊主にタオルを巻いてTシャツ1枚のこの格好も、俺の1つのプライドである。もっとも、最近では閑古鳥が鳴いている日々が続いているのだが、おいしい店には必ずお客が来る、をモットーに毎日頑張っている。
「よしっと」
暖簾をあげ、出発準備を終えた俺は屋台を持ち上げるが、
「……ん?」
そこで何かを見つけてその屋台をそのまま下ろした。何か、というのはいささか失礼だろう、倒れていたのは人だった。それも女の子だ。
「……おい、大丈夫か嬢ちゃん!?」
目の前に倒れていた何か、改め黒いミディアムヘアの女の子の傍に俺は慌てて駆け寄るとそう声をかける。年齢は中学生くらいだろうか。だが、顔が赤く、何やら様子がおかしい。
「…う……きゅう」
女の子は少し目を開けると、そのまま閉じてしまった。
「おい! ……こりゃひどい熱だ」
今日の営業はなしになりそうだ。俺は屋台の暖簾を下ろすと、女の子を屋台に乗せ、回復を待つことにした。
「……こ、こは?」
「気が付いたか」
女の子の声が聞こえたので、俺はカウンターの向こうから声をかける。ちょうど麺もゆで終わった。
「すみません、私……」
女の子は乗せていたおしぼりを取ると、椅子から起き上がり、俺に渡してきた。俺がそのおしぼりを彼女から受け取ると、冷やしていたはずのおしぼりが数十分で熱くなっていた。この子がいかに高い熱だったかということが分かる。おそらく今も彼女の熱は高いままなのだろう。
「あいよ」
俺はおしぼりと引き換えに一杯の醤油ラーメンを女の子に差し出す。
「……い、いんですか?」
「調子の悪い時は無理しない程度に食べるに限る。冷めないうちに食えるだけ食いな。麺だから喉は通りやすいはずだぜ」
「あ、ありがとうございます!」
彼女は割り箸をつかむと、それを割って麺をすすり始めた。
「あ、おいしいです」
「そりゃ、俺が作ったもんだからな。店の名前はねーけど、味だけは自信持ってんだ」
俺はカウンターに背を向ける。こうは言うものの、自分の作った料理を褒められて悪い気はしない。半分照れ隠しのようなものだ。
「嬢ちゃん、名前は?」
俺はもう少し彼女のことを知るため、そう質問する。
「……カリン、だったと思います」
「……思います?」
おかしな返答に俺は首を傾げる。俺が聞いたのは彼女の名前であり、そこに曖昧な回答が返る余地はないはずだからである。
「……実は、ここに来るまでの記憶がないんです。私が誰なのか、なぜあそこに倒れていたのかも」
「記憶がない、ねえ」
どうにも嘘くさいが、出会ったばかりの俺に嘘をつく理由もないだろう。ここは素直に信じておいたほうが良さそうだ。
「まあいいや。とりあえず食って元気つけな。いろいろ考えるのはその後だ」
「は、はい。いただきます」
彼女は音を立てながら麺をすする。今日お客が来ないことは確定してしまったが、それでもこうやっておいしそうに俺の料理を食べてくれる人がいるというだけで幸せだと思えた。結局女の子はラーメンを完食すると、そのまま横になって寝付いてしまった。
「……今日は俺も野宿だな」
女の子一人を残して帰るわけにもいかない。俺はカウンターを挟んで横になった。
そして次の日、
「もう元気そうだな」
「はい、おかげさまで」
女の子の体調はすっかり回復していた。一日でこの回復力は目を見張るものがあるだろう。
「ところで店主さん、1つ私のお願いを聞いていただけないでしょうか?」
「お願い? ものにもよるが」
女の子がそんなことを聞いてきたので、俺はそう聞き返してみる。
「ここにしばらくの間置いていただけませんか? 記憶が戻るまでの間だけでもいいんです。私行く宛がなくて……」
「とはいえ、俺も店やってる身だしな……」
「邪魔にならないようにはします! それに、店主さんのこの店、もしかしてあまり繁盛はしてないんじゃないかと思って」
女の子はそんなことを聞いてくる。
「……何でだ?」
「実は昨日、ラーメンを食べている最中、屋台を見て気になったことがあって」
「気になったこと?」
俺が聞き返すと女の子は頷く。
「はい。あんなにおいしいラーメンなのに、その一方で屋台の方はやたらとボロボロで修理した跡が目立ちました。で、気になって今日厨房の方に失礼させてもらったら、調理器具もさびが酷かったりといった感じだったので、もしかしてと思いまして。間違っていたら申し訳ないんですけど」
「大した観察力と推理力だな」
いろいろと胡散臭い女の子だが、おそらく嘘はないのだろう。昨日のことといいどうにも不思議な女の子だ。
「なので、このお店を繁盛させるためのお手伝いを、私を救ってくれた店主さんのためにやりたいんです。駄目でしょうか?」
「……勝手に店内を見て回ったのは感心しないな。ここは俺の店だ」
「す、すみません!」
女の子は勢いよく土下座して謝った。
「……だが、お前の言う通りでもある。働くのは記憶が戻るまででいいんだな?」
「えっ……?」
女の子は俺の発言を聞いて不思議そうな顔をする。
「どうなんだ?」
「……は、はい!」
女の子は嬉しそうに頷く。
「じゃ、今日から早速働いてもらうか。大した仕事はできないだろうから、売り子をやってもらう」
「売り子ですね。たくさんの人を呼び込むために頑張りますよ!」
燃えている女の子を見て俺は乾いた笑いを浮かべる。だが、不思議と悪い気はしなかった。




